第九章 縺れる糸(三)
◆ 3
益美の家に集まったのは、結局、一美、麗、三奈の三人だけだった。
三時前には全員が来て、ささやかな誕生会の準備を始めた。
場所はリビングダイニング。
「各自プレゼントを一つずつ」という了解事項はあったが、それには三者三様の考え方で対応したようだった。
ケーキは益美以外の三人が約七〇〇円ずつ出して買ってきた。正確には、麗が代表して買ってきて、それを三人で応分負担した。
これに加えてプレゼント代もあるのだから、高校生としてはさぞや出費がかさむことだろう──と思ったら、そうでもない。
彼女たちの『プレゼント』とは、次のようなものだったから。
まずは三奈。四人の中で一番活発な彼女だが、プレゼントはある意味、非常に女の子らしいものだった。「今朝焼いた」という自家製のクッキー。もちろん、結果的には四人で食べることになる。
次は麗。四人の中で最も大人しい彼女は、これまた女の子らしく、アップルティー。これも結果的にはみんなで飲むことになる。
最後は一美。清楚で大人びた雰囲気のある彼女は、香──アロマ──をプレゼントに選んだ。唯一プレゼントらしかったのだが、一回はみんなのいる今日中に使う、と決まってしまった。
麗が買ってきたケーキはショートケーキで四つ、おしゃれで見た目にも凝ったもので、四つすべて種類が異なったため、結局そのショートケーキ四つを更に四等分する、ということになった。
結果的に、「鍋をするからその材料をみんなで手分けして持ち寄った」ような感じである。
ケーキとクッキーとアップルティーの時間が終わり、続いて香の時間が終わると(もちろん香自体は続いているが)、四人は途端に話題に窮した。久しぶりに明るくいこう、というコンセプトのはずだったのに、話題がどうしても「事件」の方に行ってしまう。
それでも二時間くらいは下らない、何でもない話題で時間は保った。しかし徐々に苦しくなって、誰からともなくテレビのリモコンに手が伸びていった。
そして自然、その手はニュース番組を探していた。
昨日の事件については、既に一応の報道は為されていた。ただ、学校側がかなり頑張ったのか、それとも警備の隙をつかれた形になった警察が情報を出すことをいつも以上に渋ったのか、マスコミが連日押し掛けてきていた割には突っ込んだ具体的な報道は全くなく、それは夕方のニュース番組の時間になっても変わっていないようだった。
ニュースにみんなが見入ってしまうという、地球の重力が局地的に増したような雰囲気を変えようとしたのか、一美がテレビのチャンネルを次々と変えていった。
時刻は午後五時二〇分頃。
土曜日なので、この時間だと民放はニュース番組が多いのだが、アニメやドラマを放送している局もある。一美は、そのドラマのチャンネルでひとまずリモコンを操作する指を止めた。
ドラマは二時間もののサスペンスの再放送で、四時から放送が始まっていた。
普通なら誰かが「もう終わりじゃん」とか何とか言ってチャンネルを変えたりするはずなのだが、誰もそんなことは言い出さなかった。
ニュースはもういい。
事件が終わってくれれば。
このサスペンスドラマのように、もうこのあとすぐにでも、真相が明らかになって決着が付いてくれれば。
いや、そもそも自分たちが、H高が舞台になっている事件そのものが、実はドラマなのではないか?
そんな苦し紛れの思考がまかり通ってしまうくらい、少女たちの神経は疲れていたのかもしれない。
しかし、何気ない一言が、場の雰囲気を変えた。
「あっ、本西沙耶だ」
三奈が何気なくそう言った。
テレビの画面に視線をやると、確かにそこには女優の本西沙耶が、アップになって映し出されていた。
「アタシ、あの人結構好きなんだよね。今時の若い女優さんと違って、演技も上手いし」
「それは言えてる」
麗が三奈に同調した。
「本西沙耶ってさあ、何となくいい雰囲気持ってるよねえ。すごく優しそうだし、それでいて悪い役回りでもきちんとこなせる。演技も上手いし、顔も綺麗。『大人の女性』って感じ。いくつぐらいなんだろ?」
「公称三六、だっけ? マスミちゃん」
「うん」
「そんないってるの? 若~い。でもみんな、よく知ってるね?」
三奈以外の三人は、互いに目を合わせて笑い合った。
「ねえねえ、そう言えばマスミ、お母さんは?」
「なんでそこでマスミのお母さんが出てくるのよ」
一美の質問に初めに反応したのは三奈だったが、麗が微笑みながら解説を加えることで何とか納得したようだった。
以前、この本西沙耶の話題をきっかけにして、母親について三奈を除く三人で、ほんの少しだが盛り上がったことがあるのだ。三奈は、あれがお母さんでもおかしくないトシなのか──と複雑な笑みを浮かべている。
しばらくして、益美がようやく「いるよ」と言った。
「え? いるって──今?」
「いや、家にはいないよ。きっと今は仕事中」
「土曜日なのに?」
「フリーだからさ」
「え? ジャーナリスト──みたいな?」
「ま、似たようなモンかな?」
「ジャーナリストかあ……『マスミのお母さん』ってカンジだね?」
話が途切れたところで、質問者が麗に移った。
「じゃあ、家にはあんまり、帰って来ないとか?」
「ま、そんなとこ。そもそも仕事の大半は東京だし。実質、どっちも一人暮らし」
「へえ、……いいなあ」
「いい?」
そんな麗の感想に反応したのは一美だった。
「どうして『いい』の?」
一美の両親が海外に長期出張に出ているというのは、益美や麗たちでなくとも、周知の事実である。そういう立場にあるからこそ、一美は寮生として高校生活を過ごさなければならなくなっているのだ。
「あっ、──ごめん」
麗は素直に謝った。一美も、せっかくの盛り上がりかけた雰囲気を自分が壊したことにすぐに気づいて謝ったが、場の空気は戻りそうもなかった。
「……さあ。じゃあ、そろそろ夕飯でも作る準備をしましょうかね? 何てったって、珍しく四人分も作らなくちゃいけないから」
「あっ、それじゃ悪いよ」
「お金払うわ。せめて材料費分くらいは」
「いいよいいよ。今日のお礼だから、気にしないで」
益美はいつもの明るいスマイルでそう言うと、キッチンへ向かって歩いていった。手作りクッキーを持参した三奈がすぐに彼女のあとを追う。
リビングに残った麗と一美の雰囲気も、これで重いものから解放された。張りつめかけていた雰囲気を、益美が日常的な言葉と行動ですべて破壊したのだ。
「……うふふっ。マスミって、妙に、なんていうか──上手いよね?」
「そうだね。なんか、世慣れてる、っていうのかなあ?」
「と言うよりはむしろ、すごく繊細だ、って言った方がいいような気がする」
「あ~、なるほど。さすがかずみちゃん。繊細だわ」
「麗ちゃんだって、繊細じゃない?」
「わたしの場合は、神経が細いだけだよ。自分ばっかり弱虫で、他人のことまで頭がまわらない」
「気にしない気にしない。人間はそうやって、大人になっていくものよ?」
「……なんか、その言い回し、お母さんみたい」
「そう? だとしたら、麗ちゃんのお母さん、いいひとよね」
一見和やかで穏やかな空気が、この家のリビングとダイニングキッチンに漂っていた。




