第十章 ペルソナ(八)─真実─
※本作は、一行37字で構成することを念頭にレイアウトしています。環境によっては、一部の頁で、綺麗に表示できないことがありますが、予めご了承ください。
※この話数については、スマホでお読みいただく場合、画面を横にしていただけると綺麗に表示できると思います。よろしくお願い申し上げます。
◆ 8
「じゃあ、私が一番憎かった、ってわけじゃなかったんだ?
それはそう──だよね。
親に望まれずに生まれてきた私を、あなたが心の底から殺したいと思うはずがない。
だってあなたは──」
私は一呼吸置いて、その刹那の瞬間に彼女の態度を観察した。
彼女はそのとき、ポーカーフェイスだったその表情に少しばかりの当惑の色を浮かべながら、右手の拳にやや、力を込めたようだった。
「誰よりも子どもを産むことを望み、そして子どもを産み、愛し、そして愛するカレと──」
「言わないで!」
彼女の顔から血の気が退いていく。
だが、そんなことで引き下がる私ではない。
「──誰よりも深く、そのカレと、そしてカレとの子どもを愛していたからこそ、あなたは今、ここにいる。
そんな愛深きあなたが、愛情に飢えて、屈折して育たざるを得なかった私を、殺したいと思うはずなんてない。
そうでしょう?
そして、そのジレンマが、あなたにとっては何よりも必要だった。
そうなんでしょう!?」
私の語気はいつの間にか強いものになっていた。
そして私の、完全勝利の瞬間が近づいているはずだった。
「……そうよ。その通りよ。
私は確かに、あなたを殺したくない。普通に生きて、幸せを掴んでほしいとさえ思う。あなたにはその資格がある。権利がある。少なくとも、こんなところで殺されていいような人じゃない。
でもね、あなたはここで、死ななければならないの。
私のために──いえ、あの子のために」
「和司、クン──のため?」
「!? …………」
「そして──そしてあなたは、『シナリオ』通り、その『シナリオ』に指定された方法の通り──実際はそれに近い方法で、指定された時節に──つまりタイミングを外さないように、殺人を実行した──ただ、それだけなんでしょう?」
「……あなた──」
△
オレは、頭を打ちのめされたような気分だった。
少女の言うことはもっともだ。
なぜオレは、こんな程度のことに気づかなかったのか?
オレは、自分の無能さに足元がふらつかんばかりの衝撃を受けていた。
少女のシニカルな笑みが突き刺さってくるが、それを払いのけるだけの余裕は、オレにはなかった。
「これも──いえ、こうなる『運命』だったのかな?」
しかし少女のその言葉は、シニカルな響きを感じさせないものだった。
むしろ哀しささえ感じさせた。
オレはその言葉を、何とか正気を取り戻す足がかりとした。
「では、手筈は、先程の通りで」
この言葉で、二人は別れた。
いくつものミスを指摘され、オレは正直、精神的にフラフラだった。
だがそんな中にあっても、オレの闘志は燃えていた。
一二年以上も一人でこの事件を追い続けてきた。
彼女の提示してきた案は、そんなオレの思いに堪えうるものでもあった。
否が応にも、燃えないわけはない。
勝負は予定通り一一月六日。
ターゲットに間違いはあるまい。
彼女にはそれだけの理由がある。
明日はバースデーパーティだそうだ。
とてもそんな『バースデーパーティ』などで喜ぶようには見えない彼女だが、彼女は持ち前の『天性の演技力』で、きっとまた、彼女の友人たちを欺くのだろう。
天才──。
『私がケータイで合図するから、そしたらあなたは──』
『電話を取ったときにね、彼女にね、一言どうしても、言ってあげたいことがあるの』
こんな形で出会いたくなかった。
オレは、半ば本気でそう思っていた。
愛情に飢えていた──という点では、オレとこの少女は、ほとんど同じなのだ。
そして、オレが茫然と立ちすくむ中、彼女は静かに、闇の中に消えていった。
『ねえ、「レンアイ」って、してみない?』
彼女がその愛くるしい顔で言った『あの一言』は、オレにはこんな言葉に、聞こえていた。
▽
少女は腹を立てていた。
彼は電話中、テレビをつけていた。
共通の話題を確保するため、少女も同じ番組を見ていた。
深夜映画だった。
彼と話せること自体は嬉しかったのだが、話題がテレビなのは納得がいかなかった。
受話器をとってから既に三時間を越えた。
なのに。
もっとわたしのことを知ってほしい。知りたがってほしい──。
ニュース速報のチャイムの音が、受話器の向こうから、そして自分の目の前にあるテレビのスピーカーから聞こえてきた。
自然、少女の視線もそちらに移った。
『死亡したのは、××県在住の高校教員、門松和司さん(24)……』
このテロップに、彼は悲鳴を上げ、慌てふためいた。
そして支離滅裂な言葉を残して、他のヤツにも報せなきゃ──という言葉を最後に、彼は少女と繋がっていた電話を切った。
なぜ?
どうして?
深夜なのに?
たかが──その程度のことで?
少女は腹を立てていた。
(……絶対虜にしてみせる。そして、そのあとで──ウフフフフフッ)
少女は、『純粋さ』に溢れていた。
自分に対する──『柳麗』という一人の女性に対しての──極端なまでの感情の高まり──『愛』に。
そんな彼女の心を踏みにじった彼は、それなりの罰を受けなければならない。
それは当然のこと。
麗はこのとき、心の底から嬉しく思っていた。
わたしって、『魔性の女』みたい──。
▲
彼は自らの服に、皮膚に、炎が燃え移ってくるのを、確かに五感で捉えながらも、不思議と余裕を持って、それらの状況を見つめていた。
迫り来る『死』というものに、満足感さえあった。
なぜなのだろう?
なぜ、自分は嬉しいのだろう?
炎に包まれ、まず視覚が失われていった。
そして、自らの血で溢れた口の持つ味覚が失われ、ついで煙に巻かれたことにより嗅覚も完全にイカレた。
意識してみると、聴覚も既に死んでいることが判った。
そして、そうした冷静な現状把握ができるという事実が、彼の触覚が、とうに失われていることを物語っていた。
彼は満足していた。
例えどんな事情があろうと、特に恨みを抱くこともなく、死んでいける──という事実に。
そして、今回の事件の結末を見ることなく、この世の中から消えることができた、という事実に。
恨まれる心当たりはたくさんあるから、行き先は地獄だろうけれど──。
ふと、見えるはずのない視覚が、門松に情報を送ってきた。
いや違う。
これは視覚のもたらした情報ではない。
彼の記憶がもたらした情報だった。
『蓮見』──。
それは、あの古い屋敷──A市にあった、あの老人と話した、あの家の表札に書かれていた文字の、すべてだった。
あの夜のやり取りが思い出される。
一一月三日深夜──一一月四日未明の、落合と、そしてあの若い刑事とのやり取りを。
いや、そんなことはもうどうでもいいことだ。
自分とは関係ない。
そうすべてを投げ出してみると、彼は安らかな気持ちになれた。
いつもイライラしていた自分がこんな気持ちになれたのは、一体いつ以来だろう──思い返してみたが、一つの手がかりも得ることはできなかった。
ただ──。
彼はそのとき、至福の時を迎えていた。大いなるぬくもりが、自分の体を包み込んだように感じた。
自らの意識下にはあるはずがないと思っていた、母親の声を、聞いた気がした。
(たーちゃん、和司ちゃん、もう寝る時間ですよ──)
▼
私は机の引き出しに隠していた、『黒い本』を取り出した。
彼女はそれを、目を見開いて見つめ、そして囁くような声で、絞り出すような叫び声を上げた。
「なぜ──」
絶句する彼女に、私は言った。
「もう解ったでしょう? 私はすべて知っていたの。
これはあなたが書いた本。
あるいは、あなたの記憶と想いに基づいて誰かが書いた──あるいは『勝手に出現した本』。
そうでしょう?
そしてこれはきっと『二訂版』。
あなたが『復活』し、『仮の永遠』を得てから手にした、『Embrace』とは違う、もう一つの『Embrace』」
「マスミ──」
彼女は戸惑いと怒りとが入り交じった表情で、私を見た。
◇ ◆
ファクシミリ送信
××××年 11月3日(木)16時38分 発信 K県警K警察署
(送信枚数 送付票を含め3枚)
────調査報告書────
『永井裕美』について
・氏名 永井裕美
・年齢 三七歳 (※ 公称三六歳。一歳サバを読んでいるようです。)
・性別 女
・職業 女優 (芸名 本西沙耶 JKIFプロダクション所属)
・現住所 K県K市N区×××××××
・家族構成
母親 永井美也子(五六歳) 元保育士。ローカルスーパーの店員
娘(実子) 永井益美 (一六歳) 私立H高等学校二年生
・その他 独身(婚姻歴なし)、同居家族なし、その他同居者も見当たらず
・参考
娘、益美の父親は、元アイドルで、現在は俳優の神崎正隆。H市内の一戸建ては、神崎とのスキャンダル(子ども=益美を産ませたこと)の示談金(慰謝料)が元手と思われる。
※コメント
本西沙耶が有名になったきっかけが、神崎とのスキャンダルだったこと、そしてその後の彼女の足跡を勘案致しますと、本官の印象と致しまして、このスキャンダルは、『彼女の筋書きに従って起きた』という可能性が非常に高いように思われました。
情況証拠にもなりませんので恐縮ですが、彼女が神崎から多額の慰謝料を受け取った数年後、スキャンダルによるネガティブなイメージがある程度薄れてから、しかし名前を変えずに女優として復帰し、その後、そのエピソードをまったく使わずに確かな地位を気づいたこと。これは彼女が、才能がありながら、自分にそれを世間にアピールするだけの環境が与えられなかったこと、少なくとも彼女がそう考えていたことを示していると思われます。彼女に近い筋の芸能関係者に可能な範囲で当たりましたが、皆、概ねそういう所感でした。
また、娘、益美に対する仕打ちでも、それは推測できます。
彼女はこの娘を自分の母親である美也子に預け、一人都心に住み、芸能生活を謳歌しています。
美也子は元保育士で、乳幼児~ごく小さい頃の子どもについては経験も豊富で、愛情を持って接することができ、また、積極的に世話を焼くことのできるタイプの人物だったようですが、子どもが物心ついて知恵を付けてくる世代になった途端に、関心が薄れ、豹変したように育児放棄や虐待をし出すという性向があったようです。
その事実を誰よりもよく知っているのは娘である裕美です(一応、裏取りもしましたが、間違いないようです)。裕美としては、実の娘を彼女に預けることは、最初はどうにかなると思っていたのかもしれないですし、家族構成上やむを得ないとも言えることではあるのですが、預け続けることの危険性は、重々承知していたはずです。
しかし彼女は、それでも彼女を引き取らず、母親に預け続けた。結果は、予想できたはずの通りだったようです。
現在、娘、益美は、H市内の例の家で、一人暮らしをしている模様です。
彼女のそうした過去やプライベートがやり玉に挙げられないのは、彼女がその器量とは裏腹に、主役を張ろうとせず黙々と脇役に徹し続け、自分が目立つことを避けるような、業界では「便利な女優」であること、過去のスキャンダルにより、彼女にはそうするだけの客観的な理由があること、そして実力派女優としての実力そのものの力が大きいものと思われます。大御所と呼べるほどではないものの、彼女の芸能界にでの地位は、高加速度で上昇していて、既に極めて確かなものになっているようです。それでいて出しゃばらないので、誰も足下をすくおうとはしないし、仮にそうなった場合でも、男女世代立場関係なく、味方についてくれそうな人に事欠かないくらいではあるのだそうです。
これにて本官によるご報告を、終了させていただきます。
調査期間の関係上、やや主観が入った報告となりましたこと、ご寛恕いただければ幸甚です。
以上、標記の件、報告申し上げます。
警察庁刑事局
蓮 見 警部補 様
K県警察本部捜査第一課
巡査部長 相澤浩毅
※本作の登場人物等のおさらいに関しては、「Interlude 総目次提示・舞台・登場人物一覧等」(第12部分。第二章と第三章の間)をご覧いただければと存じます。




