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Embrace~黒き魔性  作者: 笹木道耶
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Additional Chapter〝対決〟(一)

     ◇


 扉を閉めると、そこは真っ暗な闇だった。

 体が震えているのは、決して暗闇が怖いからではないはずなのだが、この狭い空間に身を置いた途端、体が震え出した。


 緊張──しているのか?

 このオレが?


 念のために持っていたペンライトで周囲を照らすと、なぜかひどくホッとした。

 まさに「プロ用」に相応しいほどのスペースだが、この中にあるべき物がほとんどない。

 スペースの無駄遣いと言っていい。

 持ち主のこの『家』に対する認識が、姿勢が、こんなところにも顕れていた。


『大丈夫よ。あなた一人ぐらいなら、簡単に入れるぐらいのスペースはあるから』


 そして彼は、彼女の書いた筋書き通りに、今ここにいる。

 彼女の言う通り、簡単に潜り込むことができた。

 あと少しなのだ。

 あの悪夢を──今度こそ終わらせる。


 決していい空気は存在しないこの空間で、オレは携帯電話の電源を入れた。

 ここで使用する、唯一の小道具だ。


『私がケータイで合図するから、そしたらあなたは──』


 胸の鼓動が響きわたっているかのように感じる。

 予想以上ではあったが、決して広い空間ではない。

 すごく間近で別の鼓動が響いているような、そんな感覚。


 ……待てよ? この感じは、どこかで──。

 既視感──のようなものか?

 いや、それを言うなら『既聴感』か?


『今度は私に電話をかけるの。そして私がある言葉を言ったら、私の部屋に来て』


 何だろう? この『音』は。

 不思議な雰囲気だ。

 まるで水の中にいるような、こもったような反響。

 そうか、ここは。

 ここは──。


 ん!?──。

 彼はペンライトの明かりを消した。

 微かに足音が聞こえたからだ。

 案の定、何者かがこの部屋に入ってきたようだ。

 誰だ? 

 彼女か?

 まさか──ならば彼女の母親か?

 もう東京に帰ったのではなかったのか?


 『音』が速さを増す。

 暗闇の中では視覚が機能しないためか、やけに聴覚が鋭く機能している気がする。

 いや、それだけではない。

 この独特の空間の中では、嗅覚すらも麻痺しかかっているのだ。

 そして現実に、周囲は静まり返っていた。

 聴覚が一時的にその力を増しても、何らの不思議はない。

 だからこそ気づいたのかもしれない。

 この微かな足音に。

 そして、触覚が感じる微妙な空気の流れ──気配──に。


 忌々しいほどの狭く暗い闇の中で、緊張して身構える。

 今自分がここにいることを、誰に知られるわけにもいかないのだ──。


「誰にも、邪魔はさせないわ」


 扉の外から、くぐもった声が聞こえてきた。

 はっきり聞こえないのは、扉を隔てているからだ。


 何だ?

 彼はその言葉の内容について考える余裕もなく、あることに意識を囚われていた。

 あの、『既聴感』──。


 そして、扉が開かれた。

 そこには──。


     ◆ 1


「私だって、最初は『まさか』と思ったんだよ? 

 でも、この『小説』とほとんど同じように事件が起きていった。

 そして『和司』という名前。

 すべてのものが揃いすぎているとさえ思った。

 でも、最初はその程度だった。

 この『小説』は、所詮一冊の『本』だから。

 だからせいぜい、この本を読んで『永遠の命』を得ようとしている、勘違いした愚かな誰かがいるのかな? ってぐらいに思ってた」

 これは演技ではない。

 最初は私も、ただの愚か者の犯行だと思っていたから。

 しかし古代希が不可解な死に方をし、その原因が全く判らないという状況が訪れた。

 そして柳麗の『発狂』に、その前の、桜井三奈の『異常』。更にその前の、連続していた動物の猟奇的な『斬殺』。


 郡湊都の傘下に事実上入るような形で動きながらも、私は要所で独自行動をとった。

 一一月三日の特別登校日を早々に切り上げてK市に調査に行ったのは、その最後の裏付けのためだった。

「見事な『演技』だったようね? あなたの『発狂』。

 私は直接見たワケじゃないから何とも言えないけど、それで私も、一度は再考を促された。

 『黒子』の問題もあったしね?」

 ふと、『和子』の口元が歪んだような気がした。

 笑ったような気がした。

 なんだ?


「桜井三奈や、柳麗がああいうふうに『発狂』したのは、あなたが自責の念を和らげるために、ターゲットたちに見せた『幸福な世界』が、被害者たちから目撃者である彼女たちへ伝わってしまったから──そうでしょう?」

「ご名答。さすがにあなたは頭がいいわね? 私みたいに、何年も何年も高校生をやっているおかげで、辛うじて文系の秀才をやっていられる人間とは、根本的に違う」

 もう口元だけでなく、彼女ははっきりと笑っていた。

「すべてあなたの言う通り。

 でも、私はああしないわけにはいかなかった。

 そうでしょう?

 私は究極の目的を、まだ果たしていないのだから」

 彼女の笑みに、その余裕に、不快感を覚える。

「でも実は、彼女たちもなかなかの演技者だった──あなたは気づいてなかったかもしれないけれどね?」

 !?──。

 ……このままではまずい。彼女のペースだ。私の直感がそう警告している。

 私は目の前の状況に集中し、反撃を試みることにした。


「ところで、黒子がない方が、やっぱりモテた?」

「……! なっ!?」

「私、聴いたのよ? わざわざK市に行ってね。そしたらみんな、あなたという人のことをほぼ綺麗に忘れてた。

 写真も残ってない。

 あるのはあなたが当時使っていたらしい名前を印刷してた名簿とかだけ。

 『Embrace』の記述の通りにね。

 だけどね、みんなが微かに覚えていたことがあるの。それは、すごく綺麗な女の子だった、という抽象的なことと──」


 彼女、『和子』の顔から、完全に笑みが消えた。


「そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


※本作の登場人物等のおさらいに関しては、「Interlude 総目次提示・舞台・登場人物一覧等」(第12部分。第二章と第三章の間)をご覧いただければと存じます。

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