わからないまま転がる
1.
「それはかなりクレイジーね」
「でしょ・・・」
私は学食で、同じゼミの友達にエマに話を聞いてもらっていた。
「ていうか、なにそれ、寝取られ性癖ってやつ?」
「そういうのとは違うと思うな」
ちなみに、彼女には私が女性同士で交際していることは話していない。
そのせいか、心配どころがずれている気がする。
「・・・といか、そんな男とは別れたほうがいいよ」
「んん、まあ、そうかもだけど」
「なんなら、合コン組もっか?」
「いや、就活しないと」
「それもそうね」
毎回、説明会に誘ってくるのは彼女だったりする。
「まあ、とにかく、彼から理由を聞き出してみることね」
2.
次に会ったらじっくり話を聞こう。
そう思っていた私の意思は出会い頭にくじかれる。
待ち合わせの喫茶店に先に着いていたエマの隣に、どこかで見た覚えのある男性が座っていた。
「この子が小花衣メイよ。挨拶しなさい」
「どうも、初めまして。我妻ケンです」
と、そのエマによく似た美青年は会釈をした。この前、エマに送られた写真に写っていた人、つまりエマの弟だ。
「えっと、初めまして・・・」
つられて会釈するが状況が飲み込めない。
まさか、今からホテルに行ってこいとか言われるんじゃないだろうな。
「ほら、もっと話し掛けなさい。自分で紹介してくれって言ったんでしょ」
「ね、姉さん・・・」
「エマ、私は・・・」
「ケンは将来、研究室の仲間と起業する予定ですって。優良物件よ。話くらい聞いてあげて・・・どうせ、今、付き合ってる人はいないんでしょ」
「えっと、まあ・・・」
ここでエマと付き合ってますなんて言っても冗談にしか思われないだろう。
それ以上に、エマが私と弟をくっつけたがっている理由を知りたい。
そのためにはひとまず話を合わせるのがいいように思えた。
「メイさんは、就活中って聞きましたけど、どっち方向に?」
「私は・・・」
「じゃあ、結婚しても働くつもりで?」
「まだ、そこまで考えてません」
「こら。ケン、ちょっと踏み込みすぎ」
「ご、ごめんなさい」
「まあ、それだけ真剣に考えているということで・・・とりあえず、仕事の話は置いておいて趣味の話でもしたら? 二人ともまだ学生なんだし、ほら、好きな映画とか」
「映画だと、俺は爆発とかするやつばっかり見てるなぁ」
「ふっ・・・」
爆発とかするやつ、という言い回しがなんかツボに入った。
「私も好きですよ。爆発とかするやつ」
「じゃあ、あれは見ました? ブルース・ウィリスの新作の・・・」
「いえ、最近は忙しかったから」
「ああ。就活ですからね。俺も、ここんとこ土日まで研究室で」
「だったら、これから観に行けば? 今日は一日息抜きのつもりなんでしょ」
「いいですね。メイさんもいいですか?」
「え、ええ・・・」
三人でショッピングモール内にある映画館に入って、チケットを買って、ポップコーンを買って、上映前にトイレを済ませて戻って来たらエマの姿がなかった。
「あ、ああ、えっと、姉さん、急にバイト先にヘルプ頼まれたから帰るって・・・」
気まずそうなケン。両手にポップコーンのカップを持って、所在なさげにしている。
どうもエマに一杯食わされたようだ。
入場開始のアナウンスが流れる。
「とりあえず、映画、行こうか」
「そうですね」
なんだか、うまく乗せられているような。
まあ、映画自体はみたいと思ってたものだし、買った食べ物を無駄にするのもよくない。
二人でスクリーンに入る。席は三つ取っていたが、私たちは間を空けずに座った。
映画が終わると丁度、ご飯時になっていた。
私たちはショッピングモール内のフードコートに席を取った。
「映画、面白かったですね」
「ええ。でも、あのオチはちょっと可哀想です」
「確かに、まあ、あお俳優はだいたいいつも報われない役だし」
「ふふ。そうなんですけどね」
などと、話しているうちに日も暮れた。
私は駅まで送ってもらって、ケンと別れた。
最寄り駅から家までの帰り道。
「あれ? 今の・・・」
車道を挟んで反対側の歩道に、エマがいたような気がした。
「ううん。今のは絶対、エマだった」
人混みの中で浮いて見えるほどの美人だった。私がエマを見違えるはずもない。
バイトの呼び出しが嘘なのはわかってたけど、なぜうちの近くにいるのだろう。
バイト先も、本業の勤め先も方角が違う。この近所は住宅街で余所から来て面白いものもないはずだ。エマがこの近所に来る用事など、私の知る限りではない。
父親と二人で住んでいるアパートに着いた。
「ただいま」
「おかえり、メイ」
「・・・父さん、なにかいいことでもあった?」
「いや・・・突然、なに?」
「なんとなく機嫌がいいような気がしただけ」
一緒に住んでいる家族だからわかる程度の小さな変化だが、少しばかり声色が明るい気がする。
「・・・そう」
私はそれ以上、追求しなかった。
それよりも気になることがあったからだ。エマのことと、ああ、就活もこれからもっと忙しくなるんだった。
3.
それからの日々は慌ただしいものだった。
同級生の何人かが内定を取り始めて、私もいよいよお尻に火が付いた。
尻に火が付いた・・・なんて、ちょっと下品な表現を使ってしまうほどには焦っていた。
そんな中でも、なんとかエマに会う時間を作ろうとしていたのだが。
「ごめんなさい。その日は仕事だから」
休日に副業をしているエマと、就活生の私ではスケジュールが合わず会えない日々が続いていた。
「ああ、またか・・・」
もう何通目かもわからないお祈りメールをもらった。最早、落ち慣れてため息すらでない。
「エマ・・・こっちもか・・・」
エマとのデートも断りのメールが来た。
「会いたいな」
エマでも、大学の友達でも。
面接の人と、大学の就活支援センターの人と・・・そういう関係の人としか会話をしない日は何日目だろう。
就活が上手くいかないこともあって、ストレスが限界だった。
パァーッと息抜きがしたい。
いい加減、誰かと呑みにでも行きたかった。
「着信・・・ケン君?」
ケンとも映画を見たとき以来、会ってなかった。しかし、メッセージアプリでやりとりは続いていた。
むしろ、エマより頻繁にやりとりをするくらいだ。
面接に落ちた、と送ったとき、すぐに励ましの返信をくれたのだ。向こうだって、起業の準備で忙しいだろうに。そこからなにかあったとき、エマだけでなくケンにもメッセージを投げるようになった。
「週末? 遊びに?」
久しぶりに時間が出来たので遊びに行けないかというものだった。
誘われたのは、ちょうどエマを誘おうと思っていた日だった。
4.
「それで、その面接官が最悪でさ」
「うわ。それは大変だったね」
「うん。もうやんなっちゃう」
ケンと入った店で、就活のストレスのせいか、私はすっかり深酒をしてしまっていた。
もう自分がどれくらい呑んだかも覚えていない。
とにかく、グラスが空になったら次の注文をしていた。
「いっそ、うちで雇えたらいいんだけど」
「私、そっちのほう全然わかんない」
「事務員とか」
「それなら行きたい」
「ごめん、将来的にはって話。まだ事務員、入れられる規模までいけるかわかんないし」
「なんだぁ。がっかり」
「ごめんってば・・・今日は来てくれて嬉しかった」
「・・・ん?」
「あれからずっと会ってくれなかったから、ダメなんじゃないかって思ってた」
「ん・・・そんなふうに言ってもらえたの久しぶり」
最近、ずっとごめんなさいって言われてばかりで。
ああ。なんか疲れちゃったな。
「呑みすぎだよ。そろそろ出よっか・・・ほら、立って」
「うん」
促されるままに外に出た。
夜風がアルコールで火照った頬に心地よかった。
「駅まで送ってくけど、そこから一人で大丈夫?」
「ふえ。らいじょうぶれす」
「ううん? タクシーのほうがいいかな」
「ムリ。車、吐いちゃう・・・もう寝たい。寝れるとこ」
「もうちょっと頑張って」
そのとき、寝られる場所の看板が目に入った。
「そこ、寝る」
「そこって・・・ちょっ、いいの?」
「いいよ。もう疲れたよ・・・誰か、一緒に・・・」
「ん。わかったよ」
そして、私は久しぶりに人肌の温かさを思い出した。
もともと、男の人がムリというわけでもないのだ。