表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Embrace~黒き魔性  作者: 笹木道耶
59/71

第十章 ペルソナ(四)

     ◆ 4


 二人は距離を一定に保ったまま、互いに相手の出方を窺っていた。

 今、この部屋にいるのは間違いなく彼女たち二人だけ。

 永井益美と栄生一美。

 二人ともH高を代表する『美少女』で、『秀才』で、『親友』であるはずの二人。

「演技は楽しかった? かずみちゃん」

 沈黙を先に破ったのは益美の方だった。

「それはお互い様でしょう? マスミちゃん」

 二人の頬を、一雫の汗が伝っていった。

 そして──。

「私の『演技』なんて、あなたに比べれば簡単なものだわ。だってそうでしょう? 私は違う人格を違う名前で演じればいいけど、あなたは違う。

 あなたは本名で、違う人格を演じ上げた。

 それがどんなに大変か、私には解る──」



     △

 恐ろしい女だ。

 そして、魅力的だ──。

 オレはこの悪魔のような少女のことを、心からそう思った。

 彼女の母親と、そして父親について、考えない訳にはいかなかった。

「だってつまらないでしょ? 何の工夫も苦労もなく、何の努力もしないで毎日の生活を送るなんて」

 少女は淡々とそう言った。

 その言葉自体はひどく正論だ。

 どの世界で生きている人にも当てはまる、普遍的なもののようにさえ思う。

 次に続くこの言葉さえなければ。

「毎日がゲームみたいなものだわ。気を抜けばすぐに正体がバレてしまう。だけど、こっちがちゃんとしていれば、彼らは私の『嘘』を真実として捉える。

 『嘘』が『真実』になり、『真実』が『嘘』になる。

 これを見極める瞬間の快感と言ったら、何事にも代え難いものよ?」

 少女の母親も、きっと同じような魅力を持った人間であったに違いない。

「私を『詐欺罪』で逮捕でもする?

 できるわけないよね?

 私は何も犯罪を犯してはいないのだから。

 彼らにとっては、『私』という人間は、明朗活発な、H高に通うごく普通の女子生徒のうちの一人にしか過ぎない。

 彼らは本当の『私』を知らない。

 だけど同時に、『本当の私』を知らなければならない立場にもない。

 むしろニセモノの『私』に満足している」

 そして少女の父親は、そんな母親の魅力の魔の手に堕ちた──。

「他人にどう自分を見せることができるかによって、その人自身が持つ『価値』が決まる。

 そこには『絶対的な』とか『普遍的な』とかいうものはどこにもない。いかに周囲の人間に『自分はこんな人間だ』と印象づけることができるか、というゲームに過ぎないのよ。

 『人間社会』なんてね」

 少女は、心の底からの喜びを噛みしめるように呟いた。少なくともオレにはそんなふうに見えた。

 彼女の血が、そう言わせるのかも知れなかった。

「でもね、人間は本来そういうもの。そうであるからこそ人間なのよ。人間が人間たるゆえん。それは『感情に左右されることができること』。

 そしてその感情が、ときに『生物としての絶対的な真理』をも超える。それが、この『人間社会』には存在する。

 『高度』ともてはやされるこの『文明社会』の中の、ホンの隅っこの、こんな小さなところに、ひっそりと、ね?」

 少女はほんの五ミリくらい、右手の親指と人差し指の間を開けて、オレに見せた。

 その向こうの彼女の表情は、彼女が『人間』であることを、証明しているようでさえあった。

「今、あの子は──いえ、彼女は──どう、思っているんだと、あなたは思う?」

 少女は、悪戯っぽい笑みを浮かべながら、オレに問いかけた。

     ▽



 ものすごい轟音とともに、一台、そしてまた一台、二台と、次々と衝突に巻き込まれていく。

 高速道路は、炎上した車のせいで一部火の海となった。

 中でも一番ひどかったのは初めにトラックに衝突した車だった。

 この車が火の手を上げ、ライトアップされているとはいえ、なお薄暗い高速道路に、一つの『花』を咲かせていた。


 『命の花』──。


 門松の視線は、衝突の衝撃のあとも、刻々と時を刻み続けているデジタル時計に、釘付けになっていた。

(そうか、もう、一二時を回っていたんだな──)

 門松は、自分の行動が既に手遅れだったことに、今更ながら気づいた。


※本作の登場人物等のおさらいに関しては、「Interlude 総目次提示・舞台・登場人物一覧等」(第12部分。第二章と第三章の間)をご覧いただければと存じます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ