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Embrace~黒き魔性  作者: 笹木道耶
31/71

第六章 謀略(三)

     ◆ 3


「ふっ、ふはははははは」

 突然門松が笑い出したので、同席の女子生徒三人は、かなり面食らったようだった。

 「会議」を始めて約二〇分。ここまでは緊迫した流れで展開していたのだ。

 唖然としたままの女子生徒三人に、門松はリラックスした態度と表情で言った。

「お前ら、聴きたいことがあるんなら、単刀直入に訊いてこい。このままお互いに腹の探り合いをしていても時間の無駄だ。情報を出さずに情報を得ようなんて虫のいいことはなかなかできないモンだ。もっとも、それはオレにも言えることだがな」

 なおも唖然としたままの三人に対し、彼はこれまで見せたことのないような笑顔で更に続けた。

「オレは古代とはもちろん、白井とも関係は無いに等しい。恋人だった──とか、そういう詮索は全く無用だぜ?

 ちなみにオレは妻帯者じゃない。正真正銘独身だ。

 オレは白井の事件に関しては第一発見者の一人で、『猫事件』なんかについても調べていた。それは事実だ。

 さあ、何が聴きたい?」

 次々と、こちらが聴こうとして聴けなかったことを捲し立てられたので、三人はぐうの音も出なかった。


 湊都としても、そして麗も益美も、それぞれかなり気を遣って慎重に探りを入れようとしていたのだが、完全に見破られていたようだった。もっとも、門松が言うように、慎重にし過ぎて成果は全く上がっておらず、極度の緊張に湊都などは吐き気を催してしまうぐらいだったのだが。

 「会議」に使用しているスタジオにはテーブルが置かれ、湊都の左横に門松が、そしてその前に麗、その左横に益美という形で、円卓を囲むように全員がテーブルの中央に体を向けるように座っている。

 そして、テーブルの上には、六冊の「脚本」が置かれていた。

「お前らが何をオレにしゃべろうと、悪いようにはしない。そのあたりは約束できる」

 いまだ状況を計りかねている三人に向かって、門松は更に続けた。

「さあどうだ。何か話してくれる気になったか? それとも今オレが話した以外に、何か聴きたいことでもあるか?」

 しばしの沈黙のあと、湊都は意を決して、昨日から引っかかっていたことを聴いた。

「あの……警察は、友香の事件のことを、『自殺』だと考えてるんでしょうか?」

「それはいい質問だよ郡さん。ただし、重ねて言うがギブ・アンド・テイクだからな。忘れるなよ?」

 苦笑いが浮かんでしまう。

 湊都たちはまだ、彼に対して「希や友香が自殺するとはとても思えない」という紋切り型の対外的な答え以外、何一つ情報を提供をしていなかった。

「じゃあ、まず白井の事件についてだが、ハッキリ言おう。あれが自殺だというヤツは、神経がイカレてるとしか言えん。

 断言しよう。あれは他殺だ」



 四人が解散したときには、既に時刻は四時を回ろうとしていた。

 麗は益美と一緒に、昨日気を失って倒れたという一美の寮へ向かっていた。もちろん見舞いのためだが、問題が一つあった。

 昨日の『気を失う直前の一美の様子』である。

 解散する直前、門松が少しの間、益美だけを個別に呼び出していた。そのことについて、麗は益美を執拗に問いつめることによって、ようやくその様子を知ることができたのだが──その情報は、麗にとってはあまり喜ばしいものではなかった。


『かずみも、意味不明の言葉を言いながら、気を失ったんだって』

『「綺麗」とか、「美しい」とか、「わたしもあんなふうに」、とか……』


 あの人は、美しい作品を作り出す、芸術家よ。そんな汚らわしい作品、作り出すはずが──そう言いながら気を失っていった三奈。

 昨日の一美。

 そして、自分自身──。


 H高の寮に入り、一美の部屋の前に立った。

 マスコミの連中は寮の前にもいたが、「ノーコメントです」と言いながら足速に中に入った。

 益美はここでも実に毅然としていた。

 呼び鈴を鳴らし、自分たちの名前をドア越しに名乗ると、間もなくドアが内側から開いた。

 一美はパジャマ姿で二人を迎えてくれた。

「調子はどう? 大丈夫?」

 益美の問いに、一美は力のない微笑みを浮かべて答えとした。

 顔は青白かったが思ったよりも元気そうなので、麗は正直ホッとした。

 二人が中に入ってもいい?──と言うと一美は一瞬躊躇したが、すんなりと中へ二人を導いた。二年生になってからもう既に七か月以上が経過していたが、麗が一美の部屋に入ったのはこれが初めて。益美も初めてらしい。

「あら? 随分綺麗な部屋。全然散らかってないじゃん。てーか、物がない」

 益美は中へ入るなり言った。

 一美はいつも、『部屋片づけるの面倒だから、他の場所にしようよ』と言って、自分の部屋には入れようとしなかったのだが。

「だって……女の子らしい部屋じゃないでしょう? だから見せるの、嫌だったの」

 一美の答えは十分な説得力を、ある意味では持っていた。

 本当に何もないのだ。

 机や椅子、それに洋服や制服が何着かハンガーに掛かっている以外、極めて目に付くものが少ない。

 目に付くものと言ったら、ペン立てと鞄と本と時計に姿見ぐらい。

 一人暮らしだと、自宅生よりは部屋の中に物が多くなるのが普通だと考えると、そして普段の一美が基本的におしゃれでハイセンスな人物であることを考えると、これはかなり意外だった。

 もっとも、「高校の寮」という制約も大きいらしかった。

 部屋にはテレビを置いてはいけないらしい。だからビデオもゲームもない。それらに派生する物もない。

 これでは、殺風景になるのも、いたしかたないことなのかもしれない。


「ん? でも、女の子らしいものもあるじゃん? 例えばこれ」

「あ、うん」

 一美は照れたように目をぱちくりさせた。

 青白かった顔に少し赤みがさす。

 益美が手で拾い上げたのは、おしゃれ関係の雑誌だった。

 と言っても、女子高生を対象にしたようないわゆるマニュアル本の類ではなく、二〇代の中盤から三〇代ぐらいの社会人──主に大企業のOLを対象にしていると思われる大人向けのものだ。

「う~ん。いくらかずみでも、これはちょっと大人っぽすぎるんでない?」

 案の定、益美がそう指摘する。

 一美は同年代の女の子と比べると、やや大人っぽく見える。

 メイクをしなくてもそう見えるのだから間違いない。

「ふ~んだ。確かに私よりはマスミの方が、この手の服、似合うかもね。でもいいんだもん、見てるだけでも。どうせお金もないし」

 一美が少し拗ねたような口調で言うが、顔は笑っていた。


 一美の言うとおり、むしろこうした洋服(オフィスでも着られるような服だ)は、益美の方が似合うのだろう。

 益美はミディアムの髪にくりくりとした大きな目、という今時のアイドル顔で、ドラマなどで大学生や若い社会人の役をやっても何も不思議ではない容姿と雰囲気を持っている。元より清楚、というよりは活発、という感じでありながら、年相応の幼さが目立たず、むしろ健康的な色気がある。大人びた服装でも、スッと着こなしてしまいそうだ。

 それに益美は、笑うと確かに『高校生』という感じなのだが、真面目な顔をしているときは、妙に大人びて見えるときがある。一美も同じ思いなのだろう。


「あ、本西沙耶だ」

「え?」

「ああ、それね。キレイだよね、この人。私、結構好きなんだ」

「うん。わたしも好きな方。もう結構いい年のはずなのに、ホントにキレイだよね。ウチのお母さんも言ってた」

「あら? そう言えば、麗ちゃんのお母さん、同い年ぐらい?」

「ははは……さすがにそれはないよ。ウチのお母さんは──今年で四四歳かな? 本西沙耶って、今いくつぐらいかな?」

「……三六歳──だったかな? 公称は。ほら、最初の出始めのときのスキャンダルが、確か一八歳とかいう話だったはずから──」

「…………。よくそんなこと知ってるね?」

「え? ま、まあね。あたしも母親から聞いたから」

 麗も詳しい話こそ知らなかったが、母親からその『スキャンダル』については多少、詳しめに聞いた覚えがあった。

 確か、女優の卵だった時代に、当時人気絶頂だった若手俳優の『交際相手』となり(しかも何人かのうちの一人だった)、妊娠し、未婚のまま子どもを産んだ──というものだったはず。

 そして、そこまではただの悲劇のヒロインだった──。

 しかし彼女はそれで終わらなかった。

 そのスキャンダルで名前を売り、それを踏み台にして、「実力派の名脇役」という確かな地位を手に入れた。

 出産後、それまで鳴かず飛ばずで売れ出す兆候もなかった彼女は、文字通りスキャンダルで得た知名度を武器に芸能界に復帰し、脇役ならどんな役でもやるという、中堅女優の道をまっしぐらに歩き出し、現在に至っている。

 結局その俳優と結婚することはなく、その後も独身で通しており、華やかな主役や準主役などは一切引き受けない、バラエティ番組には決して出ず、また同じような役を連続して長期間はやらない(イメージが固定化されてしまうのを嫌っているらしい)、というポリシーで知られる、玄人好みの女優の座にまで上り詰めたという、かなり希有な経歴の持ち主だ。

 そういう地位だから、地味に名声を得ることはあってもゴシップネタになることはなく、それでいてかなり稼いでいるという、実利的にはかなり良いポジションにいる女優である。結果だけを見れば、たいそうしたたかな女性だ、と言えるかもしれない。

 だが、それに堪えうるだけのセンスと実力を兼ね備えていたからこそ、現在の彼女があるのであり、そしてその薄幸さが共感も呼んだのよ──と、芸能マニアの気がある母親は、そんなふうに言っていた。


「ところでかずみさあ、昨日のこと、覚えてる?」

 益美は話を換える傍ら、いきなり核心をついた。

 一美の答えは、二人が予想した通りだった。

「う~ん、それがねえ……。

 門松先生と落合先生と三人で生物室に向かっていたのは覚えてるんだけど、そのあとは……気がついたら、病院のベッドで寝てた」

 リラックスして話をしているように見える二人の美人を後目に、見舞いに来たはずの麗の方が、むしろ顔を真っ青にしていた。


 魔術?

 まさか、本当に?


【登場人物】

本西(もとにし)沙耶(さや):女優。36歳くらい。駆け出しだった18歳のときに人気俳優の子どもを妊娠するスキャンダルで名前が知られたが、その時点ではその降って湧いた知名度を利用せず、数年後に名前を変えずに舞台女優として芸能界に復帰し、TVや映画も含めた「名脇役」と言われるところまで上り詰めた。主役級への抜擢は全て断るが、どんな役でもこなす実力派と評価されている。他方で、私生活についてはほとんど知られていない。

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