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Embrace~黒き魔性  作者: 笹木道耶
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第七章 奈落へ(八)

※本作では“  ”(ダブルコーテーション)で括られている箇所が何か所かあります。これは、「作中世界の人物による著作(本など)」の引用部分です。

 改行に乏しいなど一部の文章がとても読みにくかったり、文体が異なる箇所がありますが、ご理解くださいますようお願いいたします。

     ◆ 8


 戻ってみると、遂に待ちに待ったFAXが届いていた。

 そしてこれまで集めてきた、才女、えらく綺麗な女の子、右目の右下にある泣き黒子、一人暮らし──いくつもの薄弱な手がかり。

 男は今し方戻ってきたばかりであるにもかかわらず、すぐにまた外に出た。

 どうやって説得しようか──そのことで頭が痛い。



 落合は、既に午前零時を回っているというのに、H高の校舎の中にいた。

 この時間、校舎の中には、わかっているだけで彼以外に二人の人物がいた。

 右手に竹刀をむき出しで持ったまま校舎の中を歩き回るのは、ここに勤めて以来これが初めてだった。

 普段は体育館内の格技場に置きっぱなしだし、必要があって竹刀を持ち出すようなときでも必ず外を通るから、校舎内に持ち込むこと自体がほとんどない。持ち込む場合も袋かケースには必ず入れる。

 このH高は、どちらかと言えば生徒には自由が認められている方だと思う。が、歴代校長の方針もあって、教師には厳しい決まりがある。もっとも、それ以前に、生徒の自由を尊重するために、当然それなりの教職員しかこの学校には採用されていない。待遇自体は他校と横並びに比べるとかなり良い方だと聞いたことがあるし、採用されること自体が割と難しい。

 そういう前提があるからか、教職員の一つ一つの行動に関する責任も非常に重い。

 それなりの「人格者」たることが常に求められている。

 そうでなければ、自由が暴走を始めたときに抑えられないからだ。

 最近、門松のような随分と特徴のある教員を採用したが、彼は彼で、異彩を放ってはいるが馴染んでもいた。少なくとも落合はそう感じていた。彼には彼なりのカリスマ性があって、生徒たちにも理事者たちにもウケが良かった。

 そんなこの学校の中を、今自分は、竹刀を片手に闊歩している──落合はその異常さを、認めないわけにいかなかった。

 異常なのだ。

 動物虐待に自殺に変死。

 どれも「学校」という場には相応しくないものばかりだ。

 特にこのH高では。

 H高に限っては──。


 校長からの電話で学校に来てみると、そこには一人、門松だけがいた。

 校長は電話で、「彼の指示に従うように」と言った。

 自分より年少で後輩の人間に従え──という指示なのだが、特に違和感はなかった。

 その門松の「指示」は、三人で今晩一晩中、校舎内の警戒に当たる──というものだった。

 門松の話によると、警察官が一人合流するのだそうだ。

 高校と言っても学問の府。

 門松一人の立ち会いで、警察官に勝手にウロウロされるのは好ましくない──それが、彼が呼ばれた理由だった。いくら警察官といえど、監視が二人いれば勝手な行動はとれまい──そんな建前がにじんでいた。


 やって来た警察官は、あの阪野という巡査部長ではなく、カウンセリング室で事情聴取に当たっていた、サングラスをかけた若い警部補だった。

「やあ、今日はわざわざ、お招きに預かりまして誠に恐縮です。まあもっとも、我々は昨日も一昨日も、こういう機会をお願いしていたのですがね?」

 男はまず、皮肉から入ってきた。

 この男らしくない──落合はなぜか、そう思った。

「まあまあ。こっちも宮仕えの身、みたいなものなんですから。解っていただけますでしょう? 説得するの、大変だったんですよ?」

 この門松のおどけたような慇懃無礼な言葉に、この若者は、サングラス越しでもわかるほどの刺すような視線で、彼の顔を睨み付けていた。

(なんだ?──)

 雰囲気が良くない。

 こんな状態で一晩一緒に行動するわけにはいかないじゃないか──そう思って、落合はいろいろと場を和まそうと頭を捻った。

 その一つが「自己紹介」だった。

「おほっ、こりゃあ何かの縁だなあ」

 落合はそう言った。

 彼は受け取った名刺を横目に見ながら、門松に名刺を見るよう、その視線で促した。

「ふん、なるほど」

 門松は苦笑して、その名刺に書かれている文字から視線を切った。

「縁とは?」

 男の問いに落合が答えた。彼が疑問に思うのは、当然かもしれなかった。

「いやあ、名前ですよ名前。自分は落合隆志と言います」

「ふん、……。門松、和司です。どうぞよろしく」

 出された名刺を受け取り、男は受け取った。彼の方は、特にリアクションがなかった。

「校長が──いえ、何でもありません。お互い頑張りましょうや。蓮見警部補殿」

 三人は夜の校舎に消えた。

 サーチライトも極力使わない。

 大々的に行動するわけにはいかないので、校舎内は依然、暗くしたままである。


     ◆ ◇


(門松先生って、異様に強いっていうか、ね?)

(そういうところはさすが、ってカンジだな)

(さすが?)

(ああ。……そっか、お前が知ってるはずないもんな)

(…………)

(ん? あっ、門松さんのことは、あんまり言っちゃいけないんだけど──)

(何かあるの?)

(うん。…………)

(何? そこまで言ったんなら、教えてくれないと却って気持ち悪い)

(う~ん……そうだ。それならオレの質問にも、いくつか答えてくれねえかな。訊きたいことがあるんだけど)

(わたしに?)

(うん。お前さあ、最近演劇部の郡先輩と結構会ってるだろ?)

(え? ……ええ)

(彼女って……、どんなカンジ?)

(…………え?)

(な、なんだよ。そんな反応するようなことじゃ──)

(な、なんでもないよ。…………。そうねえ、あっ、そうだ。郡先輩にはねえ、面白い、って言っちゃあマズイのかな? まあいいや)

(なんだよ、もったいぶるなよ)

(もったいぶってないじゃん。これから話そうとしてたのに)

(あっ、ごめん……)

(…………。あのね、郡先輩、『女の子しか愛せない』んですって)

(ふうん……。……え? ええっ!?)

(……随分慌てるね?)

(え、いやその、ええと、その、なんだ──)

(なんかアヤシイなー)

(い、いや……。で、ど、どこからそれを?)

(何よ? わたし、訊かれたからおもしろ、いえインタレスティングなこと、教えてあげたっていうのに)

(あっ、ご、ごめん……)

(なんなら、本人に訊いてみれば? ま、男子には訊きにくいことかもしれないけど。って、これだと女子もか)

(そ、そりゃそうだ)

(ま、でもホントだと、わたしは思うよ? 先輩の、マスミやかずみみたいな美形に対する目、普通じゃなかったからね?)

 賽は投げられた。


      ※


 ホントに、本当に誰も覚えていなかった──。

 複雑な心境だった。

 結果には満足したが。


“「ふん、意気地なしな人たちね」

 私はそう言って、現場の見える丘から立ち去った。

 鮮やかすぎる死に様は、きっと彼らにとっても、印象深いものであるに違いない。そして何より、たった今、この世の中から別れを告げた二人の人間は、きっと至福の一瞬を生きたであろうことを──。”


 『破壊』──。

 私は静かに本を枕元に置き、ベッドの上で唯一灯っていた電気スタンドの明かりを消した。

 辺りが漆黒の闇に包まれる。

 『二人一組』か──。


“私はその瞬間、生まれ変わった──。

 本当の私を知っている人はともかく、先程までの私しか知らなかった人たちは、私のことをすぐに忘れてしまうのだ。

 そして私の存在は写真からも消え、せいぜい名前ぐらいしか残らない。それすらも残らないかもしれない。そして、それは当然のことなのだ。

 だって私は、ほんの数分前までの私と──違う人間なのだから。

 そう。私は、生まれ変わったのだから。

 そして、これまでの私は幻と消える。なぜなら、私は、本来この世にいるべき存在ではないのだから。だから私の──”


 『第五章』の末尾から、『第六章』の末尾へ。

 全八章のこの本の真の恐ろしさは──。


 時は、一一月三日を迎えていた。

 もう猶予はない。

 さて、いかがしたものか。


 『最高の罪悪感』。


 それは──。

 私は再び、今度は最後のページを捲った。

 そこに記されている事実は、たったの一行に過ぎない。

 たったの一行──。


“彼が生きている限り、私も生き続けることができる。この仮の永遠によって──”



【登場人物】

蓮見はすみ警部補:警察庁刑事局所属の警察官僚。長身で痩躯。トップダウンで連続猟奇(殺人)事件の担当者として現地に赴任した。そのこと自体が警察組織として異例。

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