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Embrace~黒き魔性  作者: 笹木道耶
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第六章 謀略(五)

     ◇ 5 ◆


「精神を病んでいた白井友香が、『猫』という『生贄』あるいは、そのどこかのパーツを『アイテム』として得、そして何らかの催眠的な方法で古代希を『生贄』にし、そして最後、悪魔に魂を売るために『自殺』した。

 ……君は、こう言いたいのか?」

 「会議」を始めて既に三時間以上経過していた。

 門松は湊都のオカルト講釈に対し、コンパクトにまとめて結論を提示した。

「もしそうなら、これからはもう何も、事件は起こらないことになるが……さすがのオレも、そうあってほしいとは思う。だがな」


『郡、「あの話」というのは?』

『オカルトじみた発想です。それでよければ、お話、しますけど……』

『この際、聴けることはすべて聴きたい。話せ』

『……あたしは、実は「猟奇事件」が三つ起こった時点で、まさかとは思いながらも、オカルト路線の発想をしていました。八日ごとに起きる動物の虐殺。これは誰かが、何かの意図を持って行っていることじゃないかって』

『八日ごと、ね……。まあいい』

『あたし自身は、そういう非現実的なことを大真面目で議論する気なんて、さらさらない人間です。でも、「フィクションとして」なら、面白いと思っています。

 オカルト系の話って、昔からあるじゃないですか。それだけに掘り下げると、結構これが深いんです。そして、それを大真面目で信じている人は、現在でも一定数はいる。これもまた、現実です。そういう人たちが「何か目的があって」「猟奇事件」を引き起こした、という考えは、現実的な考えの範囲内だと思うんです。だって、彼らは「信じている」んですから』


「確かに郡、お前の言う通り、『フィクションとして』は面白い。一つ補強をしてやろうか? 『魔術』や『悪魔』系の話には、必ずと言っていいほど快楽とセックスがつきまとう。

 人間の女に子どもを産ませる『インキュバス』や、主に聖職者をたらし込む『サキュバス』という『夢魔』というヤツらも『いる』ぐらいだ。

 『猟奇事件』の二つ目、猫が二匹『斬殺』された事件では、その二匹は、どうやら『交尾中だった』らしい。

 交尾中に二匹が真っ二つ。本来二つの個体が一つになっているところで二つになった。オカルトが好みそうな材料だな?」

 どうやら門松も、オカルト系の知識がそれなりにあるようだ。

 しかし彼は、突然話題を変えた。

 少なくとも三人には、そう映った。

「……そうだな。例の『猟奇事件』については、お前らにまだ、全然話してなかったな。

 結論から言おう。

 あれはお前たちが言っていた通り、初めと二つ目の『猫事件』と、三つ目の『鯉事件』は、客観的に言って犯人が違う可能性が高いことがわかった。簡単に言えば、『猫事件』の犯行はどちらも精密で専門的、『鯉事件』の犯行は粗っぽくて、ちょっとした農薬か、水中の酸素を一時的にでも過消費できるモノでもあれば、あとはまな板と包丁の一本でもあれば、それこそ誰にでもできるレベルだった、ということだ」


『学校の図書室に、宮腰俊一郎という大学教授の「悪魔信仰」という本があります。それには色々と、懐疑的な視点から書かれた「魔術」についての記述があるんです。あたしはたまたま、一年のときにその本を読んだことがあって、それを覚えていたから、今回の「猟奇事件」を、そっちの方向で考えることができたんです』


 彼は一息入れ、男性としてはやや長めの前髪を掻き上げた。

「『猫事件』の犯行は、例えばこうだ。

 猫を麻酔で眠らせるなりなんなりして、生きたまま凍らせる。そして極端な話、冷凍庫の中でレーザーメスとか、そう言った類の『刃物』で猫を丁寧に丁寧に解体するとか、あるいは一気に裁断する。そんな方法なら可能かもしれない。

 二つ目の事件のときは『交尾中の絶命』だったらしいから、そっちの方の難易度は更に高いだろう。ホルモン剤を投与するとかして自分の都合のいいように猫を操った上で液体窒素とかそう言ったもので急速冷凍するとか。

 まあ何にしても、相当手の掛かる作業を、相当の設備を使って、相当の知識と技術を使って行った、というのであれば『できなくはない』。つまり、犯行そのものが、『不可能とは言い切れない』程度に高い難易度なんだ。普通の人間にはとてもできないレベルだな。

 まあ、現実にそこまでやったのかどうかは正直わからない。別の方法があるのかもしれない。ただ、思いつきでやろうとして、ズブの素人ができるような仕業じゃない。少なくとも、解剖の訓練を積んでいて、それなりの技術と装備と設備と知識を持っている人間が犯人──ということだけは、確実と言える」

「それはつまり、こういうことになりますかね?」

 益美はいつもよりもややシニカルな口調だった。

「犯人は何らかの目的で、猫の猟奇的に殺された死骸を、学校の近くに置きたかった。それは計画的で、しかも相当な技術と設備の両方を備えた者──あるいは集団にしか為し得ないような方法で行われた。

 つまり、結論から言って、『猟奇事件の犯人は、白井先輩ではあり得ない』」

「そういうことだ」

「計画的な犯行……」

 それまで黙っていた麗が、口を挟んだ。

「当然計画的な犯行さ。決まってるだろう?

 犯人は、あらかじめ猫を解体したものを冷凍庫にでも保存しておいて、その上でタイミングを選んで『現場』に置いた、というのが、最も可能性の高いやり方だろう。さっきも言ったとおり、思いつきでどうにかなるようなモンじゃないからな。

 ……待てよ、『計画的』?」


『一一月一日は、五月一日、「ヴァルプルギスの夜」と言われる「魔力の最も強くなる時期」のちょうど半年後なんです。「万聖節前夜祭」を行うべき日、でもあります。「ヴァルプルギスの夜」と同様魔力が強くなる日としては、冬至頃、つまり一二月の後半、という説もあるそうですが、それだと時期的なアンバランスを生じてしまう。つまり、何者かが「魔術」というものを信じるとき、それが一一月の一日に行われる、と考えること自体には、何ら不自然はありません』


「『オカルト的』で、『計画的』か……イヤな感じだ」

「だとすると、動機はやっぱり──」

「さあな。動機については犯人に訊いてくれ」

「……先生の言うとおりだとすると、計画的にその日を選んだことになりますよね? 猫の死骸の鮮度を保つためには、冷凍庫に入れっぱなしであることが、一番のはずです。保冷車でも持っていない限り。なぜ一一日や、一九日を選んだんでしょうか? オカルト的な日付でもないのに」

 自分の手帳を見ながら、麗が疑問を投げかけた。


『「黒魔術」、ことに「悪魔召還」などの大型の「魔術」の場合は、術者もそれなりの覚悟をして実行しなければならないそうです。

 「悪魔に魂を売る」という言葉もありますが、それこそ命がけで行わなければならないような「魔術」もあるようなんです。もちろん、そうした「命」が術者自身の命だけであるケースは稀でしょう。普通は、別に「生贄」が必要になるんです』

『「猫」は、「アイテム」の一つ、か──』

『そうです。「アイテム」には「蟾蜍の目玉」、「イモリの目玉」、「蝙蝠の羽」のようなゲテ物から、実際にあるのかどうかもわからない「魔女のミイラ」だとか、普通に「ハーブ」とか、あるいは「処女の血」といったものまで、本当にいろいろなものがあります。

 つまり、…………』


「さあな。犯人にとっては、何か意味のある日付なのかもしれん。

 例えば『H高の◯◯先生に叱られた記念日』──とかな。もちろん、郡が言ったようにオカルトがらみで、勘違いした宗教がかった連中がとんでもないことをしでかしちまった、っていう可能性もある。

 仮にそうだとするなら、『白井を殺した』のはそいつらだろう」

「みんな、一つ大事なことを忘れてる。『鯉事件』の方はどうなったの?」

 益美が話題と場の空気を変えた。

 門松の表情も心なしか和んでいる。

「『鯉事件』の方は、『計画的な思いつきの犯行』だろう。その気になれば誰にでもできるような作業なんだ。

 こっちの方はおそらく内部犯だ。『便乗犯』と言った方が自然だろうな。

 ま、こっちの方は近いうちに何とかするさ」

「え? まさか、犯人が?」

 その質問には、門松は笑みを見せながらも、とうとう答えることはなかった。

 そしてしばらくして彼は突然、余裕のあったそれまでの表情を一変させた。

 何かを、記憶の底から呼び起こそうとしているかのように、湊都には見えた。

「『オカルト的』で、『計画的』。やっぱり、イヤな感じだ」

 そして彼は、先程と同じ言葉を繰り返していた。


 男の声が微かに聞こえる。

 どれくらい時が経っただろう。そう思えるくらい、湊都にとっては恐怖だった。

 実際はせいぜい一、二分、というところだったようだ。

「大丈夫ですか? あなたに是非、お話を伺いたく、お待ちしておったのですが──」

 追いかけてきた車の主は、あの事情聴取を行っていた課長と、そして長身の若い刑事だった。


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