第5話
翌日、ジュリアはアレックスと共に王宮へ入った。昨晩ジュリアがアレックスに伝えた内容が隊に知らされた。驚きと共に捜査の進展に士気が上がる。
アレックスも密輸を根から断つ事ができるかも知れないと期待が隠せない。
アレックス達は念入りに計画を練り上げた。
アレックスとジュリアは一緒に帰ってきた。
ジュリアの手を引いてアレックスが夕食に現れると公爵夫人が嬉しそうに口を開いた。
「ジュリア、アレックスとの仕事が落ち着いたら、しばらくピジェル侯爵家で暮らしてみない?」
ジュリアが首を傾げる。
「ヒューゴの屋敷ですか?また何故?」
アレックスがジュリアの代わりに疑問を呈する。
「ピジェル侯爵家は男の子3人でしょ?お姉様がね、“女の子が欲しかった”っていつも言ってるから、ジュリアさえ良ければどうかしら、と思ったのよ」
アレックスはジュリアを見る。ジュリアはしばらく考えていたが、ゆっくりと頷いた。
「そう!良かったわ!お姉様に連絡しておくわね」
ジュリアは控えめに微笑んだ。
「母上、本当の目的は何ですか?」
「あら、まるで私が何か企んでいるみたいな言い方ね、アレックス」
ジュリアを部屋へ送った後、アレックスは母親を訪ねた。突然ヒューゴの屋敷にジュリアを預けるなど、何か意図があるとしか思えない。
「さっき言ったでしょう?お姉様がいつも女の子を欲しがってたからよ」
「それは母上もでしょう?」
トリプレット公爵家も兄とアレックスしか子どもはいない。母がよく「女の子がいたら楽しかったのに」と言っているのを知っていた。
アレックスの兄グレイソンは既に妻帯しているが、仕事で国内を飛び回っているからほとんど屋敷に帰って来ない。兄が結婚した時は、公爵夫人は娘ができると喜んでいたが、兄は長期出張に妻を連れて行く事にしたため、公爵夫人の夢だった娘との生活は幻と消えてしまった。
だからジュリアとの生活は公爵夫人にとっては楽しいはずだ。一緒にお茶を飲んで、庭を散歩して、美しいジュリアを着せ替えて喜んでいたのに。
「どうして突然ジュリアを手放す気になったんですか?ジュリアと何かありましたか?」
「誰も手放すなんて言っていません。一時的にお姉様に預けるだけよ」
「…?」
アレックスは釈然としない表情を浮かべる。
「それにね」
公爵夫人が続ける。
「ピジェル侯爵家に私が預ける事にしたの。もしあの子がピジェル侯爵家から逃げ出したり自殺しようとしたら、ピジェル侯爵家の責任になるし、預けた私もいい気分じゃないでしょう?あの子にはそれが分かるはずよ」
公爵夫人はアレックスと同じ事を考えていたのだ。ジュリアの優しさと義理堅さで自殺を止めようとしている。
「まぁ、それもそうですが…」
アレックスは気乗りしなかった。ジュリアを自分の手元から離すのが心配だ。
「ちゃんと取り戻すから大丈夫よ。それより早く仕事を片付けてちょうだいね」
絶対に何か企んでいる。アレックスは確信しながら母親の部屋を後にした。
翌日もアレックスはジュリアを伴って出仕する。その翌日も、また翌日も。ジュリアはすっかりアレックスの隊に溶け込んでいた。
1か月以上かけて計画の準備を整えると、アレックスが書面にまとめて国王の承認を得た。これで作戦開始だ。アレックス達は明日にも出発する。ジュリアは首都で待つ事になる。
(大丈夫。あらゆる事態を想定して対策を立てたもの。きっとみんな無事に帰ってきてくれる)
ジュリアは祈るような気持ちだった。
アレックスは早朝に出発する。それを知っていたジュリアは、まだ暗い時間ながら起き出してアレックスを見送りに玄関の外まで出てきた。
「ジュリア」
ジュリアがアレックスを心配そうに見上げていた。
「お前が考えた作戦だ。隙はない。安心して朗報を待っていてくれ」
ジュリアがコクンと頷いた。愛馬に歩み寄り鎧に足を掛けたところでピタリとアレックスの動きが止まる。アレックスは足を下ろすと何故か戻ってきた。そしてジュリアに近づくと無言でジュリアを抱き締めた。
ジュリアはアレックスに黙って抱き締められていた。その引き締まった身体はジュリアを強く抱いて離さない。離せなかったのだ。この作戦は、ジュリアの運命を、生死を左右するだろう。自分の腕の中にすっぽりと収まる小さな存在を失いたくない、失う事などもはや考えられない。アレックスはジュリアへ抱いている自分の感情をはっきりと自覚していた。
アレックスが腕の力を緩めると、ジュリアがアレックスを見上げてくる。深紅の瞳が心配そうに揺れていた。ノーメイクのジュリアの顔は蒼白く健康的とは言えないが、それでも充分に美しかった。
アレックスは吸い寄せられるようにジュリアに口付けた。もう我慢する事が出来なかった。ジュリアの形の良い唇は想像した以上に柔らかく、そして甘かった。長いことジュリアの唇をたっぷりと味わい、アレックスはやっと唇を離した。ジュリアは驚いたように2つの宝石を見開いている。
アレックスは思わず再びジュリアを強く抱き締めてしまった。
(マズいな、これでは出発出来なくなってしまう)
ジュリアを離したくなかった。口付けたらその気持ちがより強くなってしまった。
「ジュリア…待っていてくれ」
ジュリアの耳元で囁いた。胸の中に抱き込んだ小さな頭が確かに頷いたのを確認し、アレックスはジュリアを解放すると素早く馬に跨りすぐに駆けさせた。振り返らなかったのは、振り返ればまたジュリアを抱き締めてしまいそうだったからだ。
ジュリアはアレックスの背中を見送る。その姿が見えなくなると、ジュリアはハッとして自分の唇にそっと触れた。アレックスに口付けられたのだ。人生で初めての口付けだった。それをやっと認識し、ジュリアは真っ赤になった。
「アレックスもなかなかだな」
上階の窓から下の玄関前をこっそり見下ろしていた公爵が呟く。
「ジュリアも真っ赤になっちゃって、可愛らしいこと」
隣で公爵夫人も呟いた。
「君の念願の娘が出来そうだ。良かったな」
「ええ。いずれは可愛い孫たちに囲まれて暮らしたいですわね」
公爵夫妻は顔を見合わせて笑みを交わした。
公爵夫人はその日のうちにジュリアをピジェル侯爵家へと連れて行った。ピジェル侯爵夫人はスラリと背が高くしっとりとした美人だ。大柄なヒューゴと並んだらさぞかし絵になるだろう。
「まぁ…驚いたわ。本当に綺麗な子ね」
ジュリアはペコリと頭を下げた。
ピジェル侯爵夫人は自らジュリアの手を取って屋敷中を案内した。ピジェル侯爵夫人は活動的でテキパキしている。使用人たちをまとめ上げ、夫の不在を見事に守っているようだった。
だがジュリアには甘かった。ただ世話になるだけでは申し訳ないとジュリアが使用人として使って欲しいと頼むと、夫人は驚きながらも許してくれた。ただし夫人とお茶を飲んだり、お喋りの相手をしたり、侯爵家の娘のような振る舞いも求められた。
さらに夫人はジュリアのために流行りのドレスを作らせたり、栄養不足で傷んだ肌や髪の手入れも念入りにさせた。
使用人からのジュリアの評判は上々だった。仕事は早く丁寧で正確で手抜きもない。常に先を読んでいて、言いつける前に仕事を終えている事も度々で執事や侍女長を驚かせた。
しかもきちんと手入れをするとジュリアは輝くばかりに美しくなっていった。惨めに痩せ細っていた身体は、少しずつ女性らしい柔らかなラインが現れ始めていた。身体中のアザや傷も癒え、肌はふっくらとつややかになり、プラチナプロンドは本来の白金の輝きを取り戻した。
公爵夫人は念願の可愛い娘を得て、充実した日々に満足していた。
ジュリアは湯を使いながら自分の身体を見る。枯れ枝のようだった手足はまだ細いながら肉づきが良くなっていた。微かな傷痕はあるもののアザはすっかり消え、白い肌は滑らかだ。
(私には勿体無い贅沢な暮らしだけど…公爵夫人様にも侯爵夫人様にもご迷惑はおかけできないし…)
湯から上がり、用意されている夜着に腕を通す。そのシルクの肌触りにもすっかり慣れてしまった。
ジュリアはベッドに腰掛けてアレックスと隊のみんなを思った。アレックスは頻繁に手紙をくれる。情報漏洩を警戒して具体的な内容は書かれていないが、万事順調だと知らせてくれていた。
まだ自分は死ぬべきだとの意志は消えない。しかし密輸事件の背後にアプトン伯爵家の影があると確信し、結末を見届けるのが自分の義務だと思ったのだ。もはや自分はアプトン伯爵家とは関係ないのだと思いながら、知らんぷりはどうしても出来なかった。だから自分の知り得る限りの情報を提供した。それがアプトン伯爵家を追い詰める決定打になる事は分かっていた。しかし真実を明るみに出し、薬物や武器から人々を守るためにはそれしかない、そう考えたからだ。
ジュリアはそっと自分の唇に触れた。出発の朝、アレックスに口付けられた。その意味は分からない。帰ったらアレックスは教えてくれるだろうか。死ぬ前に、口付けの意味だけは知りたいと思うのは我儘だろうか。
ピジェル侯爵夫人に呼ばれてホールへ行くと、そこには夫人の他にアレックスと同じくらいの年齢の男性がいた。夫人と談笑していた男性はジュリアが部屋に入ると立ち上がり、驚いたようにジュリアを見つめたまま固まった。
「ジュリア、息子のオーリーよ。こう見えてダンスの腕前は悪くないの」
ジュリアはオーリーに頭を下げる。オーリーはまだ固まっていた。夫人がオーリーを小突くと、やっとオーリーが反応した。
「オーリー・ピジェルだ。君が…ジュリアか…」
オーリーは静かにため息をついた。こんな美女は見たことがなかった。まるで彼女の周りだけ光が集まっているかのようだった。もしジュリアが天使だと言われても信じただろう。この世のものとは思えないほどの美しさだった。
「オーリーと踊って見せて欲しいの。オーリーがリードするから心配ないわ」
言うと夫人はピアノの前に掛け、演奏を始めた。オーリーが手を差し出す。ジュリアは状況が飲み込めないながらも、反射的にその手を取った。
オーリーはジュリアと踊りながら舌を巻いていた。ジュリアのダンスは自信なさげだし多少ぎこちない部分はあるが、技術的には完璧で、オーリーのリードをよく読んでついてきてくれる。テンポを上げても難しいステップでも踏み間違えることはない。ジュリアを指導するよう母親に言われて面倒だと思いながらホールに来たものの、オーリーはジュリアとのダンスをちゃっかりと楽しんでいた。
しかもジュリアは美しい。練習とは言え、こんな美女とダンスする機会は無駄に出来ない。オーリーの片手は必要以上にジュリアの手をしっかりと握り、片手はジュリアの腰にピッタリと当てられ、その細く柔らかな感触を楽しむ事も忘れなかった。
ダンスを終えるとジュリアはオーリーに淑女の礼をとった。オーリーは笑顔で再びジュリアの手を握る。
「ジュリア、とても上手だよ。教える事は無さそうだけど、良かったらまた踊ってもらえるかな?」
ジュリアは微笑んで頷いた。微笑み掛けられたオーリーは、頬を紅潮させてジュリアの手を離さなかった。
ピジェル侯爵夫人は、ダンスの他にも様々な教養をジュリアに施そうとした。が、夫人の目論見は良い意味で裏切られた。ジュリアは既にどんな教養も十分すぎるほど身につけており、それ以上施しようがなかったからだ。
夫人がジュリアに楽器を選ばせるとピアノとビオラを選んだ。演奏させるとそれは見事なものだった。しかもどんな楽譜でも初見で完璧に演奏してしまう。雇った音楽教師はその日のうちに不要になった。
ピジェル侯爵夫人は、ジュリアを伴ってトリプレット公爵家を訪れていた。妹も交えてお喋りするためだ。
ジュリアは公爵に呼ばれて席を立っていた。
「ねぇ、あの子、このままうちに貰えないかしら?」
「だめよ、お姉様。ジュリアはちゃんと返していただぎますから」
「でもね、オーリーがあの子のこと気に入っててね」
本当は気に入ったなどと言う程度ではなかったが、侯爵夫人は控えめに言った。オーリーはジュリアにすっかり恋をしていた。暇があれば練習に託けてジュリアをダンスに誘い、いつもジュリアを側に置きたがった。ジュリアのために若い女性に人気のお菓子を買ってきたり、アクセサリーをプレゼントしていた。ジュリアは精一杯遠慮していたが、次期侯爵に「君のために買ってきた」と言われれば、受け取らないのは失礼に当たる。
「ジュリアもうちに馴染んできたし、このままオーリーと結婚してくれれば嬉しいんだけど」
「いくらお姉様の頼みでも、ジュリアは譲りません。ジュリアはアレックスと結婚するんですから」
公爵夫人は初めからそのつもりだったのだ。ただ伯爵令嬢と言ってもすでに死亡した事になっているジュリアは、もはや伯爵家の者ではない。貴族の身分のない女性を貴族に嫁入りさせる時には、一旦他の貴族の養女としてから嫁入りさせると言う手段が取られる。だからジュリアをピジェル侯爵家の養女にしてもらって、そこからトリプレット公爵家に嫁入りさせる計画なのだ。もちろんピジェル侯爵夫人にはその計画を打ち明けていたが、ジュリアが予想以上に素晴らしく、ピジェル侯爵夫人もオーリーも、すっかりジュリアの虜になってしまい、手放したくなくなってしまったのだ。
「でもオーリーの妻になれば、ジュリアは次期侯爵夫人よ。アレックスは次男ですもの。ジュリアはうちに譲ってちょうだいよ。お願い!」
ピジェル侯爵夫人がお願いポーズで迫るが、公爵夫人は決して譲らない。
「お姉様、諦めてくださいませ。ジュリアとアレックスは、もうずっと思い合ってるんですから」
もうずっとというのは脚色だが、2人がお互いを憎からず思っている事は確かだ。出発の朝の口付けを見ていた公爵夫人は確信していた。少なくともアレックスはジュリアを愛している。誰かに譲るなど考えられない。
「ジュリアが本当にうちの娘になってくれれば…」
ピジェル侯爵夫人は残念そうにため息をついた。
「あの子には驚かされた。本物の天才がいると知ったよ」
食事を終え、公爵は興奮気味に夫人に話しかけた。
アレックスから、ジュリアが鉄砲水を予測したと聞いていた公爵は、災害について調べていた。ちょうどピジェル公爵夫人がジュリアを伴って来ていたから、ジュリアを呼んで話をさせたのだ。最初は災害の話だったのだが、ジュリアがあまりに博学で、いつの間にか話題は気象から天文学・地質学・物理学・数学に幾何学にも及んだが、ジュリアの知識はとんでもない量だった。聞けば、自由に読んでいいと言っておいた城の図書館の本も、既に半分以上読破してしまったらしい。公爵の趣味の考古学の知識も公爵以上で、公爵は密かに悔しく思ったほどだ。
「ええ、あの子の賢さは一般的な認識を遥かに超えていますわ。それが仇になって、しなくてもいい辛い思いをして来たのです…」
だからジュリアはこれから幸せにならなくてはいけないと公爵夫人は思っていた。過去は変えられないが、辛い過去の分、未来は幸多くなくては不公平ではないか。
「またあの子とゆっくり話をしたいものだ」
「あら、あの子がアレックスと結婚すれば、毎日話せますわ」
「そうだな。…それで、式はどこの聖堂がいいかな?」
公爵と夫人は、嬉々として次男の結婚式の相談を始めた。
アレックス達が出発して3か月。その日、首都は大騒ぎだった。
薬物や武器を密売していた商人が次々と逮捕された。それを購入していた者もだ。中には貴族も含まれ、王宮も混乱に陥った。
日を置かず、密輸に関わった者が次々と首都に連行されてきた。その数は100人を超え、大掛かりな密輸の実態が明らかになった。
直前にアレックスから、間も無く帰還するとの手紙を受け取っていたジュリアは落ち着いていた。逮捕者達の取り調べや裏付け捜査のために先行して帰ってきたヒューゴと共に王宮に上がり、情報整理を手伝った。
ヒューゴはジュリアの事務能力の高さに驚いていた。100人超えの逮捕者とあまりに膨大な情報の整理のために文官の手を借りなくてはならないと思っていたのだが、ジュリアはたった1人で情報整理をこなした。しかもジュリアに尋ねると資料を見なくても瞬時に正確な答えが返ってくる。ジュリアは捜査に関する全ての情報を一文字も違えず記憶していたのだ。
恐るべき速度で書類を捌いていたジュリアの手が突然止まった。書類を持つジュリアの手が微かに震えている。ヒューゴには分かっていた。そこにはアプトン伯爵家またはヴァイオレットの嫁ぎ先リアストー伯爵家の名前があるに違いない。
「嬢ちゃん、全部ひとりでやらなくていい。文官の手を借りよう」
ジュリアはゆるゆると首を横に振って、近づいて来たヒューゴを見上げた。深紅の瞳が潤んでいる。涙の光を湛えた宝石は美しかった。ヒューゴは場違いにジュリアに見惚れた。
ジュリアが手元の用箋にサッと書く。“大丈夫です。お役に立たせてください”と書いてある。その字はしっかりして乱れはない。ヒューゴはジュリアの頭をポンポンと撫で、仕事を任せることにした。
アレックスは悶々としていた。と言うか苛立っていた。なぜかやたらと機嫌の悪いアレックスの様子に、部下達も恐れをなして近づかない。
「隊長、もう少し気持ちを抑えてもらえます?」
耐えかねた部下を代表してライラが口火を切った。
「…どう言う意味だ?」
剣呑な目でアレックスがライラを見る。
「早く帰りたいのはみんな一緒です。隊長だけじゃないんです。私だって早く夫の元に帰りたいですけど、耐えて仕事に集中してるんです」
大量の逮捕者を出しながら、事態は終息しつつあるが、アレックスたちは事後処理に追われてなかなか帰途につけない。
「それがどうした?」
アレックスの秀麗な眉間に縦皺が寄る。
「私には分かってますよ。隊長、ジュリアに早く会いたいのに会えなくて機嫌が悪いんでしょう?ジュリアが心配なのは分かりますけど、仕事が早く終われば、その分早くジュリアに会えるんです。隊の雰囲気を悪くするような態度は逆効果だと思いますけどね」
ライラの指摘に隊員が目を剥く。
「隊長、ジュリアに会いたいからって…」
「それで不機嫌だったのか」
「確かにあんな美人と離れ離れじゃ…」
「あの子は男たちが放っとかないよな」
「もしかしたら今頃、他の男と…」
「うるさい!!!!!」
突然アレックスが立ち上がって叫んだ。と思ったら、ヘタっと座り込む。
「…そうだ、ライラの言う通りだ。みんな悪かった。気をつけるよ…」
片手で顔を覆って呟くように吐き出した。
自分がこんな気持ちになるとは思っていなかった。ジュリアを抱きしめた時の感触、唇の味と柔らかさが忘れられない。日に日に美しくなる、いや、本来の美しさを取り戻していくジュリアに魅せられていた。
離れている間に消えてしまうのではないか、また死のうとしているのではないかと心配でならない。待っていてくれと言ったアレックスに頷いたジュリアを信じてはいるが、心配はまた別次元の話だ。しかもジュリアは美しく適齢期だ。毎日王宮に出仕していた時も、アレックスが常に手放さなかったから問題なかったが、彼女を見る男どもの視線は明らかに熱を持っていた。今もヒューゴと共に王宮で仕事をしてくれているはずだが、誰かがジュリアに触れているのではないかと気が気ではない。
「大丈夫ですよ。ジュリアは頭の良い子です。変な男に引っかかったりしませんって」
ライラが慰めるようにアレックスの肩に手を置く。
アレックスは黙って頷いた。そして猛烈な勢いで仕事に取りかかった。
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