第七章 奈落へ(四)
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『高校一年生女子が首吊り自殺か
二一日未明、K市内の私立高校に通う一年生の女子生徒(一五)が、同市内の神社の裏の林で首を吊って死んでいるのを、近所に住む男性(七五)が発見、一一〇番通報した。現場には遺書はなく、警察では自殺とみて調べている。』
『高二女子、転落死?
二八日朝、K市内の私立高校二年生の女子生徒(一七)が、同市内Mにある崖の下十数メートルのところに倒れているのを、近くに住む農家の男性(五六)が見つけ、一一九番通報した。救急隊が駆けつけたときには、既に心肺停止の状態で、その後死亡が確認された。警察では事故とみて、付近の農家や学校関係者に事情を聴いている。』
『不明女子高生、水死体で発見 事故か?
T市(筆者注・K市の隣市)内を流れるS川で一日午後、若い女性が浮かんでいるのを、散歩中の主婦(三八)が発見、警察に通報した。死亡していたのは、前日夜から行方不明になっていた近くに住む高校三年生の少女(一七)。警察の調べでは、現場付近には争った形跡などはなく、警察では事故、自殺の両面から調べを進めている。』
(※ 以上、日付はすべて一二年前の一〇月及び一一月のもの)
「『世の中物騒なことばかりだ』なんて言葉じゃ、説明できないくらい物騒な話だな?」
念のため一二年前だけでなく、一年前から順に遡れた一四年前まで、それも全国紙から地方紙まで、調べられる範囲ではくまなく、一〇月から一一月にかけての記事を五人でおよそ八百日分、他にサンプルがないか手分けして探した、その結果がこれだった。
そして、この二日、つまり一〇月二八日と一一月一日両方で、同一地域で若者の変死事件が起きているケースは、この一二年前のK市付近を除いては見当たらなかった。
もちろん、複数の日にわたって同一地域で死亡事件が起きているケースは他にもあった。
しかし、それらのケースはいずれも東京二三区内や大阪といった大都会が舞台で、注意深く見ていくと、犯人が捕まったり、遺書が見つかったり、動機が比較的ハッキリしているものばかりだった。
しかしこの一連の記事は、人口三一万人のK市と、人口五万六千人余りのその隣市であるT市で起きた事件である。そして一一月四日の『例の事件』を含めれば、事件は実に、四つも起きていることになる。
「不気味ですね」
「何より死に方だよ。俺は正直、『高二女子、転落死?』を見つけたとき、鳥肌が立ったね」
「やっぱり、郡先輩が言ってたように、オカルト絡みなんでしょうか?」
三奈、栄、麗が次々に自分の意見を言った。
「……さすがにそんなことはないと思うが、嫌な感じではあるな。死に方、日付、死んでるヤツ──今回の『二つの』事件と後ろの二つの事件はそっくりだ」
「『二つ』? 二つ目は違うじゃないスか」
「いや、『二つ』でいいんだ。白井の事件、あれは見ようによっては、『溺死に見えないことはない』。そういう死に方だった。
まあもっとも、蛇が口に突っ込まれて、顎が砕けてた印象の方が強すぎた、っていうのはオレにもあるが」
その言葉に、三奈が口を押さえながらうずくまり、純一がすぐに傍に寄り添う。
「でも、一二年前の一つ目、『首吊り』は、今回はありませんでしたよね?」
「……そうだな。でもまあ、これだけは本当に自殺なのかもしれん──という説明もできる。無関係の事件ってことはあるだろうよ。もちろん、こっちで未発見の死体がある、ってことも否定できんが」
「でも──『猟奇事件』とそっくりの事件は、両方とも、いや、『三つとも』、ありませんでしたね。これについてはどう説明するんですか?」
純一が、三奈を介抱しながら、多少非難の込もったような口調で言い放った。
三奈が『猫斬殺事件』の第一発見者の一人であるという事実。
純一の指摘したとおり、『動物の虐殺』の類の事件報道は、K市の地方紙を紐解いてみても、確かにどこにも見当たらなかった。
(だが──)
過信は禁物だ。
今回の事件でも、初めの『猟奇事件』については、外部からは全く騒がれなかったし、報道もされなかったのだ。
二つ目の事件はたまたま警察の知るところとなって多少面倒なことになったが、あれだって第三者の介入(警察への通報)がなければ、ひょっとしたら内々に処理されていたかもしれない事件だった。そのことを考えれば、今回のようにどちらかと言えば閉鎖的な機関が舞台になった場合、そうした事件が起きていたとしても、新聞報道はされなかった、というケースは、十分考えられる。
「『儀式』、か──」
「嫌ですね? そういうの」
門松の言葉に麗が反応した。
自分が先程、湊都の話を改めて持ち出したにもかかわらず、彼女は明らかに非難めいた口調でそう言った。
「確かに嫌は嫌さ。非常識極まりない。でも、あいつの言うことも一理ある部分がある。
オカルトは、それ自体で何かを引き出したりできるものじゃない。だが、世の中にはそれを信じている愚か者どもが少なくない。だとすると、何らかのオカルト的な『儀式』の一環として、こういう『事件』が何者かによって引き起こされたという考え方なら、不合理でもなんでもない。それは十分に検討に値する考え方だ」
「確かにそれはそうですけど……わたしが『嫌』と言ったのは、そうした考えを持って、殺人までやってしまう人がいるのかもしれない──という現実の方です」
「でも、本当にオカルト的な何かが起きてたとしたら、どうなんでしょうね?」
栄が二人の会話に介入した。
「もっと、郡先輩も交えて、検討してみた方がいいんじゃないでしょうか? どうも腑に落ちないんですよね。
誰かが何かの意図をもって殺人を犯した、っていうんなら、それを実行したヤツがいるっていうことでしょう? でも、そんなヤツの影も形も見えない。殺人だっていう証拠もない。『自殺かもしれない』とさえ言われてる。だとしたら、本当にオカルト的な現象が起きている、って考える方が、むしろ自然なのかもしれないって──」
「オレもその意見に賛成です」
純一がそう言いながら、寄り添っていた三奈を突き放すようにして、前に二、三歩進み出た。
「今回の一連の事件には謎が多すぎると思うんです。これらの事件に犯人がいるんだとしたら、犯人は『何故そうしたのか』っていう疑問とともに、『どうやってそうできたのか』、っていう疑問が出てくる。
それに……」
純一は三奈、そして麗の顔をちらりと一度ずつ見た。
彼の言わんとすることを門松は見抜くことができたが、その言葉を遮ることまではしなかった。
「先生、栄生は今回の、一昨日の事件の目撃者だったんでしょう? そして今日、あいつは学校に来なかった。『精神的ショックが大きい』っていうのは聞き飽きました。本当のことを教えてください」
「『精神的ショックが大きい』のさ。それ以上でも以下でもないと思うぞ?」
『政治的な答弁』に終始する門松の援護に、麗が立った。
「わたし、昨日実は、マスミと二人で、かずみに会ってきたんだけど、普通に元気そうだったよ?」
元気そう──という言葉に、純一が次に用意していたであろう言葉は遮られる形になった。
彼は軽く舌打ちすると、宙に視線を漂わせた。
「オカルト現象を信じたい気持ちも解るが──」
門松が淡々と話し出す。
「オカルトやUMA、UFOといった超常現象に傾倒することは、意志の弱い人間にとっては麻薬みたいなモンだ。
自分の知識では解らない、自分の頭では理解できない現象が目の前で起こった。それについてもっともらしい理屈を述べられる人間が、自分の周りにいなかった。でも、その現象に関しては何らかの理解をしたい──。
超常現象は、その要求に応えてくれる麻薬に過ぎない。単なる現実逃避の道具」
スポーツ選手としてやや好戦的な性質もあるのだろう純一は、すごい形相で門松を睨み付ける。
しかしそのことが、却って門松の本来持っている闘争心に火をつけた。
「科学者の多くは、そう意図したかどうかは別にして、その不明な現象を理論的に説明して見せようと、様々な努力を重ねてきた。そしてその結果が現代の物理学や化学に繋がった。
超常現象を『奇跡』だとか『予言』だとか『魔術』だとか言う人間は、そういう努力をせずに自分の理解できる範囲内でだけで物事を処理しようとするただの怠け者なんだよ。
でもプライドだけは常に一人前だ。自分は何でも知っていなければならない──そう思い込んでる。そしてその、自分が怠けたことによって得た詭弁的結論を、多くの人に押しつけようとする。
しかし世の中の人間の多くは、皆が科学者のように未知なことを解明する努力をするワケでこそないものの、自分に未知なことがあることについて言い訳しようとしないし、知らないことについて恥だとも思わない。そっちがマジョリティだ。それは時として、オカルトや超常現象がブームになってしまう──なんてことに繋がることもあるが、自分がすべてを知っていなければならないと考える腐った頭の連中よりははるかに質がいい。ブームが去ったらみんな忘れる。エンターテインメントとして消費するだけだ。
オカルトや超常現象に頼る限り、真相を掴むことなんて永久にできない。そしてそう言う立場をとるヤツは、長い目で見たら社会に害悪をもたらす。お前らにはそういう、社会のクズの素養があるようだな?」
「あんたに言われたくないぜ!」
純一が、門松の胸ぐらを掴む勢いで飛び込む。
門松はそんな彼の動きを、僅かな動きで簡単に封じ込めると、腹に一発パンチをかました。
純一がその場に崩れ落ちる。
「オレに向かって来ようなんざ千年早い」
門松の顔は不敵に笑っていた。
「何するんですか!」
三奈が激昂したが、門松はあっさり、正当防衛だと言い切った。
「……先生。でも、科学者たちだって、錬金術に躍起になってた時代もあるはずですよ? オカルトが科学の発展に帰依したという現実だって、あるんじゃないですか?」
麗が静かにそう抗議したが、門松は揺るがず、「彼らは『科学的に』金を作り出そうとしたんだ。悪魔に頼ったり、呪文を唱えたりして金を作ろうとしたわけじゃない」と言った。
五人の間に険悪な空気が流れた。
それは一対四の空気の流れだった。
そしてそのことが、純一の次の言葉を招いてしまった──。
「じゃあアンタは、あの、三奈とユーレイのあの、気持ち悪い異常な発言をどう解釈するんだ!?
三奈なんて、『シテる時に殺されたらサイコーなのに』なんてぬかしやがったんだぜ!?
犯人が実はこいつらだって言うのか?
こいつらが犯人の一味だとでも言うのか?
『イカレてた』んだぜ、『こいつら完全に』。
そんで栄生もやっぱりショックでどうこうなっているとしたら、これが普通じゃない出来事だって、誰だって思うだろうが! 説明して見せろよ、あの時のこいつらのイカレた原因を!」
一対四の険悪な空気の流れが、一瞬にして砕け散った。
三奈は呆然と純一の顔の方に視線を走らせながらも視線が落ち着かず、少しずつ後ろへ、後ろへと後ずさっていく。
麗は冷や汗を流しながら、どうしたらいいか途方に暮れていた。
栄は不用意な発言をした純一を強い非難の色を帯びた目で鋭く見つめ、興奮が収まりつつある純一は、しかし引くに引けなくなってじっと門松を凝視している。
「そのことについてだが」
こんな状況でも笑みの残る顔で、門松は言った。
「カウンセラーの大崎さんに聴いた。結論はこうだ。
そういうことは『ある。それも決して、稀なものとは言えない』と。
もっとも、彼は、続けて『三例も』ということで疑問を呈してはいたが。しかし、オカルトや超常現象を論ずるよりは、遙かに可能性の高い見解だと、オレは思うが?」
「……い、今、……今『三例』、って言ったな!? 三例ってことは、やっぱり!」
「もう止めて!」
叫び、三奈が出口の方に向かって走り出す。
残った四人は、それを見ているしかできなかった。
「……さんちゃんは──あいつはあいつなりに、頑張って精神的な均衡を保とうとしてたのに、お前がそれを崩してどうすんだ? まったく。周りのことを考えず、直情的にことを運ぶ。単細胞の極みだな?」
栄が冷めた口調で言った。
まるで門松のように。
純一はその栄の言葉を非難する視線を送りつつ、少しの逡巡のあと、三奈を追って出口に向かって走り出した。
「『いつ思い出した?』っていう質問は愚問──そうだな?」
「…………」
麗はそれには答えなかった。
無言の答え、というところか。
「オレとしては皆川、お前が気づいたことの方が意外だったよ」
栄は首の後ろを左手でなでながら、フフッ、と小さく笑った。
「俺の女の子の観察眼をナメちゃいけねえ」
そう言ったあと、栄は今し方まで、自分も門松にいいようにこき下ろされていた対象だったことを思い出し、慌てて表情を変えようとした。その様子がおかしくて、麗が笑い、門松が笑った。
「……でも──いつから?」
「俺はさんちゃんのさっきの態度から」
「オレは大崎さんの話を聴いてからかな。もっとも、お前らにそれをどうやって認めさせるかが、オレにとっては一つの課題だったんだが」
門松は一呼吸置いて、せいせいした──というような口調でこう続けた。
「でもこれで、オカルト現象説は完全に消えたな。もっとも、それを信じて、犯行を重ねているヤツらがいるっていうのが最大の問題なんだが」
門松はそう言うと、新聞の縮刷版を、元あった棚に戻し始めた。




