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Embrace~黒き魔性  作者: 笹木道耶
25/71

第五章 猟奇趣味(三)─事情聴取─

     ◆ 3


 どういうことなの?

 湊都は混乱していた。

 目の前にいる刑事が言った『事実』が、全く整理して理解できなかった。

(友香が、『殺された』?)

 目の前にいる刑事は「課長」と呼ばれていた。

 もう四〇代の後半と言って良さそうだ。

 そのことに湊都は、少なからずホッとしていたのだが──。


 昼休みが終わり、さあ授業が始まる、というときになって、にわかに廊下の様子が慌ただしくなった。

 先生たちが一人、また一人やってきては、とにかく「教室から出るな!」という言葉を残していく。そんなことが繰り返された。

 そして小一時間して、湊都は再び、先週の金曜日同様、呼び出されたのだ。

 湊都は、同じクラスの唯一の演劇部の同僚とともに図書室へと連れて行かれた。

 そして数分後、演劇部関係者が次々と室内に集められてきた。

 事情聴取を行う、というのが前回の経験から見え見えだったが、前回よりも遙かに険しい雰囲気なのを、そこに居合わせた、特に二年生たちは感じ取っているに違いなかった。


 初めに呼ばれたのは、小村絵里という三年生だった。

 事情聴取は、防音効果の比較的高いグループ閲覧室で、一人一人個別に行われるようだった。

 絵里が入室したのをきっかけに、一瞬場の雰囲気が崩れた。しゃべり出す者こそいなかったが、湊都もそのことによって多少の余裕を取り戻すことができた。

 図書室内を見渡すと、自分を含め一二人の女子生徒と、一応、顧問ということになっている川村先生の姿があった。

 これは春に演劇部に所属していた、古代希と小村絵里の二人を除く新三年生と新二年生の二学年『全員』に他ならなかった。

 希の「事件」の時は、引退した三年生で初めから呼ばれたのは湊都だけで、その代わり一年生が全員、呼ばれていたらしいのだが。


 しばらくして、絵里がグループ閲覧室から出てきた。

 次に呼ばれたのは、前部長の湊都だった。

 室内に入り、中年だがやや白髪の目立つ「課長」を前に椅子に腰掛けると、湊都は、なぜ自分が絵里の次に呼ばれたのか、なぜ三年生と二年生だけが集められたのか、そして、途中退部していたとはいえなぜ白井友香の姿がないのかを、ただ二言で告げられた。

「白井友香さんが亡くなられました。何者かに殺害された可能性が、非常に高いものと思われます」

 「課長」は事務的な口調で、淡々としゃべった。

 湊都は絶句した。

 グループ閲覧室には、「課長」ともう一人、こちらも年輩の刑事の二人がいた。

 この二人が、今回の演劇部の事情聴取の担当のようだった。

 刑事たちは、湊都の反応があまりにも深刻なものだったからか、気遣うような素振りを示してくれた。

 湊都の前に呼ばれた絵里は、友香と親友だった。

 さて、自分にはどんな話ができるのだろう──。


 刑事たちは、友香がどんな人物だったかをしきりに聴きたがった。

 特に、最近の様子を。

 湊都は初め、動揺していたので何をどう答えて良いかわからなかったが、彼らが基本的に辛抱強く待っていてくれたため、しゃべりながらある程度の冷静さを取り戻すことができていた。

 湊都は自分と友香の関係の悪さと、その原因になったこと、そして最近の友香の様子について、包み隠さずに話した。

「と、いうことは、あなたと白井さんは険悪な状態だった、ということで、いいのですね?」

「……そうです。それが事実ですから。わたしが一方的に嫌われていた、って感じですけど。少なくとも友香──白井さんは、わたしのことが許せなかったんだと思います」

 刑事たちが軽く目配せしている。何かあるのだろうか?

「では、白井さんが、古代さんのことを恨んでいたっていうのは、どうですか?」

「……友香が古代さんを殺したとでも言うんですか?」

 湊都がやや詰問気味になったためか、「課長」が苦笑した。

「いえ、そうは申しておりませんが」

「わたしは友香じゃないので、彼女の気持ちは分かりません。ただ、良くは思ってなかったとは思います。

 友香は自分の作品に本当に自信を持っていました。古代さんに劣るとは、本人はたぶん、一度も思ってなかったんじゃないかと思います。だから恨むとしたら、その相手は古代さんではなくわたしの方が、当たっていると思います」

「それは、白井さんが古代さんとの戦いに敗れた、と考えるよりも、軍配を下したあなたの方がおかしいのだ、と考えていた、ということですか?」

 友香を貶めるような言い方は気に入らなかったが、湊都が抱いていた印象の通りなので、否定はしなかった。

「それでは、…………。先ほどあなたは、白井さんが最近、『イライラしているようだった』とおっしゃいましたね?」

「はい」

 ここ最近、友香は必要以上に湊都に絡んできていた。

「彼女は、爬虫類やその手のものに、興味があるようでしたか?」

「はあ?」

「いや、心当たりがないのならば結構……それでは、何か思い出したことがありましたら、私どもの方にご連絡ください。これからもご協力いただくことがあるかもしれません。そのときはまた、よろしくお願いしますね。

 では、お帰りいただいて結構です。学校側には、今日の授業は中止にしていただきましたので。警官に正門まで送らせます」

 穏やかだが有無を言わさぬ調子で、湊都は退室させられた。

(爬虫類?)

 その言葉だけが、湊都の頭の上で、クルクルと回っていた。



(またしても演劇部、それも古代の前任者……。死んだのは今朝未明、おそらく深夜の時間帯──か)

 阪野刑事はベテランだがヒラの刑事と、自分より年下だが警部補であるといういけ好かないサングラスの若い刑事、それに警視である初老の副署長の四人で、カウンセリング室において、教職員全員に対する事情聴取を行うことになった。その間も、別働隊が生徒たちから事情聴取を行っており、逐一報告が上がって来る。

 今、阪野がいるのは保健室隣、職員室。

 保健室を挟んでカウンセリング室がある。

 阪野は、「死んでいたのは白井友香一七歳。三年D組の生徒で、一年前の夏まで演劇部で脚本を担当していた。……そうですね?」と宣言するように言った。

 教師たちのほとんどが俯いたまま彼の言葉を聞いていたが、もちろん例外もいた。

 そんな例外の一人が、第一発見者の門松である。

 そして現場に教職員、生徒を近づけることなく、現場保存をきちんとした上で、警察に通報したのも彼だった。

 その後、刑事たちがカウンセリング室に移動し、個別に呼び出して事情聴取を始めると、「被害者」を知る教師たちは、白井友香は『受験一筋のようなところがあった』と口を揃えた。『大変な努力家だったようだ』との声もあった。

 しかし、『よくできる』とか『頭のいい』という声は聴かれなかった。

 つまりは、そういうことなのだろう。

 また、生物担当の落合教諭は気づいていなかったそうだが、被害者の遺体があった生物準備室のドアの鍵は、かなり前からガタが来ていたらしい。鍵は一応はかかるものの、単にドアを開けようとするのではなく、ドアを開ける方向にやや力を入れつつ鍵の位置に外から衝撃を加えてやると、鍵が外せる状態だったことが判った。

 現場検証をした鑑識課員が気づき、調べてみて、これは一朝一夕の壊れ方──つまり一気に今回壊れたものだとは思われない、何回かはそういう開け方がされたことがあると思う、との所見を述べていた。

 つまり、それを知ってさえいれば、誰でも、あの現場に入れたことになる。

(全く何て学校だ! 不用心にも程がある──)

 古代希といい白井友香といい、わざわざ校内のエアポケットを探し出して自殺したとしか思えないような情況だ。

 それに加え、問題はもう一つあった。

 栄生一美という生徒の容態である。

 彼女は門松と落合の二人とともに第一発見者になったわけだが、警察の事情聴取を受ける間もなく救急車で病院送りとなった。

 今回だけならそれも仕方ないが、またしてもだ。

 なぜ毎回こういうことが──いやこういうこと「も」、起こらなければならないのだ?

 警官が一人、カウンセリング室に入ってきて、副署長、次いでサングラスの男に、一枚の紙切れを渡した。

 この階級差による待遇の違いに、阪野はいつも苦渋で胸一杯になる。

 この現場で一番頑張っているのは自分ではないか。

 副署長はともかく、どうしてこんな若造に──。


「白井友香さんは昨日、図書室にいたようですが──お心当たりは?」

 今、警察官の目の前にいるのは門松と落合の二人。どちらも二回目で、二人一緒はこれが初めてだった。

 図書室に職員を常置していないH高では、図書室にいた人物の動向を答えられる教職員などいないのがむしろ自然だ。まして、図書委員会の担当でもないこの両名に対し、こんな質問、意味がない。

 しかし、サングラスの警部補を前にしている門松の表情は、どこか楽しそうだった。場違いにもほどがある態度だが、この警部補といいこの男といい、世の中何か間違っているような気がしてならない。


 サングラスの警部補は、ここで彼らにとっての新事実を告げた。先程警官から受け取った紙に書かれていた事柄であろうことは、容易に想像がついた。

「あの『紙吹雪』の正体は、図書室にある図鑑だったそうです。それも、該当する図鑑だけでなく、複数の図鑑がやられていた。白井さんの心理は、どういったものだったのでしょうね?」

 虚しく響きわたる声。

 当然だ。

 尋問の仕方がなってない。落合などは完全に途方に暮れている。

「……嫌な感じだな。まさか今回に限って、妙な符合があるとでも?」

 しかし、門松の方はこのサングラスの言葉に妙な反応を返した。

 阪野の知る限り、この男はいつ何時でもかなり冷めた振る舞いをすることができる男だ。事実、あの凄惨な死体を発見しても、一人平気でいる(内心はどうだか知れたものではないが)。

 そんな男がなぜ──。

「あれ? お気づきでなかった。もちろん符合があるのですよ。それも今回に限って。お解りだと思っていたのですがね?」

 阪野には、この二人の間にどんな駆け引きが行われているのか、まるで解らなかった。

 


(こいつ、面白いヤツだな)

 門松は、目の前にいるサングラスの、まだ若く見える男に、少なからず興味を抱いた。

 阪野のような生粋の田舎型の刑事とは違う、独特の嗅覚を持った人間だ──そう思った。

 白井友香の精神状態、か──。

 しばらくして、サングラスの男が事情聴取の終了を宣言した。

 阪野は狐につままれたような顔をし、落合は真っ青な顔になっている。

 阪野が扉を開け、部屋の外に出る。門松もそれに続こうとしたとき、後ろから小さな声が聞こえた。サングラスの男の声だった。

「あなた、面白い人だ。期待していますよ?」

 門松はなぜか、その声、口調に、冷や汗が流れるのを感じた。


【登場人物】

小村(こむら)絵里(えり):3年生。演劇部所属(引退)。白井友香とは親友で、白井家でもそのことがよく知られている。主演経験はないが実力派の部員。

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