第54話 千陽子の伝言
病院で香が万紀男から話を聞きます。
第54話 千陽子の伝言
ここは、大阪第三病院のICU。
ICUとは言っても、流石に精密な医療器具や機械がある部屋を使用する訳にはいかないので、その隣にある関係者控え室を使うことになっていた。
そして、そこには既に今回の事故の特殊性などもあって制服の警官が二人配置されていた。
これは、万紀男の事を守るためということと、万紀男が病院から逃げ出すのを防ぐためという二つの意味があったが、警察としては、万紀男は千陽子の失踪に絡んでいる重要参考人であり、その事で『警察から追及されるのを恐れ、逃走や自殺をする』というのを防ぐという意味では後者の理由が近かった。
そんな状況なので、普通ならば香のような一般人には入る事が出来ないのだが、黒山が千陽子の関係者だということや、意識が戻った万紀男がこの後で、一般病棟に戻されるくらい回復しているので話をするくらいなら大丈夫であろうという担当医師の許可もあって、黒山が千陽子の捜索に必要であるからと理由を付け、上層部に許可を貰い、香は特別に面会を許されることになったのだった。
先に黒山が控え室に入り中で待機していた制服警官と交代し、その後、黒山が香を控え室に招き入れた。
部屋の中には小さなベッドが置かれ、そこに万紀男が座っていた。
少し伸びた髪の毛は目に掛かる程度で、よく見ると嫌みの無い端正な顔立ちをしている。
ベッドの脇には先ほどの警察官が座っていたと思われるパイプ椅子がいくつか置かれていた。
香は黒山にそのひとつを差し出されたのでそこに座る。
「さて、万紀男君、この女性に千陽子から託されたという伝言を話してくれないか?」
と黒山が万紀男に言うと、万紀男は香の方をチラリと見て直ぐに黒山に視線を戻した。
「この方は?」
「美山香さんと言って宮離霧千陽子さんのお友達だ。」
「そうですか。」
万紀男は黒山の説明にそう応えると今度は香の方を向き、香をじっと見た。
「……!」
万紀男が何かに気付いたというか、様子がおかしくなっていた。
体が震え、涙を流している。
「どうした?万紀男君?」
その様子を見た黒山が万紀男に尋ねる。
「い、いえ、だ、大丈夫です。」
万紀男は一回大きく深呼吸をしてから、香に千陽子、いやチョッコ・クリムという者から託されたという伝言を伝えるとともに、不思議な異世界の話を始めたのだった。
それは、万紀男が『魔法世界マーリック』という異世界に転生し、そこで強力な能力を持ったアズマンという人物として生きていたこと、そして、その魔力の強大さのため、体がクリスタルの状態となった後は、地下世界で7000年の時を過ごし、最後には宮離霧千陽子が転生したというチョッコ・クリムという魔法使いに出会い、そこで伝言を託されたと話をした。
最初は万紀男自身も、チョッコ、つまり千陽子の話を信じることが出来なかった。
それは、万紀男が、この世界に再び転移するかも知れないということだった。
千陽子と話をしたとき、何故か、千陽子には万紀男がこの日本にもう一度、転移し直す事がわかっていたような口振りであったと話した。
そして、その話というのが、クリスタル状態となっていた自分の体が崩壊して、神に精神界というところへ連れていかれる直前に聞かされたというものだっだ。
「チョッコさんは宮離霧千陽子さんの生まれ変りだと話していました。そして、私に『もし、このまま、お前が精神界に行かずに、日本に戻る様な事があったら黒山という刑事と、香という女にそれぞれ伝えてくれ。特に香には殺しの事件ではクロさんに捜査協力したからコーヒーだけじゃなく焼き肉を奢って貰え。多分まだやろうからな。』と…私は何の事か意味がわかりませんでしたが…」
それを聞いた香の表情がピクリと反応した。
「た、確かにそんな事を言うのは千陽子さんしかおらへんわ。」
「そやな…」
香と黒山が苦笑いを見せる。
黒山に焼き肉をおごってもらった事は車で和田洋介を追いかける時に千陽子が初めて香に明かした話だ。
※転生前は芸人だった。 宮離霧千陽子の異世界コント ~伝説のお笑い芸人目指して~参照
大した話ではないが、千陽子以外でこの話は黒山と香しか知らない話だ。
他のメンバーにバラしたら千陽子にぶん殴られるかも知れないから香は絶対に言わないと黒山もわかっているだけに、その話の信憑性が増す。
「それとあと、『ワイはここにおる。旦那も出来た。男前やで!どうや言うた通りやろ!』と言ってました。どういう意味ですかね?ははは。」
と万紀男も千陽子の伝言に頭を傾げながら愛想笑いをする。
だが、その言葉を聞いた香の反応はそんなものではなかった。
「あ、あ、あははは…」
香はそれを聞いて力が抜けたように顔に手を当てて下を向いた。
そして、その顔に当てた指の隙間から涙がポロポロとこぼれ、床に落ちる。
香が涙を流したのには理由があった。
それは千陽子が転生する前に一度だけ香に口にしていた言葉だった。
『ワイはこんな性格やし、目付きも悪い。この人生で結婚とか恋愛は無理やと思う。本当のとこ、一度はエエ男と『燃える様な恋』とかしたかったけどな。まあ、今、異世界コントしてるんやけど、そこに出てくるみたいに『異世界転生』とかしたらチャンスはあるかな?ハハハハハハ!まあ、そうなったら、せいぜい男前を捕まえたるわ!見とけよ!』
と言っていたのだ。
何気ない言葉だったが、香にとって、その言葉の答えが万紀男の口から出た事により、千陽子が異世界に転生した事を決定付けたのだった。
「千陽子さん…千陽子さん…ううう、うわああああ!!」
香がその場に泣き崩れる。
「やっぱり間違いないんか?」
「うぅぅ、はい…」
黒山が泣き崩れた香を支えながら椅子に座り直させると、香も頷きながら答える。
「ふー、仕方ないな。せやけど、こんな話、上が理解してくれるんかいな。ちょっと報告してくるわ。香はもうちょっとだけ万紀男の相手をしとってくれ。」
黒山は大きく息を吐いた後に、香にそう言うと控え室から出て行った。
それを見届けた万紀男が香に声を掛ける。
「すみませんでした。驚かせてしまって。」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございます。」
香がそう言うと万紀男は今まで見せていた笑顔を真面目な顔に戻す。
「あ、あの、美山さん、変な話なんですが、退院したら、僕とまた会って貰えませんか?」
「えっ?私と…ですか?」
香は万紀男の申し出に少し戸惑う。
「あの、宮離霧千陽子さんって…コントとかはずっと見てたんですけど、普段はどんな人だったのかなと…聞かせて頂ければなぁって…」
万紀男は頭を掻き、少し照れたような顔をしながら香を見る。
香の方も、千陽子の話を全て聞いた訳ではないので、万紀男から千陽子の話を聞けるのであればまた会っても損ではないだろうと思って返事をする。
「ええ、構いませんよ。私ももう少し聞きたいこともあるんで。」
と言って香は少し笑顔を見せながら返事をする。
「えっ?」
万紀男は意外そうな顔をする。
すると、香もそれに反応するように、
「えっ?」
と聞き返す。
「あ、いや、そうですか、はぁ良かった!私の立場的に断られても仕方がなかったんですが…ありがとうございます。」
そう言って万紀男は香の手を握りながら、感謝の気持ちを口にする。
「あ、はい。」
普段、スナックの仕事で男性の相手をしている香だったが、万紀男に手を握られ一瞬、ドキリとする。
その表情を見て万紀男はしまったというような顔となり、手を離す。
「あ、!す、すみません!」
「あ、いえ…」
香も握られていた手を引きながら、バツが悪そうに下を向く。
顔が赤くなっているのを見せたくなかったからだ。
確かに事故を起こした相手の知り合いにまた会いたいという奴など早々はいない。
だが万紀男は香の返事を聞き、ホッとした表情を見せる。
その後、香は控え室に戻ってきた黒山と交代し、部屋を出た。
『東万紀男か…まあまあエエ男やん。』
とニヤリと笑う。
香は千陽子の乗った車にトラックでぶつかった男だということでかなり怒りと怨みを持っていたが、万紀男から千陽子の話を聞いてそんな気持ちはどこかにすっ飛んでいた。
この世界ではないが、遠い異世界で『千陽子が生きている』という事がわかったからだった。
それだけでなく、香は万紀男とはどこかで会ったような、それでいて何か自分を惹き付ける様な運命めいたものを感じていた。
だが、この時、万紀男の方はある重大な事実に気付いていたが、香はその事に、全く気付いていなかった、というよりも知る由もなかった。
翌日、香は『スターセブン』のメンバーに声を掛けて集めた。
場所はスナック『ファンタジー』だ。
「ええーー!!??その話は本当なんか!?」
大声を出したのは熊谷樹里亜といって、元『スターセブン』のNo.3の幹部だ。
普段はアパレル関係の仕事をしている。
そそっかしくて、昔はかなりケンカっ早かったが、香と同じく千陽子とタイマンのケンカをして負けた後に千陽子の強さに憧れチームに入った。
「信じられへんなあ。」
そう言ったのは堂本静香、元チームのNo.5の幹部でスタイル抜群の店員だが、本職はバイクレーサーだ。
「ホンマや!そもそも、香!そんな奴の言うこと、信用できるんかいな?千陽子さんが乗っていた車にぶつけてきた奴やろ?」
樹里亜が香に詰め寄る。
黒山からNo.3の自分に電話が掛かってこなかったのが少しだけ気に入らない様子だ。
「うん、私も最初はそない思とったんやけどな、何て言うんかな…アイツの言うことが嘘やと言い切られへんねんや。」
「ふーん、千陽子さんが香以外、皆に言うてなかった事をそいつが知ってたということやろ?あと、クロさんも…」
「うん…」
香が頷く。
「話を聞いたけど、そいつ、『クリム&カリスマ』の追っかけというかストーカーに近い奴やったんやろ?どっかでその話を聞いてきたんとちゃうんか?」
静香も万紀男の話に疑問を持つが、香がそれを否定した。
「それは無いと思う。それを言うたら、あまりにも詳しすぎる。特に焼き肉の下りとか…他の人間にしたらそんな大したことない話を車の中でされたというだけやけど、あれは私にしたらかなりショックな話やったわ。せやけどあの後、殺人犯人捕まえたりとかしたから、万紀男の口からその話が出るまで私もすっかりその事忘れてたからなあ…」
「ああ、それなあ、千陽子さんもズルいよな。私らに黙ってクロさんから奢って貰ってたなんてな。」
「流石のリーダーも言い難かったんとちゃうやろか?」
「ハハハハハ。でも、そんな話をされた方が確かに信憑性はあるけどな。」
「うん、そうなんや。」
香がウンウンと頭を縦に何度も振ると、ここにいるメンバー全員が千陽子の転生を認めようとしだしていた。
「うーん、と言うことは、やっぱり千陽子さん、異世界に転生してもうたんかな?」
そう言いながら樹里亜が肩をすくめる。
「遺体も見つかってないし、そういう事でもないと理由が付かないからな。」
静香も腕を組みながら、片方の眉を下げて口をへの字に曲げる。
あまりにも超常的な話にそこにいた全員の頭が付いていかなくなり、全員の言葉も少なくなりかけた時に樹里亜が均衡を破った。
「しかし、驚いたで!千陽子さん、異世界で結婚してたんや。」
「それな!めっちゃ千陽子さんらしいわ。ところで香、千陽子さんの相手の事を万紀男から聞いたんか?」
「うーん、何か龍も倒せるくらい目茶苦茶強い人らしいよ。」
「へえー。」
香が答えると樹里亜と静香の二人は意外そうな顔をする。
「千陽子さんのことやから逆に力の無い、ヒョロガリの学者タイプの男とか捕まえるとか思ってたんやけどなあ。」
「あー私もそれは思ってたわ。」
「ウンウン、分かる分かる!」
全員が千陽子の結婚相手について、口々にあーだこーだと話している。
「ところで、そのチューやんの息子の扱いはどうなるん?」
「ああ、それは…クロさんの話では、退院した後、警察に呼び出して事情を聞くみたい。」
「なるほどな…。まあ、あれだけの事があったんや、キツイ処分は免れへんやろうな。」
と樹里亜が言うと香がそれに対して首を横に降った。
「いや、そうでもないみたい。」
「え?なんでや?!あれだけ車に激しく当たってるんやで?」
「うん、私もそれは最初、そう思ったんやけど、クロさんの話では、まず運転していた木村さんに奇跡的に怪我が無かったこと、そして事故車両の中にいるはずの千陽子さんとエージの姿がどこにも見当たらないという事で、人身事故として取り扱うことが出来ないみたいなんだ。」
「まあ、確かに怪我人かどうかも確認が取れてへんからなあ。」
「と言うことは、無罪放免ということなん?そしたら損害賠償とかは車の修理費だけかいな?」
「物損事故になるんで、そうなるみたい。失踪はまた別の問題になるから…」
「はあ?そしたら千陽子さんの事務所の方はどうなるんや?!売れ始めてた『クリム&カリスマ』がおらんようになって事務所の経営が火の車になっとるって聞いてるんやで。梅田社長の困ってる顔が目に浮かぶわ。」
静香が千陽子の事務所の心配を始めだす。
「まあ、そこのところはおっちゃん、いや、アズマグループがしばらく面倒見るみたい。」
「ああ、なるほどな。金は心配せんでエエちゅうことか…せやけどなあ…」
静香が天井を見上げてため息をつく。
カランカラン
店の出入り口の呼び鈴が鳴る。
まだ開店前なので入ってくるとすれば店の関係者だ。
「あっ、礼子…とルミ!?」
店に入って来たのはチームNo.2だった一条礼子とNo.6の天城ルミこと柴田留美だ。
礼子は現在、主婦で、ルミの方は有名芸能人だ。
これで千陽子以外の元『スターセブン』の幹部が全員集合した。
「ルミ!仕事大丈夫なん?」
「大丈夫。休み貰ってきた。」
香がルミにそう聞くとルミが笑いながら答える。
流石芸能人といった感じで、ルミがここにいるだけで綺麗な花が店の中で咲いているようだ。
「千陽子さんの事で話が有るって聞いて、ここに来ないという選択は私にはないわ。」
「なるほど、確かに。」
ルミの言葉に全員が納得する。
「で、どんな話なの?」
礼子が香に尋ねてきたので、香は先程樹里亜と静香に話した事を一通り二人に話した。
礼子も千陽子の結婚話のところで泣き出した。
香と同じことを聞かされていたらしい。
「ぐすっ、リーダーらしいわ。」
礼子は鼻をすすりながら少し安心したように笑う。
「で、香さんはまたその東さんていう人と会う予定なの?」
ルミが香に聞いてきた。
「うーん、一応、その予定。まだ、入院中だから、退院後に。」
「ふーん。どんな人?イケメン?」
「そんなんじゃないから!」
ルミがニヤニヤしながら尋ねると香が直ぐに否定する。
「何や何や!香、その万紀男とかいう奴に気があるんか?」
樹里亜もニヤニヤしながら香を茶化す。
「アホ、そんなんとちゃうわ!やめてや!」
と言いながらも香の顔は赤くなっていた。
「礼子さんは別として、リーダーだけ幸せになるんは納得でけへん!香、チャンスや!頑張れ!」
「ホンマやホンマや!」
静香や樹里亜達も香にエールを送る。
「静香もアホなこと言わんとってや!もう、あの人とは何もあらへんねんから!」
「わははははは!照れるな照れるな!」
「あはははははは!」
スナック『ファンタジー』から大きな笑い声が響いていた。
恋は落雷の如し。
ある日突然やって来る天災のようなものかも知れない。
心臓を貫いた電撃の矢は、人を苦しめることもあれば、幸せにすることもある。
本当の恋はそんなものかも知れない。
恋だと思っているものに物足りなさを感じるのは、それが本当の恋ではないのであろう。
本当の恋に出会える確率。
それは本当に雷が人間に落ちる様な確率なのかも知れない。
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