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第7話

 国王夫妻はジュリアをまじまじと見ていた。

「本当に綺麗な子ね。もっと早く知っていれば…うちの王子のお相手にちょうど良いんだけれど…」

 王妃が本気か冗談か分からない調子で言う。

「私も、うちの長男にと思ったのですけれど…可愛い娘を手放すのは辛いものですわ」

 ピジェル侯爵夫人も続けた。アレックスは握ったジュリアの手を決して離すまいと強く思った。

 国王陛下はすぐに2人の婚約を承認してくれたが、ジュリアのあまりの美しさと、既知の聡明さで話がおかしな方へ進みかけている。

「ジュリア、良かったら王子に会ってみないか?」

 自分で婚約を承認した国王まで乗ってきてしまう。

「陛下、ジュリアが困っております。どうかご容赦を」

 すかさずトリプレット公爵が苦笑しつつ止めに入る。王妃はまだ諦めきれない様子だったが、国王は残念そうにアレックスに向き直った。

「それでアレックス、式はどこで挙げる?」

「それはまだ検討中でして…」

 母が勝手に3つにまで絞り込んだらしいが、それがどこなのかも知らない。

「ならば、ここの聖堂でやれば良いではないか」

「…王宮の大聖堂で…ですか?」

 アレックスが固まる。が、公爵夫人の反応は早かった。

「まぁ!本当によろしいのですか⁈陛下」

「あぁ、勿論だ。その代わり、ワシらも参列させてもらえるかな?」

 ジュリアが怖々とアレックスに視線を送る。

 もともとジュリアは目立つ事に興味がないし、公爵夫人や侯爵夫人にドレスを着せ替えられて着ているが、本来は華やかな服より動きやすい服を好むようだ。アレックスも派手好みではない。が、王宮の聖堂で結婚式を挙げるとなれば、首都中で大騒ぎになるだろう。しかもそこに国王夫妻まで参列するとなれば、国を挙げての催事になってしまう。

「それは願ってもない事です、陛下。良かったな、アレックス、ジュリア」

 公爵もやたらと乗り気だ。

「…はい、ありがとうございます、国王陛下、王妃陛下」

(大変な事になってきたな…)

 アレックスとジュリアは微笑みながら大いに困っていた。


 王宮の大聖堂で挙式するとなると、とんでもない規模になる。しかも国王夫妻が参列するならば、大臣や官僚も参列するだろう。もともとトリプレット公爵家とピジェル侯爵家の関係者だけでも参列者リストは充分なボリュームだったが、それは更に果てしなく長いリストになった。

 アレックスとジュリアは軍の仕事をしながら挙式の準備に忙殺され、公爵家と侯爵家も総出で準備に当たった。アレックスは、職場ではジュリアと一緒ではあったが、真面目で極度の集中力を発揮するジュリアは、仕事中はアレックスに見向きもしない。アレックスはジュリアに口付けるどころか、触れる事さえ出来ず不満な日々を送っていた。ジュリアはピジェル侯爵家で暮らしているから、婚約者の自分よりヒューゴのほうがジュリアとの時間が多い事を悔しくも思っていた。

 仕事が休みの日もジュリアは細かな手配や打ち合わせで忙しい。しかしその日は、オーリーが久しぶりにダンスをしようと誘ってくれたから、ジュリアはホールに向かっていた。

 ホールには既にオーリーが待っていて、ジュリアを嬉しそうに迎えてくれた。

「ジュリア、今日も綺麗だね」

 ジュリアが微笑むとオーリーが早速ジュリアの手を取る。ホール内にはピアノと弦楽器のカルテットが控えていた。

 音楽とともにダンスが始まる。もともとジュリアのダンスは完璧だ。オーリーと何度も踊るうちに、少し自信もついてきたように見える。

「…ジュリア、とても素敵だよ。ネックレス、着けてくれたんだね」

 ジュリアはオーリーから贈られたネックレスを身につけていた。もちろんオーリーに気を遣っての事だったが、踊りながらジュリアがオーリーを見上げて恥ずかしそうに微笑むものだから、オーリーは都合よく勘違いしてしまう。

「アレックスなんかやめて、僕と結婚しないか?君と2人で侯爵家を守っていきたいんだ」

 オーリーはジュリアの耳元で囁く。ジュリアは困って俯く。そこに突然声がかけられた。

「幼馴染の婚約者に手を出すとは良い度胸だな、オーリー」

「げっ!アレックス!」

 オーリーがギョッとして気まずそうにしている。アレックスがホールの入口に半身を凭れさせて立っていた。その目は狩をする狼のように鋭い。アレックスがオーリーとジュリアに近づき、オーリーに相対する。

「ジュリアは俺の婚約者だ。もちろん分かってて口説いてるんだよな?オーリー」

「あぁ、まだ婚約者だろ?お前より好きな男が現れたら、ジュリアの気が変わるかもな?」

「何だと⁈オーリー」

「やるか?アレックス!」

「そのくらいにしとけ。嬢ちゃんが困ってるだろ」

 掴みかかる寸前のオーリーとアレックスの間に入ったのはヒューゴだった。

「オーリー、そろそろ嬢ちゃんは諦めろ。アレックスも、忙しくて嬢ちゃんと2人きりになれないからって他人に当たるな」

 ヒューゴは苦笑しながら息をつく。オーリーとアレックスは同い年の幼馴染だ。基本的に仲は良いのだが、お互い子どもの頃からライバル意識が強い。ジュリアの件では、オーリーがジュリアに好意を持ってからアレックスと婚約してしまったから、オーリーはまるでジュリアをアレックスに横取りされたかのように思っているのだ。アレックスはアレックスで、自分はジュリアと職場でしか会えないのに、オーリーとは同じ屋敷の中で暮らしていると言うのが気に食わない。

 アレックスはオーリーの手がジュリアの腰に回されているのを見て顳顬に青筋を立てた。

「ジュリア、俺と踊ろう」

 アレックスがオーリーの手からジュリアを奪い取ると、カルテットに合図してアレックスとジュリアが踊り始める。

「俺とダンスするのは初めてだな」

 ジュリアが頷く。

「俺より先に、オーリーとはよく踊ってたのか?」

 またジュリアが頷く。

「こんな風に密着して?」

 アレックスがジュリアの耳元に口を寄せて囁きながら、腰をぐっと抱き寄せる。

 ジュリアは素直にコクンと頷く。アレックスは毒気を抜かれたように苦笑した。自分がオーリーに嫉妬している事をジュリアに分らせようとしているのだが、どうやらジュリアの頭脳は自分のせいで男が嫉妬するという想定を持ち合わせていないようだ。

 オーリーとダンスする姿を見ても思ったが、ジュリアのダンスは完璧だった。オーリーのダンスの技術はアレックスも認めるところだが、そのオーリーと比べても遜色なかった。だがジュリアの動きはどこかぎこちない。しばらくジュリアと踊りながら、アレックスはそのぎこちなさの原因に思い至った。

「ジュリア、わざとミスしなくていいんだ。ここにヴァイオレットはいない。自分らしく踊れ」

 ジュリアがハッとしたように顔を上げた。恐らくジュリア自身も気付いていなかったのだろう。ヴァイオレットの影であろうとしたジュリアは、常にヴァイオレットより劣って見せる習性が身に染みついている。本当は完璧に踊れるにも関わらず、ジュリアはわざとミスをして見せていたのだ。しかもそれがわざとだとバレないように細心の注意を払って。だから自然とどこで上手にミスをしようかと考えながら踊っていた。それが動きのぎこちなさの原因だった。

 アレックスの指摘で気付かされたジュリアは、小さく息をつくとアレックスを見上げて微笑んだ。そしてダンスのぎこちなさが急になくなった。ジュリアはまるで羽が生えたように軽やかに踊った。それは重い鎖から解き放たれたようだった。

「本当に天使みたいだな…」

 オーリーは思わず呟いた。


 ヒューゴは困っていた。目の前には国王がいる。非公式に呼びつけられ、何かと思えばこれだ。

「どうしても会いたいと申してな。一目でいい。ヒューゴ、昔のよしみで頼む」

「…しかしなぁ…」

 ヒューゴは国王を見る。ヒューゴと国王は昔馴染みだ。国王が王子だった頃、軍で一緒に鍛錬を積んだ仲だった。国王は今、国王としてではなくただの父親としてヒューゴに頼んでいた。ジュリアの噂を聞いた王子が、どうしてもジュリアに会いたいと言っているらしい。

 ジュリアは毎日ヒューゴとともに出仕して王宮内にいるから、王子と会わせるのは難しくない。ただ、会いたいという理由が、単に絶世の美女と評判のジュリアを見てみたいというだけなら良いのだが…

 ヒューゴは難しい顔でため息をついた。


 ヒューゴはジュリアを連れて王宮を奥に進む。アレックスが出かけた隙にジュリアを連れ出したのだ。

「アレックスには黙っていたほうがいい。嬢ちゃんの事になると、あれはただの色ボケになるからな」

 不思議そうにヒューゴを見上げるジュリアを伴い、足早に進む。そしてある扉の前で立ち止まった。ヒューゴが扉をノックすると、中から若い男の声が応えた。

 ヒューゴがジュリアの手を引いて室内に入ると、そこは立派な執務室のようだった。大きなマホガニーのデスクの向こうに若い男性の姿がある。年はアレックスと同じくらいだろうか。その男は顔を上げるとピタリと動きを止めた。ヒューゴはもうその反応に慣れていた。ジュリアを目にした男は、大抵同じ反応をする。ジュリアに見惚れて停止するのだ。

「殿下、娘のジュリアです」

 ジュリアはヒューゴの言葉に驚いて頭を下げる。殿下という事は、この部屋の主は王子なのだ。

「…殿下?」

 再びヒューゴに呼びかけられて我に帰った王子は、慌てて立ち上がった。

「畏まらなくていい。ジュリア嬢、掛けてくれ。ご苦労だったな、ピジェル卿」

 王子の目にはもはやジュリアしか映っていない。ヒューゴは王子の向かいに腰掛けて不安げにヒューゴを見上げるジュリアを置いて、部屋を出ていくしかない。

 取り残されたジュリアは、長椅子に浅く腰掛けて俯く。王子と2人きりでどうすればいいのか分からない。

「顔を上げてくれ、ジュリア」

 王子の命令に従いジュリアが顔を上げると、王子と目が合った。王子がジュリアの顔に見惚れる。

「…これは…想像以上だな…美しい…」

 呟いたきり王子は黙ってしまう。部屋に沈黙が落ちる。と、突然隣の部屋に続くと思われる扉が開いた。

「兄上、昨日の報告…の…続き…を……」

 入ってきた若者が書類を手に呆然と立ち止まる。

「あぁ、悪いが後にしてくれ」

 視線はジュリアに釘付けのまま言う王子の言葉を無視して、若者がゆっくりと近づいてきた。

「…信じられない…天使かと…思った…」

 ジュリアは第1王子と第2王子を前にして、恐れ多くて泣きたくなってきた。


 ジュリアが戻って来たのは、ヒューゴが心配してジュリアを探しに行こうと立ち上がった時だった。すでに数時間が経過している。幸いにも、アレックスはまだ戻っていなかった。

「嬢ちゃん、大丈夫だったか?」

 大丈夫とはどう言う意味だと心の中でツッコミを入れながらヒューゴがジュリアを迎える。ジュリアは少し疲れた様子だったが、微笑んで自分のデスクに戻る。心配そうにジュリアのもとに来たヒューゴに、ジュリアはさっとメモを書いた。

 “王子様達と少しお話ししただけです。大丈夫です”

「“達”?」

 ジュリアが頷く。

 “あの後、第2王子様がお越しになって、ご一緒させていただきました”

 ヒューゴはピシャリと額を叩いた。

(しまった。王子は2人だった…)

 第1王子と1歳差の第2王子は、ともにまだ独身だ。国王と王妃は妃選びに余念がない。その2人の王子にジュリアを会わせてしまった。

 ヒューゴは嫌な予感がした。


 夕食後、急に屋敷の中が騒がしくなった。

「どうした?」

 執事を掴まえてヒューゴが訊くと、ベテラン執事がいつになく慌てている。

「旦那様。それが、ジュリアお嬢様にお客様が…」

「どうせまたどっかの小僧だろう。追い返せ」

 執事がさらに困ったように続ける。

「ところが今回はそう言うわけにも参りません、旦那様。実は…」

 執事の言葉にヒューゴは絶句した。


 慌てて、だがそんな素振りを見せないようにヒューゴは部屋に入った。

「殿下、我が家へようこそお越しくださいました」

 ヒューゴは心の中で舌打ちした。

 2人の王子は、それぞれジュリアの左右にやたらと密着して腰掛け、しかもジュリアの手を片方ずつ握っていたのだ。

「あぁ、ピジェル卿、邪魔している」

「久しいな、ピジェル卿」

 第1王子と第2王子が白々しく挨拶する。本心では「面倒なオヤジが来た」と思っているに違いない。

「わざわざお越しとは、お呼びくだされば伺いましたのに、ご用件は何でしたかな?」

 ヒューゴか3人の向かいにどっかりと腰を下ろした。

「なに、用というほどでもない。昼間、ジュリア嬢と話が弾んだので、続きを話したくて来ただけだ」

「多忙なピジェル卿の時間を取らせるほどの事ではない。下がっていい」

 腰を下ろしたヒューゴを何とか追い出そうというのが見え見えだ。

(そんな風に嬢ちゃんの両手を握っていたら、嬢ちゃんは会話もできまい)

「娘は社交界にも出ておりませんので、殿方に慣れておりません。ですから…」

「ピジェル卿、下がっていい」

 意外なほどの強い調子で第2王子がヒューゴの言葉を遮った。いかに侯爵と言えども、これ以上王子の言葉に逆らうのは難しい。

 ヒューゴがジュリアを見ると、大丈夫と言うように微かに頷く。だがその表情は不安げだ。

「…ジュリア、あまり殿下方をお引き留めしてはいけない。いいな?」

 ジュリアが頷く。

 ヒューゴは仕方なく部屋を出た。

 事件はその後間も無くだった。

「旦那様!大変でございます!」

 執事が走り込んできた。

「どうした⁈」

「お嬢様が!!」

 ヒューゴが走り出す。玄関に体当たりしそうな勢いで外に出ると、馬車が高速で門を出ていくところだった。

「あなた!ジュリアが拐われたわ!」

「何だと⁈」

 泣き出した妻を宥めて聞き取ると、どうやら2人の王子達は、止める使用人を振り切り、ジュリアを無理矢理馬車に乗せて連れ去ったらしい。

 泣いている妻を抱き締めて宥めながらヒューゴは怒り心頭だった。

「オーリー!!」

 屋敷中に響き渡る大声で息子を呼び、指示を出す。話を聞いたオーリーも手を握り締めて怒り出すと、すぐに走った。

 オーリーは厩から1番速い馬を引き、飛び乗って走り出した。


「アレックス!!!」

 トリプレット家の城の前で騎馬を急停止させながらオーリーが叫ぶ。何事かをトリプレット家の使用人に命じると、もう一度叫ぼうとして上階の窓からアレックスが顔を出した。

「何だ!うるさいぞ!」

「アレックス!ジュリアが拐われた!取り返しに行くぞ!」

 アレックスが血相を変えて玄関から出てきた。

「どう言う事だ⁈」

「走りながら説明する!とにかく急げ!」

 タイミングよくオーリーが命じておいた馬を、使用人が慌てて引いてくる。

 アレックスも馬に飛び乗ると、2人は全速力で駆けた。


 夜の町を王宮に向かって疾走しながら、オーリーがアレックスに状況を説明する。

「なんて事だ…ジュリア…」

 アレックスの表情が一層厳しくなる。

 相手がただの貴族ならいいが、王族では話が違ってくる。例え他の男と婚約中であっても、王族の手がついてしまえば取り戻せなくなる。ジュリアを永遠に失いかねない。

(ジュリア…)

 アレックスとオーリーは風のように王宮に走り込んだ。


「ジュリア、綺麗だ」

 第1王子が身体を密着させ、腕を腰に這わせてくる。ジュリアは恐怖と嫌悪感を抱きながらも、王子相手では抵抗できない。

「ジュリア、いい匂いがする…」

 反対側から第2王子がジュリアの髪に顔を寄せてくる。

「お前ほど美しい女は見たことがない。それに父上と母上もお前を気に入っている。だから…」

 第1王子がジュリアを押し倒した。

「…妃にしてやる」

 第1王子がジュリアに顔を寄せて来る。抵抗したいが、すかさず第2王子に両手を押さえられて抵抗出来ない。第1王子の顔が間近に迫って、ジュリアは何とか顔を背けた。次の瞬間、ジュリアの頬に温かく湿ったものが触れた。頬に口付けられたのだ。ジュリアは総毛立った。第1王子はそのままジュリアを舐めながら首筋に唇を這わせ始める。

(嫌…気持ち悪い…!)

 まるで巨大なナメクジが身体の上を這っているようだった。第1王子にのし掛かられているだけでも嫌なのに、首筋を吸われているのだ。耐えがたい苦痛だった。

(アレックス様!!)

 ジュリアは涙を零した。


 アレックスとオーリーは、馬から飛び降りると、馬を括ることもせず走り出した。王宮内を疾走しながら王子達の行方を尋ねる。止めようとする近衛兵を振り切り、

「ジュリア!!」

 2人で叫びながら部屋に突入した。そこには2人の王子に長椅子に押さえつけられて、ドレスを脱がされかけているジュリアがいた。すでに胸元のリボンは解かれて垂れ下がっているし、ドレスの裾も乱れてジュリアの膝上まで見えている。しかも王子の手は、あろう事かジュリアの胸の膨らみにかけられ、片膝はジュリアの膝を割っているのだ。

 相手が王子だということも忘れ、アレックスは王子達を突き飛ばすとジュリアを抱き起こして胸の中に抱き締めた。

「ジュリア!遅くなって済まない。お前を守ると約束したのに…済まない」

 ジュリアもアレックスに抱き付いてくる。ジュリアは恐怖の余りガタガタと震えて泣いていた。

 ジュリアを抱き締めたアレックスが、王子達を睨み付ける。

「…よくもジュリアを…」

 腰に下げた剣に手をかけるアレックスの手をオーリーが押さえ、代わりにアレックスの前に立って王子達を睨みつけた。

「いかに殿下と言えども、誘拐・監禁・強姦未遂は捨て置けません。覚悟はお有りか!!」

 オーリーが凄みのある低い声で告げると、王子達は震え上がった。

「この馬鹿どもが!!」

 そこへ雷のような大声が響いた。そこには国王その人がいた。

「王子が聞いて呆れるわ!2人合わせて品位のかけらも持ち合わせておらんのか!この大馬鹿ものめが!勘当されたいか!!」

 国王がツカツカと王子に歩み寄ると、いきなり2人の王子を殴り飛ばした。

 殴られて吹き飛び、呆然と床に倒れる王子達に目もくれず、国王がアレックス達に向き直る。

「息子達が不始末をした。申し訳ない。この処分は厳に行う。息子達に代わって謝る。済まない」

 あろう事が国王が頭を下げた。アレックスとオーリーがギョッとしていると、

「もういい。お前は頭を下げるな、国王陛下」

 ヒューゴが入ってきた。王妃を伴っている。王妃はアレックスの腕の中のジュリアに駆け寄る。

「ジュリア、本当にごめんなさい。怖い思いをさせてしまったわね」

 涙に濡れた顔を上げたジュリアの頭を王妃が優しく撫でる。

「アレックス、早くジュリアを連れて帰ってあげなさい」

「…はい、王妃陛下」

 アレックスはジュリアを抱き上げると部屋を出ていく。オーリーはヒューゴと視線を交わしてその後に続いた。

「国王がそう簡単に頭を下げるな」

 ヒューゴが国王の肩を叩く。

「国王としてではない。不肖の息子の父親として頭を下げている」

「だったらもういい。ジュリアの父の俺がいいと言ってるんだ、頭を上げろ」

 やっと国王が顔を上げた。

「ヒューゴ…済まぬ」

 ヒューゴは笑って言った。

「そう思うなら、さっさと息子どもに妃を見つけてやれ。人の女に手を出すほど、盛っているようだからな」

 ヒューゴが王子達を睨み下ろした。

「ああ。たっぷりと絞り上げてやってからな」

 国王の顔は恐ろしく鬼のようだった。


 迎えに来させたピジェル侯爵家の馬車には、侯爵夫人が乗っていた。

「ジュリア!怖かったでしょう?もう大丈夫よ」

 夫人の姿を見るとジュリアが夫人の腕の中に飛び込んだ。夫人はジュリアを抱き締めると、馬車に乗る。馬車はすぐに帰途についた。

 アレックスとオーリーは並んで馬車の後を騎乗した。

「お前がすぐに呼びにきてくれて助かった。ありがとう、オーリー」

「可愛い妹が拐われたんだ。当たり前だろう」

「妹……そうか、ありがとう」

 オーリーはジュリアを妹として愛する事に決めたらしい。

「しかし、お前が王子の前で剣を抜こうとするとは驚いたよ」

 オーリーが夜空を見上げて笑う。

「ああ、自分でも驚いている。……ジュリアが…好きなんだ……どうしようもないほどに」

 オーリーが止めてくれなければ、怒りに駆られて反逆罪を犯すところだった。

 オーリーがまた笑った。

「将軍が女に骨抜きだな。まあ、ジュリアでは仕方ないか」

 アレックスも笑う。

「そのとおりだ」

 2人は顔を見合わせた。

「お前みたいな木偶の坊が、ジュリアのような子を射止めるとはなぁ…」

「お前にも良い子が見つかるさ」

 オーリーの肩を叩きながら、やはり自分は木偶の坊呼ばわりされている事をアレックスは自覚させられた。


 馬車の中で侯爵夫人に慰められ、やっと落ち着いた頃、馬車がピジェル侯爵家の屋敷に到着した。

 馬車を降りるとすかさずアレックスかジュリアを抱き締めた。

「落ち着いたようだな」

 ジュリアが頷く。

「ジュリア」

 アレックスはジュリアに顔を上げさせると、人目も憚らす口付けた。ジュリアは驚きつつもアレックスにされるがまま口付けを受け入れた。

「あらまあ、見せつけてくれるわねぇ」

 侯爵夫人が呟く。オーリーも苦笑する。

「アレックスはジュリアにぞっこん惚れ抜いてますね。見てるこっちが恥ずかしくなる」

 アレックスとジュリアは長いこと口付けをやめなかった。

 拙文をお読みいただき、誠にありがとうございます。お気に召していただけましたら、次話もどうぞ。


【次話へ進まれる前に】

・誤字報告、歓迎いたします。誤字脱字、その他日本語の用法の誤り等にお気づきのかたは、お手数ですが誤字報告いただけますと大変助かります。

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