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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

還り道

作者: 印西たかゆき

初めての短編小説です。

もしかしたら、時系列や物事の表現がおかしいかもしれません。

「え……」


 ある日の晩――学校からの帰り道の途中……私はふとした違和感を覚えて、後ろを振り返った。


「……」


 するとそこには、不自然に電柱の陰に隠れる人影が……。

 よく見ると、その人影は大人の男性のように見えて、手元にはスマホの液晶画面の光が浮かび上がっていた。

 ただの偶然…そう思いたかったけれど、私は咄嗟にその場から走り出した。

 後ろを振り返る余裕なんてない…ただひたすら、自宅を目指して全力疾走する。

 そして玄関にたどり着いた瞬間――。


「きゃっ!?」


 私は後ろから肩を掴まれた。振り返ると、そこには先程人影として見ていたはずの男がいた。


「ふー…ふーっ!……」


 男の口元から聞こえる荒い呼吸とそれに連動して縮んだり膨らんだりする不織布マスクは、目の前の男が私のことを追いかけてきた事実を存分に示していた。


「あ……」


 そして……その右手に握られていた包丁は、あっという間に私の胸を――。


                     ※


「はぁっ!?」


……という感じの夢を、私は最近よく見ている。


「……」


 カーテン越しに差し込む朝日で目を覚ました私は、ベッドの上で上半身を起こしてため息をつく。


(なんなの、あの夢……)


 しかも最近は毎晩同じ内容の悪夢を見続けているのだ。


「うわ……汗やばい……」


 パジャマ代わりの部屋着も背中を中心にぐしょ濡れになっていて、枕に至っては既に水分を吸収しきれなくなったのか、頭を乗せた部分が変色してしまっていた。


「シャワー浴びよっかな……」


 まだ眠気が完全に取れたわけではないけど、このまま寝直すわけにもいかないしね。


「……」


 ふと、部屋の壁に貼ってあるカレンダーを見る。

 今日は月曜日……つまり、二日間の休日が終わってまた学校が始まる日だ。


(でも……大丈夫かな)


 このところ毎日……正確に言えば二日ほど前から悪夢ばかり見ていて、まともに眠れていないせいか、身体中に倦怠感が残っている。これじゃあ学校に行けても授業中居眠りしてしまいそうだし、もしそうなったら……。


「はぁ……」


 思わず漏れるため息。こんな状態では勉強はおろか、友達付き合いすらままならないかもしれない。


(せめて睡眠不足だけでも解消できればいいんだけど……)


 そんなことを考えながら部屋を出て、階段を降りていく。すると――。

 トンットンットンッ……耳慣れたリズミカルな音が聞こえてきて、キッチンの方を見ると、お母さんの姿があった。どうやら朝食の準備をしているみたいだけど……なんだかいつもより元気がない気がする。


「おはよう……」

「……」


……私が声をかけても、お母さんは無視だ。おかしい……今まではこんなことなかったのに。


「ねえ、何かあったの?」

「ねぇ…」

「……」


 もう一度話しかけてみるものの、やっぱり反応はない。それどころかこちらを振り向くこともなく料理を続けている。まるで私なんかいないかのように。


「お母さ……!」


 その様子に不安を覚えた私は、慌てて駆け寄ろうとしたけど……。


「……」


 お母さんはいきなり振り向いて出来た料理をテーブルに置いていく。いつもと同じ、白米に味噌汁、焼き魚といった和食のメニューだった。

 その時、私は見てしまった……お母さんの泣きはらして充血した目を……。


(何かあった……?)


 そう思ってお母さんに聞こうかと思ったが、やめた……いつもは明るいお母さんが泣くなんて、よほどのことがあったに違いない。何かあれば、私にも知らせてくるだろう。

 私は黙って席に座って『頂きます』と言って朝食を食べ始めた。それを合図にしたかのように、お母さんはリビングから出て行ってしまう。


(一体何があったんだろう……)


 そんな疑問を抱えつつ食べ終えた食器を流し台に持っていき、そのまま登校の準備を済ませる。


「いってきまーす」


 玄関を出る前に一応挨拶をしたけれど、お母さんからはやはり返事はなかった。

 外に出て空を見ると、太陽が昇っていて、眩しいくらいの陽光が差し込んでくる。


「ん~っ」


 私は伸びをして深呼吸してから歩き出す。今日もいい天気になりそうだ。


「……」


 そしてしばらく歩いたところで、私は立ち止まってしまった。なぜなら――。


「……」


 電柱の陰から誰かに見られているような感覚に襲われて、思わず振り返る。けれど、そこには誰もいなかった。


「……?」


 一瞬だけ感じた視線……それはどこか冷たく、刺々しいものだったように思う。


「まさか……」私のことをストーカーしている人が……?

「……っ」


 背筋に悪寒を感じながらも、私は学校に向かって再び歩き出した。


                       ※


 市街地に囲まれた学校の校門を通って、教室へと向かう。

 教室に入り、自分の席に着くが……なんだか、クラスの雰囲気が全体的に暗い気がする。何かあったのかしら?

 それから少し経って先生が教室に入ると、彼はいつもの明るい感じとは違う、まじめな態度で話を始めた。


「えーっと……みんなにちょっと悲しいお知らせがある」

「はい」


 先生の言葉に、一人の女子生徒が手を挙げる。


「先生……転校生が来るとかですか?」


 その言葉に、クラスメイト達がざわつき始める。


(ああ、なるほどね)


 確かにこの雰囲気なら、そういう期待をする子もいるかも……と思いながら私は先生の話を聞くことにした。


「いや、違う」

「へ?」


 意外な一言に、口の中でつい変な声が出てしまう。


(違うのっ!?)


 てっきり転校生が来たのかと思ってたのに……。


「じゃあなんなんすか?」


 男子生徒の一人から質問が出ると、先生は真剣な表情で言った。


「先月から起きている、不審者による事件のことだ」その言葉に、クラスの空気が一気に引き締まる。

「最近になって、市内のある場所で女性のバラバラ死体が発見された……その女性は全身を刃物でズタズタに引き裂かれていたらしい」

「……っ!」私はその話を聞いていただけで吐き気を催してしまった。

「亡くなった女性はまだ身元が判明していなかったが、今朝遺体が発見されてな……その女性が亡くなったのは数日前らしい」

「マジかよ……」

「怖……」

「うわぁ……」

「うぇ……」


 先生の説明を聞いて、クラスメイト達はそれぞれ悲痛な顔を浮かべている。無理もないと思う……私だって同じ気持ちだ。


「その女性というのが、お前たちと同じくらいの年齢らしい。それで、ウチに警察から連絡があったんだ。気を付けてくださいって」

「うわぁ……」……って、私達と同じ年頃の女の子が死んだってこと!?

「あの……その子ってどんな人だったんですか?」

「それが……どうも体つきからして高校生か大学生らしいんだ」

「そんな……」

「あぁ……」


 その後、警察の人から聞いた情報を先生が伝えていく。


(……)


 でも、私はそれどころじゃなかった。

 なぜって……私もその事件に関係あるかもしれないからだ。殺された人が同年代である上に同性である以上、怖くもなるよ。


「――というわけだ……だから、なるべく集団下校するように。いいな?」

『は~い』先生の言葉に、皆は素直に返事する。


 こうして朝のホームルームが終わり、授業が始まった。

 だけど、私は授業中もずっと上の空だった。さっきの話と夢のせいで、全く集中できない。というか、途中から私は先生の話も聞いていなかったくらいだ。

 その後、私は気分が悪いまま授業を受け続けて放課後を迎える。


「はぁ……」


 ため息をついて、机に突っ伏す。

 結局、何も解決しなかった……それどころか、不安が増えただけだ。


「大丈夫かな……」


 このままだと本当に寝不足で倒れてしまいそう……それだけは避けたい。

 私はなんとかして眠りを誘う方法を考え始めたけど……すぐに諦めた。

 そんな都合のいいものはないと思ったし、それに……仮に眠れたとしても悪夢を見る可能性が高いから。


                      ※


「……」


……授業を終えた私は、帰り支度を済ませて校門を出て帰路につく。季節柄、夕方と言えども外はまだ明るかったが、私は少し早足で歩き始めた。


(早く帰らないと……お母さんに怒られちゃう)


 そう思いながらしばらく歩いていると――。


「きゃあっ!!」


 少し離れたところから女性の悲鳴が聞こえて来た。


「え……?」


 突然の出来事に驚いて、思わず立ち止まる。


(今のって……)


 間違いない……たぶん、先生が言っていた不審者が、誰かを襲っているんだ。


(に、逃げなきゃ……)


 そう考えて、私は声がするほうとは反対の道へ走り去ろうとするが、なぜかそこで、私は自分が声のした方へいかなければならない気持ちになった。

 もし私の推測が正しければ、こんな女子生徒に何ができるというのだろう……襲われている人には悪いが、私一人が立ち向かってどうにかなるような状況じゃない。

 それでも……私は声のする方へと一歩ずつ歩いていき……気づけば走って向かっていた。そして、角を曲がったところで見たものは……。


「……っ!」


 地面に倒れている若い女性と、その女性を見下ろす男性の姿だった……。


「あ……」


 私は目の前の光景を見て、その場に呆然と立ち尽くしてしまう。

 すると、男性はこちらにふりむいた。その手には包丁が握られている。

 男の顔は着ているパーカーのフードと不織布マスクで隠れてよく見えない……しかし、男がこちらに視線を向けてきた瞬間、私は恐怖よりも激しい怒りに突き動かされた。


「う…うわぁあああっ!!」


 男はいきなり絶叫して、私や尻もちをついている女性に目もくれることなく走り出した。


「うっ!?」


――かと思ったら、いきなり前のめりに倒れて……そのまま動かない。


「あ、あっちだ!」

「大丈夫ですかっ!?」


 この騒ぎに気付いた他の人たちが、しりもちをつく女性に駆け寄る。幸い、女性には大したケガはないようだ。


「あ、あなた……」


 女性が私を見上げて何かを言いかけたけれど、私はそれを最後まで聞くことなくその場を走り去った。


(はぁ……はぁ……はぁ……)


 走ったせいで呼吸が乱れ、心臓の鼓動がうるさい。

 私は自分の家がある住宅街に入ると、ようやく走るのをやめた。


(ふぅ……)


 近くの家の塀にもたれかかって、息を整える。


「……」


 やがて落ち着いてきたので、私はゆっくりと歩き出す。


「…………」


 さっきの光景を思い出してしまう。

 私が見たのは、女性が殺される寸前だった……それはもう疑いようがない。でも、どうしてあんなことを……。


「……」


 それに……あの光景、私が夢で見た光景によく似ていた…まさか、ここ最近見ていた夢はあの状況の予知夢? いや、そんなはずは……。


「……」


 私は考え事をしながら、自宅へと続く道をトボトボと歩いていく。それからしばらくして、私は自宅にたどり着いた。


「ただいま……」


 玄関に入って靴を脱ぎ、廊下を進んでリビングに入る。


「……」


 そこにはお母さんの姿はなかった。仕方ないので、私はもう一つある和室に向かう。


「うっ…うぅっ……」


 お母さんはそこで嗚咽おえつしていた…そして同時に、私は自分の身に起きた出来事をやっと思い出した。


                      ※


――この前の、女性を襲った不審者は、あの後病院に運ばれたが、そのまま死亡が確認されたとニュースでやっていた。


「行ってくるね、お母さん」


 私は、もはや日常と化した物言わぬ母に向かって朝の挨拶を済ませて、家を出て学校へと向かう。あれから数日が経ったが、私の生活に変化はなく、毎日が平和に過ぎていた。

 今日もいつも通り登校している途中、私が通っている学校の制服を着た二人の女子高生が後ろから歩いて来た。顔に見覚えがないということは…おそらく下級生だろう。


「ねぇ、知ってる?」

「ん?」

「なんかさぁ、この前、また事件があったじゃん?」

「うん」

(……)


 二人組の会話を聞いていると、どうしても気になってしまう。


(……)


 私はなるべく気にしないようにしながら、彼女たちの話に耳を傾ける。


「あの事件の犯人、例の変質者で昨日死んじゃったらしいよ」

「え、そうなのっ!?」

「そうそう。朝のニュースでやってた」


……それなら、私も見た。私は足を止めずに歩き続ける。


「まぁ、よかったじゃん。これで安心だよね~」

「そうだね~」


 そんな話をしているうちに、二人は私の横をすれ違う。その時、片方の子が私の方をチラッと見た気がしたが、特に気に留めることはなかった。


「……」


 その後、私は何事もないまま学校にたどり着く。

 教室に入り、自分の席に座ってから周りを見ると、クラスメイト達は相変わらず暗い感じだった。まぁ、あんなことがあった後では、とてもすぐには元通りとはいかないだろう。

 いずれにせよ、いつもと変わらない、平和な景色…そのまま私は学校生活を終える。放課後になると、皆が部活や遊びに行くために帰り支度を始める。私も例外ではない。

 私は帰り支度を終えて、校門を出て帰路につく。

……あの事件が起きた後、犯人が死んだおかげか、この通学路は平和になった。周囲からは友達同士の笑い声が聞こえるし、おばあちゃんが一人で散歩している。

 そんな光景を今日も確認して満足しながら、私は自宅に着いた。


「ただいま、お母さん」


 私はいつも通り家に帰ると、そのまま例の和室に向かって今日も泣きながら仏壇に手を合わせるお母さんに出会う。

 他の家族がいる時は、お母さんも気丈に振る舞っている…でも、こうして一人になった時、お母さんはまだその心に傷を負っているのがよくわかる。そう思いながら、私は仏壇に目を向ける。

……そこには、私の遺影と骨壺がある。

 そう、あの時……泣き崩れていた母の傍に置いてあった携帯から漏れ聞こえてくる警察からの連絡で、すべてを思い出した。

 私を何度も苦しめてきた夢……あれは悪夢や予知夢などではなく、私の実体験だった。

 私は、あの犯人の最初の犠牲者……ここからそう遠くない場所にある公園で見つかったバラバラにされた遺体……その人だった。

 そして、あの通学路で再びあの犯人と対峙した時……たぶんあの時、犯人には私の姿が見えていたんだと思う。

 どういう姿をしていたのかはわからないけれど、人を殺した人間があれだけ慌てて必死に逃げようとしたんだから、きっと相当ひどい見た目だったに違いない。

 あの後のニュースで、遺体の身元が判明してそれが私だと分かったのも、私が自分はすでに死んでいると受け入れるのに役立った。


「……ごめんなさい、お母さん」


 私は、今も泣いているお母さんを見て呟く。

 私は、お母さんに謝らないといけない。だって、お母さんは……何も悪くなかったのだから。悪いのは、すべて私だ……いや、それは違うか。

 まぁ、とにかく……お母さんは、私が殺された後もずっと、私の死を受け入れられずにいた。

 私が殺されて、バラバラにされて、公園に捨てられて……頭部が残っていたから身元はすぐに判明したけれど、私がお母さんの立場だったら、娘がそんな目に遭わされたと知ったら気が狂いそうになる。

 裁くべき犯人も、すでにこの世にはいない。幸い、あの死んだ犯人の身元を調査した警察が余罪についても調べているってニュースでやっていたけれど……私は生き返れない。もう二度と、お母さんと触れ合うこともできないし、話すこともできない。

 そのせいか……お母さんは私が死んだあの日から――正確に言えば、バラバラにされた私の葬儀が終わったあたりの日から――毎日、私のための食事を作って、仏壇に供えてその前で泣いている……。もちろん、私はそんなことを望んでいない。

 私は今すぐにでもお母さんと話がしたい。抱きしめたいし、一緒にご飯を食べたり、買い物に出かけたり、どこかに出かけて遊んでみたい。

 だけど……それは叶わない。

 お母さんは、これからもずっと……私のために食事を作り続ける。私の好物ばかりが並ぶ食卓は、とてもじゃないけど耐えられない。


「お母さん……もういいんだよ? お母さんは十分頑張ってくれたよ?

 それに、私はお母さんと一緒に暮らせなくても、こうやって見守ってくれてるだけで嬉しいよ? だからさ、そろそろ立ち直ろうよ? ね?」


 お母さんに聞こえないとわかっていても、私は話しかける。

 でも、やっぱり返事はない。お母さんは私の言葉を聞くことはできない。私のことを見ることはできない。それでも私は、お母さんに向かって話し続け――。


「え?」

「……え?」


――ようと思ったその時……私とお母さんはバッチリと目が合いましたとさ。

次回、

『現世で通り魔に殺されたけど、転生することなく現世でお母さんと幽霊探偵始めますっ!!』……そんな話を書き続けられる能力が欲しいです。

読んでくださり、ありがとうございました。

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