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転移!?

ラブホテルから突如きらびやかな部屋に連れてこられた俺は、訳もわからずただ立ち尽くしていた。周囲を見渡しても一人ぼっちで、さっきまで下劣な高笑いをしていた華さんも、あの巨漢の強そうなチンピラもいない。

高校の世界史の教科書にデカデカと載っていたヴェルサイユ宮殿のような部屋に、ただ1人俺が立ち尽くしているだけだ。


 正直さっきの危機を逃れて嬉しい反面、何が起こってるかさっぱりわからない気味悪さもあった。人は知らない環境に突如1人置いてけぼりにされたら誰であっても不安になるものだ。このまま何が起こったかわからないままぼうっとしても何も始まらないので、自らに与えられたわずかな情報で、今の状況を把握するための思案を始めた。もしかしたら既にぶん殴られて気絶でもして夢でも見てるんじゃあないか。そんなことを思いながらふと自分の足元を見ると、思わずギョッとして二歩三歩と後退りしてしまった。


「円の中に大きな六芒星と月や太陽が描かれていて、まるで楔形文字のような文字がびっしりと所狭しと刻まれている。これはもしかして――。」


「ええ、貴方の想像通りこれは魔法陣ですよ。この魔法陣が2つの異なる世界のゲートの役割を果たしてましてねえ。ちょちょいと貴方をこちらの世界にお呼びした、というわけです。まあ、ちょちょいととまるで簡単なように言いましたけれどもその魔法陣は我が王国の多くの優秀な魔法使いが心血を注いだ叡智の結晶でございます。」


 背後から突如聞こえてきた声に、俺は咄嗟に振り返ると、そこには還暦はとうに過ぎたと思われるお爺さんが立っていた。年齢の割には腰も曲がっておらずきちっと背筋も伸びていたが、少し小柄な老爺であった。黒い大きな丸ぶちメガネと常に笑っているかのような穏やかな目は、こちらまで緊張感が薄れてしまう。


「ああ、すみません、人に話しかけるにはまず名乗るのが礼儀というものだ。申し遅れました。私はウーゴ・スタントンと申します。」

 

 このウーゴさんの話だとどうやら俺は美人局で死んだわけではないらしい。そう思うと少し安堵した。そんな美人局なんぞで死んだらきっととんだ世間の笑いものだ。それにしてもまさか自分が異世界に転移するとは……


「あ、さっきウーゴさん俺のことを意図的に呼んだって言ったじゃないですか。俺なんて自分で言うのもなんですけど、ただのしがないサラリーマンっていうか、こんな場所にその叡智の結晶とやらを使ってまでわざわざ召喚されるようなスキルも何も持ってないんですけど、なぜ呼んだのが俺だったんですか?」


偶発的な異世界への転移ならともかく、明らかに俺に狙いを定めた異世界転移には何か“意図”があるのはまず間違いない。変に探りを入れるとかえって疑われそうだったので、率直な疑問をウーゴさんにぶつけた。


「ほっほっほ。異世界の人間を召喚しようとしたのは確かに意図的でしたが、誰を召喚するかどうかは完全に神の思し召しですよ。ワシたちの世界の魔法はまだそこまで進歩しておりませぬゆえ…とはいえ、まさかごゆるりとお寛ぎされていた方を突然異世界に呼び出してしまうとは、なんだか申し訳ないですな。」


 爺さんが俺のことを見ながらニタニタしながらどうやら軽いジョークのような言葉を言うものだから、ふと近くの鏡を見ると――ラブホテルにいた時の全裸にバスローブ姿のままだった。どうやら召喚される際に着ていた服装がそのまま異世界に転移された時に反映されるらしい。ウーゴさんがニタニタしている理由と言葉の意図に気づいた瞬間、顔から火が出るほど恥ずかしくなったのは言うまでもない。とはいえ、まず最初に服装のことを聞くなり指摘するなりしろよ!


「おっと…つい冗談で話を脱線してしまい貴方の質問に答えることを忘れてしまっていましたな。まあこんなじじいの戯れゆえ、どうかご容赦ください。そうですな。率直に言わせていただくと――

 貴方にはこの国、クリンべ王国の救世主、すなわち英雄になってもらいたいと思い召喚させていただいた所存でございます。」


 英雄?救世主?俺の心をがしっと鷲掴みにするような言葉を耳にした俺は、思わず身を乗り出した。


「英雄?英雄って言ってもあまりにも抽象的すぎて何するのかわかんないですよ。人命救助や世の人々を苦しめる魔王の討伐、警察としての治安維持、道に落ちてるゴミの清掃。毛色の異なるどの仕事だって懸命にこなせば“クリンべ王国の英雄”だ。ただでさえ全く知らない異世界に召喚されられてるんだから、抽象的な説明は説明になってないってことを理解してもらいたいですね。」


「いやはや、これはこれは失礼致しました。全く知らない異世界に召喚されたとならば少しでも疑問が残る抽象的な説明をされ不安になるのは当然でございます。ただ、私だけで今ここで説明するのも今後のことを踏まえるとなかなか不都合でございますから……これより我がクリンべ王国を統べる王、ルーカス・モリス帝の下にご案内させていただき、その御前において戸井様に説明させていただきます。」


 なるほど、どうやらウーゴさんはこのクリンべ王国の王様の側近で、ここは王宮の一室のようだ。そう考えるとこの魔法陣を作るだけの多くの優秀な魔法使いをかき集められたことも全て合点がいく。


「ああ、そういう段取りだったんですか。では早速ですがそのルーカス王の下へと案内をしてほしい。私がここで為すべきことを、一刻も早く知りたいですから。」


 そういうとウーゴさんは俺の言葉に静かに頷き、部屋の扉をそっと開けた。どうやらこの仕事を俺が引き受けそうなのが伝わったのか、終始穏やかな表情だった。

 あれ、そういえば俺の名前あの爺さんにいつ教えたっけ。まあいいや。これから王と会う緊張とワクワクで胸が大きく高鳴っていた。


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