第十章 ペルソナ(一)
◇
数か月後、気がついたら近隣のグループを束ねるボスになっていた。
人の上に立つのも、人の下にひれ伏すのも好きではないというのに。
どんな無茶な指示でも、ザコどもは忠実にこなす。
それがまた気に入らない。
イライラする。
「負けたヤツはどうなるか、解ってるだろうな?」
彼の指示通り、五台のバイクが急なS字カーブに猛スピードで突っ込んでいく。
誰も異議を唱える者はいなかった。
絶妙なテクニックと常識的なブレーキングで、二台は見事にS字を抜けた。
しかし抜けられなかった三台は大破し、そのうち二台は爆発した。
転げ落ちた三人のうち、一人は炎によってのたうち回った。
誰も助けようとしない。
彼の指示がないからだ。
そして終いには動かなくなった。
もう一人はもっとひどかった。
衝突時の衝撃で腕が折れ、左足の肉が大きく削げていた。
そしてヘルメットを被っていなかった頭が割れ、中からゲル状の物質がしみ出していた。
妙な異臭が辺りを覆う。
無事な二台のライダーを褒め、バイクは大破したものの『無事』だった一名を引き上げる。
誰もその指示に異を唱えることはない。
壊れたバイクはすべて盗品だ。問題は何一つない。
イライラする。
この期に及んでも茫然と、唯々諾々と指示を待つ少年たちに、彼は言った。
「オレたちは何も知らない。ここにはいなかった。いいな?」
少年たちは頷くと、各々のバイクでその場を立ち去った。
もちろん彼もだ。
立ち去る前、彼はもう一度、燃えさかる炎を見た。
少しイライラが、晴れたような気がした。
あの赤い、炎によって──。
◆ 1
《一一月〇六日 日曜日》
殺風景な部屋に戻ると、彼女が私に話しかけてきた。
彼女が当然眠っているものと思っていた私は思わずドキリとして、びっくりした──と声を上げた。
「へえ、珍しいね? そういうの」
彼女はいつもの彼女とはひと味違う楽しげな口調で、更に言葉を続けた。
「どこ行ってたの? こんな夜中に」
「別にどこも行ってないよ。ただ一階に、水を飲みに下りただけ」
私の言葉に納得したのかどうかは計りかねたが、とりあえず彼女の私に対する追及はこれだけで終わった。
だが、まだ油断はできない。
「私も、水飲んで来ようかな?」
彼女はそう言うと、静かに私の横を通り抜けた。その動作は優雅で、今日限りで自分の目の前からその姿を消してしまうには、あまりにも惜しい気がした。
半開きのドアを残して、再び、私の周囲が静寂に包まれた。
彼女が階段を下りる音すら聞こえて来ない。
もちろん、この部屋を出ていくときに聞こえていた彼女の寝息も今はない。自らが発する音だけが、この闇の世界にこだまする。
闇は──、
黒は、私の、色──。
私は背後のドアの方の気配を気にしながらも微かに笑っていた。
これから起こるであろうストーリーの展開に言い知れぬ期待を込め、そして自分の置かれた立場に感謝し、そのスリルに震えていた。
今までの人生で、こんなに生きていて良かったと思った瞬間はなかったかもしれない。
私の背中の研ぎ澄まされた神経は、彼女がこちらに戻ってくるときに動いた空気の流れを敏感に感じ取った。
私は微笑みをいつもの表情に戻すように努め、布団に潜り込んだ。彼女のように寝たふりまではしない。却ってその方が不自然だから。
数秒後、彼女がドアを開け、部屋の中に入ってきた。
彼女の一挙手一投足が私の全身の神経を揺さぶる。
そう、私は──生きているのだ。
「あれ? まさか寝ちゃったの?」
「まさか!」
私たちは、張りつめた空気の中で、お互いを見つめ合った。
彼女がこの時何を考えているのか、私にはわからなかった。
△
判っている手がかりは極めて少ない。
だが、彼女が求めるであろう『舞台』としては、この学校は十分適した存在だった。
美少女、秀才、ロングヘア、泣き黒子、大人しいが芯の強い性格で、意外と頑固──。
彼女を示す手がかりのほとんどは抽象的なものだ。
秀才かどうかは、勉強やテストで手を抜けばいくらでもそうでないことを装うことができるし、髪型はそれこそ自由に変えられる。性格だって、ある程度の範囲でなら、演じ上げることもできるだろう。
そんな心許ない手がかりの中にあって、『美少女』という手がかりと、『黒子』という手がかりは比較的大きなものだった。
『黒子』については、化粧等である程度隠すことはできても、完全になくしてしまうことは難しいし、整った顔立ちを変えることはもっと難しい。整形手術という裏技も現代社会には存在するが、指名手配されているわけでもない彼女が、わざわざ整った自分の顔を醜く変えるとは思えないし、女性としてのプライドがそんなことを許すともとても思えない。
もっとも、黒子だけを取ることなら難しくはない。
ワケあって医者にかかりにくい立場である彼女だが、以前、指名手配されていた殺人犯が次々と名前と顔を変え、転々と地方都市や東京を逃げ回っていた事件があった。そういう事例があることから考えれば、黒子は手がかりにはならないかもしれない。彼女は自分の黒子のことを、悪い意味でかなり気にしていたらしいという情報はつかんでいる。プライドの高い彼女の性格からして、黒子除去を行っている可能性は決して低くはない。
有力容疑者は二人──。
初めは六人に絞った。
「才色兼備」という言葉があるが、自分自身そうであるように、それらの要素がすべて揃って一人の人間に備わっているケースは決して稀ではない。進学校であるこのH高校に美少女が揃うのは、決して例外的な現象ではないのだ。
ただ、急を要する捜査でありながら、表立った動きをすることは憚られる状況があったので、それほど思うようには進まなかった。
が、それでも確実に容疑者を絞っていき、そして六人から四人、三人、そして二人へと、絞り込むことができた。
▽
「ねえ……」
「なあに?」
「かずみはさぁ、今回の事件、どう思う?」
益美は一美と同じように仰向けになって天井を見上げながら、彼女にこう訊ねた。
「バースデーパーティ」のあと、物騒だからという理由で、一美が益美の家に泊まることになった。
三奈は家から連絡があって、どうしても帰らなければならなくなったらしかった。そして麗も、それなら自分も──と続いた。何か用事があるようにも、見えなくはなかった。
他方で、一美は寮生だが、学校の友人の家に泊まることは禁止されていない。
もちろん寮母さんに許可を取る必要はあったが、電話一本で可能だった。
ともに「一人暮らし」だからこそ、自然にこういう展開になった、と評価して良かった。
そして今、二人は益美の部屋でそれぞれベッド、床で横になっていた。
「どうって……怖い、事件だよね。犯人は判らない。殺害方法も判らない。動機も判らない。何も判ってない」
「そうね。だからあたしも、オカルト的な考え方について、門松先生に言ってみたんだけど」
「うふふ、あれは意外だったなあ。マスミって、もっと現実的な考え方をする人だって思ってたから」
「あら、あたしはいつだって現実的だよ」
「……え?」




