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Embrace~黒き魔性  作者: 笹木道耶
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第一章 序曲(五)

※本作では“  ”(ダブルコーテーション)で括られている箇所が何か所かあります。これは、「作中世界の人物による著作(本など)」の引用部分です。

 改行に乏しいなど一部の文章がとても読みにくかったり、文体が異なる箇所がありますが、ご理解くださいますようお願いいたします。

     ◆ 5


 文化祭も一日目が終わった。

 皆川栄は、今日の客の入り、そして今日の演奏の出来具合については概ね満足していた。

 一つのことを除いて。

 元々、始まる前から危機感はあった。

 昨年と違い、教師である門松を引っ張り込んだことによって強烈な宣伝効果を得ることができたため、集客力は格段に上がっていたとは言える。

 だが、日程的な問題が生じた。

 二日目と三日目、最大の難敵と言える演劇部が、自分らと同じ午後に公演をやるのだ。

 演劇部の評判はすこぶるいいらしい。

 帰りのホームルームのために教室に戻ったとき、クラス中が、クラスメイトである自分が率いているバンド部以上に演劇部の公演について語っていたのだ。今日の午後喫茶店の担当になっていたという一美や益美、麗らがバンド部のライブを見ていないのはしょうがないことだが、しかしこのクラスの雰囲気は、栄にとっては屈辱的敗北と言えた。

 加えて栄が気に入らないのは、純一の態度だった。

 彼は今日、ライブには来てくれた。そこまではいい。

 だが、ライブ中も、そして今も、どこか上の空なのだ。


「おい純、いつまでボーっとしてるんだ?」

 栄が強めに言い放っても特別反応しない。

 ホームルームが終わってからも、まだ窓の外を眺め続けるばかりだった。

「いい加減にしろよてめえ」

 栄が強くそう言ったところで、純一は初めて栄の存在に気づいたように彼の方に視線を向けた。

「オレ、途中学校抜け出して、三奈の家に行ってみたんだけど」

 みんなの三奈の呼び方は「さんちゃん」で、「ミナ」と呼ばれるのは栄の方なのだが、純一は栄と二人だけで話すときに限っては、三奈のことを「三奈」と呼び捨てにしていた。

 カップル二人でいるとき、そうなのだろう。

「えっ?」

 それは初耳だった。

 運動部とはいえ、彼らにも文化祭の出し物があった。今日は確か午前の部での、女子ソフト部対野球部のソフトボールエキシビジョンマッチだったはずだ。

「何だお前、フケたんか?」

「人聞きの悪いことを言うな。調整の結果だよ」

 純一は不機嫌な顔で栄を睨み付けた。

 球速がそれほどでもないためドラフト候補とまでは言われてないが、制球力、変化球、投球術、マウンド度胸などの諸要素を含めた総合的な完成度では、彼は二年生にして県下トップレベルと言われるサウスポーエースである。その睨みは、根っから争いごとを嫌う傾向にある一般人の栄には、畏怖を感じさせるほどの力を持っていた。

「調整って……」

 ケンカ口調でこちらを向かせた方の栄が精一杯でそう返すと、意外にも待ってました、と言わんばかりの調子で純一は話し出した。

「三奈って、ソフト部の四番だろ? それに三奈だけじゃなく、エースの浅野さんもショックでダウンしてるらしいんだ。だからウチも、エースで五番のオレと四番センターの大西が、出場を辞退した」

 なるほどそう言うことか──と納得して黙っていると、焦れたように純一が続けた。

「だからオレは三奈の家に行ったんだ。できれば、お前たちのライブを一緒に見ようと思ってな。

 でも──」

 純一が苦渋に満ちた表情になった。


「異常だった。イカレてたんだよ、あいつは!

 何が『綺麗』だ、『美しい』だ、『真の芸術』だ!?

 ……なにが、何が『あんなに美しくなれるんだったら、アタシたちもシてるときに、あんなふうに殺されたらサイコーなのに』、だ!

 狂ってる、狂ってるぜ! 

 何だあの『目』は! 

 あんなの三奈じゃないっ! 

 あんなの、あんなの……」


 いつも冷静沈着な、マウンド度胸満点のはずのエースが、そしてどちらかと言えば硬派なこの男がこんなにも動揺しているのを、栄は初めて見た。

 三奈と純一の関係云々にツッコミを入れるよりも、むしろこの男がそうした内容を他人に自分から漏らしてしまうほど取り乱していることの方が、栄には驚きだった。

 普段の二人なら、栄がこんな事実を耳にしたなら、骨の髄までしゃぶるほど純一をからかおうとするに違いなかったが、そんなことをできる雰囲気ではとてもなかった。

 数分後、栄に思いの丈をぶちまけたことで多少肩の荷が下りたのか、何とか彼は冷静さを取り戻した。

 栄は、そんな純一に向かって一言、こう言った。

「門松さんに相談してみようぜ?

 大丈夫。あいつはフツーの教師なんかじゃないから」


     ※


“第二章 序曲


〈××∧∧年(今年から数えて一二年前)一〇月一一日〉”


 ページの最初には、例によって日付が書かれていた。

 一〇月一一日──。

 例の日だ。


“私は、なぜ、ここにいるんだろう──。

 時々、私はそんな思いに取り憑かれる。しかし、「なぜ」、ではなく「何のために」という問いかけであれば、私は極めて明瞭に答えることができるのだ。

 あの子に会うため。”


 不安定な気分で、私はこの本を読み進んだ。


“最初の「生贄」は既に決めてある。学園理事長宅の一匹数一〇万から数一〇〇万円するという高級錦鯉だ。

  (中略)

 私は、ターゲットが体を真っ二つに引き裂かれるのを「イメージ」した。思えばこの能力も、あの人が私を、あんな方法で殺さなければ身に付かなかったかもしれない。”


 ウォーミングアップなのか、それとも手続なのか。


“〈××∧∧年(今年から数えて一二年前)一〇月一九日〉

 錦鯉に続いて、私は理事長宅のドーベルマン二匹を、またしても同じ方法で仕留めた。

 これで少しは、生き物を殺すのに慣れたような気がする。

 錦鯉のときと比べると難易度にかなりの差があると思っていたが、全く気にもならないほど容易だった。”


(うふふっ……)

 私は、心の中で小さく笑った。

 別に声に出してもいいのだが、何となく、自分の中だけに、想いを留めておきたかった。

 ベッドの上には、先ほどまで読んでいた、黒い本が置かれている。

(明後日──か)

 私はその『黒い本』をそっと本棚に戻すと、ベッドの枕元の電気スタンドの明かりを消した。

 殺風景な部屋が、暗闇に包まれる。

 ふと、本棚の方向に視線をやる。

 『Embrace』という白い文字が、まるで浮かび上がってくるように見えた。


 うふふっ──。


 今度は自然と、声に出して笑っていた。


【登場人物】

門松かどまつ教諭:私立H高校の英語担当教諭。H高校では最も若く、男性では唯一の20代で容姿も良い。バンド部顧問で、自らもギター奏者として腕がいい。口が悪く自信家で、日常では最小限の言葉しか発さず、教職員間での交流も意識的に最小限に留めている。


★本作のいくつかの話数において、「小説家になろう」様の2018.5.22のシステム修正の影響か、本文の一部のレイアウトが強制的に変更になるという影響が出た模様です。

 具体的には、一部の箇所において、「行あき」の指定(一文字もない行の存在)が無効になり、前の文章との間が詰まる、という現象です(「半角スペース」が行頭に入っていたことが原因と思われます)。

 読みにくい状況になってしまいましたこと、お詫び申し上げます。

 2018.5.25夜~26朝に、作者が気づいた部分については修正をさせていただきました。

 何卒、ご理解のほど、お願い申し上げます。

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