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Embrace~黒き魔性  作者: 笹木道耶
9/71

第二章 狂える瞳(三)

     ◆ 3


「八日おきに、なか一週間で起こる猟奇事件ね。推理小説になりそう」

 昼休み、二年C組の教室には、推理小説好きを自認する柳麗を中心に、推理ゲームを繰り広げているグループがあった。

 メンバーはほかに永井益美、栄生一美、桜井三奈の、計四人である。

「まあね。殺されたのが人間だったら、ズバリ、って感じ。……もう噂になってるみたいだけど、次に事件が起こるとしたら、来週の金曜日──わからなくはないわね。っていうより、それだとわかりやす過ぎ。

 ……何か釈然としないな」

 役割は、麗が探偵、益美が助手、一美がアドバイザー(専門家)、そして三奈が聞き役──のような感じ。

 ただ、推理ゲームというよりは、「どうだったら面白いか」の憶測の出し合いみたいな感じである。

 この四人の中で、事件に実際に関わったのは三奈だけだったが、その当の三奈は、「死骸発見」という自身の関わりについて、完全に記憶を失っていた。そのせいで逆に、一〇月一九日の記憶が抜けている分、この四人の中では最も知識が不足していた。

 それでなくても三奈以外は全員帰宅部のある意味「暇人」で、かつ読書量などによる一般的な教養的知識量も多かった。三奈がこの中で聞き役に徹せざるを得なくなるのは、ある意味当然の成り行きではあった。

 益美が言った「なか一週間」というのは、第一の事件が火曜日、第二の事件が水曜日、そして今回、第三の事件が今日、木曜日に起きた──発覚した、という事実に基づくものである。多くの生徒が既にそれに気づいており、学校内では多数の目が、事件の起こるであろう来週の金曜日を見つめているような有様で、三奈にはもう、それが既定の事実であるようにさえ感じられるほどだった。

 しかし麗は、それに対して疑問を持っているようだ。

 麗だけではなく、一美も同様らしい。

「私も同感、かな。『被害者』、手口、現場──違うところもあるし」

 一美がそう言うと、麗は嬉しそうに頷いた。

「ただ、反対の見方もできるわ。今回、殺されていた鯉たちの大半は『毒殺』みたいだからね。

 猫にしても、噂によれば体が真っ二つに切断されていた、って言うでしょう?

 生きている猫をそんなふうに解体するのは、すごく難しい事だと思う。やれるとしたら、毒殺した上でやるのが一番手っ取り早い。だとすると、今回の事件は決して手口が違う、ということにはならない。

 それに『現場』だって、学校そのものがターゲットだったとしたら、徐々に学校の内部に向けて進んでいってる、って解釈することもあり得るわけだしね」


 ──パッ──。

(な、なに?)


 突然、三奈の頭の中で何かが光った。

 それが何かはわからなかったが、思い出さなければいけないような、それでいて思い出してはいけないような、なんともよくわからないが、過去の記憶が前面に出たがっている、という本能的な感覚があった。

「でも、この事件には他にも違いがあるわ。『犯罪性』という意味でね。

 第三の事件は、明らかに器物損壊の罪に問われるから。学校も黙ってないだろうし、被害届けだって出す。

 だけど、第一、第二の事件については、直接の『被害者』というか、利害関係人がいない。人間の──ね。警察が警戒することはあっても、レベルが違ってくるはず。だから法知識のある人が犯人だったとしたら、今回の事件は、犯人にとってリスクがかなり大きいはずだわ。

 ……まあ、狙いがこの学校にあるっていうんなら、順調に前に進んでいることになるだけなんだけど」

 読書家の一美がそんな指摘をする。

 彼女は、ただの愉快犯で、法知識がある人が犯人だったらとしたら、あくまで外から攻めるだろうから、それが順調に進行しているんじゃないか、と言いたいようだ。

 あ、でも今は動物愛護法とかいうのにも罰則があったかな──と一人でぶつぶつ呟いている。

「でもさあ、そんな猟奇趣味の変態的なヤツが犯人だったら、法律の知識が仮にあったとしても、そこまで考えないんじゃないかなぁ? それに犯罪をやっちゃう人って、自分は捕まらないモンだ、って思ってると思うし」

 益美の意見に、三奈も同調したい気分だった。

「マスミの言う通りだとわたしも思うな。普通、完全犯罪をたくらむような犯人がまず考えることといったら、それはいかに自分が疑われないか、疑われないポジションを獲得することができるか、ということだしね。

 今回のはそれ以前に、そもそも愉快犯的でしょう? だったら、完全犯罪をたくらんでるかどうかは別にして、自分が捕まることは考えてないか、捕まっても別にいいって考えている可能性の方が高いと思う。捕まったら、逆に『自分の仕業』だ、って誇示するような。

 話を戻すけど、わたし、今回の事件はおかしいと思ってる。

 理由はいくつかあるわ。

 例えば、どうして三回目が『鯉』でなければならなかったか。

 常識的に考えて、猫を殺すよりも鯉を殺す方が簡単だよね?」

「それはだから、徐々に学校の内部に向かっているって──」

 益美が先ほどの麗自身、そして一美の論を持ち出して反論した。

「なら、この一連の猟奇事件は、今日で打ち止めになるはずよ。ウチの学校には鯉以外に動物はいないから。人間がターゲットでなければ──。

 ……まあ、わざわざ外から動物の死骸を中に持ち込む、ってことも考えられることではあるけど──もし、本当に学校の内部に向かっている、っていうのだとしたら、犯人は今回で最後の手を打ったことにならざるを得ない。場所が問題なんだとしたら、本命の場所は別にあるんだと思うな。

 まあもし? 学校がターゲットなんだとしたら、順当なセンだと、このあと、脅迫とかに変わっていくとかね?」

 それはあるかもね──と、麗は陽気に怖いことをさらりと言った。

 推理マニアはこれだからいけない。

「でも、これで終わってくれるならそれでいいと思うし、その可能性はあるとは思うんだけど──でも、こういう見方はできない? 今回の事件は『模倣犯』。日付と殺し方を真似た。

 だとすると、話は全然違くなる。犯人は複数で、別にいることになる。もちろん単純な数だけじゃなく種類、という意味で」

 そうね──と、一美が相槌を打つ。

 「数だけじゃなく種類」という言葉には、犯人がある特定の意志を持った『集団』である可能性があることを示唆するとともに、犯人がそうした『集団』であれ個人であれ、別々の意志を持って別々に動いている『グループ』が複数ある、という意味が込められていた。

「猫は体も大きいし、警戒心も強い。何よりすばしっこい。捕まえること自体が難しいよね? 池の中の鯉とは、難易度が全然違うと思う。これはみんながみんな、納得できることだと思うけど?」

「まあ、それはそうだね」

 益美が頷く。

「それにもう一つ。魚の死骸なんて、よく考えたら、そう気持ち悪くもないはずでしょう? 魚が縦に真っ二つになってたって、普段から自分で魚を二枚におろして、内蔵を処理したりしてる人だっているんだし。

 まあ、さすがに気分の良いものじゃないとは思うけど──でも、ほかの動物の場合とはインパクトが全然違うと思う。特に、普段から愛らしい、ペットとして定着している猫の『斬殺体』とは比較にならないくらいにはね」


 ──フッ──。

(ま、また? い、いったい──)


「それはどうかな?」

「ひっ!……」

 突然後ろから男の声がしたので、三奈は心臓が止まるような思いだった。

 それにしても、今のは──?

「ユーレイ、お前は見てないからそんなこと言えるんだ。濁った水の上にプカプカと腹を突き出して何一〇匹も浮かんでいる光景を見れば、お前だってその異様さに驚くだろうよ。

 おまけにその横に、真っ二つになった血塗れの死骸が転がってる。内蔵がはみ出てグロテスク極まりない姿でな。

 ……サイッテーだぜ」

「あら? まるで見てきたような言い方ね」


 ──フッ──。

(違う、違うわ。そうじゃない! あの人は、そんな『作品』を残すような人じゃ──)


「見たんだよ。昨日の晩にな。それも二人の──少なくとも片方は女の、犯人たちの姿を含めてな。暗かったから、細かい特徴なんかは判らなかったけど、深夜にこの学校にわざわざ忍び込んでたんだ。しかもフェンスの抜け穴を知ってたみたいだった。犯人はウチの学校の生徒である可能性がめちゃめちゃ高い。これが現場を見たオレの受けた印象だ」

「……どうしてそんなのと鉢合わせするのよ? だいたい、どうしてアンタがそんな時間に学校に?」

 その益美の問いに、三奈の後ろから現れた男、前島純一は曖昧に口を濁した。

 しかし、彼の論は、確実に麗の推理を前に進めた。

「だとすると決まりかもね。

 犯人は『抜け穴』を知っていた。

 学校の近くで事件が起きていて、おおよそどんな事件だったかも知っていた。

 一回目と二回目の間が八日間空いていたことも知っていた。報道されたわけじゃないのに。

 だから、同じように八日後に、しかも学校内に現場を持って来ようと思った。

 そっちの方が、メッセージ性は強くなるから。

 イタズラをするには、かなり良い環境が整っていたと言っても言い過ぎじゃないと思う。

 鯉に特別な恨みでもあったんなら別だけど」

「……なに? じゃあ、昨日オレが見たあの二人組は、一連の事件の犯人じゃないって言うのか?」

 純一がそう言うや、一人の笑い声が、辺りを包み込んだ。


「あはははははははははっ! そんなの当たり前じゃない! あの人は、美しい作品を作り出す、芸術家よ。そんな汚らしい死骸、作り出すはずが──」


 声の主は桜井三奈。

 彼女は、後ろに立つ純一の体に寄りかかるように、静かに気を失っていった。

 その瞬間、彼女は冷酷とも言える微かな視線を、どこからともなく──しかし確かに、感じていた。


【登場人物】

前島純一まえじまじゅんいち:私立H高校2年C組。県内の強豪である野球部の左腕エースで、県内有数の実力派投手。桜井三奈の恋人で、栄とともに麗ら女子4人組と仲が良い。


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