Additional Chapter〝対決〟(二)
◆ 2
「『それ』を読んだのなら知っているでしょう? 私が『この体』でいられるのは、一二年の間だけ」
しばらくの沈黙のあと、彼女はこう切り出した。
憂いさえ感じさせる表情だった。
「『不老不死』──なんていっても、お腹はすくし、怪我をすれば痛いし、呼吸をしないと苦しいし、眠らないと眠くてしょうがない。
すべては、『記憶』がそうさせるの」
不老不死──。
元々、湊都をはじめとして私たちは、こうしたオカルト的な発想から今回の事件に首を深く突っ込み始めたのだ。
「『不老不死』はね、『死ななくていい』んじゃない。
『老いなくてもいい』んじゃない。
『死にたくても死ねない』、『老いたくても老いない』のよ。
だって私は、『本当は生きていない』んだもの。
今の私の体は、感情の激しい爆発が、魂が、心が、『思念』が──作り出した『幻』に過ぎない。
ただそれだけなんだもの」
幻だって?
幻、────。
「人の心、というものは、理屈や科学で説明しきれるものじゃない。
それがいわゆる、『物理』の世界を超えてしまうこともある。
『強烈に激しい感情の爆発は、一人の人間の身体を実体化させてしまう。』
そんなことだってあるのよ。
その爆発は、いくつものこれ以上ない不幸な条件が幾重にも重なってできた『奇跡』と言ってもいい。だから、死に直面し、実際にその苦痛を味わうようでなければ、そんな爆発にはなり得ない。
そして、死から甦った──正確には感情が実体化した『幻の人間』は、その感情が、魂が、心が存在していた、記憶していた『器』にしかなり得ない。
だから老いることはない。
老いることができないの。
だって、老いたあとの身体についての記憶を、『心』は持っていないから」
奇跡──。
「もっとも、それでも黒子を一つ消すぐらいの芸当はできた。
と言っても、それは生前の私のことを知らない人に対してだけらしいけれどね?
でも、それでも私は、二度目の復活をするときに、感情をコントロールすることで、コンプレックスだった右目の下の黒子を消した。あなたのその──黒子のような、ね」
私は思わずハッとした。
彼女の右目の右下には、自分と同じような黒子があった。
今までは見たことのなかった黒子が──。
「K市の人たちが私のことでそれについて覚えているのだとしたら、その一点だけ、私の『思念』を、彼らの『心』に──『思念』に、置いてきたから、でしょうね?」
私は息を呑んだ。
──これは、どういうことだ?
「でも、そんな芸当ができるのも、私の感情の爆発が中途半端だったから。
おかげで私には色々な能力がある。
例えば、目の前に生き物がいるとき、その生き物を見て、意志を持ってソレを『切断』しようとしただけで、その生き物を、イメージ通りに切断することができる。物理的には不可能に近いような芸当でもね。
もっとも、いつでもそんな離れ業ができる、というわけではないのだけれど」
「猫を……」
私は、やや混乱しつつある自分の意志から分離したかのように、無意識で彼女に合いの手を入れた。
これこそまさに、天性の力──。
「私は殺されるとき、両手両足を傷つけられたあと、更にテープで縛られていた。
初めは──カレを殺してしまったばかりの頃は、その恨みが、あのときの恐怖を克服するために身につけさせた能力なのだろう、くらいにしか思ってなかった」
何だ? この、違和感は?
罪悪感と、哀しみ?
「でも私は、しばらくして気づいた。
人間が相手なら、私は目を合わせ、そこからメッセージを送り込めば、その人を強い催眠状態に陥れることもできた。
そのメッセージは、感情の爆発が私という『人間』を形作ることができるのと同じように、その『相手』を形成するすべての細胞に例外なく伝わる。場合によっては、その『相手』の体を目にした人までが、催眠状態に陥ってしまうこともある。
あなたの言った通り、今回の場合、そういうケースがたまたま重なってしまった。私だって驚くぐらいにね。
久しぶりで、手加減ができなかったのかな?
おかげでちょっと、苦労させられたわ」
何か……、何だ?
演技──。
「もちろん、さっきも言った通り、いつもいつもそんな超能力者じみたことができたわけじゃなかった。
生き物じゃなくても、多少物を動かすことや傷つけることぐらいならいつでもできたけど、動物や人間を切断するような大仕事は、大体四月初旬から五月の初旬くらいまでと、一〇月上旬ぐらいから──そう、今日明日ぐらいまでの、年間で約二か月間ぐらいでしかできないの。
もっとも、『二四年前は特別』だったみたいだけどね。
しかも──まあ、いいか。
……四月に能力が使えるのは大きかったわ。学校へ入学するときにはとても便利だった」
動揺が収まらない。
イライラする──。
入学手続は二月三月では?──そんな指摘は無意味であることに、私はすぐに気がついた。
嘘は、一つでなければならないものではない。
書類なども含めて関係する人全員を一斉一律に欺けば──例え後付けであっても──すべてクリアできる。
だとしたら、とんでもない能力だ。
「私は、『Embrace』に指定された方法で、誰かを殺さなければならなかった。
麗ちゃんやさんちゃんには、迷惑をかけちゃったね。それは反省してるし、罪悪感だってある。
でもそれも、すべてはただ一つの『願い』のため」
何なのだ!?
この、動揺は?
私の読んでいない、もう一つの『Embrace』──。
「警察やマスコミの警戒は──」
「あら? まだ説明が足りてないかな? 私は『幻』なのよ。それも『中途半端』で、『不安定』なの。しかも、まだ、私が強い『力』を使える期間。
だから私は、自分の姿を消すことだってできる。いえ、正確には、その気になれば──それなりの負荷はあるけれど──人の視神経に、いや五感すべてに訴えかけないよう、行動することもできるのよ? そしてその逆もね。『不安定だからこそ、そういうことまでできる』」
──なるほど、そうか。
ということは、彼女には、それこそいかなる方法の殺人も可能だったのだ。
強力な能力を使える間なら、目を合わせるだけで相手の身体を切断することができるし、相手が人間であれば、イメージするだけである程度操ることもできる。
自分の思った方法で、思った日に、思った相手を、確実に殺せた。
「でもね? 中途半端だからといって、私はやっぱり『不老不死』の体を持ってしまっている。
病気に苦しむことはないけれど、怪我はする。
歩けないように、両手両足を傷つけられたことはあるから、それは避ける必要があった。でも、それ以外にも、大怪我をする事は絶対にできなかった。
『したことがない大怪我は、簡単に治ってしまうから』」
状況を正確に把握したい──。
私は遂に、後ろ手に携帯電話を操作した。
「そして、老いることができないから、定住することもできない。
一七歳って年齢は、お金を稼ぐ手段にも事欠く。目的のためには手段は──という気持ちで、夜の街に立とうと思ったことも何度かあるわ。だけどそれはできなかった。私のルックスは、隠れ住まなければならない身の上には、はっきり言って足手まといだった。
短期間で大金を稼ぐことはできても、有名になってしまうわけにはいかない。情報誌なんかに紹介されるなんてもってのほか。
それに──補導されるわけには絶対にいかない。
一年のうち一〇か月くらいは、まったく力が振るえないわけじゃないけれど、でも、だいたいはそんな感じだった」
情報誌──風俗情報誌? マシなものでもグラビア雑誌、ファッション雑誌? ……いずれにしてもお笑いだった。
『不老不死』の恐怖──か。
強い力が使えない時期に、身柄を拘束されるわけにはいかないわけか。
時計の針は、既に午前二時を大きく回っている。
いよいよだ。
「さあ、もうグズグズしている時間はないわ。さっきは言わなかったけど、実はもう一つあるのよ?
それは──」
「あなたの能力が最も上がるのは──」
「そうか。知ってて当然だよね? 悪かったわ。
さあ、もうそろそろ、いい時間よね。
あなたの命、無駄にはしないから、許してね?」
私は、隠し持っていた携帯電話のボタンを押した。
そして数秒後、コールを止めた。
計画通りだ。
『黒の少女』は、最高のスリルと高揚感の中に、その心身を投じていた。
時は午前、二時、一三分──。
※本作の登場人物等のおさらいに関しては、「Interlude 総目次提示・舞台・登場人物一覧等」(第12部分。第二章と第三章の間)をご覧いただければと存じます。




