第七章 奈落へ(二)─過去の凄惨─
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『暴走族どうしの抗争? 少年一人が首をはねられ死亡
四日未明、K市内の国道で、暴走族どうしの抗争と思われる死傷事件があった。死亡したのは市内に住む男子高校生(一七)。
所轄のK警察署の調べによると、この少年は首を鋭利な刃物のようなもので切り落とされ、殺害されたものとみられる。この少年が集団の先頭を走っていたことから、警察では少年の所属するグループと激しく対立していたグループの少年複数名に事情を聴いている。』
「これだ。見てみろ」
門松は記事を指で他の四人に指し示しながら、その印象を訊いた。
「随分と派手な事件ですね」
これは栄の反応だった。
「鋭利な刃物、か」
純一は、その殺害方法に興味を持ったようだった。
「こういう事件なら当然、『計画的な』犯行ですよね? どうしてクエスチョンマークがついてるのかな?」
三奈は意外にも、鋭いところをついた。
「『首切りワイヤー』の事件ですかね?」
麗の答えは、発想として順当なものだった。
細くて丈夫なワイヤーをライダーの首の位置辺りに張っておけば、夜間に暴走行為を行っているライダーの「何か」を切断することは不可能ではない。速度が遅く、当たり所が良ければ転倒で済むかもしれないし、ワイヤーの方が切れる可能性もあるだろうが、上手く行けば首をはねることも可能だ。速度が出ていれば、ワイヤーが切れる可能性も高まるが、それ以上に人体の方が切断される危険が高まる。
皆川栄、前島純一、桜井三奈、柳麗の四人は、門松とともに県立中央図書館に来ていた。
今回もまた、門松の呼びかけによるものだった。
郡湊都や永井益美も呼んだのだが、彼女たちはそれぞれ用事があるようで、早々に学校をあとにしていた。
ちなみに、栄生一美は今日も学校には来ていない。
「おそらくそれだろうと、当時のマスコミの多くが、特に写真週刊誌とテレビのワイドショーが取り上げて検証してた。オレもよく覚えてる。
もちろん、そうであるなら『計画的な犯行』であることは間違いないし、それは机上の論理から言えば、自然な推論だったのかもしれない。
だが、現実は違った」
門松はそう言うと、開いている記事の日付よりあとの日の記事を一つ一つ目で追った。
「この事件があったのはいやしくも国道だ。交通量は決して少なくない。
確かに、この連中が暴走行為をする時間帯は、交通量もグッと少なくはなっていたらしい。でもだからと言って、トラック一台通れば破壊されてしまうトラップだ。一般車も走っているし、その大半を回避できる高さに仕掛けたとしても、全車輌がかわせるとは限らない。そもそも、設置自体にもそれなりに時間がかかるだろう。
それにトラップが有効に機能しても、見え見えの証拠が残っちまうし、夜中が相対的にトラックが多いことを考えれば、これは確率的に頷けるやり方じゃない。
もちろん、このゾクが近づいてくる直前にトラップを仕掛けたとも考えられなくはないが、相手がバイクの集団なのに、そんな綱渡りな賭けをするとはとても思えない」
「でも、実際に『首切りワイヤー』でも使わないと、えっと──難しいんじゃないですか?」
麗が言いにくそうに異論を述べたが、遮るように門松は答えた。
「そう。極めて難しいだろう。だからワイヤーが現場に残されていたはずなんだ。仮に、首尾よくワイヤーだけは回収できたとしても、電柱などの、ワイヤーをくくりつけたポールの方には、最低でもその跡が残るはず。それを消すのは事実上無理だろう──そのはずだったんだ」
「まさか……」
「そう。現場には『何もなかった』らしい。ワイヤーどころか、その跡さえもな。当時の週刊誌の記事を紐解いてみれば、その事実がデカデカと書いてあるはずだ。この新聞にはそうした追加記事は──ないようだが。唯一ある可能性としては、あまりに綺麗に首に当たったため最小限の力で首をはねてしまい、柱の方にもワイヤーの跡が残らなかった、ってことになるが──そんな偶然、あると思うか? 人の首を飛ばせる程度の強度にするには、相応のダメージはやっぱりかかるはずだ。ワイヤーの敷設に当たって養生でもしてたって言うのか? ナンセンスだ。警察が捜査して、何も出ないのは明らかにおかしい。
オレは当時中学一年生だったが、このニュースはよく見てた。さすがに衝撃的だった」
門松は黙ったままの三人から視線を外して、独り言を呟くように言った。
「つまりこの事件は、殺害方法が全くの謎になってしまったんだ。もちろん、『ワイヤートラップ』の可能性を完全に否定することはできないし、それ以外の方法が考えられないから、そのまま継続して捜査するしかなかったんだろうが、もちろん当時、犯人は挙がらなかった。今でも挙がってないはず。殺害の瞬間の目撃者は腐るほどいたにも関わらずな」
再び彼は四人の方を向き直ったが、今度は、彼らの方が視線を逸らしがちになった。
「話はここで終わらない。
この事件が『暴走族を狙った犯行』であることは間違いない。暴走族のことは暴走族に訊け。オレは大学時代、偶然東京で、K市でこの時期、ゾクをやってた人間と知り合った。そこで奇妙な話を聴き込んだんだ。
どうしてそんな話になったのか、今では思い出せない。だがオレは、彼がK市の出身だと知って、『K市と言えばあの事件だ』というぐらい、興奮したのを覚えてる。そして、口ごもる彼から、詳しい話を聴くことになった」
話を聞いている四人のウチの一人が唾を飲み込む音が響きわたったように感じるくらい、五人の間の空気は緊張していた。
「彼は当時一六歳だった。バイクの免許を取ったばかりの、下っ端の構成員だった。そんな彼の目の前で事件は起こったらしい。
初めは警察もマスコミも、この事件を『重大事件』のように扱った。
センセーショナルな報道に加え、住民からの苦情にイライラを募らせていた警察も、暴走取り締まり以外でゾクの壊滅という結果を導ける武器を手にし、ここぞとばかりに精力的に動き出した。
ところが──」
門松は一息「ふうっ」と入れたあと、いつもの無気力な表情とはまるで違う表情を隠すことなく四人に見せつけながら、続けた。
「マスコミの取材も警察の捜査も、ある時を境にまるで潮が引くようにぷっつりとなくなったそうだ。
それだけじゃない。
噂がものすごい勢いで広がったそうだ。
これは実は事故なんだと。
犯人がいるとしたら、それは『悪魔』の犯罪なんだと。
そしてその証拠はいくつもあった──彼はそう言った。その話をしている時の彼の怯えようはハンパじゃなかった」
「証拠?」
「オレももちろん訊いてはみたさ。だが、彼は答えなかった。でも、彼は興味深いキーワードをいくつかしゃべってくれた。そのことから何があったか、ある程度は推測することができた──」
「……前提事実としての『殺害方法の不明』、そして捜査側とマスコミの同時期の『撤退』。そして『事故』──それが、『悪魔の犯罪』?」
「そこから連想するものと言えば、何だと思う? 柳は」
「『タブー』。政治的な配慮、っていうのが一番現実的ですが、それじゃその彼がそんなに怯える理由になりませんから──呪い、魔術、天罰──その事件に何か、超常現象的な連想を引き起こす、なにがしかのタブーの存在があった。
違いますか?」
「いいセンだ。彼と相対していないということを割り引けば、すばらしい推理だよ。お前たちはどう思う?」
他の三人は、誰も答えようとはしなかった。
「……まあいい。オレが抱いた結論はこうだった。
『こいつ、何か見たな』。
そう。彼は見たのさ。何か、とんでもない光景をな。そうでもなければ、一六歳の少年とはいえ、大人ぶることでアイデンティティを得ているような過去を持つ連中が、『悪魔』という単語を発し、怯えることなんてないはずなんだ。
だからオレはそいつを酔い潰した。
それでも推したり退いたり大変だったが──」
門松の目が険しさを一段と増した。
「彼は見たんだ。切り落とされて地面に転がった首を、後続のバイクのうちの一台が、何度も何度も踏み潰して、頭蓋骨を粉々にしていくのを。
中からしみ出てきて、粉々になった頭蓋骨の間から表面に出てきた脳味噌を。
その脳味噌さえもまた、何度も何度も、奇声を発しながら踏み潰していく一台のバイクを。
そして、そのバイクに乗っていたライダーの異常な目を。
ライダーの女子高生の、イカれた目を──呆然と、しかし、他の大勢のメンバーとともにな。
そして聞いたんだ。頭蓋骨の砕ける音を。
脳味噌が物理的衝撃や音によって跳ねる音を。
そして奇声の中で確かに発せられた、『美しい』『綺麗』『綺麗になった』、などの賛美する単語を!」
純一と栄の二人の表情が見る見るうちに青くなる。
「そして彼は、もう一つオレの問いに対して答えてくれた。
そのライダーの女子高生と同じ高校の女子高生が三人も、非常に短い期間の間に死んでいるのだ、と。
それもどうも、その三つとも、『不可解な死に方』らしい、と。
四つも続けてそんな事件が起きるなんて、偶然とはとても思えない──と。
どうだ? 実に『オカルト的』だろう?」




