第10話~もう二度と~
ほんとに馬鹿だなぁ私、と落ち込んでいるとアイちゃんとメグミちゃんを心配させてしまったようで、焦ったように話しかけてきた。
「ごめんねヴァイオレットちゃん!私のせいで。変なこと聞いたよね。気にしなくていいから忘れて?」
「ううん、大丈夫。アイちゃんのせいじゃないよ」
「本当にすまない。迷惑をかけて」
「本当に大丈夫だから。それより、二人はまだ配信中でしょ?私に構ってていいの?」
「あぁそうだね。アイ、そろそろ次の試合に行こう」
「けど、いや、わかったよ。じゃあ、バイバイ、ヴァイオレットちゃん」
「バイバイ、」
「また会えるかな?」
と、寂しそうにアイちゃんが尋ねてきた。
「うんきっと会えるよ」
「そうだよね、じゃあまたね」
「元気で」
二人は別れを告げた後ロビーから去っていった。流石にあの激戦の後で試合を続ける気力はなかったので少し休憩することにした。目一杯楽しむつもりが一試合だけで終わってしまったけど、また今度やればいい。
ログアウトし、グローヴァを外す。今は3時過ぎ、ログインしたのが2時ぐらいだったから約1時間ほど潜ってたことになる。ベットの上でぼーっとしてたけど少ししたら正気に戻った。アイちゃん達の配信の反響を見るため、ネットを開くとそこには目を疑う記事が載っていた。
「なにこれ」
ブルークの相棒発覚、交際疑惑?私のPNも載ってる、なんでこんなことまで載ってるの?私、こんなこと言ってないのに。まさか、スカイさん?わからない、情報が足りない。でも、
「ブルークに、なんて言えばいいの?」
その答えが出ないままブルークとの約束の時間が来た。しかしブルークは時間になっても現れなかった。
そりゃそうだよね、こんな騒ぎになってる時にゲームなんかしてられないよね。今日はもう寝よう。それから、明日謝ろう。
朝が来た。私の朝は早く5時起きだ。動きやすい服装に着替えて家を出る。町内を1時間弱ほどジョギングしてから家に帰り、シャワーで汗を流す。その後制服に着替え、朝食の準備をする。今日の朝ご飯はベーコンエッグとトーストした食パンにマーガリンを塗ったもの、シンプルだけど一番美味しいと思う。
朝ご飯を全て食べ終え、家を出る。最寄りの駅で電車にのり学校のひとつ前の駅で降りる。学校前の駅はなにかと混むのでその対策だ。
そうこうしているうちに学校が見えてきた。同じ制服を着た生徒もちらほら見え始める。私はいつも早めに家を出ているけれど歩いているうちにちょうどいい時間になるのだ。歩いたことで少しあったまった体が冷えないうちに校舎に入る。私はニ年生なので一つ上の階まで登っていく。いつもより少し騒がしい、ていうかいつもの倍ぐらい騒がしい教室に違和感を覚えながら教室へと足を踏み入れる。他の生徒には目もくれず、人をかき分け自分の席を目指す。その途中少しずつ違和感の原因が聞こえてきた。
「なあ、昨日のアイちゃんの配信見た?」
「あぁ、メグミちゃんとのコラボだろ、見たよ」
「見たなら俺がなにを言いたいかはわかるよな?」
「まぁ、わかるけど」
「ヴァイオレットちゃん、めちゃ可愛い」
「そっちかよ」
「そしてヴァイオレットちゃんを独り占めするブルークまじ許さん」
「それだ。最初に出せよその話題を」
「ブルーク様、彼女いたんだ。私、もう生きていけない…」
「あんたはブルーク命だったからねぇ」
「なんでなのよー!ブルーク様に彼女がいるなんて聞いてない! うぅ…」
「まぁ人間、彼女ぐらいいてもおかしくないわよ。天下のプロゲーマー様なら尚更ね」
ブルークと私が付き合っている、そんな突拍子もない話題はさながら真実のように広がって、完璧に消すことは不可能なところまで来ていた。ブルークのプロゲーマー人生に大きな傷をつけてしまった。話がここまで大きくなっていたなんて。正直舐めていた、大丈夫だろうと、なんてことはないと。こんなことになって、ブルークは私のことを恨んでいるだろうか。きっと、恨んでいるだろう。これまで苦労して築き上げてきた信頼が全て崩れるようなことを私はやってしまった。ブルークにどうやって謝るか、まだ思いつかない。授業中、昼食、帰宅途中、一日中考えても思いつかない。今日は、ブルークに会えるだろうか。
約束の時間が来た。昨日は碌に待たずにログアウトしてしまったから、もしかしたら入れ違いになっていたかもしれない。今日はそんなことにならないよう一時間でも二時間でも待つつもりだ。まだなにを話せばいいか思いついていない。それでも、面と向かって謝るのが筋だと思う。
「ちゃんと、謝らないと」
「誰に謝るの?」
声がした。後ろから、聞き慣れた声。
「ブルーク」
「やあ、ヴァイオレット」
ブルークだった。いつ来たのか、なにを話せばいいのか、怒られるだろうか、いやその前に謝罪を、いやでも!
「ははっ」
あたふたする私を見てブルークは笑っていた。なぜ?怒っていないのか?いや、それでも謝らないと、ブルークに。そして、もう二度と、
「二度と俺の前に現れない、とか考えてない?」
「ッ⁉︎」
「ヴァイオレットがなに考えてるかなんて手に取るようにわかるよ」
「そっか。じゃあなんでこの結論に至ったかもわかるよね、今日は「わからないよ」
….え?」
「わからない。全く理解できないね。どういう風に考えたらそうなるのか俺には到底理解できない」
と、いつものようにふざけたような口調に少しイラッとする。
「わからないってなに?普通わかるでしょ。私のせいでこうなった。私が軽々しくブルークのことを口にしたからこうなった。全部私のせい。だったら、私がいなくなれば少しは落ち着くでしょ?だから、「わからないって言ってるだろ?」だからなにがわからないの⁉︎」
ブルークの言葉に我慢できず、どうにかとどめていた気持ちが溢れ出す。
「私のせいでこんなことになったの!取り返しのつかないことになって、どうしたらいいかわからなくて、謝るだけじゃ、許してもらえないと思って、だから、ブルークの前から消えようと思って、それだけしか、私にできることはないと思ったから!」
辿々しく言葉を並べる。目の前が霞んでよく見えない。ブルークが今どんな顔をしているかもわからない。けど、このままが良い。ブルークを見るのが怖い。罵倒されるのが怖い。私だって、好きでブルークから離れたいわけじゃない。両親が死んで、なにをやるにしてもやる気がなくて、その日を生きる活力がない。ある意味死んでいた私を生き返らせてくれたのはブルークだった。ブルークがゲームの楽しさを教えてくれた、笑わせてくれた、生きる活力をくれた。そんな恩を仇で返すようなことをした自分が一番許せない。これは、私に対する罰だ。ブルークへの贖罪を込めた、必要なこと。
「ヴァイオレット」
そんな私の考えを吹き飛ばすほどに優しい声だった。違う、いつもの声だった。思えば、ブルークはずっといつも通りだった。私がただ、取り乱してただけ。
「ヴァイオレット。もう良いよ」
「な、にが?」
「無理しなくて良いよ」
「無理なんか、してない」
「気づいてる?ずっと、泣いてるの」
「え?」
涙が頬を伝っていく感触が伝わる。
「あれ?なん、で、別に、泣いてなんか」
言葉とは裏腹に涙は止まらなかった。
「なんで?、止まらない、止まってよ、」
「ヴァイオレット、泣いても良いんだよ、無理しなくていいから」
いつもは言わないような優しい言葉に涙はさらに止まらなくなる。
「そんなこと、言われたら、止まらないじゃんか、」
「ははっ、ごめんな。変な気使わせて」
「違うの、私が、勝手にいろいろ考えすぎただけ、ほんとはブルークと、もっと一緒にいたかった、でもこれ以上は、ブルークに、迷惑が、かかる、と思って。あぁ、もう、上手く喋れない。ブルークのせい、だからね」
「あぁ、わかってるよ」
「じゃぁ、謝って」
「俺が謝るのかよ?」
「そうだよ!」
「わかった、わかったよ。謝るから、でもその前に一つ」
「なに、」
「俺もお前と離れたくない」
突然の告白に脳が停止する。一拍置いてから、なにを言ったかを理解し、顔を真っ赤する。
「バッバッバ、バカッ!!??なに、言ってんの⁉︎」
「はははっ、顔真っ赤だよ?ヴァイオレット」
「うるさい‼︎」
「ははっ、ごめんってヴァイオレット」
「一生、許さない!!!!」
二人の関係が変わることはないということに一番安心していたのはブルークであると記述しておこう。