第七幕 ご主人様、スリルはお好きかにゃ
俺は小指サイズほどのドラゴンキラー(おもちゃの短剣)を、差込口にブッ刺した。
固唾を飲んで見守るメイドさんたち。
樽の竜は、静かに俺を見つめている。という事は――
……………………セーフ。
「おっしゃああああぁぁぁぁ!」
一刀目を無事に切り抜けて、雄たけびをあげる俺。
「ご主人様、盛り上がってるにゃ♡」
「これが盛り上がらずにいられるかってんだ!」
男ってのはな、時にくだらない事にアツくなるモンなんだ。
よし、次は誰だ? ガンガンいこうぜ!
「今度はボクの番なんだな」
続いて寿里が短剣を差し込む。これもセーフ。
「次はわたしの番だにゃ♡」
テーブルを時計回りに『黒コゲ危機一発』が渡されていく。ドラコにゃんも短剣を差し込むが……セーフ。
「次はアタシね」
マギナも同じように短剣を差し込むが、これも樽の竜が炎を吐くことはなかった。
そして2周目、3周目と、俺たちはどんどん短剣を差し込み『黒コゲ危機一発』を順々に手渡していく。差込口はどんどん埋まっていき、ついに残り5か所となったところで俺のターンになった。
「これを切り抜けたら、俺は『負け』じゃない……ってことだな」
残り5か所を4人で刺すんだ。最後の1か所が残ったら「アタリ」の場所が確定するんだから、引き分けってことだよな。
俺は短剣を持つと、それを額に当てて祈りを込めた。
ここを通せば俺の負けはない。
いや、むしろ全員で黒コゲを回避しようじゃないか。最後に「アタリ」だけを残して終えるなんて、凄い確率だぞ。
ここにきて俺は「みんなで切り抜ける」というハッピーエンドを願い始めていた。
そうだよ。敗者が黒コゲになるなんて、そんな結末は誰も望んじゃいない。RPGゲームだって、ラスボスが「悪」とは限らないんだ。みんな「自分の正義」を貫いているだけなんだ。
俺は短剣を差込口に当てると、力強く押し込んだ。
樽の竜は、静かに俺を見つめている。
……………………セーフ!
「よし、このままみんなで切り抜けようぜ! みんなでハッピーエンドを迎えるんだ」
俺の胸の中では今、RPGゲームの壮大なエンディングテーマが流れようとしている。いや、すでにイントロが流れ始めている。
「ご主人様、何を言ってるにゃ? 短剣は最後まで刺すにゃよ?」
「誰かが火炎のブレスを浴びなきゃ黒コゲにならないじゃない」
「黒コゲを回避するから、危機一発なんだな」
メイドさんたちは、さも当然のように残り4本の短剣を振り分けた。寿里に1本、ドラコにゃんに1本、マギナに1本。
そして……俺に1本。
「え? ドユコト?」
目を点にしている俺の手から、寿里は『黒コゲ危機一発』を引き寄せると、躊躇いもなく短剣を差し込む。
――炎は吐かれない。
「これでボクは勝ちなんだな」
と言って次のドラコにゃんに手渡す。
ドラコにゃんは笑顔のまま、これまた躊躇いもなく短剣を差し込む。
が――炎は吐かれない。
「にゃは♡」
と言って次のマギナに手渡す。
「ちょっと……待って待って待って!」
俺は今にも短剣を刺してしまいそうなマギナを必死で制した。
なんか超展開だよ!? 俺が望んだハッピーエンドはどうなるの? みんなで黒コゲを回避して「良かったね」っていうエンディングにしようよ?
俺の胸の中で奏でられていた壮大なエンディングテーマは、いつの間にか「ビッグブリッヂの死闘」のような騒がしい曲に変わっていた。今にも駆け逃げるような、ピンチの曲。
……これで差込口は残り2か所、短剣はマギナに1本、俺に1本。
マギナが「アタリ」を刺さなかったら、最後は俺が「アタリ」と分かってる「アタリ」を刺すってこと?
「ご主人様、大丈夫だにゃ♡ マギナは空気を読める子にゃ。ここ一番というところで、キッチリ決めてくれるにゃよ」
そう言ってドラコにゃんはマギナを見た。マギナもマギナで「フフッ」と薄笑いを浮かべる。
「死んじゃう! 俺、死んじゃうよ!」
マギナは短剣を差込口に当てると、そこで一旦手を止めた。
もしマギナがセーフなら、俺は20倍の火炎ブレスで黒コゲになってしまうんだ。
マギナがチラっと俺を見る。
すると何を思ったのか、短剣を一度引き抜いてもう1か所の差込口に入れ直した。
――まさか、メイドさんたちには「アタリ」の場所が分かるんじゃ……!?
マギナの目は「初めてのゲームで黒コゲになるなんて可哀想に」と言っているようだった。
やめて! そんな目で俺を見ないで!
マギナは紫色の瞳を輝かせ、グイっと短剣を押し込んだ。
その瞬間――
ドゴォォォ!
という轟音を立てて、竜の口から火炎のブレスが噴き出した。
え? ドユコト?