第二幕 お帰りなさいませにゃ、ご主人様
「お帰りなさいませ、ご主人様♡」
扉の中から、メイド服を着た女の子たちが一斉にお出迎えをしてくれた。全部で十人はいるだろうか。両側に整列して、入り口から奥に向かってズラッと並んでいる。
「これは……普通に、メイドカフェ?」
鬼が出るか蛇が出るかと身体を強張らせていた俺は、一瞬で脱力してしまった。
だって、さっきの
――ここは普通のメイドカフェとは違うのだ。覚悟はいいか、人間よ!
って言葉、明らかに普通じゃなかったんだ。カワイイ女の子の声が突然、悪魔のような声になってたんだぞ?
それが、扉を開けてみたらどうよ。
どの子をみてもアイドル並みにカワイイ子たちが、全員メイド服で俺(ご主人様)をお迎えしてくれている。
「さあご主人様、奥にどうぞにゃ♡」
にゃ♡の子が、整列している女の子たちの間を抜けるように俺の手を引いていく。声もカワイイ女の子に戻ってるし。
「お席はこちらでよろしいですかにゃ?」
「えっと、はい」
俺は言われるままに席に着くと、改めて店の中を見渡した。
明るい店内はピンクやイエローといった萌え色で彩られていて、甘い香りが漂っている。甘美な空間に勢揃いしているメイドさんたち。そこら中にハートマークが浮いているように見えるのは、気のせいだろうか。
雑居ビルの暗い雰囲気とはまるで別世界だ。
ただひとつ気になるとしたら、俺の他には誰もお客さんらしき人がいないこと。この店、流行ってないのか?
「ご主人様、今日も帰ってきてくれてありがとにゃ」
にゃ♡の子はスカートの裾を持ち上げて軽くお辞儀をする。なるほど、これがメイド式のご挨拶なのか。
てか、俺はここに初めて来たから「今日も帰ってきてくれて」っていうのは違う気がするのだが。まあそれも、メイドカフェのしきたりみたいなものなんだろう。
「本日、ご主人様のお給仕をさせていただくドラコにゃんですにゃ。よろしくお願いしますにゃ♡」
ド、ドラコにゃんさんですか……。それってハンドルネーム? 源氏名? 変わったお名前ですにゃね。
いかん、言葉が伝染ってる。この子「にゃ」が多いんだよなぁ、そりゃ伝染るって。
「まずはテーブルチャージで600ミルキーいただくにゃよ」
「テーブルチャージ? ああ、席料のことね」
俺はテーブルにあるメニュー表の一番上を見た。ワンドリンク付きで600ミルキー。
……てか、ミルキーって何?
「お支払いのことだにゃ。ここではお金の単位をミルキーで言うのにゃ」
ドラコにゃんが横から顔を寄せてきて、コソコソと耳打ちした。なるほど、萌え世界ならではの通貨単位ですね。たしかに甘くてとろけそうな響きです。
耳元にかかるドラコにゃんの息づかいも、甘くてとろけそうです。
なんだか誘惑されているような、変な気分になってくる。眠気を誘うような、魅惑の甘い香りを残してドラコにゃんは立ち上がると
「それではドリンクを選んでほしいにゃ」
と言ってドリンクメニューを渡してきた。そういえば喉が渇いていたんだった。雰囲気に押されて忘れてたけど。
メニュー表にはアイスコーヒーやオレンジジュースなど、いたってシンプルなドリンクの名前が書かれている……と思ったら、下の方には何やら謎のメニューが。写真が載ってないから中身が分からんが……
『バハムートウォーター』って何!?
「それは海洋深層水のことにゃ」
「ミネラルウォーターかよ!」
たしかバハムートって魚のドラゴンだったかな。海にちなんで海洋深層水ってことね。ネーミングが無駄にカッコイイな。
じゃあ、この『黒竜の王冠』てのは?
「それはコーラですにゃ。瓶のコーラをお出ししますにゃ」
弾ける炭酸が昇り竜のように駆け上がる、つまり王冠つきの瓶コーラかよ。
「だからネーミングが無駄にカッコイイっての!」
ってことは、この『神龍に願いを』ってのはもしかして……
「ギャルのパンティが付いてくるとか?」
「ご主人様、えちえちですよ~! それはタピオカミルクにゃ♡」
なるほど、タピオカをドラゴンボールに見立てたドリンクか。でもまさか、タピオカが7粒しか入ってない――とかないよね。
それにしても、どうしてこうドラゴンにちなんだネーミングが多いんだ?
「これはわたしのメニュー表ですにゃ。だからわたしの属性メニューが書いてあるんだにゃ」
「属性……?」
「はいにゃ。わたしはドラゴンだからにゃ♡」
ドラコにゃんはそう言って、ニカっと可愛らしい八重歯を見せた。
……にゃんですと!?
※メイドカフェには、世界観を作るための専門用語があります。
お帰りなさいませ、ご主人様・・・お客が来店時のご挨拶
お給仕・・・食べ物や飲み物を運んでお世話をすること
えちえち・・・ご主人様、えっちですよ♡