第八章 偽善(六)─推理ゲーム─
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◆ 6
「なるほど、探してた事件の四つ目は、この六日の事件のようですね」
益美は概ね断定的に言うと無意識に手櫛を入れた。
「二四年前との符合のせい?」
一美に対し、益美は微笑みながら答える。
「多分ね。本当にその手の縛りがあるのなら、という条件付きでの話だけど。先生、一つ訊いていいですか?」
「何だ?」
「その、昨日の事件の小此木クンっていう人、どうしてそんな時間にそこにいたんですか? 不自然じゃないですか?」
「それは……」
門松は納得がいっていないことを示すようにただ一言、肝試しをやるためだったらしい──とだけ、辛うじて答えるに留まった。
「肝試し──ねえ? それじゃ、『全くの偶然』ってことですか? たまたま深夜の学校に忍び込んで、そこで殺された、と?」
「バカな──」
そう言いかけて、門松はまたしても口ごもった。
警察が学校をマーク(警備)していた事実もあり、それはここにいるみんなが──少なくとも一美以外は全員──知っていたのだ。
「すべてが何かに操られている。マリオネットのように」
ふと、一美が言った。
門松、益美、一美の視線が、互いに互いを窺うように交錯する。
そんな中、麗は非難のこもった表情で三人を見、そして栄はただただ圧倒されていた。
「『オカルト』っていうのは、そうした『操り』も可能にならしめるもの──そう考えないと、今回の事件は一切説明がつきにくいものになってしまう。
……違う?」
「違わない。かずみの言うとおり」
栄は、この議論に門松が黙っていることが解せなかった。
麗は多少、不機嫌な顔をしているのだが、門松は普段のポーカーフェイス気味な表情に戻っている。
「偶然に偶然が重なることなんて、そんなにあるとは思えない。一つ二つならまだしも、それが三つ続いたということは、それはもう偶然ではなく、必然だということ──そうでしょう? 麗ちゃん」
推理小説好きの麗が渋々頷く。
二度目までは偶然、三度続けば必然──これは一つのセオリーだ。もちろん例外もあるだろうが。
「一連の『猟奇事件』は置いといて、今回の人間の事件については、不審な点が多すぎると思う。
警察が介入し、昨日はそう大したものでなかったにせよ──ごめんね先生──警戒をしてたのに、その隙を簡単につかれた形になってる。凶器がないと成り立たないような事件なのに凶器も見つからない。ほかの事件も、犯人は全く浮かんで来なくて、早くも迷宮入りの様相を呈し始めてる──っていうか、自殺の可能性すら言われ続けてる。これだけでもう異常よ? それなのに、まだ他に一二年前との符合があるって? これはもう普通の事件じゃないことは明らか。何らかの力が介在して起きているとしか思えない」
「でも、犯人が複数、って可能性がある──そうですよね? 先生」
門松のポーカーフェイスが少し崩れ、首を小さく左右に二度振った。
その時点で、麗の表情もそれまでの不満そうな表情から、不安の表情へと変わった。
「と、いうことは、昨日は、集団の人影どころか、そんな人影は一切、見なかった──そうですね?」
「……そうだ。あのとき学校にいたのは、オレと落合さんと、刑事が一人。それに、他にもう二人いたんだ。いや、正確に言うともう四人だな。その、小此木と──」
門松はそこで口ごもったが、そんな小細工はこの二人相手には無駄だった。
「守井さんを加えれば、ってことですね? ということは、後の二人は、きっと早坂君と生駒さん」
一美が冷静な口調で、事実と同じことを指摘した。
門松は、心の中で、この一美が取り乱した二日前のことを思い出して、再びゾッとした。
──魔術の、虜?
「そう……まあ、誰でもいいや。それだけ人がいて、先生たち以外にも三人も生き残っている人がいて、誰も他の人間を見てない──とすれば、例え犯人がいたとしても、せいぜい一人か二人っていうことにはならないかな? ま、『犯人』と呼べる人が、本当にいればの話だけどね?」
益美は完全にマイペースで、いつも通りのイタズラっぽい口調で言う。
「守井さんたちは、どういう証言をしているんですか?」
麗が、今まで出なかったのが不思議な質問をする。
しかし、その当たり前の質問に対する門松の答えは、当たり前のものではなかった。
「守井は……ダメだ。精神が完全にイっちまってる」
それを聞いて、一人の少女が小さく笑った。
その笑みは、他の四人が気づかないほど、微かなものだった。
「『オカルト』の──いや『魔術的なもの』の情況証拠を、一つだけ紹介しましょう」
「それがさっき、断定的に言ったことの根拠?」
「……まあ、そんな大層なもんじゃないんだけど。これはただの思いつき」
「でも、二四年前に起きているのは、六日の『放火』だけじゃない?」
あれ──?
一美は、益美の話に口を挟もうとするのがいつの間にか自分しかいなくなっていることに、このとき初めて気がついた。
益美はそんなことは意に介してもいないのか、傍にあった一〇円コピー機で空のコピーをして白紙を出し、そこに文字を並べ始めた。
「何をするの?」
「まあ見てて」
益美が白紙のコピー用紙に書いたのは、事件を実際の時系列とは逆から、段階的に追った日付だった。
11/6 11/4 11/1 10/28 10/19 10/11
「これが、何か?」
「う~ん、気づかないかなぁ?」
益美は一一月六日を太字にし、そしてかねてから除外できると考えてきた一〇月二七日の事件をやはり除外して記していた。
しかし、彼女の次の言葉は、この『二七日の事件』から始まった。
「まず『二七日の事件』について。いろいろあったから日にちがごっちゃになりそうだけど、覚えてる? 『鯉事件』」
「え? それは──もちろん」
声に出したのは一美だけだったが、他の三人も頷いた。
「あの事件はさあ、他の二つの『猟奇事件』と、共通点があったんだよね。
手口とかがお粗末だったから犯人はそれまでの二つとは別人、っていうふうに見えたんだけど、もしそうじゃなかったとしたら、ひょっとしたらあたしたちも門松先生も、いまだに同一犯の犯行として見ていたかもしれない」
そもそも現場をあたしたちは見てないしね──とあくまでマイペースな軽い口調で言う。
あの連続した三つの『猟奇事件』は、『八日ごと』に起きていた。
ちょうど中一週間。
一一日は火曜日、一九日は水曜日、そして二七日は木曜日だった。
その事実は学校中に好奇心をまき散らした。
そして、思えばこれが、郡湊都のオカルト談義に繋がるきっかけになったのだ。
「でも現実的に言って、コレは違った。
そして『猟奇事件』についての答えが出ないまま、今度は人間が死亡する事件が起きた。
それも立て続けに三つも。
そしてそれらにもまた、共通点がある。
一二年前との絡み──というのが今、あたしたちの目の前に出てきていて、そことの符号ばかりを気にして、全体の日程的な関係についてはすっかり忘れられようとしてる。
でも元はと言えば、オカルトに初めに目をつけたときに出てきたのは、むしろ『猟奇事件』の方だった」
益美の演説はなおも続く。
門松が途中何か言いかけたが、意識的に飲み込んだようだった。
「つまり『猟奇事件』と、そして今回の一連の『変死事件』は、いずれも不可解極まりない事件である、という点では共通点がある──言い方はよくないけど。でも結果から見るとそうなる。となると、犯人は『鯉事件』を除いて全部同じなんじゃないか?
郡先輩は、『儀式』的なものを何者かが行っている可能性があることを指摘してた。『儀式』って、手続みたいなもんでしょ? 厳格な。そうだと考えれば、決して的外れじゃない」
「ちょっと待ってくれ。何を言いたいんだ? お前は」
門松が、今度は口を挟んだ。
「『儀式』ってヤツにも、おそらく様々なランクがあるんでしょう? 最初は動物から始める──いえ、実はもっと前からいろいろやってて、それで『動物』を殺して第三者が目に見える形で表に出てきて、それだけじゃなく、『人間』をも複数使うような『儀式』っていうのは?
あったっておかしくないですよね?
しかもそれが、それぞれの日にちの指定に従って行わなければならないような、極めて厳格なものであったとするなら、それはかなり壮大なものである可能性が高い──そう言わなければなりません。
例えば、『神』とか『邪神』を降臨させる──とかですかね?」
我ながら発想が貧困だな──と益美は自虐的な言葉を吐いて苦笑した。
「っていうより、オカルト的な考えに則ったら、『神』を、というよりむしろ、『名前なきもの』のようにポリシーも意志も持たない全知全能の存在のようなものを、と言った方がいいかもしれないです」
一美が益美の言葉を補足する。
「それはオレも聞いたことがあるな。元はフィクションだったと思うが──存在自体は普通の『神』や『悪魔』よりもあり得そうな、オカルト絡みでよく言われるヤツだろ? 『ラプラスの魔』だったか? すべての運命を変えられる力さえも持つその存在は、実は極めて中立的で、それは常に、それに話しかけるという行為をし、かつそれに対してなにがしかの希望を述べた者の望むことをかなえる存在でしかない──つまり『神』は全知全能ではあるが、能動的に何かをすることは決してない、それ自体は何も行うことがない無色透明──という、『魔』の存在、『名前なきもの』」
「ふふっ、あたし自身はオカルトに詳しいわけじゃないので、詳しいことは知りませんが──でも、そういう存在があると信じられたとして、でも、それに近づくことが並大抵のことではない、ということは自明でしょう? ハードルは高くなければならない。誰でも近づけるなら、あたしだって近づいてる」
「……マスミ、結局、あなたの言いたいことって?」
「あっ、ごめんなさい。かなり脱線しちゃったね」
益美はそう言うと、舌を出して軽く照れ笑いし、再びコピー用紙に視線を落とし、そして言った。
「郡先輩も確か言ってたと思うんだけど、今回の事件が一二年前の事件とあまりに似通っている事実から考えれば、当然そうした『事件を起こす日』というものは、ガチガチに決められている、と思った方が自然だと思う。
そういう視点で、今回の一連の事件、つまり一〇月一一日から始まった二七日のものを除くすべての事件を考えてみて、何かからくりがないかを意識して見てみたわけよ」
「からくり?」
麗が口を開いた。
これまでの議論は、ややリアリスティックな彼女にとっては苦痛に近いものだったのかもしれない。
もっとも一美には、益美が麗以上にシュールな人間に見えていたのだが。
「そう。そして、そのからくりは見つかった──一一月六日を『終着駅』とすればね」
「終着駅──」
「からくりがあるの? この日付の羅列に?」
「じっくり見てみな。麗ちゃんや門松先生なら気づくかも。かずみやミナちゃんにはちょっとキツイかもだね。
……一応ヒントよ? これ」
益美がそう言うと、栄などはムキになって、その「からくり」とやらを探し始めた。
一美は早々に諦め、そして彼女に問うた。
「今、気づいたの? 何がきっかけで?」
「きっかけって言うか──寝る間も惜しんで考えてた、って言ったら、信じる?」
彼女の言葉が真実かどうか、一美にはわからなかった。
「じゃあ、いいですか? みなさん」
結局、誰も「からくり」を見つけることができず、益美の説明に委ねることになった。
最後に益美は「先生も本当にわからない? ま、英語の先生だから、仕方ないか」と言った。
よく考えると、この中で理系なのは益美だけだ。どうやらそのことが関係あるらしい──とは土壇場で思いついた発想だった。
益美は、先程自分で書いた日付の羅列の横に、数字を次々と書き足していった。
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11/6 11/4 11/1 10/28 10/19 10/11
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「あっ…………」
「ふふっ、麗ちゃんは解った?」
「……オレも解った」
「ふっ、……解ってみるとくだらねえ、ってことは、よくあるよな」
麗、門松、そして栄が相次いで言った。
一美一人取り残されたが、しばらくして「ああ」と声を上げた。
「二と三の等比数列が組合わさっているワケね」
「そ」
一番最後に理解した一美の言葉に、益美はさも楽しそうに頷いた。
「まるで数遊びね」
麗はそう言いながら、益美の手からペンを受け取り、そしてこう書いた。
2+4=6, 2×3=6, 8-2=6, 9-3=6 6=完全数
3,4,9 は単独で忌み数
72÷24=3,2+3=5,4+9=13,8+9-4=13,8+9=17 も忌み数
隣り合う数字の差=1 対角線の数字の和=11 も忌み数
8×9÷4÷3×2=12,十二進法、倍積完全数、「余分なほどに完全」
「なに? これ」
益美の問いに、今度は麗が答えた。
彼女もまた、少しばかり楽しそうになっていた。
「意味は別にないわ。だけど、この数字には『三』、『四』や『九』といった『忌み数』も含まれているし、『一』、『六』、『一一』、『一三』、『一七』といったオカルト的な数字もすぐに導いて来れる。それどころか、完全数である『六』、様々なところで完全を体現する十二進法の『一二』も簡単に導ける。
……益美の言いたいことが解ったような気がする。確かに変だわ、この関係。綺麗に揃いすぎてる。何か他にも意味があるのかも」
「そうねぇ、そうかも。ちょっと強引な気もするけど──でも偶然でも何でも、嫌な感じは嫌な感じ」
そもそも事件の内容が内容だからね──と、相変わらず他人事のように益美は苦笑している。
「でも、二四年前はどうも一一月六日の事件しか起きてない。これはどういうふうに説明するの?」
「あたしは犯人じゃないから本当のことはわからない。ただ、仮説なら言える。
例えばそもそものきっかけが、つまりこうした事件のまさにスタートになったのが、この二四年前の事件──ということだってあるんじゃないかな?」
「……例えば、二四年前はいろいろこねくり回したけど、人は一人しか殺さなかった。だから失敗した──とか?」
「それだと一二年前は成功しているってことか? 全部が全部、本当に殺人だったらの話だけど。一二年前のも、今回のも。
でも、やっぱり初めのあれは──」
「自殺だって? 今回の一連の事件は、既に常識を外れた次元で起きている──マスミはそう言いたいんだよね?」
「そうはっきりと言われると身も蓋もないんだけど。でも、皆川クンもいいセンついたと思う。
じゃあ一二年前は成功したのか? 興味はあるね。
成功したからまたやってるのか、
失敗したからまたやってるのか、
それとも『定期的にやらなきゃいけないのか』」
益美は一度間を置いた。考えをまとめていたらしかった。
「ま、あくまで仮説だから。でも、仮説ついでにこんなのも成り立つかも。
例えば、『死者の復活』。
この二四年前の──阿木名和子さん?──この人を、例えば誰かが生き返らせようとして、そのためにこれだけ手の込んだ『儀式』をしたとか」
「……『死霊秘法』ってヤツね」
「そうそれ。その準備に例えば一二年かかる──とか?
一二年ごとでないと儀式が発動できない──とか?
あるいは、その秘法に必要な『時』は、一二年おきにしか訪れない──とか?」
「あるいは──一二年前の『儀式』も実は成功していて、でもそうして復活した命は不完全で、一二年しか保たない──とか?」
最後の一美の言葉を聞いて、益美の笑みが一瞬消えた。
※「ラプラスの魔」あるいは「ラプラスの悪魔」について、登場人物が混同と誤解をしています。が、明確に会話文中に出てきているので、作中では特にフォローをしていません。「間違ってる!」と思った方は、ご自身の知識が正しいと思います。また、ご存じない方は、有名な物理学用語ですので、お調べいただければ幸いです。




