第六章 謀略(二)
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郡湊都は、たくさんの書類が入ったリュックを背負い、待ち合わせ場所に立っていた。
リュックの中には、湊都が入学して以来演じてきた演劇部の劇の台本六冊と、更に一冊のノートのコピーが入っている。
友香の作品が二つ、希の作品が三つ、それに友香の前任者であった湊都たちの二年先輩の作品が一つ。
そしてあの、『転落』──。
もちろんこれは、「武器」にするため。
「切り札」と言ってもいい。
自分たちの調査が推測だらけなのは十分に自覚している。
「情報不足」──その言葉が何度となく彼女の頭を駆けめぐっている。
しかしだからこそ、この機会をできる限り活かしたい。情報を訊き出すまたとないチャンスなのだ。唯一の物証である『転落』が背負う役割が、必然、大きくなってしまうのはやむを得ない。
門松から直接呼び出しを受けたのは、湊都一人だった。
しかし、さすがに年長者であり教師である門松と、一対一で対決できる自信は湊都にはなかったので、このところ行動をともにする機会が多かった永井益美と、昨日の推理でもその実力を示した柳麗に同席を頼んだ。
理由はいくつかあった。
一つは、教師である門松の基本的なスタンスである。
門松が「猟奇事件」について色々と調査しているという情報は、益美らの話からわかっていた。
問題は、その目的が何か、ということである。
H高は私立の名門校である。
ということは、都合の悪い事実をもみ消したり、都合のよい事実をでっち上げたりする可能性が大いにある。その彼の調査の性格をまず、見極めなければならない。
場合によっては「風説の流布」に自分たちが使われる危険性すらあることを、念頭に置いておかなければならない。
二つ目は、門松が希の『恋人』であった可能性がある、ということ。
一美の調査待ちをしていた現状、真実は何一つ判明していない。それに益美や麗はともかく、授業を受けたことがない湊都にとってはほぼ初対面、と言ってもいい相手である。
慎重になるにこしたことはない。
そして三つ目は──。
「すみません、遅れました」
声のした方向に目を向けると、そこには待ち人──益美と麗の姿があった。
いよいよ、自分の心臓の鼓動が速くなっていくのがわかる。
「じゃあ、行きましょう」
湊都は自分の緊張を他の二人に悟られないように、ぶっきらぼうにそう言って、歩を進めた。
二人の後輩もそれについてくる。
「門松先生からどれだけの情報を取れるか。勝負ですね」
益美が言う。
だが、彼女はその言葉の後、更にこう続けた。
「ま、彼があたしたちの積極的な協力者になる可能性も、結構高いとは思いますけどね?」
「門松先生って、『無気力教師』って、聞いてるけど」
湊都の問いは、三年生の間での彼の評判について、正直に言い表したものだった。
「あははっ、ま、普段はそうですね。やる気がないの丸出しですよ。──だけど」
「相当頭は切れる、と思います。口数は少ないけど、授業でも、先生の言葉には、無駄がなくて、解りやすいんです。
難しいことを簡単にまとめて、簡単に言うから、逆に難しいことがすっと頭に入ってくる、って言いますか……」
「そうそう。門松さんの授業を聞いてると、『あ、なんだ、簡単なんじゃん』って、思っちゃうとこ、確かにあるよね? それに解りにくいとこ質問してもほとんど即答。それも最小限の言葉で。相当アドリブが利く人だとあたしも思います」
後輩二人の会話からは、門松の能力の高さと、意外なほどの好感度の高さばかりが窺えた。
湊都は、「助っ人」をこの二人にしておいてよかったと思った。
自分独りだったら、とても太刀打ちできる相手ではなさそうだ。
しばらくして、門松が車で到着した。
彼はすんなりと三人を車に乗せた。
湊都に電話した時点で、こういう展開を予想していたのかもしれない。
「かっこいい車ね。それに中もキレイ。新車ですか?」
益美が遠慮なく訊く。誰に対しても外向的な娘だ。
「オレの年を考えてものを言え。このクラスの新車を買えるほど、オレは裕福じゃない」
じゃあ誰の車なのか──ということを告げないまま、車が走り出す。
湊都は助手席には乗りたくはなかったのだが、益美と麗に配慮して、助手席に座らざるを得なかった。
「ブツは、持ってきてくれたか?」
門松が前を向いたまま、物騒な言い方をした。
これではまるで、マフィアみたいじゃないか。
「はい……」
緊張のあまり、やや声がかすれた。
車はしばらくして、『ミュージックスタジオ2.3.5.7』と書かれた看板のある建物の横の駐車場に入った。
どうやらここが、四人による「会議」の場所になるようだった。




