第九章 縺れる糸(二)─当惑─
◆ 2
門松は、途中から聴き込みの手法を変えてみた。
魔術について取材しているのですが、例えば不老不死とか、死体蘇生とか──と、先制攻撃を仕掛けたのだ。
効果はすぐに現れた。
普通ならそれこそ相手にされないはずの『取材』に対し、ほとんどの者たちが顔色を真っ青に変え、「帰ってくれ!」と叫び、睨みを利かせながら「二度と来るな!」と悪態をつく。中には、「無事に帰りたければ」、「何があっても知らんぞ」と脅しをかけてくる者さえいた。
だが、それでも誰からも具体的な話を何も引き出せないという状況は変わらなかった。
ムラ人たちは彼に対してより一層の拒絶反応を示し、時には石を投げる素振りまでして彼を遠ざけようとした。
逆に脅しをかけて強引にでも訊き出そうか、と思った瞬間もあったが、彼らの強硬な態度から、そんな脅しに屈するようには思われず、また、徒党を組まれて排除されたらそれこそどうしようもなくなるので、彼はその手段を完全に選択肢から除外せざるを得なくなった。
しかし、確実に何かがあったのだ──という確信だけは、彼に挫折することを拒否させた。
そして彼は、あるムラ人にこう質問した。
ダメで元々の、ハッタリだったのだが。
「この前、『阿木名和子』さんらしい女性に会った、という情報が、当編集部に入ったのですが──」
もちろん、彼の元にはそんな情報は欠片もない。
まして『編集部』などというものに関わったことは一度もない。
だが、オカルト雑誌の編集者を騙って、ほんの少しだけ期待を込めて言ってみたこの言葉は、ムラ人の想像以上の大きな反感を呼んだ。
「出ていけ! この罰当たりめがっ!」
「二度とこの地に来るな! 帰れ!」
「お前など、真っ二つに体を引き裂かれ、死んでしまうがいい!」
門松は結局、複数のムラ人たちに追い回され、やっとの思いで車に乗り込むと、ムラの外れまで急いで車を走らせた。ドライビングテクニックには自信があったが、地の利は村人たちにあり、車で逃げた彼を更に車で追跡し、人里離れた廃墟のような大きな屋敷のあるところまで彼を追い込んだ。
そこまでするか? という過剰反応。
それだけで注目に値するものの、さすがに多勢に無勢。いくら門松といえど、安穏としていられる状況ではなかったのだが──彼らはしかし、屋敷に近づくことなく彼に対する追跡を止め、まさに這々の体で、という表現がふさわしいとさえ思うぐらい慌てた様子で引き返していった。
「いったい何だってんだ? 元気のいいジジイたちだぜ」
実際にはジジイだけでなく、老女も、そして中年の男女もいたのだが、門松の口をついて出た独り言はこうだった。
安堵感から、一つ軽くため息をつく。
彼は車から出、ドアを閉めてそのドアに寄りかかりながらタバコを一本くわえ、そして火を点けようとした。
「本当に何も知らんのか」
突然そんな嗄れた声が、車のエンジン音以外ひっそりと静まり返っていた辺りに響きわたった。さすがの彼もドキッとして、その声のしたであろう方向に視線を向けた。
そこには一人の老人が立っていた。
廃墟の屋敷の門の前だった。
深く皺が刻まれたその顔は、彼自身の長い苦悩の歴史を示しているようで、門松は思わず一歩、後ずさってしまうほどだった。
気を取り直し、門松は老人の元に近づいた。彼が近づいていくに従って、老人は、眉をひそめ、驚き、そしてその表情は、失望へと変わっていった。
「一二年前の──」
老人は、なおも僅かに何事かを呟きながら、二度三度小さく頷いた。
時間がないという焦りもあって、門松は一気に事情を話して聞かせた。捲し立てた、と言った方が良いかもしれない。
時刻はもう午後四時になろうとしていた。
A市は北国であるため、やや暗くなるのが早い。それだけになお一層焦りが募っていた。
老人はその言葉に、そしてそんな門松の態度に、あからさまに失望した素振りを見せていたが、気を取り直したように再び二度三度頷くと、幼子を諭すように、ゆったりとした口調で、言った。
「ここは呪われた家だ。二四年前の一一月六日の深夜──人が殺された場所なんだ。真っ二つに、まるで魚のように体を左右対称に切り裂かれ、そして焼け焦げて、死んでいた──この屋敷は、ここいらでは大地主のものだったんだが、その家の息子、我が親友の教え子が、死んだ場所なんだ。そして我が親友も──」
「……『息子』?」
勇気を出してインターホンを押したにも関わらず、湊都の反応は冷たかった。
いや、正確に言うなら、湊都の母親の対応は冷たかった。
しかし、その母親の対応から、湊都が家にいるという確信は得ることができた。
こういうことがあると却って燃えるのが恋である。
人によってはそれが片想いの場合にさえ当てはまるらしい。栄はそういう人間だった。
ねばり強く入口のカメラとマイクに向かって交渉すること数回、ようやく先方が折れてくれた。
「近くの公園で待っていて欲しい」という答えをくれたのは湊都本人ではなかったが、栄は動悸を抑えることができなくなるほど、そのときは興奮していた。
しかしいざ、公園に来て冷たい風に吹かれてみると、そんな浮ついた気持ちがてんで場違いなことに気がついた。指定された公園はかなり広いもので、何組かの家族連れが、幼い子どものため安上がりな週末を楽しんでいた。
しばらくすると、散歩の途中に立ち寄った老人たちが数名、公園に入ってきた。
彼らは公園に植えられている木々の様子を見ながら、「すっかり秋だねえ」などとどうでもいい会話で、彼らなりに盛り上がっていた。
そんな当たり前の週末のほのぼのとした公園の風景は、栄の気持ちを少々逆なでするには十分だった。
音楽に生きようと少しは思っている彼は、その程度のロマンティストではあった。
更に数分して、ようやく湊都が現れた。
まだ一一月に入ったばかりだというのに、彼女は薄手のものとはいえロングコートを着ていた。それも、ボタンを上から下まで全部かけて。
だが、それ以上に彼を驚かせたのは、彼女に一組の中年の夫婦が付き添って来たことだった。
どう見ても、彼らは湊都の両親であるに違いなかった。
彼らは栄の顔を見るなり会釈をすると、湊都一人を残してその場を立ち去った。と言っても、彼らが公園を出たわけではなく、走れば一〇秒足らずで到着するぐらいの距離まで遠ざかってくれた、というだけに過ぎなかった。
(……いったい何なんだ?)
湊都は男っ気が全くないようには見えていたが、まさかここまで過保護だとは思わなかった。今時こんな親がいるのか? と思うと、百年の恋も冷めてしまうような気さえした。
だが、乗りかかった舟ならぬ自分で強引に漕ぎ出した舟なのだ。放棄するわけにはいかない。彼は一〇歩ほど先に一人佇む彼女の方へと、一歩二歩と近づいていった。
彼女はそれを見て怯えたような表情で、両手でそれぞれの手とは逆の肩の辺りのコートの生地を掴みながら、上目遣いで彼の方を見ていた。しかし視線を合わせるのではなく、彼の肩の辺りにそれはあった。
(何なんだよ? いったい──)
彼はそんな態度をとった湊都に反感を覚え始めていた。
俺が何をしたって言うんだ?
親まで呼んで──。
彼は自分が強引に呼び出したことも忘れ、彼女に対して憤りの感情を抱いた。
この日の彼女には、最大の魅力と言ってもいい凛とした態度が少しも見られなかった。
整った可愛らしい顔は真っ青でまるで精気がなく、また服装も、コートの下はジーパンであるようだったし、そのコートの襟の脇からはジージャンの襟が垣間見えた。その下はタートルネック。それに加え、紐できつく縛られた、かわいげのない革靴──。
ボーイッシュな髪型だけからならば、コートを除けばこの服装は印象に合っている方、と言えそうだった。だからこれは、ある程度予想の範囲内のはずだった。だが、栄にとっては『この大事な日に……』という思いがあった。もちろんそれは、彼の勝手な独りよがりである。
栄は醒めかけた自分の感情を再び奮い起こし、「告白」をするべく、彼女に向かって声をかけた。
しかし、その段になっても、湊都は彼の顔を見ようとはせず、体を堅く身構えたまま、そこに立ち尽くしていた。
「あの、俺──」
栄はそう言いかけて、一瞬たじろいだ。
このまま自分は告白して、本当にいいのだろうか?
仮にOKを貰ったとしても、本当にそれが自分にとって幸せなのだろうか?
自分は本当の「郡湊都」という女性について、何も知らなかったのではないだろうか?
ただ、一人で勝手に理想像に祭り上げて、一人で盛り上がっていただけなのではないだろうか?
いくつもの疑問が一瞬の間に彼の心の中を吹き抜け、そして彼の次に出るはずだった言葉の内容をすり替えた。
湊都が今、どういう思いでここに立っているのか。
どうしてこんな服装で、しかもわざわざ両親とともに外に出てきたのか──その理由も知らずに。
「あるところから訊いたんですけど、先輩、『女しか愛せない』って、本当ですか?」




