突然の死と異世界への旅立ち
「お疲れさまでーす。」
浅井怜也は定時上がりの挨拶をして、今日も派遣先の会社を出ていく。
IT企業での覚えてしまえば誰でも出来る、庶務作業とPC操作。
バイトに比べ拘束時間に対し割のいい仕事ではあったが、正社員雇用制度もなく
将来性もあるはずがない。
大学進学に合わせ上京してから早10年、親友と呼べるほど親しい友人や恋人も
おらず、非正規でその場しのぎの生活を送っている。
「そろそろえり好みせず就職先を探すか、地元へ戻るか決めないとな。」
そんな事を考えながら、最寄り駅近くのスーパーで夕食とささやかな楽しみである
晩酌用のお供を買って帰宅していた時である。
「えっ??」
全くの無警戒であった。
青の横断歩道を渡っている最中、横から突然白いワゴン車がカーブを描くように
傾斜しながら怜也の身体を吹き飛ばした。
一瞬間をおいて、何が起こったかを理解する。
地面に横たわった身体を動かそうとするが、そもそも感覚が無かった。
「こんなんで俺の人生終わりか……」
周りに集まってくる野次馬を合ってない焦点で見ながら、やがて意識は消えていった。
「あれ、ここは?」
気づくと、どこか部屋の様な場所にいた。
ゲーム等である宇宙空間のように見えるが、床や扉といった部屋を構成する物は
存在しており、例えるならプラネタリウムに近い。
「ガチャッ」
覚えのない部屋を見渡していると、扉が開き女性がまっすぐこちらへ向かってくる。
長い金髪にハーフのような掘りの深い美しい顔立ちに、天女の羽衣の様な浮世離れした服装は、一目で今の状況が特殊である事を理解させる。
「浅井怜也ですね。」
浮世離れした相手に自分の名前を呼ばれ、怜也はしどろもどろになりながら答える。
「まだ混乱しているので無理もないでしょう。」
「あなたは車に轢かれ死んだのです。」
オブラートも何もなく自分が死んだと告げられ、怜也は段々と自分の身に起きた事を思い出す。
「そうか、信号渡ってる時に轢かれたんだっけ。」
どこか現実感なく、他人事のように怜也は自分が死んだという事実を受け入れる。
「あなたはひょっとして神様なんですか?」
目の前の女性が、恐れ多い存在である事を確かめるよう口にする。
「私は女神リスティア、人々の魂の振り分けを行う存在です。」
「怜也よ。あなたは不幸な事故で亡くなりましたが、本来の寿命はもっと長かったのです。」
「あなたへもう一度だけ、人生をやり直すチャンスを与えましょう。」
無表情のまま静かに告げる。
「ひょっとして、これってよくある異世界転生ってやつだよな…」
驚きとそれ以上に、常日頃娯楽作品で見てきた展開に心は躍った。
「これから人生をやり直すあなたへ1つだけギフトを与えます。またギフトに応じて1つだけ、役に立つアイテムを差し上げましょう。」
女神は部屋にあるタブレットの様な薄い端末を手に取ると、右手で操作し始める。
「意外とこういう所は変わらないんだな…」
似たような光景を生きてる時もよく見たなとぼんやり考えていると、操作が終わったのか端末を置き怜也へ視線を戻す。
「あなたへ贈るギフトが決まりました。」
「さぁ、目を閉じ神へ祈るのです。」
言われるがまま、怜也は目を閉じ普段やっていたソーシャルゲームのノリで祈る。
「お願いします。何か良いの当たってくれ!!」
「もう目を開けてもいいですよ。」
想像したような特別な感覚は何もないまま、女神様の声が聞こえるとゆっくり目を開ける。
「特段何も変わった感じはしないけど、色々出来るようになったんだろうか。」
未知の経験に少年時代の様に高揚し、考えに耽る怜也の耳に残りの説明が聞こえてくる。
「これで準備は整いました。これからあなたにはルベルマインへ転移してもらいます。」
「そこはあなたのいた世界とは違い、魔物など数多くの種族が存在します。戸惑う事も多いでしょうが己の力で切り開くのです。」
なんとなく予想していたとはいえファンタジー色の強い展開に、期待と不安でドキドキが止まらない。
「あの、、俺に送られたっていうギフトはどんな物なんですか?」
恐る恐る尋ねる怜也に、リスティアは表情を変えず答える。
「あなたに与えられたギフトはセールスマンです。」
「はい? セ、セールスマンですか?」
異世界を夢想していた頭を、いきなり現代用語で殴られたショックで、思わず聞き返してしまう。
「はい、あなたにはセールスマンのギフトが与えられました。」
目の前の戸惑う怜也に当然とばかりに答える。
「それって魔物とか相手に戦えたりするんでしょうか?」
「無理でしょうね。」
慈悲もなく言い放つリスティア。
「あの~、普通はもっと何かファンタジーっぽい能力とかもらえるんじゃ。」
女神相手に思わず素で話しかけてしまう。
リスティアは目を細めると、不機嫌そうに言い放つ。
「今の時代、異世界へ旅立つのはあなただけではないのです。こう見えて私も暇ではないのですよ。」
「目覚めたら、まずは北にあるラタセントの街を目指すのです。そこで冒険者の
登録をしなさい。」
「さぁ、ルベルマインへ旅立つのです。それではさようなら。」
口早に必要事項を伝え別れの言葉を放つと、転移者の抗議など意に介さず右手を
かざす。
言葉が意味を成したと同時に、怜也の身体は宇宙模様の床下へと消えていく。
落ちていく怜也の目には、虫けらを見るような目で下を見つめるリスティアの顔が映っていた。