第六章 謀略(六)─策動─
※本作では“ ”(ダブルコーテーション)で括られている箇所が何か所かあります。これは、「作中世界の人物による著作(本など)」の引用部分です。
改行に乏しいなど一部の文章がとても読みにくかったり、文体が異なる箇所がありますが、ご理解くださいますようお願いいたします。
◆ 6
(イケる──)
少女は、自分に運が向いてきたと思った。
一つは、「あの事実」を確信することができたこと。
そしてもう一つは、今しがた受けた電話──。
連絡網で、『明日は臨時登校になるので、全員遅れずに来るように。マスコミの質問には一切答えないように』という内容の連絡が回ってきた。このことは、明日彼に会うチャンスがないと思っていた彼女には、渡りに船だった。
これで計画を一日早く進めることができる。
少女は、自分にあのような計画を練らせるきっかけとなったノートを、再びパラパラとめくり始めた。
そして数秒後、問題のページが彼女の目に飛び込む。
“「あたし、女性しか、愛せないんです。ごめんなさい」
彼女はそのとき、とっさにそう言ってしまったらしい。
しかし、これは意外にも効果があったそうだ。
こういう言葉を言うとあらぬ誤解を招きそうだが、彼女はそれでもいいかな、とも思ったらしい。でも、実際はそんな噂は立ったことはないんだそう。
考えられる理由はいくつかある。彼女だって、告白されて、すべてこんな答えで断るわけではない。ちゃんと、「ごめんなさい」一言で断れるのなら、それに越したことはないのだ。
だが、それでは諦めない人もいる。そんな時に、役立つやり方なのだと彼女は言った。
断られても諦めない人は、概して自分に自信がある。根拠があるかどうかは別にして。
これを排除するためには、彼らのプライドを傷つけずに、嫌悪感を抱かせることが有効だ。
確かに、いくら自信があってもこの言葉を聞けば、諦めざるを得なくなるだろう。というより、多くの男は気持ちが冷めてしまうだろう。「女に負けた」という事実も大きいはずだ。ヤケになってその話を当たりかまわず言いふらすことも考えられるが、そんなことをする気にもさせないほどの衝撃を与えるということも、十分に考えられるのだ。”
このノートは『メモ書き集』だった。
本に書かれた記述やドラマの台詞、それに実生活で著者が得た情報の中から面白いもの、興味深いものを集めた『ネタ帳』のようなもの。
ここに書かれている『彼女』の名前は、前ページにしっかりと書かれていた。
『郡湊都』──。
少女はそのページを開いたまま、次にコピーの束を取り出した。
そしてその中から、一つの固まりを取り出す。
その表紙となるページには、『精神が破壊されるその前に』と記されていた。
『主演 A子役 熊倉智美』
彼女はこれを見て、初めは何とも思わなかった。
だが、よく考えてみると、これはおかしなことだったのだ。
『実は、実在の人物をモデルにしたりして作品をつくることが多いんですよね』
『古代希の言葉』を思い出す。
これはひょっとして──そう思った。
そして、『彼女』の役柄を見た。
それは、少女が予想したとおりの、いや、期待した通りの役だった。
探りを入れるため席順を工夫した。
『彼女』のことは、正直言ってよくは知らないしわからない。
だが、意識して見てみると、いろいろな状況からして不自然な点がいくつか目に入ってきた。
例えば、彼女が選んだ部活がうちの高校の演劇部であったこと──。
「うふふっ……」
少女は静かに笑った。
自分の立てた推理は、どうやら当たっていたらしい。
(震えてた。あの女、確かに、震えてた──)
計画の成功率は高い──彼の性格が、その確率を高めている。
博打めいていることに変わりはないけれど、それでも。
きっと、彼をきちんと動かすことができさえすれば、たぶん簡単に──。
※
『罪悪感』を得ることがかくも難しくなる瞬間。それは──。
“第五章 破壊
〈××∧∧年(今年から数えて一二年前)一一月〇四日〉
(前略)
一台のバイクが突然、集団から抜け出した。
当然ヘルメットなどかぶっていない。違反者だ。
予定通りだ。
私は遠目に男のバイクを見ながら、来るべき時を静かに待った。
そして、暗闇に閃光が走った瞬間、先頭を走っていたバイクの男の首が、慣性の法則に従った動きをしつつも、空気抵抗と重力には逆らうことができずに、バイクの後方へと転がり落ちていった。
しかし、バイクはなおも直進を続けていく。
首の載っかっていた辺りから、赤色に彩られたドス黒い液体を天に向かって吹き上げながら。
後続の連中が『悲鳴』を上げた。
『悲鳴』の中には金切り声あり、急ブレーキの音あり、転倒したときに出るバイクと肉とアスファルトの摩擦、衝突による不愉快な響きあり。
連中のほとんどが立ちすくむ中、一台のバイクだけが、先頭の『首無しライダー』を追いかけるように前方に出てきた。
しかし、そのバイクの目的が、『首無しライダー』でないことは、その光景を見たすべての人間には、すぐに解ったことだった。”
顔が強ばる。
確かにそう表現すべき状態だ。
あの高揚感は何処へ──。
“バキッ、ベキッ、ボキッ、…………。
堅い物が砕ける音が、マフラーを外したバイクのエンジン音が渦巻く中で響きわたる。
その音は、初めは大きかったが、すぐに小さく、目立たなくなっていった。
それに替わって、近くにいた者たちは、もっと別の種類の音を、少なくとも二種類、新たに聞いたはずだった。
ニチャ、ネチョ、グチョ…………。
「あははははははははははははははははは、きっ、綺麗、綺麗──ひひひひひひひひひひひひひひひひいいいい、あは、あは、美しい、美しいわ、あっはははっはっはっは、あははははははは…………」”
吐き気すらも催しそうな、そんな異常さ──。
それは私が正常だからか?
“誰も何も、声を上げることはできなかった。
誰も何も、見ることすら、できていなかったのかもしれない。
誰も何も、聞くことすら、できなかったのかも……。
目の前の一台のバイクが、何度も何度も、ある一点をめがけて小回りを繰り返しながら、何度も何度も、液体状、いや、むしろゲル状、と言った方が良いような一点の上を、バイクのタイヤで踏みつけている。
金の毛髪に混じる同系色のゲル。
ドス黒い赤……。
「あははははははははははははは、きっ、綺麗になって、ひーひひひひひひひひ、美しいっ、美しいっ、美しくて、ひいっひいっひいっひいっ、…………あーはははははははははははは」”
そして『罪悪感』があるからこその、屈折した感情。
それもまた、正常だからこそ──。
“彼らは、一人では何もできない弱虫だったようだ。
血気盛んであるはずの若者たちは、誰一人、その場を動こうとしなかった。
『ドカン』という大きな音が、彼らから見て前方から聞こえた。
どうやら、直進していた首無しライダーが、コンクリートの壁に激突したようだった。真っ赤な炎が遠くで揺らめいている。
それでも、彼らは動かなかった。
動けなかったのだろう。
腕時計を見ると、二時三〇分を少し、回っていた。”
正常だからこそ『罪悪感』を得ることができ、ひいては復活することができる。
正常な心を持ったままの著しい感情の揺れ!
感情の爆発!──。
最高の罪悪感!




