第十章 ペルソナ(三)
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門松は、あの老人の発した『泣き黒子』という言葉を強く噛みしめていた。
その位置の確認もした。
アイドル系の可愛らしい顔の持ち主であって、かつ右目の目元の黒子がチャームポイントになっている少女を、門松は確かに知っていた。
永井益美。
彼女には、何とも言えない独特の雰囲気があった。
教師に対する口の利き方もざっくばらんだった。それ自体は、一般的な高校生には珍しくもないことではあるが、こと、このH校内に限っては珍しい存在だった。数一〇年単位で前の時代のことを思わせるような校風の残る、このH高では。
門松は、単調な高速道路の景色の中に彼女を見た。
妙に親しげで、それでいて頭が切れ、そして自分に手がかりを与えてくれた。
なぜ彼女があんなことを言ったか──。
オレには解る──門松はそう思った。
彼女が真犯人であったなら、例えその犯行が複数にわたり、かつ重大な犯罪のオンパレードであったとしても、自分の仕業でない、しかも稚拙な事件の濡れ衣を着せられることは、あれだけ鮮やかな犯行を行い得る『人間』としては、著しくプライドを傷つけられたに違いない。
──いや違う。
それだけじゃない。
オレもそうだったじゃないか──。
自らの過去を思い出して、彼は思わず、苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。
プライド、か。
門松は遠い目で、再びフロントガラスの向こうに、永井益美の顔を見つめていた。
似ている──。
門松は彼女のことを、ずっとそういう目で見ていた。
八つも年下のはずの彼女に、数奇な人生を送ってきた自分が、共通点を見出すなんて──そう思っていたのだが。
見つけてほしかったのだ。誰かに。
わかってほしかったのだ。
彼はほんの数秒、目を瞑った。
ガラスの向こうに見えていた益美の顔が、より鮮明に頭の中で像を成し、そしてそれを、食い入るように彼は見つめた。
そんな彼の閉じられた目の前で、一台のトラックがタイヤをバーストさせ、バランスを崩したことも知らずに──。
△
信じられない思いだった。
まさに悪夢のようだ。
二人に絞り込むまでは順調だった。
しかし、そこで詰めの甘さが出た。
しかしまだ、チャンスは残っている。
慎重に慎重を期してきたおかげだ。
一一月四日の夜、オレは少女が一人になるのを待ち伏せた。そして一人になるや、声をかけた。
この女があんな行動をとったりしなければ、あんな態度で、あんな口調で、あんな言葉でしゃべったりしなければ──という思いも正直ある。
しかし──。
オレが協力を打診すると、少女はまた、あの年齢には不相応の妖艶な笑みをオレに寄越した。
間違いの元がこの笑みにあることを、オレは認めずにいられなかった。
「才能というものは、恐ろしいものですね」
「ん? なんのこと?」
少女は、何か含みのあるような笑みを浮かべたまま、オレの態度を観察しているようだった。
「天賦の才──あなたには、それについての確かな裏付けがありますから。見事ですよ、全くね」
「……はっきり言ったらどうですか?」
「わたくしとしては、あなたの口から、はっきりと聴かせていただきたいですね」
オレは、これまで少女に見せたことのない真剣で強い意志を込めた目で、彼女の目を捉えた。
しかし少女は、それにも少しも動じず、むしろ哀れんだ目──そんな目で、オレのことを見つめていた。
▽
「ねえ、『自分が死ぬ』って、考えたこと、ある?」
「さあ? 私は死んだことがないから分からないわ。あなたはどう?」
「…………」
「どうしたの? 持ち前の演技力で、カバーしないの?」
「演技力?」
「ウフフフ……そうじゃなくて?」
「──何を言うの? その点では、あなたにはとてもかなわないわ」
※本作の登場人物等のおさらいに関しては、「Interlude 総目次提示・舞台・登場人物一覧等」(第12部分。第二章と第三章の間)をご覧いただければと存じます。




