Additional Chapter〝対決〟(三)
◆ 3
コール音が鳴り響いた。
携帯電話のコール音だ。
時間はまだあるはず。
彼女もまだ、すぐに手出しはして来ないはず──。
「あ……、カレからだわ」
益美はわざとらしくそう言って、携帯電話を彼女に見えるように前に出した。
「カレ?」
さすがに彼女も気になったようだ。
土曜日(日付としては既に日曜日)の、しかも深夜二時過ぎに電話をかけてくる『カレ』とは、いったいどういう人間だろう?
普通に考えたら、そういう人種は一種類しか考えまい。
恋人だ。
「……カレが、いたの?」
「『うん。』学校外の人だけどね。カッコイイんだ、これが──はい、もしもし」
益美が大袈裟な動作で電話を受ける。
彼女の表情が険しいものに変わっていくのがはっきりとわかる。
もちろんその『恋人』がこの現場に現れたとしたら、彼女にとっては面倒なことこの上ないはず。いくら超常的な力使える、と言っても。
そして、用意している、あの言葉──。
しかし、その携帯電話から聞こえてきたのは──。
「永井さん? 大変だ! 事件だよ事件、いや、事故で、その──」
え?
益美は自分の耳を疑った。
携帯電話から聞こえてくる声の主は男性だったが、その声は益美の予想していた人物のものではなかった。
声の主は、異常に興奮しているらしく、その声は、日常から遠く離れた静けさに包まれていた部屋中に響きわたった。
「とにかく、こんな時間で悪いんだけど、とにかく落ち着いて聴いてくれ。門松さんが──」
勢いのある声が部屋中の空気を響かせ、益美の額からは汗がにじみ出る。
ドアの方に目をやるが、何の変化もない。
益美の目は一点を捉えることができない。
視線が宙を泳ぐ。
手筈では、益美が最初に携帯電話で彼の携帯電話に電話をしてそれを合図とし、次に彼から返信が来、そして益美がその電話を取って、そして──。
「かどまつ、せんせい?」
彼女が目の前でほくそ笑んでいる。
益美にはこのとき、一秒程度の時間が、何倍もの長さに感じていた。
「交通事故で──死んだ」
え?
「おい、聴いてるのか? 永井さん? 永井さん!?」
「え??? ……死んだ? いつ──」
何だ?
どういうことだ?
「いつって……、驚くのも無理はねえ。たった今ニュースで、……速報で──」
これは──。
益美の視線がドアの方に注がれることはなくなっていた。
益美はただ、一点を見つめていた。
見つめずにはいられない、そんな感じだった。
「どうしたの? マスミちゃん。私の顔に、何か付いてる?」
彼女は、パニック状態に陥った益美を見て、微笑みを浮かべながらそう言った。
「門松先生が、死んだ──なのになぜ、あなたはここにいるの?
なぜあなたは、『生きている』の?
生きて、ここに、立っているの?
『消えてしまう』んじゃ──」
益美が懇願するように、彼女に向かって──いや、定まらぬ視線の中で、言った。
彼女の答えは明快だった。
「詰めが甘かったようね。あなたは重大な誤解をしていた。ただ、それだけのことよ」
【登場人物(故人)】
門松和司:私立H高校の英語担当教諭。H高校では最も若い男性教諭。未婚。今回の事件と関係があると見られた、A市(※私立H高校がある県とは別の県)の24年前の放火殺人事件の現場周辺に聴き込みに行き、帰る途中の高速道路で事故に巻き込まれて死亡。死亡したのは11月6日の未明。実はH高校の校長の隠し子で、これまでの人生で二度名字が変わっているが、いずれも養子縁組によるもの。今の名字も校長とは異なり、関係が良いわけではなく、その希有な経歴から、用心棒や探偵のような役割を期待されて手元に置かれていた。教員資格は本物で、学科を教えるという意味での教師としての能力は高かった。県外も含めた広域に及ぶ暴走族の頭領をしていた時期があり、無茶な「バイクレース」で人死にを出したこともあって、凄惨な死体を見た経験が何度かあった。
※本作の登場人物等のおさらいに関しては、「Interlude 総目次提示・舞台・登場人物一覧等」(第12部分。第二章と第三章の間)をご覧いただければと存じます。




