表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Embrace~黒き魔性  作者: 笹木道耶
68/71

Additional Chapter〝対決〟(五)

     ◆ 5


「さあ、ごたいめ~ん」


 闇を切り裂いた甲高い笑い声。

 茫然とこちらを見ている彼女。

 そんな光景が数秒続いたあと、私は彼女の後ろに立ち、彼女の体越しにクローゼットの扉を開けた。


 中を見ないように目を瞑る。

 そうしなければ、『完全勝利』にならなくなるかもしれないからだ。

 ひょっとしたもう大丈夫なのかもしれないが、過信は禁物だった。


「ひっ……」

 彼女の悲鳴が聞こえた。

 決して大きな悲鳴ではなかったが、逆にそれが、私には満足だった。

 まだ彼女には、ショックを受けるだけの余裕がある──。


「あっ、そうか──ひょっとして、一瞬の再会は、もう果たしてるのかな?

 『目を合わせた』んだもんね?

 よかったじゃん、感動の再会!

 『二四年ぶり』だもんね?

 さぞや感動的だったことでしょう? うふふふふっ」


 彼女は混乱という沼に、完全に足を踏み入れているようだ。

 反応が鈍い。

 私は仕方なく、できるだけ妖艶な、それでいて可愛らしい、小悪魔のような口調で、彼女に静かに──優しく語りかけた。

「どう? 『和子』さん。彼が私がさっき言った『カレ』、『宇佐美静香』さんよ。

 全くあなたたちって、似たものどうしなんだから。ねえ?」

「ウサミ、シズカ?」

 多少予定とは内容も場面も違ったが、用意していた言葉をようやく言えた。

 彼女はまだ、よく事情が飲み込めていないようだった。

 両方の頬の筋肉に力がこもる。


「おめでとう。心から祝福するわ。おめでとう。

 これであなたは、立派に、『真の不老不死』を手に入れることができた。

 『一二年おきに殺人を繰り返す必要なんてなくなった』。

 時間も気にしてたみたいだけど──日付ほどは関係なかったみたいね?

 あなたの言う通り、古今東西の有力者やその夫人たちがこぞって手に入れようとし、そしてかなわなかった至高の願い。

 あなたは『ソレ』を手に入れた。

 『たった一人の命を犠牲にすることによって』ね。

 『自ら殺すことによって』──ね。

 あなたは遂に手に入れたの。

 『あなたの生きる目的と引き替え』に、『永遠の命』を!

 『永遠の命』を!!」


 焦点の合わぬ大きく見開かれたその目で、彼女はつい先程まで『カレ』であった物体の方を見た。

 そして彼女は、背後からの笑い声の中、目の前にある物体──遺体──に飛びついた。

 その勢いで、カレであったものが着ている上着から、手帳のようなものが落ちた。

 黒い手帳だった。

 彼女は遺体にしがみつきながら茫然としている。

 声も出ないようだ。


 私は、遺体を視界に入れないように注意しながら、手帳を拾い上げた。警察手帳だ。

 手帳を開いた。

 私はそこに書いてある言葉のいくつかを、彼女のために読んで聞かせた。

 そしてそれに、自分なりの解説を加える。

 私はこの極限状況での自らの優しさに、酔いしれた。


「蓮見和司、××××年(二四年前)八月八日生まれ。警察庁警部補──。

 国家公務員第一種試験に上位の成績でパスした、超エリートね。

 将来を嘱望されていた警察官僚。

 なるほど、門松先生なんかとは、根本的にデキが違ったみたいね? 優秀優秀。

 うふふふふっ、あはははははっ」



「なぜ、なんで!?──」

 一美──『和子』は叫んでいた。

 沸々と怒りがこみ上げてくる。


 怒りという感情の発露が、このときの彼女にはあった。

 二四年前、そんな感情にまかせ、最愛のカレをその手で──殺した。

 やり場のない、冷静な判断力を一切欠いた、感情の爆発──。


 彼女はその手で、いや、『彼女の心』は、愛する人を『二人』も──『二人とも』殺したのだ。

 愛する、人を──。


「なぜ? じゃないよ。あなたが殺したんじゃない」


 冷ややかな声が、一美の聴覚を刺激する。

 『幻』ではない、完全な復活を果たした聴覚神経──。



 笑いが止まらない──。

 他の人と違うところは、老いず、衰えず、死なないことだけ。

 黒子は戻り、死ぬ直前の、産後で、まだ戻りきっていなかった体力も、そのままのはず。

 けだるい感じが、見ていてとても心地よい。

「あなたが殺したんでしょ? 私が文句を言われる筋合いはない。違う?」

 うふふっ、と小さく笑う。

 一美の奥歯がギリギリと鳴った。


「なぜ、なぜ? あなたは──すべて、すべて解っていたのに──」

「だから?」


 突き放した言葉。

 嘲りの鼻息。

 勝ち誇った表情。


「どうして止めてくれなかったの? 『あなたなら私を止められた』はず。なぜ? どうして?

 あなたがもっと早く、私を止めていたらこんなことには──あんなに犠牲者を出すこともなかった。『かずし』だって──なのにどうして? どうして? どうして!?」

 気づいていた。

 もちろん、そんなこと当たり前だ。


 彼女は私ほど「調査」に積極的でこそなかったが、しかし「調査」の足を引っ張ることもなく、嘘をついてミスリードしようとしたこともなかった。時に鋭すぎる考察を述べたり、合いの手を入れたり、自虐的に自らのことであろうことを語りさえしていたのだ。


 そして例の、あの『名前』。

 そしてあの『本』だ。


「何を言っているの? あなた。とても正気とは思えないわ」


 そうだ。

 正気であるはずがない。

 正気でいられるはずがないのだ。

 正気でいられるようなタマならば、彼女は『永遠の生命』を得ることはできなかった。


「あなたが殺したんでしょう? みんなを。

 あんなにたくさんの人たちを。

 私が止めなかった?

 あなたが殺したのよ? 

 あなたがやめれば、彼らは誰一人、死ぬことはなかった。

 誰よりも、あなたがやめれば、この結果は絶対に生じなかった。

 誰よりも、確実にあなたを止められたのは、私じゃない。あなた自身。違って?」


 いや──。

 彼女は見つけて欲しかったのだ。


 SOSは、あった。

 だからこそ、彼女はあんな『名前』を使ったトリックを用いて、カレの方に見つけてもらおうとした──いや、さすがにそうじゃない、か?

 それは彼女にとっては裏付けの全くない願望に過ぎないから。

 しかし──その期待は、絶無ではなかったのではないか?


 『カレ』が、母親が『生きている』ことを知っているかどうかも、彼女からすれば不明だったわけだし、知っていても、探すとは限らない。

 だとしたら、理想は、やはり『カレ』が彼女の正体に気づかず、彼女の方で『カレ』を見つけること。

 そうすれば──。

 そうすれば、例え一時的にでも、二人は『恋人どうし』になれるかもしれない。

 そしてそういう関係になれば。

 なれば、当然に──。

「自分の意志の弱さを、その責任を、他人に押しつけるのは良くないよね?」


 『S・A・K・O・U・K・A・Z・U・M・I』

 『S・A・K・O・H・K・A・Z・U・M・I』


 こんな名前を付けて。

 重複部分を省くだけでよかったのだ。


 『S・A・K・O・U・K・A・Z・U・M・I』

 『        H            』


「だいたい私が、何をしたって言うの? 何もしなかっただけじゃない!

 私はあなたの保護者でも、警察官でも、まして超能力者でも天使でも神でもない!

 ごく普通の無力な一人の女子高生。

 そんな小市民たる私にできることと言えば、せいぜい事態を温かく見守ってあげることぐらいよ?

 『親友』であるあなたのために」

 あははははははっ、と、乾いた笑い声がこだまする。


「な……なによ? あなたまさか──まさか『さっきまでのアレ』が、『演技』──?」

 だから言ったではないか。

 『楽しんでいただけましたか?』と。


「私は『たまたま』、あなたの最後のターゲットだった。

 私は『たまたま』、『あの本』のおかげで、そしてたまたま彼、宇佐美──いえ、蓮見クンと知り会うことができた。

 そのおかげで、誰が犯人かを、『たまたま』知ることができた。

 そして今、その『偶然が積み重なった』中でここにいる──ただそれだけのことよ。

 私は『たまたま』、あなたが『殺人鬼』だと知ることができた。

 そしてカレが、『和司』クンであることを知った。

 それだけ。

 『ただそれだけ』のことよ。

 『そんなこと』で、あなたに非難される謂われはないわ」


「……『そんなこと』、ですって?」

 つい先程までの私のように、彼女は俯き加減で立っていたが、その絞り出すようなトーンの低い声は、十分な迫力があった。

「そうよ」

「『そんなこと』?」

「だから『そうだ』って、言ってるでしょう?」

「あなたに何が解る!? 私の苦しみが──私の、私の──」


「あなたに何が解る?」

「!?──」


 なぜだ?

 なぜ、涙が出るのだ?

 なぜ──。


「あなたに何が解るというの? ふざけないで! 

 愛されて生まれ、きちんとした親に愛されて育てられ、例え一方的だったにせよ心から愛せる人がいて──そして子どもまで産んで」


 どうしたのだ!? 

 この、私が?


「あなたに何が解る!? 

 『駆け引きの道具としてのみ利用されるためにつくられ』、『いらなくなっても簡単には処理できない厄介者』として扱われ──」


 口元が歪んだシニカルな嘲笑。

 勝利感?


 いや、なんなのだろう? この気持ちは。


「生きていく価値も意味も見出せず、かといって死ぬこともできないで、周囲をただ根拠もなく見下して生きてきたこの私に、一度でも幸せの絶頂にいることができたあなたが、何か言う資格があるって思ってるわけ!? 

 だとしたらとんだ思い上がりだわ!

 人は所詮、自分の中で感情を作り上げることしかできない。

 他人がどう考えているかなんて永久に解らない。

 人間なんてそんなものよ!

 だからこそあなたは、この世に存在し得る至高の幸福を心に宿すことができた。

 そしてだからこそ、今のあなたがある。

 例えほんの一瞬でも、幸せを幸せとして感じることができたヤツに、私の気持ちが、わか、る……か…………」


 ボロボロと涙が流れ落ちる。

 どうしたのだ? この私が──。


「……言いたいことは、それだけ?」

「! …………!?」


 悪寒が走った──。


【登場人物(補足)】

本西(もとにし)沙耶(さや):女優。実年齢は37歳。本名、永井裕美ながいひろみ。娘である益美が現在住んでいる家は彼女の名義だが、彼女自身は住んでいない。ただ、近くでロケなどの仕事があると、ふらりと立ち寄って泊まっていくことがあり、11月の初旬から5日の朝までこの家で寝起きしていた。頻度としては年に数回、数日~10日程度は益美と会っている。親子仲は良いとは言えないが、殊更悪いわけでもなくて、お互い基本的に不干渉なのが暗黙の了解となっている。


※本作の登場人物等のおさらいに関しては、「Interlude 総目次提示・舞台・登場人物一覧等」(第12部分。第二章と第三章の間)をご覧いただければと存じます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ