第五章 猟奇趣味(五)
◆ 5
警察から解放されてしばらくたった夕方、湊都は、益美から、これから会えませんか?──と誘われた。
湊都は約束の時間よりも一〇分前には待ち合わせ場所に到着した。湊都の家から歩いて一〇分のところにあるファーストフード店だ。
予想通り、益美は一人の女性を伴って数分後、やって来た。ただ、彼女の連れは予想していた人物とは違っていた。
三人は席を確保し、それぞれがオーダーを済ませたあとで、益美が簡単に状況を説明してくれた。
湊都が予想していた「連れ」は栄生一美だった。が、彼女は、今日の友香の事件の第一発見者の一人で、相当なショックを受けているらしいことがわかった。
救急車で運ばれたが、現在は病院から寮に戻り、静養しているらしい。
このファーストフード店はどちらかと言えばお持ち帰りの客で成り立っていることを、湊都は知っていた。予想通り、夕方の割には客室の人口密度は低かった。
「身体、大丈夫?」
湊都の問いかけに、いまだ顔色の悪い第三の女性は、伏し目がちに頷いた。
「今日は、せっかく久しぶりに四人が、揃ったのに……」
詳しく話を聞いてみる。
『四人』とは、湊都は知らない桜井三奈、あとはここにいる益美と麗、それに一美であるらしい。
更に詳しく訊き出すと、湊都は自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。
「どうしたんですか?」
益美がいつもの弾むような、それでいて毅然とした口調で問うてくる。
湊都は、この時点では、自らの着想について彼女たちに話すのをためらった。彼女らにとっては、おそらくあまりにも荒唐無稽な話だろうから。
益美が今日、麗を引き連れて湊都に会いに来たのは、『今日の事件』についての情報収集のためだと言った。
益美たち友香と関わりのない一般生徒は、湊都たちよりもかなり早い段階で帰宅を許された(というよりは強制された)らしい。そして、その帰宅直後に彼女は湊都の家に電話をし、そして湊都が帰っていないことから、またしても湊都と何らかの関係のある人物がどうかなったらしい、と推理したという。
彼女たちは夕方のニュース番組を見ていなかったので(流れているとすればちょうど今頃だろう)、彼女たちは『あの事件』がどういう事件であったかも、まだ知らないようだった。ただ、深刻な事件ではあるらしいとは、状況から想像できたのだろう。
湊都は、警察から仕入れた客観的な情報をまず、話して聞かせた。
「『殺害された可能性が、非常に高い』っていうことは、そうじゃない可能性もあるってことですか?」
湊都は答えに詰まるところだったが、麗が益美の疑問を打ち消した。
「警察が本当にそう思っているとしたら、それはもう十中八、九、殺人事件と思っていいと思います。警察は重大な捜査を始めるとき、かなり神経を使って、慎重になりますから。
でも──稀にですけど、事故や自殺の可能性に逃げることも想定している場合にも、それに含みを持たせることもあるみたいです。……推理小説なんかだと」
一人で考えていても袋小路気味だったが、なるほど別の視点が入ると力になるかもしれないな──と湊都は思った。
湊都はこのあと、訊かれるままに益美と麗の質問に答えていった。
初めは益美が主導権を握っていたが、次第に麗が中心になった。
湊都としては、正直、麗の質問の的確さに驚いた。自分の知る客観的な情報のほとんどが、ものの見事に引き出されてしまったから。
(昼間の男子たちとはレベルが違う、っていうことかな?)
「でも……おかしいですね」
そんな韜晦を余所に、麗はそう言って、しばらく黙り込んでしまった。
益美はそんな麗の姿を横目で見ながら、余裕の表情を浮かべている。
「おかしい?」
「ええ。警察は、他殺のセンで捜査を始めた。これはまず、間違いないと思います。犯人を見つけるための事情聴取で、演劇部関係者から事情を聴く。これも常識です。
でも、質問の内容が気に入りません」
「え? どうして?」
湊都は、麗の言いたいことが解らなかった。
「先輩は、二番目に呼ばれたんでしたね? 一番目の人が希ちゃんのことを色々と話した。これは想像できます。そこで二番目です。
ところが、二番目の時点で、警察は早くも、被聴取者から、被害者とその他の人間関係について、ほとんど何も聴いてない。
被聴取者と被害者との関係について聴くのは常識。だとすると、警察は先輩には、何も聴かなかったことになる」
「……え? そんなことは──」
「確かに、その白井先輩と希ちゃんの関係については、警察も聴いてはいます。でも」
「希ちゃんは既に死んでいる」
麗は益美の言葉に、俯きながら小さく頷いた。
「先輩は、警察に、自分が疑われていると思いますか?」
麗の質問に、湊都は大いに戸惑った。
湊都自身は、自分が犯人でないことを他の誰よりも確信を持って知っている。だから、そんなふうに考えたことは一度もなかった。そして事情聴取はあっさりと終わり、そう言えばアリバイさえ聴かれなかった。
まさか──。
「正直言って、思わない、かな」
湊都の答えに、麗は満足したようだった。
「警察はおそらく、『自殺』のセンを捨てていない、と思います。いやむしろ、結構な確率で、そう考えているのかもしれない」
「ええっ!?」
湊都は大声で驚いたが、益美は一瞬表情を極めて険しくしたあと、二度三度と頷いた。
「現場を見た限りでは、きっと警察は他殺と考えたんでしょう。でも、そこに不審な点があったんだと思います。何かが──だから、被害者の精神状態のことを聴いたり、『爬虫類』のことを聴いたりした」
そうだ。
あの『爬虫類』の質問については、湊都にはその意図が、さっぱり分からなかった。
「『爬虫類』については、正直言って、意外な質問でしたよね? しかし、それがもし、大きな要素だったとしたら──」
麗は一つ大きく息をした。
「『爬虫類』を『動物』、と考えてみませんか?」
まさか──。
湊都は、麗が言わんとしていることが、少しばかり見えてきたような気がした。
「つまり、『動物』なら何でもよかった。猫を殺すのは確かに大変だけど、大変な分、インパクトはあるし、素材自体には事欠かない」
「野良猫多いからね。野良犬と違って」
「そう」
なんなんだこのコたちは──湊都は、あまりに冷めたこの二人の話しぶりに、一瞬寒気を感じた。
「そこで猫を殺害する。猟奇趣味の人間にとって、猫、というのは絶好の手頃な対象だと思います。かつて実際にあった事件でも、人を殺す前にさんざん動物、特に野良猫を虐待した事例は、結構多いはずです」
「それはあたしも聞いたことがある」
二人の二年生の議論が白熱してきた。
しかし、この二人の議論からだと、その結論として待ちかまえているのは──。
「そして、被害者は、希ちゃんに恨みを抱いていた」
「ちょっと待って」
湊都は、警察に『希よりも恨まれるのは自分』というような内容のことをしゃべった。だからその考えには反論したい。
「先輩は『二番目』だったんですよ、事情聴取されたのが。そしてロクに話も聴かれなかった。警察が先輩をノーマークにしているのは明らかです。それなら、ほかに目立つような何かがあった──そう考える方が自然な気がしますけど?」
「でも──そうだ! 永井さん、友香に会ったこと、あるでしょう? 昨日のほら、昼休みの最後」
「あっ、……。あの人なんですか? 亡くなったの」
益美は、こんなときでも、小声になるだけの余裕があるようだった。
『殺されたの』ではなく『自殺したの』でもなく、『亡くなったの』という言葉を使う辺りにも、それは表れていた。
「なるほど、『イライラしていた』、か……。う~ん、難しいですね。『イライラしていた』ってことは、不安定だった、ってことでもあるんでしょうし。警察がどう考えるかはそれはそれで別物だろうし」
最近の友香は、以前よりも確かにくどかった。
何か、ひどくイライラしていた。
何もかもが上手くいっていない、そんな感じだった。
ストレスが最高潮を迎えていた、そんな感じだった──。
(一一月一日。『ヴァルプルギスの夜』の、ちょうど半年後──?)
嫌な想像だった。
湊都が故意に戦わせた、競わせた二人。
その競争のあと、湊都自身が下した軍配の下、選んだ勝者の方が被害者に、そして敗者の方が加害者になった?
上手く取り回すことができたかもしれないものをわざわざ壊し、そしてそこから起こった、脚本のない悲劇?
(……脚本がもし、あったとしたら?)
湊都の目の前では、相変わらず二年生二人が険しい顔で議論を続けていた。
しかしその声は、湊都の意識には入ってこなかった。
混乱しかかった頭の中を整理しようと、思考回路をフル回転させる。
「ねえ、二人とも。聞いて欲しいことがあるの」
湊都は、意を決して、自らが考えた独自の推理を、二人に聞かせようとした。
彼女が、『一一月一日に何かが起こるかもしれない』と予想していたことを含めて──。
【登場人物】
高木由里子:養護教諭。私立H高校の教諭では二番目に若く、女性では最年少。門松とは、校内で唯一、深い交流がある。




