第三幕 ご主人様、火炎のブレスで萌え燃えだにゃん
なるほど、ドラゴンね。ドラゴン……
「今、ドラゴンて言った!?」
「はいですにゃ! 暗黒魔界の王、レッドドラゴンですにゃよ♡」
「へ、へぇ……」
俺は片頬を歪めて相槌をうった。ちょっと何を言ってるのか分からないんですけど。
「あ~、ご主人様。信じてないにゃんね?」
ドラコにゃんがプクっとふくれっ面で顔を寄せてくる。近い、近いよ! 鼻と鼻がくっつきそうなくらいに近寄られて、俺は思わずのけぞってしまった。
「だ、だってほら……ドラゴンなんて空想の生き物だろ? あ、そうか。メイドさんたちの中でそういう設定ってことなんだ」
「まあ、信じられないのも仕方ないにゃんね。それじゃあ、これならどうにゃ?」
ドラコにゃんは緑色の瞳を妖しく光らせ、薄く柔らかそうな唇をまるで口づけでもするように尖らせると……
ボウっと小さな炎を吐いた!
「うわっちちち!!」
真っ赤な炎が目の前に広がり、髪の毛が焦げる匂いが漂う。って、俺の髪の毛が燃えてる!?
炎って言っても、ライターの火が出るような炎じゃないぞ? 灯油に引火したみたいに濃くて重たい炎が、ゴオって音を出して燃え上がるんだぞ?
俺の毛先を焦がした炎はすぐに消え、薄い煙が立ち上り、しかしそれもすぐに見えなくなった。
「レッドドラゴンは炎の竜だにゃ。もっと大きな火炎のブレスも吐けるにゃんけど……」
「待て待て待て! もっと大きなって、今のがどのくらいなんだよ!」
「ん~……1%も出してないにゃ」
「1%ってことは、100倍の火炎ブレス!? ダメ、絶対ダメ! そんなの吐き出したら俺が燃えちゃう、むしろ店が燃えちゃう! 秋葉原が燃えちゃう!」
この店は消防法とかどうなってるんだよ!
可燃物の取り扱いには注意が必要でしょ?
たしかにドラコにゃんは萌える要素満点だが、燃える要素は必要ないって!
「大丈夫だにゃ。あんまり派手にやると妖精さんに怒られちゃうから、ここではやらないにゃ♡」
暗黒魔界でなら100%で火炎のブレスを吐きまくってるのか。カワイイ顔してとんでもないメイドさんだな。
てことは、ドラコにゃんは本当にドラゴンなのか。
「そうだにゃ♡ ここで働くメイドさんたちはみんな、異世界から出稼ぎに来ているんだにゃ」
異世界から出稼ぎって……ファンタジーな世界観が「出稼ぎ」っていうワードで一気に生活感いっぱいの苦労話に聞こえてしまうのだが。
「異世界も今は生活が厳しいにゃ。ブームに乗ってたくさんの異世界ができたにゃんけど、忘れ去られたキャラたちはこうして出稼ぎに来ないと仕事がないにゃんよ」
「じゃあ、他のメイドさんたちもみんな異世界から来たのか?」
「はいにゃ。異世界と言ってもいろんな世界があるにゃんから、魔法少女とかゾンビとか堕天使とか、みんな種族はバラバラにゃ」
まさに異世界大集合って感じだな。
俺は、ドラコにゃんの話をすっかり信じてしまった。
アホな話だと思うじゃん?
でもさ、あの火炎のブレスは手品とかイリュージョンとは違うって、すぐに分かったんだよ。
だってドラコにゃんは、俺の目の前で何の準備もなく突然炎を吐いたんだぜ?
普通は口に何か含んで、火種を持ってやるモンだよな。でもドラコにゃんは種も仕掛けもないままに炎を吐き出したんだ。これがドラゴンじゃなかったら、逆に恐いよ。
いいじゃん。この子がドラゴンでも、異世界の住人が出稼ぎに来てても、ここがそういう店だと思えばオールオッケーよ。
あれ、俺の考え……何か変だな。
さっきドラコにゃんの甘い息を吸ってから、疑う気持ちがなくなってる気がする。この子の言ってることを信じてあげたくなってる。
あの甘い息も、レッドドラゴンが吐いた誘惑の息なのかな。
――てか、この子はドラゴンなのにどうして「にゃ♡」を付けて喋るんだろう……?
※メイドカフェには、世界観を作るための専門用語があります。
妖精さん・・・カフェの奥にいる店員さん