彼女に弟と子作りしろって言われたんだが訳かが分からない
0.
「うちの弟と子作りしてくれない?」
「はいぃ?」
「私もあなたの兄弟とするから」
確認しよう。
私の名前は小花衣メイだ。女子大生。四年生。もうすぐ就活を始めなければならない。
目の前にいるのは、我妻エマ。社会人。OL。私の恋人。
「・・・で、えっと、なに?」
つい、エマから目を反らしてキョロキョロしてしまう。
うん。私に話し掛けている。
「なんで?」
「ダメ?」
「いや、ダメって言うか・・・ダメだけど・・・なんで?」
「大丈夫よ。遺伝子的には99.95%同じだから」
エマは笑顔を崩さない。
ああ。本当にキレイな顔だな。
1.
私はその年の誕生日、失恋した。
大学生になってから付き合いだした一つ上のイケメンの先輩。交際は順調だった。別の女の影があったわけではない。クリスマスとか誕生日とか、記念になる日は欠かさずに祝ってもらってたし、旅行にもあちこち行った。
だったのに、彼の就活が始まってからどんどん会う回数が減っていって、連絡がなくなって、その時点で自然消滅したようなものだったが、この状態のまま誕生日を迎えるとは思っていなかった。
という話をバーテンにした。
「ふ~ん。それで今日、フラれたと思うことにしたと」
その話をしたバーテンがエマだった。
髪をアップにしてバーテンの服を着たエマは凜として、イケメンって感じだった。
胸の膨らみが明らかに女性なのだが。
「ところで、ここは一応レズビアンバーなんだけど?」
「あ、えっと、ごめんなさい・・・」
「まあ、いいわ。今日くらい見逃してあげましょう」
どこか男のいないところに行きたかった。
それで目についたのがこの店だった。
「でも、あなた、その人のこと追いかけなかったわけ? なんか話聞いてるとずっと受け身な感じなんだけど」
「う、うん・・・」
自業自得と言われればそれまでなのだ。
確かに、私は彼との交際に消極的だったといえるだろう。
自分から連絡することはなかった気がする。デートに誘うのはいつも彼の方。デートプランを立てるのも、もちろん。
「ははは。彼、よく二年も耐えたな」
「うう・・・」
「男の話は余所でしない? 私、もうすぐ上がりだから」
「はい。いいですよ」
夜の街に連れ出された私は自分のセクシャリティを間違えていたことを知った。
「ねえ、次はいつ会える?」
私の口から彼との二年間の交際でついぞ出ることのなかった言葉が出た。
「ん? 次の休みにね」
「週末の方が忙しいんじゃないの?」
接客業とはそういうものではないだろうか。
「私、平日はOLしてるから。バーテンは週末だけのアルバイト」
「じゃあ、けっこう忙しいんだ」
「まあね」
さらっとしたエマの受け答え。
胸が苦しくなった。
私の寂しさに対して、あっさりすぎるように思った。
「ほらね。しんどいでしょ?」
「・・・?」
「元彼もこんな気持ちだったって話」
「ああ・・・うん。気をつけます」
「じゃあ、来週も店に来て。平日でも夜なら電話、でられるから」
「うん」
次に会う約束をした。
それだけで世界がパアッと明るくなったような気がした。
2.
「ふぅん。じゃあ、将来はそっち系に行くんだ」
「うん。そのつもり・・・エマと同じ会社には行けないかな」
「会社でなんて会わない方がいいよ」
「そうかもだけど・・・」
二人で布団に包まりながらそんな話をした。
なんかすごく今さらな感じ。
私たちはお互いの裸も、体温も、肌の感触も知っているのに通っている大学や勤めている会社のことを知らなかった。
元彼と出会ったときには、大学名を知って、学部を知って、私はその学校と学部がどういうものか知っていて、やってるスポーツを知って、私はそのスポーツの人気を知っていて、彼の先輩がどこに内定をもらっているか知っていて、親の職業を知って、初デートのときにどのレストランを知って・・・。
そして、彼を好きになった。
エマのときは好きになって、彼女のことを少しずつ知っていく。なにか一つを知るだけで嬉しい。その答えがなんだって嬉しい。
彼のときはどんな答えが返ってくるか、面接官のようにジッと観察していたような気がする。この人のことを好きになってもいいかなって考えていた。
まるで逆。
これが本当に誰かを好きになるってことなのかな。
「そろそろ起きようか」
「まだいいよ」
「映画の時間、終わっちゃう」
「いいよ。今日は寝てよ」
「あーあ。社会人の休日は貴重なんだぞ」
と言いつつ、枕に顔を埋めるエマ。
「エマ、こっち向いて」
「・・・ん」
私はエマに唇を寄せた。
「よし。やるか」
「朝だよ」
「自分で誘ったくせに」
布団のなかで足を絡め合った。
ようやく勤め先を知った彼女の肌の感触にどんどん詳しくなっていく。
3.
「いらっしゃい。また来たのね」
エマが働いているバーに入店した私を迎えたのは、この店のオーナーだった。チラッと聞いた話では私の倍くらいの年齢だがちっとも年を感じさせない外見をしている。
「今日もエマちゃん目当て?」
「えっと・・・」
「ごめんね。今、接客中だから」
マスターが指を指した先にバーテン服のエマ。カウンター席のお客さんとなにやら楽しそうに話している。
「あの子、顔がいいからね。大人気よ」
エマが働いているところは何度も見ているが、常にお客の誰かに捕まっていた。
「ここに来たばかりのころはこの世の終わりみたいな顔してたのに、いい笑顔をするようになったものだわ」
「そうなんですか?」
「気になる? あの子は大変よ。モテるくせに、好きになった相手にはすごく重いから・・・」
「店長、なに余計な話してるんですか?」
「おっと、食材の補充をしなきゃ」
店長は店の奥に逃げていった。
「おまたせしました」
私の注文した飲み物。
「ごゆっくり」
それだけを言って、次の注文に手をつけるエマ。店でエマのほうから話し掛けてくることはない。
ここではあくまで客と店員。
そっけない態度を取られるのはちょっと寂しいけれど、エマが働いている姿を見るのは楽しかった。
格好いいバーテン服で、背筋をピンと伸ばしてカウンターに立つエマ。
淀みのない手つきで注文をさばいていく姿は一流って感じで美しい。
前に会社でなんて会わない方がいいなんて言ってたけど、働いている姿もやっぱり格好いいじゃない。
「エマちゃん、そろそろ交代よ」
店長が伝票片手に戻ってきた。
「はい」
入れ替わりにバックヤードに引っ込むエマ。
そのタイミングで何組かのお客さんが席を立った。
「ああ・・・まかないでも作るかしら」
と、注文もないのに料理を始める店長。
ちょっと可哀想な気がするが、私も他の客と同じタイミングで席をたつ。
4.
「メイ、週末の予定だけど・・・」
「ごめん、エマ。今週は説明会で」
エマとの交際が始まって、一年が経った。
私は細々と就活を始めていた。
始めたとは言っても、大学の友達に誘われたときだけ説明会に参加するだけというすごく消極的なものだ。
もうはっきり、そんなのは始めたうちに入らないなんて言われたりもする。
しかし、それでも土日は半分くらいつぶれたりする。
今週は、と言いつつ実は先週もエマの誘いを断っていた。
そうやって、会う時間が少しずつ減っていっていた頃だ。
久しぶりのデートでエマが突然、切り出した。
「うちの弟と子作りしてくれない?」
「はいぃ?」
「私もあなたの兄弟とするから」
確認しよう。
私の名前は小花衣メイだ。女子大生。四年生。いい加減、就活に本気を出さなければならない。
目の前にいるのは、我妻エマ。社会人。OL。私の恋人。
「・・・で、えっと、なに?」
「あなたと私の弟が、セックスして、子供を作って、結婚」
つい、エマから目を反らしてキョロキョロしてしまう。
うん。私に話し掛けている。
「なんで?」
「ダメ?」
「いや、ダメって言うか・・・ダメだけど・・・なんで?」
「大丈夫よ。遺伝子的には99.95%同じだから」
エマは笑顔を崩さない。
「でも、私、兄弟いないし・・・」
そうじゃない。
「ああ、うっかりしてたわ。確か、父子家庭で父親と二人きりだったわね」
「う、うん」
「じゃあ、父親とするわ」
「なんでっ?」
「それはもちろん血の繋がった子供が欲しいからよ」
「ん、まあ、子供はほしいかもだけど、だからって・・・」
「大丈夫よ。遺伝子的には99.95%同じだから」
それはさっきも聞いた。
「え、エマは私が男の人とセックスしても平気なの?」
「んん・・・浮気はいやだけど、この場合、人工授精みたいなものでしょ」
言いたいことは分からなくもないけど、感情的にはとても受け入れられない。
「エマは男の人とセックスするの平気なの?」
「まあ、男の人に関心がないからそれこそ人工授精みたいなものかな・・・やったことないけど、多分、平気だと思う」
「なっ・・・」
酸欠の金魚みたいに口をパクパクしてしまった。
エマ、処女なのにっ。
「あなたは男がムリというわけでもないでしょ。だから・・・ね」
「えっと、その・・・」
「そうね。学生のうちからいきなり子作りって言われても難しいよね。まあ、一度、考えてみてくれないかしら」
エマはスマホを取り出した。
私のスマホに着信が来た。メッセージアプリが画像を受け取っていた。
「写真、送ったから。じゃあ、今日はこれで」
「いや、その・・・」
戸惑っているうちに、エマは歩き去ってしまった。
残された私は送られてきた画像を開く。
一目見て、エマの弟だとわかった。目鼻の整いかたがエマとそっくりだ。中性的な雰囲気すらある美青年だ。
「でも、だからって・・・」
この男の人とセックス?
それも恋人であるエマの願いで?
「全然、わかんないんだけど」