表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Embrace~黒き魔性  作者: 笹木道耶
4/71

第一章 序曲(三)

     ◆ 3


《一〇月一九日 水曜日》

 ったく、かったるいなあ──。

 桜井三奈は、ソフトボール部の朝練で校門のところに来ていた。

 校門を出、外周をランニングするためだ。

 私立H高の外周は約一キロ。ソフト部の伝統は、朝練は二周、午後練は三周から六周となっている。

 今日は朝練、二周だ。

 ただでさえ打撃練習ができない朝練なんてかったるいというのに、今日は文化祭の当日である。にも関わらず、この部活は朝練があるのだ。話によると、三学期に行く予定である修学旅行中も朝練をやるのが伝統らしい。迷惑な話だ。

 もっとも、今日の場合は午前中、野球部とのソフトボールでのエキシビジョンマッチがあるので、一度体を作っておくのも悪いことではないが。

 三奈はソフト部のヒラ部員であるが、試合では「四番ショート」。足、肩、パワー、瞬発力、持久力、どれが欠けてもマズい要職にある。

 部全体で一斉にスタートを切るのだが、いつも必ず三奈と、エースでキャプテンの浅野の二人が、後続を引き連れるような形になる。

 そして、それはこの日も同じだった。

 近所迷惑になるため、「ファイト」という甲高い声は、外周を走るときについては朝午後問わずに自粛させられている。


「そう言えばさあ、先週の火曜日、猫の死骸が転がってたんだよね?」

 併走する浅野が何気ない口調で言った。

 先週はそういう事件があったため、女子部員しかいないソフト部は、外周ランニングそのものを自粛した。だが一週間何も起こらなかったため、今日からまた再開することになったのだ。

「そういうこと言ってるとさあ、また転がってたりするのよね、これが」

「もう、脅かさないでよ」

「そっちが最初に言ってきたんじゃない」

 噂をすれば影、というが、ソフト部を率いる二人は、確実に先週の「事件」の現場である川沿いに近づいていた。

 H高の敷地は長方形で、その「現場」は正門とは平行の関係にある反対側だった。あの日は陸上部の一年男子が発見したらしいのだが。

 そうした不安を心に抱きながら走る二人は、角を曲がり、先週の「現場」だった通りに入った。

 そしてその瞬間、自粛させられていたはずの甲高い声が、辺り一面を響き渡っていた。

「な、な、なな、な、なによ、あれ」

「ね、ねこ、猫が、猫が──」

 後続の部員たちも次々に悲鳴を上げる。

 この季節に交尾中だったのだろうか? 二体の猫が、その体勢をとったまま頭から真っ二つに、魚を半分におろした姿のように、地面の上に横たわっていた。

 三奈は動転する意識の中で、しかし確実にそれに近づき、そしてはっきりとその光景を頭に焼き付けてしまっていた。

(生きてるみたい。内蔵が一つも、はみ出てない──綺麗に、真っ二つ。綺麗に…………なんて美しい! ──)



 S警察署は、歩いて五分とかからないところにある私立H高校付近の住民からの一一〇番通報を受け、刑事課の阪野真幸巡査部長をはじめ、計三人の警察官を至急、「現場」へと向かわせた。

 家庭の事情により大学を中退して高卒区分で採用となり、もう九年目となる阪野刑事は、人間も含めた死体をその目で見た経験は決して少なくなかった。

 しかし、これほど凄惨な「死体」を見るケースは、極々稀だ。

 快速電車に飛び込んで砕け散った死体や火事で丸焼けになった死体を見たこともあったが、この「死体」はそれら人間の死体に負けず劣らずの、強烈なインパクトを持っていた。

「こいつはすげえな」

 普通なら、このような凄惨な死骸を目の当たりにしたら、「ひでえな」と言いそうなものだ。

 しかし、現場に到着した警察官たちは誰一人、「ひどい」とは言わなかった。

 美しいのだ。

 なぜか──そう思った。

 凶器は何なのだ? という疑問がすぐ口をついて出るほど、真っ二つに、しかも縦に切断されている。

 脳みそをはじめ内臓すべてが、胴体を覆っている皮膚の外側にはみ出ていない。切断されたその瞬間のそのときの状態を保っている──そう見えた。

 おそらく交尾の真っ最中であったと思われる二匹が、状況をそのままほぼ左右対称に留めたまま、絶命しているのだ。

 いや、本当に絶命しているのだろうか? 

 そう疑問に思えるほど、その死骸は美しかった。

 『綺麗』なのだ。

 そう言えば。

 いや、もう随分前、一週間以上前の話だ。気にするほどのことはないだろう──。


 早朝ということで、聴き込みは困難を極めた。

 H高の生徒のほとんどは目撃証言などできるはずもないし、この近所に住んでいる人々も、犯行を目撃している可能性がある人に限定するなら、それはどうしても深夜の時間帯にも外に出ている人種、つまり会社帰りのサラリーマンが大半ということになり、そうした連中は例外なく会社に向かって急ぎ足で歩いていく時間帯なのだ。殺人事件ならいざ知らず、野良猫の虐殺などといった「軽い犯罪」では、そのような急ぎ足のサラリーマンを引き留めるだけのエネルギーを使う気にはとてもなれない。

「まあ、大方、猟奇的な趣味を持つ変質者の犯行、ってとこだろ。……全く、これを片づける方の身になれってんだ」

 そうは言いながらも、阪野は釈然としないものを感じていた。

 凶器は?

 そもそもこれをどうやって?

 居合い剣術の達人でもこんなことができるだろうか? 

 そう思えるほど鮮やかな切り口だった。

 それに──。 

(日付が指定されていなかったら、報告してやるんだがな)

 阪野は薄笑いを浮かべながら、呟くようにそうひとりごちた。

 警察庁といえば、阪野にとっては気に入らないことこの上ない組織である。

 自分がどうやったって、どんなに努力したって、きっともう辿り着けない世界。

 もちろん、地方公務員と国家公務員という違いもある。が、キャリア区分で採用された者がすぐに警部補に、そしてノンキャリアでさえ自分と同階級である巡査部長に「何の苦労もなく」なれるなんて、苦労に苦労を重ね、働きながらやっとの思いで巡査部長まで辿り着いた阪野からすれば許せないことなのだ。

 大学を──それも一流大学を中退しなければならなかっただけに。

 とりあえず死骸を持ち帰って、鑑識に持ち込もうと彼は決めた。

 凶器くらいはわかるだろう。「鋭利な刃物」くらいしかわからなかったらお笑いだが。

「学校への嫌がらせですかねえ?」

 不意に、年長の制服を着た巡査長が彼に言った。

「そのセンが、一番有力かもしれんな」

 年上の先輩に対し上司面をすることに、阪野は快感を覚えていた。


【登場人物】

桜井三奈さくらい みな:私立H高校2年C組。県内の強豪であるソフトボール部の主力選手。同級生の前島純一は幼馴染みで恋人。クラス内では麗、一美、益美と仲が良く、4人組では益美とともにムードメーカー。あだ名は「さんちゃん」。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ