第八幕 ご主人様、危機一発だにゃ
竜の口から、激しい炎が噴き出した。
マギナが火の渦に飲み込まれる――ところまでしか、俺には見えなかった。
なにせ20倍の火炎のブレスだ。噴き出した瞬間に店の中は炎に包まれ、俺は椅子から吹っ飛ばされてしまった。
「うひゃぁぁぁっ!」
俺は情けない声を出してうずくまり、頭を抱えて身を守る。身体を焼くような、灼熱の空気が駆け抜けていくのが分かる。
しかしそれもすぐに収まり、恐る恐る顔を上げると……
「「黒コゲ危機一発~!」」
ドラコにゃんと寿里が立ち上がり、満面の笑みでハイタッチを交わしていた。
やはりドラコにゃんは炎に耐性があるんだろう。艶のある髪の毛がまったく乱れる様子もなく、メイド服も綺麗なまま。
そしてゾンビ娘の寿里は、短い髪の毛がボサっとなって、真っ白な眼帯には焦げ跡が残っている。顔や腕は……もともと身体が腐った死体――ではなく生ける屍だから区別がつかないな。
何よりも、まったくノーダメージだろっていうくらいにケロっとしていた。さすがゾンビ。命がいくつあっても足りないと言っていたが、足りなくなることはないだろう。
いや、そんなことよりもマギナは?
あの火炎のブレスをまともに浴びてしまったマギナは大丈夫なのか!?
見るとそこには、真っ黒のススだらけになったマギナが座っていた。
分かる? まるでマンガで黒コゲになった時のアレだよ。
プスプスと効果音を立てて、長い髪の毛をボサボサにして、真っ黒になった無残なマギナが……
「ちょっとドラコにゃん! これのどこが20%なのよ!?」
勢いよく立ち上がり、元気よくクレームをつけていた。
「アンタが20%って言うから魔力を使わなかったのに、黒コゲになっちゃったじゃない!」
「ごめんごめんにゃ♡ 20%を2回吹きこんじゃったにゃ。でもマギナは魔法で治せるから大丈夫にゃよね」
「ま、まあ……それはそうだけど」
マギナは不機嫌そうに懐から宝石のようなものを取り出すと、ブツブツと呪文を唱えた。
するとマギナの身体から紫色の光が放射され、黒コゲだった姿は一瞬で元どおりに回復した。マギナは何事もなかったかのように着席する。
それを見たドラコにゃんはニコっと笑い
「それに……ご主人様も楽しんでもらえたにゃ♡」
亀のように床に伏せている俺のそばに来ると、片手を差し出した。
ドラコにゃんに手を引かれ、俺はようやく起き上がる。あんな凄まじい炎を吐くドラコにゃんの手は、ドラゴンとは思えないほど小さくて柔らかかった。
「ご主人様、怪我はしてないかにゃ?」
「え? あ、ああ……髪の毛と服が焦げたような気がするけど」
しかし焦げた臭いはしないし、あれだけの火炎が充満したのにどこにも焼け跡は見つからない。一体どうして?
「マギナの魔法は治癒の力があるからにゃん♡ ご主人様の焦げた髪の毛も服も、さっきの呪文で元どおりにゃ」
マギナの魔法が、俺の焼け跡も治してくれた?
さっきの呪文は自分だけを癒したんじゃないのか。そういえば寿里の髪や眼帯も綺麗な状態に戻っている。
もしかして、それが出来るからマギナをゲームに誘ったのか?
だとしたら、マギナが最後に短剣を刺した場所。あれはわざとなんじゃ……。
「ふん、別にご主人様のためにやったんじゃないんだからね」
マギナはプイっと顔を逸らしてしまった。俺が感づいたのを察したのか――火炎のブレスで焼けた跡は消えたはずなのに、少しだけ頬が赤かったような気がした。
そんなメイドさんたちを見て、俺は気付いてしまったんだ。
ドラコにゃんは炎に耐性があって、ゾンビ娘の寿里は不死だから炎が当たっても大丈夫。そしてマギナは魔法少女だから、俺がヤケドをしても魔法で回復できる。
俺が短剣を刺すごとに一喜一憂して、ドキドキしている姿を見て、最後にマギナが「アタリ」を引く。
ちゃんと計画していたことなんだ。
全部、俺を楽しませようとやっていたことだったんだ。
俺はメイドカフェを甘く見てたかもな。「ご主人様」と呼んでチヤホヤするだけの場所かと思ったら、みんな色々と考えてくれているんだ。
ドラコにゃんの「にゃ♡」っていうキャラも、寿里のボーっとしたキャラも、マギナのツンデレも、どれひとつ憎めない素敵なメイドさんだよ。
そんな俺の満足気な顔を見て、ドラコにゃんは意気揚々と言った。
「次は50%でやるにゃ♡」
「もう勘弁してくれ!」
次こそ死人が出るぞ? マヂで!