表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Embrace~黒き魔性  作者: 笹木道耶
27/71

第五章 猟奇趣味(五)

     ◆ 5


 警察から解放されてしばらくたった夕方、湊都は、益美から、これから会えませんか?──と誘われた。

 湊都は約束の時間よりも一〇分前には待ち合わせ場所に到着した。湊都の家から歩いて一〇分のところにあるファーストフード店だ。

 予想通り、益美は一人の女性を伴って数分後、やって来た。ただ、彼女の連れは予想していた人物とは違っていた。

 三人は席を確保し、それぞれがオーダーを済ませたあとで、益美が簡単に状況を説明してくれた。

 湊都が予想していた「連れ」は栄生一美だった。が、彼女は、今日の友香の事件の第一発見者の一人で、相当なショックを受けているらしいことがわかった。

 救急車で運ばれたが、現在は病院から寮に戻り、静養しているらしい。


 このファーストフード店はどちらかと言えばお持ち帰りの客で成り立っていることを、湊都は知っていた。予想通り、夕方の割には客室の人口密度は低かった。

「身体、大丈夫?」

 湊都の問いかけに、いまだ顔色の悪い第三の女性は、伏し目がちに頷いた。

「今日は、せっかく久しぶりに四人が、揃ったのに……」

 詳しく話を聞いてみる。

 『四人』とは、湊都は知らない桜井三奈、あとはここにいる益美と麗、それに一美であるらしい。

 更に詳しく訊き出すと、湊都は自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。

「どうしたんですか?」

 益美がいつもの弾むような、それでいて毅然とした口調で問うてくる。

 湊都は、この時点では、自らの着想について彼女たちに話すのをためらった。彼女らにとっては、おそらくあまりにも荒唐無稽な話だろうから。


 益美が今日、麗を引き連れて湊都に会いに来たのは、『今日の事件』についての情報収集のためだと言った。

 益美たち友香と関わりのない一般生徒は、湊都たちよりもかなり早い段階で帰宅を許された(というよりは強制された)らしい。そして、その帰宅直後に彼女は湊都の家に電話をし、そして湊都が帰っていないことから、またしても湊都と何らかの関係のある人物がどうかなったらしい、と推理したという。

 彼女たちは夕方のニュース番組を見ていなかったので(流れているとすればちょうど今頃だろう)、彼女たちは『あの事件』がどういう事件であったかも、まだ知らないようだった。ただ、深刻な事件ではあるらしいとは、状況から想像できたのだろう。

 湊都は、警察から仕入れた客観的な情報をまず、話して聞かせた。


「『殺害された可能性が、非常に高い』っていうことは、そうじゃない可能性もあるってことですか?」

 湊都は答えに詰まるところだったが、麗が益美の疑問を打ち消した。

「警察が本当にそう思っているとしたら、それはもう十中八、九、殺人事件と思っていいと思います。警察は重大な捜査を始めるとき、かなり神経を使って、慎重になりますから。

 でも──稀にですけど、事故や自殺の可能性に逃げることも想定している場合にも、それに含みを持たせることもあるみたいです。……推理小説なんかだと」

 一人で考えていても袋小路気味だったが、なるほど別の視点が入ると力になるかもしれないな──と湊都は思った。


 湊都はこのあと、訊かれるままに益美と麗の質問に答えていった。

 初めは益美が主導権を握っていたが、次第に麗が中心になった。

 湊都としては、正直、麗の質問の的確さに驚いた。自分の知る客観的な情報のほとんどが、ものの見事に引き出されてしまったから。

(昼間の男子たちとはレベルが違う、っていうことかな?)

「でも……おかしいですね」

 そんな韜晦を余所に、麗はそう言って、しばらく黙り込んでしまった。

 益美はそんな麗の姿を横目で見ながら、余裕の表情を浮かべている。

「おかしい?」

「ええ。警察は、他殺のセンで捜査を始めた。これはまず、間違いないと思います。犯人を見つけるための事情聴取で、演劇部関係者から事情を聴く。これも常識です。

 でも、質問の内容が気に入りません」

「え? どうして?」

 湊都は、麗の言いたいことが解らなかった。

「先輩は、二番目に呼ばれたんでしたね? 一番目の人が希ちゃんのことを色々と話した。これは想像できます。そこで二番目です。

 ところが、二番目の時点で、警察は早くも、被聴取者から、被害者とその他の人間関係について、ほとんど何も聴いてない。

 被聴取者と被害者との関係について聴くのは常識。だとすると、警察は先輩には、何も聴かなかったことになる」

「……え? そんなことは──」

「確かに、その白井先輩と希ちゃんの関係については、警察も聴いてはいます。でも」

「希ちゃんは既に死んでいる」

 麗は益美の言葉に、俯きながら小さく頷いた。

「先輩は、警察に、自分が疑われていると思いますか?」

 麗の質問に、湊都は大いに戸惑った。


 湊都自身は、自分が犯人でないことを他の誰よりも確信を持って知っている。だから、そんなふうに考えたことは一度もなかった。そして事情聴取はあっさりと終わり、そう言えばアリバイさえ聴かれなかった。

 まさか──。

「正直言って、思わない、かな」

 湊都の答えに、麗は満足したようだった。

「警察はおそらく、『自殺』のセンを捨てていない、と思います。いやむしろ、結構な確率で、そう考えているのかもしれない」

「ええっ!?」

 湊都は大声で驚いたが、益美は一瞬表情を極めて険しくしたあと、二度三度と頷いた。

「現場を見た限りでは、きっと警察は他殺と考えたんでしょう。でも、そこに不審な点があったんだと思います。何かが──だから、被害者の精神状態のことを聴いたり、『爬虫類』のことを聴いたりした」

 そうだ。

 あの『爬虫類』の質問については、湊都にはその意図が、さっぱり分からなかった。

「『爬虫類』については、正直言って、意外な質問でしたよね? しかし、それがもし、大きな要素だったとしたら──」

 麗は一つ大きく息をした。

「『爬虫類』を『動物』、と考えてみませんか?」

 まさか──。

 湊都は、麗が言わんとしていることが、少しばかり見えてきたような気がした。

「つまり、『動物』なら何でもよかった。猫を殺すのは確かに大変だけど、大変な分、インパクトはあるし、素材自体には事欠かない」

「野良猫多いからね。野良犬と違って」

「そう」

 なんなんだこのコたちは──湊都は、あまりに冷めたこの二人の話しぶりに、一瞬寒気を感じた。

「そこで猫を殺害する。猟奇趣味の人間にとって、猫、というのは絶好の手頃な対象だと思います。かつて実際にあった事件でも、人を殺す前にさんざん動物、特に野良猫を虐待した事例は、結構多いはずです」

「それはあたしも聞いたことがある」

 二人の二年生の議論が白熱してきた。

 しかし、この二人の議論からだと、その結論として待ちかまえているのは──。

「そして、被害者は、希ちゃんに恨みを抱いていた」

「ちょっと待って」

 湊都は、警察に『希よりも恨まれるのは自分』というような内容のことをしゃべった。だからその考えには反論したい。

「先輩は『二番目』だったんですよ、事情聴取されたのが。そしてロクに話も聴かれなかった。警察が先輩をノーマークにしているのは明らかです。それなら、ほかに目立つような何かがあった──そう考える方が自然な気がしますけど?」

「でも──そうだ! 永井さん、友香に会ったこと、あるでしょう? 昨日のほら、昼休みの最後」

「あっ、……。あの人なんですか? 亡くなったの」

 益美は、こんなときでも、小声になるだけの余裕があるようだった。

 『殺されたの』ではなく『自殺したの』でもなく、『亡くなったの』という言葉を使う辺りにも、それは表れていた。

「なるほど、『イライラしていた』、か……。う~ん、難しいですね。『イライラしていた』ってことは、不安定だった、ってことでもあるんでしょうし。警察がどう考えるかはそれはそれで別物だろうし」

 最近の友香は、以前よりも確かにくどかった。

 何か、ひどくイライラしていた。

 何もかもが上手くいっていない、そんな感じだった。

 ストレスが最高潮を迎えていた、そんな感じだった──。


(一一月一日。『ヴァルプルギスの夜』の、ちょうど半年後──?)

 嫌な想像だった。

 湊都が故意に戦わせた、競わせた二人。

 その競争のあと、湊都自身が下した軍配の下、選んだ勝者の方が被害者に、そして敗者の方が加害者になった?

 上手く取り回すことができたかもしれないものをわざわざ壊し、そしてそこから起こった、脚本のない悲劇?

(……脚本がもし、あったとしたら?)

 湊都の目の前では、相変わらず二年生二人が険しい顔で議論を続けていた。

 しかしその声は、湊都の意識には入ってこなかった。

 混乱しかかった頭の中を整理しようと、思考回路をフル回転させる。

「ねえ、二人とも。聞いて欲しいことがあるの」

 湊都は、意を決して、自らが考えた独自の推理を、二人に聞かせようとした。

 彼女が、『一一月一日に何かが起こるかもしれない』と予想していたことを含めて──。


【登場人物】

高木(たかぎ)由里子(ゆりこ):養護教諭。私立H高校の教諭では二番目に若く、女性では最年少。門松とは、校内で唯一、深い交流がある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ