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Embrace~黒き魔性  作者: 笹木道耶
32/71

第六章 謀略(四)

※本作は、一行37字で構成することを念頭にレイアウトしています。環境によっては、一部の頁で、綺麗に表示できないことがありますが、予めご了承ください。

※この話数については、スマホでお読みいただく場合、画面を横にしていただけると綺麗に表示できると思います。よろしくお願い申し上げます。

     ◆ 4

 

 湊都は友香の通夜に参列しながら、『友香犯人説』を捨てきれずにいた。

 門松の言う通りだとすると、確かに友香が犯人ではないのかもしれない。

 しかし、動機面から考えるとどうしても──。


『どうして他殺だと断言できるんですか?』

『根拠はいくつかある。一つは死に方だ。

 まず、現場は生物準備室。鍵は壊れ気味になっていて、一応かかるにはかかるんだが、開け方を知ってさえいれば、誰でも開けられる状態だった。一部の生徒はそれを知っていたらしい。

 犯人が前もって犯行に相応しい場所でも探していたなら、あそこを選んでも不思議はない』

『でも、警察は、自殺のセンもあるって……』

『ニュースでも確か、そんなふうに言ってたような』

『確かにお前らの言うとおり、自殺だとしてもその論理は成り立つ。だが、問題は自殺の方法とその結果だ』

『方法と結果?』

『そう。まずは方法だ。ヤツはホルマリンを飲んで死んでいた。これは報道されていないことだ。

 ホルマリンを大量に飲めば、人間といえどもさすがに死ぬ。ホルマリンといえば、ホルマリン漬け──「生物標本」に使うヤツだ。防腐、消毒に使われる薬品だよ。

 殺虫剤や農薬は生命を奪うのに使われる。防腐剤や消毒薬も、菌を殺すという働きをすることから考えれば、極端に言えば同じものだ。つまり、人だって死なすことができる。

 だが、ホルマリンは青酸化合物や砒素などとは大きく違う。ホルマリンの元になるホルムアルデヒドという気体にはとんでもない刺激臭がある。加えて、タンパク質を壊すのが本来の働きで、致死量も比較にならない。

 つまり、こいつを自殺に使う、というのは非常識極まりない、ということだ。悶え苦しみ、地獄を味わって死にたいのなら別だがな』

『普通はそんなことはしないと?』

『当たり前だろう。いくら死ぬことを覚悟しているからって、永井、お前ならそんな死に方を選ぶか?

 この点に関しては、古代希の方が「自殺論」に相応しい。苦痛が一瞬しかない死に方だからな。 

 ……結果についてだが、白井は確かに死んでいた。

 しかし、ただ死んでいたワケじゃない。ホルマリン漬けの蛇を頭から口に入れ、更に顎の骨を砕かれて死んでいた。

 これのどこが自殺だと言える? あれが自殺だとしたら、すごい精神力だ。それこそ人間業じゃない。殺人、それも複数犯の犯行、と考えるのが最も合理的だろう』


 湊都は、友香が「死ぬ」前、何を考えていたのか知りたいと思った。

 そしてそのためには、彼女が書いた日記、もしくは新作の『脚本』があったとしたら、それが大きな手がかりになるに違いないと、そう思った。

 彼女はそうしたものを書くタイプの人間だった。そして実際に書いている、と聞いたこともある。

 受験だからとやめてなければ──の話だが。

 しかし今日は通夜だ。

 家の人たちも忙しいだろうし、自分一人で行っても相手にしてもらえるとは思えない。

 そう思っているうちに、夜になってしまった。


『ところで古代の事件だ。犯人は「既婚者の男性教師」という見方があるようだな。どうしてだか知っているか?』

『あれ? だってさっき……』

『落合クンをはじめ、男性教員が軒並みマークされてる。オレはその状況から推理して言ってみただけだ。証拠は何もない』

『あの……』

『ええと……』

『実は……』

『何だ? 何か知ってるみたいだな?』

『ちょっ、ちょっと重苦しい空気を換えましょう。

 門松先生は、女子高生と付き合ってみたい──とか、思いますか?』

『なんでそんな質問をする? …………ふん、まあいい。オレは年上好みなんでな。ガキに用はない』

『やっぱり年上好きだったんだ。予想が当たった。ね、麗ちゃん?』

『黙れ。……問題なのは、警察が既婚の男性教師に重点を置いて素行調査をしている、ということだ。その根拠が知りたい。お前たちはそれを知っているんだな? さあ、オレのテイクの番だ。話してもらおうか』

『……実は、こんなものが──』

『………………………、………………………………………。…………………、…………………………………………、……………………………。

 ほう、……こいつは面白いな』

『女子高生好きの教師の噂なんて、職員室内ではないんですか?』

『オレは溶け込んでないからな。詳しいことは分からんが……ただ、H高の教師の中で、そんな甲斐性のあるヤツはいないと思う。甲斐性だけじゃなく、勇気もないような気がする。オレは人を見る目にはそこそこの自信はあるが、問題を起こせるような輩はいないような気がするんだ。

 もっとも、女子高生好きかどうかという単純な質問なら、そういうヤツもいるだろう。だが、警察が追ってる。何かあれば、そのうち出てくるはずだ』


 通夜には、受験勉強で忙しいとはいえ、三年生が大勢参列していた。

 そこには当然、友香と仲良しだった小村絵里や、湊都同様彼女の脚本で主演をやったことがある熊倉智美の姿があった。

 湊都は焼香を終えたあと絵里と智美を呼び止め、協力を頼んだ。

 友香が自殺でないのなら──殺されたのだとしたら、いったい誰に?


『更にもう一つ。白井の鞄の中に、爬虫類・両生類図鑑の大量の切れ端が入っていたそうだ。図書室の本の頁を粉々に破いて、その切れ端を元のケースに入れて、ハードカバーとケースを支えにし、外からではわからないようにしてたらしい。が、収まりきらなかった切れ端を自分の鞄に──ということだったようだ。

 白井がその犯人だったとしたら、そのことを、白井にそういう習性があることを知っているヤツが、そして彼女が犯人でないとしたら、その図鑑を破壊した犯人が犯人だと言えるかもしれん』

『そんな……』

『何であれ、あれは他殺だ。自殺であれは無理だ。しかも、単独犯とは考えにくい。何でもいい、何か心当たりはないか?』

『…………いえ』


「なるほど確かに、友香が古代さんを恨んでいたとしても、それであのコを殺したり、自分が自殺するぐらいなら、とっくの昔にやっちゃってるよね」

 智美が毒のある言い方で湊都に同調した。

 この発言は湊都にとっては意外だった。

 確かにタイミングの問題はある。

 智美は多少きついところもハッキリしすぎているところもある人物だが、しかしこんな毒のある言い方をする人ではないはずなのだ。

 最近の友香は妙にイライラしていたが、ひょっとしたらそれは、この時期の受験生なら誰もが陥るような一般的な現象であるかもしれないことを、この智美の態度が、奇しくも湊都に教えているかのようでもあった。

「そういう言い方はないんじゃない!?」

 案の定、絵里が怒りだした。

 二人の目が途端に血走る。

 そんな二人をなだめようとしても、なかなかうまくいかない。それもそのはず、湊都は進路が既に決まっている、受験生から解脱できた暇人であり、かつ友香にとっての恨みの対象の一人なのだ。


『演劇部の台本をあたしに持ってこさせたのは……』

『そんなもの聞かなくてもわかるだろう? 演劇部のシナリオ担当経験者二人が死んだんだ。それも両方とも殺されたのかもしれない。…………。ま、死んでいる、という事実だけで十分だがな』

『脚本が原因だとでも言うんですか?』

『その可能性も、無くはないということだ。シナリオがどういうふうに影響しているか、していないのかは知らんが──仮に手がかりにならなくても、一応どんなものか見ておくぐらいの価値はあると思うがね、オレは』

『まあ、客観的な状況からすればそうかもしれませんね』

『だろう? ……せっかくだから、簡単に内容を説明してくれないか?』

『じゃあまず、これから…………』


 作品①『いまむかしすとーりー』 脚本:楠本京子 主演:大沢亜矢

    概要「今昔物語のパロディ。ブラックジョークが多い」

 作品②『栄光の罠』 脚本:白井友香 主演:熊倉智美

    概要「マネーゲーム。勝利した人間の繁栄と闇を、勝者の視点からのみ

      描いた逆説作品」

 作品③『魔女狩り』 脚本:白井友香 主演:郡湊都

    概要「イジメと魔女狩りをダブらせて描いた作品」

 作品④『精神が破壊されるその前に』 脚本:古代希 主演:熊倉智美

    概要「近親相姦と尊属殺人事件。実在の事件をモデルにしたもの」

 作品⑤『満足感に浸りたい』 脚本:古代希 主演:朝本光

    概要「完全犯罪の犯人が、自分が犯人であると誇示するために努力する」

 作品⑥『光と影』 脚本:古代希 主演:平本かなえ

    概要「ドッペルゲンガー。もう一人の自分。悪魔か、それとも二重人格

      か」


『そして、こいつ──か…………』


 作品⑦『転落』 小説原作段階:古代希

    概要「教師と教え子の禁断愛。不倫、出産、ストーカー、そして殺人と

      離別……」


 何とか数分後、苦心の末、場を取り繕うことができた湊都は、二人に再度、協力をお願いした。

 対門松のときと同様、ここでも仲間が是が非でも欲しい。

 絵里は友香が自殺したとは全く思っていなかった。

 そして、彼女が死んだ理由を知りたがってもいた。

 そういう意味で、結果的に絵里と湊都の利害は一致した。

 結局智美も冷静になって、バツが悪そうだったが、湊都の誘いを承諾した。

 かつての同僚が『原因不明の死』を遂げたのである。

 いくら受験勉強がどう、と言ってみたって、その与えたインパクトは大きいのだ。冷静になりさえすれば、こうなるのは自然なはず。

 冷静になりさえすれば。

 通夜が終わったあと、三人で友香の両親に会いに行った。

 しかし二人は頭を下げながら、今日はもう遅いから、明日の夕方、葬式のあとにしてください──と断った。さすがにこれ以上、無理を言うこともできないので、三人は出直すより他なくなった。湊都も好奇心はうずいていたが、この展開に正直ホッとした面もあった。

 時刻は既に、一〇時を迎えようとしていた。

 智美と絵里の二人と別れ、湊都は速足で夜道を歩いた。

 怖い──。

 何よりもその感情が、彼女の心を圧迫していた。


『三人とも、オレに対して探りを入れようとした。それはオレが学校側の手先としてお前らの意見を封じ込めようとしていると考えたからだろう? そういう疑念を持つということは、それなりの考えを持っている、という裏返しでもある。だから聞かせて欲しい』

『わたしは、希ちゃんが自殺したとは、とても思えないんです。説得力のある根拠はありません。

 ですが、もし、自殺でない真実が存在しているのだとしたらと考えてみた──すべてはそこから始まっているんです』

『……続けろ』

『希ちゃんは、相当な恐がりでした。その希ちゃんが、自殺する前日、家に帰らなかった。

 そこに何者かの力が介在したと考えるのは、むしろ自然なことだと、わたしは思います』

『あたしも理由は麗ちゃんと同じようなモンです。古代さんが──希ちゃんが自殺するとは、とても思えない。

 文化祭でやった「光と影」で、あたしに主演をやらないかって、何回も勧誘してきた姿を思い出しても、なんかピンとこなかったんですよね。郡先輩に勧誘されたことは何回もあったけど、あのコにあんなに執拗──熱心に勧誘されたことって、なかったから』

『とても自殺するような様子はなかった、という解釈だ──と解釈して構わない、そういうことだな?』

『はい』

『じゃあ、「猟奇事件」についてはどうかな?』

『……「猟奇事件」については、正直言ってわたしにはわかりません。

 わたしはどちらかと言えば、完全に別物と考えた方が良いのでは、と思っています』

『それは面白い。続けてくれ』

『……希ちゃんの事件が、もし、自殺だとしたなら、それ相当の理由があってしかるべきです。深夜に帰宅しなかったということは、あのコが何者かに拉致されていた可能性が、まず考えられました。もちろん、「猟奇事件」の犯人が彼女だ──というなら、それはそれで』

『もしそうだったとしたら、確かに立派な自殺の動機にぐらいはなり得るかもな。でも、「猟奇事件」の動機がそれだと説明できん。結局は堂々巡りだ。だろう?』

『……おっしゃるとおりです』

『さっき永井が、「女子高生好きの教師」がどうとか言ったが、古代の方はどうだったんだ? むしろオレはそっちの方に興味があるね』

『……希ちゃんが殺されたのだとしたら、そしてその犯人が「転落」にあるように男の人だとしたら、わたし許せない。でも、あのコにそんな度胸があったのかって言われると……。あのコ、わたしと同じで、いや、わたし以上に、かなりの引っ込み思案だから。特に男の子──というか男性に対しては』

『ほう。でも否定はしなかったな』

『まあ、その手の話は「絶対にない」とはなかなか言えないから。ね? 麗ちゃん』

『まあそれはそうか。じゃあ、永井が古代の誘いを断ったから──なんていうのは?』

『冗談はヨシコさん──って誰だよそれ、って──あたしが引き受けなかったからって自殺してたら、いくつ命があったって足りませんよ。

 ね、先輩?

 郡先輩なんて、百回くらい自殺しなきゃならない。

 ねえ……それより、「サブリミナル殺人」、そして、先輩の、あの話──』


 T字路にさしかかったとき、突然、横の道に駐車してある車が動き出した。

 ゆっくりと湊都に近づいてくる。

 街灯に照らされて微かに見えるその車のドライバーの影は、間違いなく男性のものだった。

 座っているとはいえ、かなりの長身であるのが容易に判った。

 車がゆっくりゆっくり近づいてくる。

 ──怖い。

 湊都は知らず知らずのうち、どんどん速足になっていった。

 そしてそれに対応するように、車はきっちりとスピードを上げてくる。


(な、なに、なに? やだ、やだ、やだ……)


 湊都はすっかり走り出していた。

 大通りまで出なければ──そう思った。

 人がいるところへ──そう思った。

 もう二度と──そう思った……。


 湊都の思いとは裏腹に、車は更にスピードを上げてきた。

 そして、車という大きな物体が、器用な程に的確な動きで彼女の進路を塞ぐ。

 湊都は恐怖によって我を失いかけていた。

 ヘッドライトに目をくらまされたわけでもないのに、目の前が真っ白になった。

 両膝が震えてしまって、もう後ろにも前にも進むことができない。

 その場にへたり込み、そして──。


「おいっ! どうしたっていうんだ!? 大丈夫か? おいっ!?……」


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