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Embrace~黒き魔性  作者: 笹木道耶
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第八章 偽善(五)

     ◆ 5


 朝一番で電話がかかってきたときは、一瞬ドキリとした。

 受話器を取ると、スピーカーから麗の声が聞こえてきた。「今日、何か用事ある?」という電話だった。

 「暇だけど」と答えると、「九時に中央図書館まで来てくれる?」と彼女は言った。

 いつかは誰かから電話が来るとは思っていたが、こんなに早い時間に来るとは思わなかった。

 まだ時刻は朝の七時を回ったばかり。学校が近いので、いつもはもっと遅い時間に起きる。それだけに、忌々しさに包まれる条件が整っていた。

 一階に降りてテレビをつけてみると、世界情勢を語るニュースが流れていた。七時開始のニュース番組なので、おそらくこれがトップニュースなのだろう。

 ふと、自分以外の人間の気配がしたので、私は少しぎょっとした。

 そんな素振りをできるだけ見せないようにして、私はその人物のいる方向に首を向けた。

「あら、随分早起きなのね。さっき、電話があったみたいだけど?」

 彼女はそう言うと、眠気を全く感じさせない表情で私を見た。

 電話が私に対する呼び出しであったことを告げると、彼女はホッとしたような、それでいて忌々しげな表情になった。

 そういう女だ。

 自分が取るべき電話ではなかったことを知って、彼女は早々に自分の部屋に戻っていった。その後ろ姿は、とても四〇近い女性のものとは思えなかった。



 九時に中央図書館前に現れたのは、門松、栄、麗、益美、一美の五人だった。

「郡先輩は?」

「どうも体調が悪いらしい。いろいろあって疲れでも出たんじゃないか?」

 細かいことは一切言わず、門松は益美の問いに、この言葉一つで一切を終わらせた。

 しかしその門松にしても、今日はかなり顔色が悪い。目の下にクマがある。

「あれ? 前島君とかさんちゃんもいないんですか?」

「人数が多けりゃいいっていうもんじゃないだろ」

 一美の問いに、門松はいつも通り簡潔に答えたが、麗と栄が昨日あった出来事を説明した。

 昨日はいなかった一美と益美の二人が、お互い目を丸くして見つめ合う。

「さあ、昨日の続きだ。みんな、頑張ってくれ」


「昨日の続き?」

「あれ? だって昨日、三つとも事件、突き止めたじゃないスか」

 麗と栄が連続して言った。

 確かに、昨日の時点で、例の『バイク事件』の付近に起きた、怪しげな事件は三つ、突き止めることができていた。

「……あれで全部じゃない──かもしれない」

 そこで二人も気づく。調べたのはいずれも『バイク事件』よりも前の事件だった。それ以後のもの──という観点が抜け落ちていた。

「あの──」

 麗たちが、まさか昨日、何かあったの?──と囁き合っている横で、一美が門松に声をかけた。

「話の細かい流れが、私にはよく、解らないんですけど」

「あたしにもご教示願いたいですね。昨日いなかったんで」

 門松は、これまた彼にしては珍しいほど顔を強ばらせながらも、いつもとそれほど変わらぬ口調で二人に向かって、一二年前の一連の事件の概略について、自らの考えをまとめつつ、本題へと話を移した。


「実はな、日付で言うと今日だ──今日の午前──深夜未明とかいう時間帯だな。我がH高の校舎内で『殺人事件』が起きた。

 警察発表では両方とも伏せられる可能性があるからここからはオフレコだが──被害者は小此木尋。男子テニス部に所属する二年E組の生徒だ。栄生と皆川は知ってるな?」

 二人は顔を見合わせた。

 その動きが、多少なりとも二人の感じたショックの大きさを示していた。

 麗と益美も、やはり厳しい顔をしている。

「でも、何でそんな時間に? それもどうやって? って、まさか──」

 麗のその言葉は麗自身と栄の顔を真っ白に変えた。

 そう。

 門松も含め、彼らは予想していたのだ。

 今回の事件が起こることを。

 聡明な二人が、そんな三人の変化を見逃すはずはなかった。

「その、一二年前の四日に起きた事件、っていうのの記事、見せてもらえませんか? もちろん、あとの二日分のものも、できれば見てみたい」

 一二年前の一連の事件のことについての一通りの話が終わると、女性としては長身の益美が、門松と栄の顔を、自らの顎を引いて、上目遣いになりながら言った。


「確かにそれだと、全部調べたことにはなりませんね。この『バイク事件』以降に、なにがしかの事件が起きているかもしれない」

 一通りの説明を受けたあと、一美が普段通りの口調で言い、門松たちを現実の世界へ引き戻した。

 彼女が彼らの話の内容をすべて把握しているはずはないのだが、少ない手がかりから自分の言うべき言葉を見つけようとしていたのだろう。よく考えると、彼女の言葉は当たり前の言葉に過ぎなかった。

「さあ、時間はあまりない。今日は、『二四年前の事件』についても調べなければならんからな」

「二四年前?」

 麗と栄だけでなく、一美も益美も、同じように声を上げていた。

「そうだ。あるいは三六年前だって捨てられないかもしれない。事件は、ひょっとしたら、一二年ごとに起きているのかもしれん」

 門松は蓮見の言葉を思い出しつつ、言った。

 わかっていたのに防げなかった──このときの門松の心境はいかなるものだっただろうか?


『放火? 一人が死亡

 六日未明、O市内に住む浮田貴好さん(四九)方から火が出て、浮田さん方を全焼。中にいた浮田さんの長女で高校三年生の美帆さん(一七)と見られる焼死体が発見された。出火場所と見られる美帆さんの部屋には電気ストーブがあったもののスイッチは入っておらず、警察・消防では、放火と失火の両面から調べを進めている。』


『無免許運転で三人が死亡 一人が重傷

 T市内の国道で一一日未明、O市内に住む無職少年(一六)の運転する乗用車が街路樹を次々になぎ倒して大破する、という事故があった。この車には少年の他に、同市内に住む塗装業の少年(一七)と高校二年生の少女(一六)、K市内に住む高校一年生の少女(一七)の三人が乗っており、少年二人と高校二年生の少女が死亡、一年生の少女が重傷。警察ではスピードの出しすぎとみて調べている。』


『高三女子が、手首切り自殺 受験ノイローゼ?

 二一日、K市内の私立高校に通う高校三年生の女子生徒(一八)が自宅の風呂場で手首を切り自殺しているのを、帰宅した母親が見つけ一一九番通報した。この女子生徒は両親と姉の四人暮らしで、事件当日は三人とも出勤しており発見が遅れた。女子生徒は大学受験について悩んでおり、警察ではそれが自殺の動機と見て調べている。』


 この三つの記事が、一一月五日以降に(もっとも、一一月ひと月に限った場合だが)K市近辺で起きた高校生くらいの年代の死亡事件のすべてらしかった。

 もちろん、「報道されたもの」との注釈はつくが、これらはいずれも一二年前のものだ。

 一方、人海戦術で、二四年前のものについても調査の手を伸ばした。しかし、二四年前については、あるべき二八日の事件も一日の事件も、そして四日の事件も、全国紙を見る限りそれらしいものは一件も見つからなかった。

 何かあるはずだ、共通点を探せ──。

 五人はそれを合い言葉に、有力地方紙で見ることができるものにも当たり資料調査を続けた。

 不思議と、誰も「やめようよ」とは言い出さなかった。


「これは──」

 門松が、珍しく驚きを感じさせる口調で呟いた。

 彼自身が一度調査し、通り過ぎた縮刷版の冊子から、その記事は見つけられた。

 見つけたのは益美だった。

 それはある東北の有力地方紙の片隅に載った、小さな記事だった。


【(二四年前)一一月六日(土)付け夕刊】

『空き家から不審火?

 A市内の外れにある、現在は誰も住んでいない木造家屋が六日未明、全焼し、中から焼死体が発見された。近くに火の気が全くないことから、警察では放火の疑いもあるとみて、調べを続けている。』


 一一月六日の火事と、焼死体──。

 この僅かな符合を元に、五人はその地方紙の縮刷版のページを、次々と捲っていった。

 関連記事は、二日後と三日後のいずれも朝刊で報じられていた。

 しかしなぜか、これ以上の続報は、いくら探しても見つからなかった。


【(二四年前)一一月八日(月)付け朝刊】

『民家の焼死体、不明女性か?

 六日未明に起きた、A市内の外れで現在は空き家となっている民家が全焼した事件で、警察は出火原因を放火と断定した。また、死亡してしていたのは推定で一五歳から二五歳くらいの若い女性とみられ、焼け跡からはこの人物の所持品とみられるものが数点見つかっている。A警察署では、七日に若い女性の捜索願が出されており、関連を調べている。』


【(二四年前)一一月九日(火)付け朝刊】

『民家の焼死体、身元判明

 A警察署は九日午前の記者会見で、A市外れで起きた放火による民家全焼事件で死亡した若い女性の身元が判明したと発表した。死亡していたのは、近くに住む阿木名雄一さん(四三)の長女和子さん(一七)。和子さんは「知人の家に泊まりに行く」と言って家を出たきり戻らず、心配した家族が警察に捜索願を出していた。警察では放火殺人の疑いもあるとみて調べている。』


【登場人物(精神病院へ入院)】

守井もりい かえで:私立H高校2年E組。早坂翔とは「恋人」ごっこをしていた小此木尋の恋人。門松に「サキュバス」と言わしめた人物。男をたらし込み意のままに操ること、肉体的な快楽を貪ることが「趣味」で、本来なら靡くはずのない男子生徒を「攻略」し、また小此木尋を使って同様の女子生徒を「攻略」させて堕落させ、その心を弄ぶことにスリルを感じ、悦楽にひたっていた。栄生一美や永井益美など、明らかに「自分より上」で「目立つ」者は初めから対象から外しつつ、運動部内ではそれなりに目立っていた早坂翔や生駒愛を狙うなど、現実的な視野からギリギリのラインでリスク管理をしていた。

11月4日未明に小此木尋殺害容疑で逮捕されたが、精神に著しい変調を来しており、まともに話しをすることもできず、食事も自分でとれない状態。異常行動もあるため、緊急で精神病院へ入院となった。

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