Additional Chapter〝対決〟(六)
◆ 6
「殺してあげる」
一美が、のどの奥から絞り出すような声で言った。
地の奥底から響いてくるような、そんな声だ。
「殺して、あげるわ。そんなに生きていることが辛いんだったら──」
「ふ、…………!?」
目が合った。
(声が…………、出ない!?)
「うふふっ、殺してあげる。殺してあげるわ」
体がよろける。
思うように動かない。
何故だ?
そんな、バカな──。
益美は心の底から恐怖を感じた。
そして頭の中で決着していたはずの『事実』によって、底の見えない混乱へと導かれていた。
そんな、そんなはずはない──。
ヨロヨロと後退する。
視線は足元にのみ注がれる。
まさに放心している、という言葉が今の彼女には最もよく似合う。
一美が益美を追う。
それも相対距離が変わらぬほどゆっくりと。
時刻は既に、二時三〇分を回っている。
(そんな、そんな、そんな、そんな──)
廊下に出たところで、益美は腰を抜かしたようにお尻から床に崩れ落ちた。
ドラマのわざとらしいワンシーンのように。
両手を懸命に動かし、必死になって後退を続ける。
まるで、逃げ切れないと確信しながらも、逃げ切れると信じて必死に動いているかのよう。
右のこめかみのあたりから、一筋の汗が流れ落ちる。
見上げるように彼女を見る。
見下したようにシニカルな、それでいて一点しか見えていないような鋭い目。
この世のものとはとても思えないほどの優雅な動き、綺麗な顔──。
(バ、バカな……さっき──)
天使か、悪魔か。
一美が右手を振り上げる。
殺される──。
次々と涙が溢れてくる。
なぜ?
どうして?
冷静さを失ったアクトレスは、混乱という底なし沼に埋没しつつあった。
(やだ、やだ、やだ──まだ、死にたくない、死にたくないよ)
なぜ自分が生に固執するのか。その理由に思いを巡らすこともできず、ただ為す術もなく自らの運命を他人に委ねるが如く、益美はただただ、一美を見上げることしかでなかった。
もはや演技などしていない。そんな余裕のある次元を完全に越え、そして本来の自我を保っていることでさえもギリギリであると言えるほどに、彼女は追いつめられていた。
死にたくない。
ただ一つの、その思いに。
「さようなら」
一美が言った。
喉が熱い。
唾を飲み込む。
喉が焼けるように痛い。
涙が流れる。
痛いから?
そうだったら、どんなにいいだろう。
そうだったら──。
「さようなら。マスミちゃん……」
ぎゅっと、目を瞑った。
溜まっていた涙が──
──こぼれた。




