第七章 奈落へ(五)
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三年生三人の『ネタ帳』捜索は、一時、壁に当たりかけた。
本来、純粋な意味での『ネタ帳』は、常に携帯して、ネタを見つけ次第いつでもメモできるようでなければ意味がない。だから、友香は、いつもネタをメモするための『単語帳』を持ち歩いていた。輪っかに穴の開いた小さな紙を束ねた、よく中高生、受験生が使っているものだ。
友香の場合は事情が少々複雑だった。
ソレは、忘れないようにメモを取るために使用され、それをわざわざ、帰宅したあと『ネタ帳兼日記帳』であるノートに清書する、というのが、彼女のスタイルだった。
だから絶対、清書したものがあるはずだ。
どうも、あの母親は、室内の物に止まらず、手荷物についても「管理」しようとしていたらしいから。
絵里にそう指摘され、湊都もそんな話を聞いたことがあることを思い出していた。
友香が『単語帳』をわざわざ使っていたのは、そういう意味でまさしくカモフラージュのため。容易に出し入れができるし、わざわざ中身までじっくり調べられることもない勉強のためのアイテムだから。しかも、万一に備えてか、実際に綴ってあるうちの半分くらいは『本物の単語帳』であり、湊都自身も学校で、友香がメモを捨てているのを何度か見かけたことがある。家では捨てられないから、学校で捨てていたのだ。
──これはある意味では、友香が演劇部員でい続けていれば、少なくとも在校中は起きなかったトラブルだったのかもしれなかった。
三人ははじめ、各々、鍵のある机の引き出しやその下(例えば二重底であるか──なども含めて)、あるいはタンスの中、カーペットの下などを一通り捜索したが、やはり何も出なかった。
「推理してみようよ」
そう言ったのは湊都だった。
「おばさんだって調べたんだよ? それで見つからなかったってことは、当たり前の場所ばかり探していてもダメなはず」
それは彼女の本音だった。
「『本は本棚に隠せ』ってねー」
智美は、軽い調子で、本棚にある文庫本から古い中学時代の教科書や参考書まで、次々とサンプル的に引き出してみては、その後ろの棚の状況を確認することを繰り返した。そして最下段にある全一一巻の図鑑のシリーズまで辿り着いたとき、図鑑重っ──という声が、智美の口から漏れ出た。
「図鑑?」
湊都はハッとした。
友香は確か、図書室の図鑑を破壊して──?
初めから、そこにあるはず──そう思って探せば話は別だった。
手分けして、重い図鑑を全部引き抜く。
「あれ? これ軽い」
そして辿り着いた違和感。
『木は森に隠せ』のセオリー通り、それは隠されていた。
「……やられた。これなら、場所を知ってる本人なら、引っぱり出すのも簡単だし。考えたわね」
その図鑑は、ケース付きのハードカバーで、かなりの大きさのものだった。
その一一巻のうち、八巻と九巻のページが、外縁部分を除いてほぼすべてくり抜かれていた。ハードカバーの表紙とその周辺の一部を除いて。
そのくり抜かれた部分に、業務用の穴開けパンチか何かで二か所、穴が開けられた四冊のノートを綴ったファイルと、二冊のノートを綴ったファイル、そして綴られていない一冊のノートがあった。
「上手い隠し方だね。これじゃすごい手間がかかったと思うけど」
執念だね──と智美が感心したように言った。
その『図鑑』は、背表紙をそのままに、ケースにきちんと入れられて、本棚に陳列されていた。
見かけ上は、他の巻と何も変わらなかった。
「おばさん、さすがにこの図鑑を全部ひっくり返すようなことはしなかったんだね」
まあ、そりゃそうだろうね──と湊都も呟く。
「……友香が死んだ原因、これでわかるのかな?」
「ここでいいです」
麗と栄は、駅前で車から降ろしてもらった。
門松は「家まで送ってやるけど」と言ってくれたのだが、麗がそれを断り、勇気を出して、栄を誘って駅前で降りた。
「なんか、先生の解釈では割り切れない、不自然なことがあるような気がするの」
門松たちと別れたあと、二人は駅前のコーヒーショップに入った。
長居はし辛い店だが三〇分ぐらいならなんとかなるだろうし、そのぐらいの長さでないと、自分が緊張で胃が痛くなってしまうかもしれない。
彼女にとっては色々な意味で好都合だった。
緊張しながらも、麗は栄に、門松の考えの甘いところをついて見せた。
それは、当事者本人にしか解らない感情が、裏付けとなって表れた苦言だった。
「わたしも、あの時のこと、実は覚えてた。だけどね、気を失ったのは本当なの。それに──それにわたしにはあの時、あの希ちゃんが窓の向こうを落ちていく時、いろんなものが見えた。
本当にいろんなもの。
そして勝手に口が開いていって──」
突然、何かが麗の頭の中を駆けめぐったような気がした。
麗は本能的に、これ以上『あの時のこと』を考えるのは危険だ──と思った。
「ど、どうした?」
麗の異変に、栄はかなり慌てたようだった。
テーブルを強く揺らし、目の前のコーヒーをこぼしてしまう。しかしそのことが、麗を『あの時』の思考から遠ざけてくれた。
(綱渡りだなコレは──これ以上、彼の前で醜態をさらすわけにはいかない。何が何でも)
「……大丈夫。ごめんね?」
麗の表情は、しかし恐怖を隠しきることができず、怯えたものになっていた。
もう一度『あの時のような失態』を繰り返すわけにはいかないのだ。
「やっぱり、何か得体の知れない力があるのかもしれないな。オレでよければ、いつでも力を貸すよ。門松さんはあの通り、そっち方面では当てになりそうもないしな」
──いい展開になって来た。
麗は彼の肩を借りながら、こぼれたコーヒーを片付け、コーヒーショップをあとにした。




