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Embrace~黒き魔性  作者: 笹木道耶
20/71

第四章 錯綜する思惑(三)

     ◆ 3


 湊都、益美、麗、一美の四人は、通夜の会場から少し距離があるファミリーレストランに入った。

 四人は席に着くと、各々全く別のメニューを注文した。

 体調が思わしくない麗は紅茶だけ。

 夕食をこの機会に当て込んでいた益美は、和風ハンバーグセットとサラダ。

 単なる麗の付き添いだという一美は、「たまにはこういうのも」とチョコパフェ。

 そして湊都は一人、パスタを頼んだ。

 ドリンク、ディナー、デザート、軽食。

 四人合わせて豪勢なフルコースだ。

 通夜帰りなのにこれで違和感がないのだから、制服って便利。

 いざオーダーし終わると、意外と話かけづらくなってしまった。だが、無駄な時間を費やしている場合ではない。そう思って、湊都は三人の後輩に話しかけた。

「古代さんのことだけどね、実はあたし、たぶんみんながまだ知らない事実を知ってるの」

「え?」

 素早く反応したのは、意外なことに体調の悪そうな麗だった。

 彼女が希について、今回の事件について最もショックを受けている一人であることが推測できた。

「これはまだ、新聞とかにも出てない情報だけど、話さないと話が進まないから……でも絶対にオフレコよ。警察だって、あたしがこの情報を抱えているってことは知らないはずなの。だから、絶対に他言しないって、約束して欲しいんだけど」

「……わたしは、もちろん、お約束、します」

「あたしも構いませんよ。これでも、結構口は堅いんです」

「私なんかが、聞いていい話なんでしょうか? 私は麗ちゃんやマスミと違って、古代さんとは面識ないようなものだから……」

「約束してくれればあたしは別に構わないけど……え~と、栄生さん、だっけ?」

「ええ。栄生一美です。でも、マスミが麗ちゃんを送って行ってくれるなら、私は帰っても──」

「そう……ま、その辺は三人で話し合って決めて。あたしは永井さんと柳さんに話を聞いてもらって、それでこっちも情報をもらいたいだけだから。

 う~ん、だけどねえ……正直な話、情報の流出は避けたいのと同時に、出来るだけ多くの人から話を聞きたいっていうのも、あるのよね?」

 結局、最後の湊都の言葉がきっかけとなり、一美も残ることになった。


 オーダーした料理やデザートが次々と運ばれてくる中、湊都は三人に、『転落』という名の古代希の「問題作」の内容について概要を話して聞かせた。

 ややスプラッターな内容だったのでハンバーグを頼んでいた益美のことを多少気にしたのだが、彼女は全く気にならないらしく、次々とハンバーグにナイフを入れては、フォークで口に運んでいた。

 対照的に、一美のスプーンは止まったまま、麗の紅茶は全く減らないままだった。

「ねえ、アヤシイと思わない? 何にも無しで、これだけの話はなかなか作れないと思うの。それに古代さん、『実は、実在の人物をモデルにして作品を作ることが多いんですよね』って言ってたこともあるんだ。

 だとすると、これって──」

「要するに、その話にはモデルがいるってことですか?」

 益美があっさりと核心をついた。

「まあ、その可能性があるってこと。しかも、古代さんが自殺した、っていう事実から野次馬的な目で考えてみると──」

「モデルは『作者本人』、ですか?」

 一美が推量の結果を述べ、湊都はそれに頷いた。

「確証は何もないわ。でも、そう考えると『自殺の理由』が出てくる。っていうか、そう考えないと、『自殺』の理由が出て来ない」

「『他殺』ってことはないんでしょうか?」

 益美が根底を覆すようなことを言い出した。

「そんな……あたしは『目撃者』じゃないから判らないけど、それはないんじゃないかな? お通夜にも警察の人はほとんどいなかったみたいだし」

「いましたよ? さっき見ましたから。門松先生と──なんかぁ、元から知り合いって感じだったけど」

「門松先生と?」

 益美の発言に一美が反応する。

「うん。確か、阪野って言ったかな? 昨日の事情聴取のときにいた、あの三〇ぐらいの刑事さんと」

「へえ……」

「門松先生か……彼、確か独身だったよね? 恋人とかいないのかな? 

 この話は『不倫』がテーマだから──まあ、額面通り受け取ればいい、とも必ずしも思わないけど」

「いえ、私にはわかりません」

「あの年で、いない方が変だと、あたしは思うなぁ」

 一美と益美が続けて答えたが、有益な情報は得られなかった。

 湊都は、失望した、という態度を露骨に示してしまうような深いため息をつきながら、首をゆっくりと左右に振った。

「門松先生が、希ちゃんの、恋人だった、って、いうんですか?」

 不意に、今まで黙っていた麗が口を開いたので、三人は一様に彼女の顔に視線を集めた。いつもなら、例えそれが女性の視線だけであっても顔を赤くするくらいのキャラクターである麗だが、この場では冷静だった。

「希ちゃんは、どちらかというと、ファザコンタイプ、だったと、思います。門松先生は、タイプ的に『若い』タイプです。現実的にも、まだかなり若いですよね? たぶん、違うと思います」


 麗は、中学時代からの希との思い出を断片的に、しかしコンパクトに、具体例を交えて他の三人に話して聞かせた。

 その話の内容からは、大人しくて内向的な二人の少女が、「白馬の王子様」を待っているばかりではなくて、冷静に自分たちの好みのタイプを分析したことがある──ということが窺われた。

「わたしたち、必ずしも具体的に突っ込んだ話までは、あまりしませんでしたけど……話の端々というか、例えば好きな俳優さんとか、作家さんとかで、何となく」

「なるほど、ありがとう。確かに、独身の門松先生だと、『転落』のストーリーとは合わなくなるのよね。彼に強力な恋人とか婚約者でもいれば別だけど」

 湊都の答えに、一美が反応する。

「じゃあ私、聞いてみましょうか? 結構私、先生と仲いいから」

 その答えに、益美も意味深な笑みを浮かべて頷く。

「それはありがたい。でも今聞いただけでも、門松先生はハズレのような気がするけど。むしろ、二番目に若い、落合先生とか? 彼なら結婚してるし、オジサンくさいところもあるし」

「でもファザコン、っていうのとは違うような気がする」

 益美が異を唱えたが、すぐに麗がフォローする。

「希ちゃんは別に、極度のファザコン、ってワケじゃ……」

「それは、落合先生は候補に入れてもいい、っていうことかな?」

「……ぎりぎりかなあ。ボーダーラインくらいかも」

「ま、彼なら確かに、多少魅力はあるかもね? 男性としても」

 麗の答えはやや煮え切らないものだったが、一美が入れたフォローは、そんなことを吹き飛ばしてしまうくらい麗や益美を驚かせるものだったらしい。

「落合先生か。ふぅん……一美はアレもありなんだね。でも、あまりあたしたちには繋がりがないなぁ。先輩は、選択理科、何ですか?」

「あたし? あたしは私立文系だったから初めから捨ててた。今じゃ地学を少々、ってところかな」

 ふと益美と麗の視線が、一美に向いた。

「……私の仕事が、増えるってことか」

「あら。栄生さん、生物選択なの?」

「ええ。あたしは科学と物理。麗ちゃんも同じなんです。かずみだけ生物選択」

「へえ、すご~い。じゃあ、二人とも理系なんだ?」

 湊都は、自分が嫌いな理数系の物理と科学を選択しているという二人に、ある種尊敬の念を込めて、やや大袈裟に言った。

「あ、あの、わたしは一応、文系です。国立、狙ってるから」

 麗が言う。

 湊都はそんな彼女を見て、そんなに『理系』って言われるのが嫌か? と思った。

「うふふっ、理系なのは、この三人の中ではあたしだけです」

 益美がはっきりとした口調で言った。

 湊都にしてみれば、外見的にはむしろこちらの方が意外な気がした。

「じゃあ私、落合先生にも、それとなく揺さぶりをかけてみます」

 一美が脱線しかけた話を元に戻した。

 それを機に、益美がイニシアティヴを取り出した。

「ところで先輩。実は、あたしたちにも、オフレコにすべき情報があるんですが」



 益美は、純一から聞いた「犯人の目撃」情報、そして更に一連の『猟奇事件』の犯人が、二種類以上いるのではないか、と推理したいきさつなどについて、湊都に話して聞かせた。

「あたしははじめ、あの『自殺』が起こったとき、『鯉事件』の犯人の片方に限って言えば、ひょっとしたら──と思ったんです。それで個人的に、純──前島君に詳しく訊いてみたんだけど」

 当事者をよく知っている麗も一美も、益美の話に聞き入っていた。

 端から見たら、この雰囲気は異様なものに映るのかもしれなかった。その証拠に、ウェイトレスの視線が、四人のうち一番余裕がある湊都には、少々痛く感じられた。

「そしたら、彼の話を全部本当だと仮定すると、その犯人の片方の『女』は、少なくとも古代さんとは考えにくい、という結論が出て来たんです。根拠は運動神経。古代さん──希ちゃんは、かなり、こう言っちゃなんですが鈍かった」

「高一の一学期、確か成績、『四』だったはずです。『運動は全然ダメって、烙印を押されちゃった』って、寂しそうに笑ってた」

 麗が心なしか、涙声で補足した。

「『四』? 一〇段階の、絶対評価で?」

 一美が珍しく、驚きを隠さずストレートに言った。

 演劇部で希のことをよく知る湊都は、対照的にウンウンと二度三度頷いた。

「だけど、その『犯人』の二人は、ほんの僅かの隙をついて、彼の視界から消えたらしいんです。だとすると、あれだけ鈍かった希ちゃんを『犯人』だ、と言うには、さすがにちょっと無理があるかなと。もっとも、可能性がゼロになるわけじゃないですが」

「なるほど。でも『情況証拠』ってヤツにはなるかもしれないわね」

「でもそれじゃ、『犯人が誰か』ということに関しては何の手がかりにもならない」

「容疑者が一人、減っただけ、か」

 四人の間にしばし、沈黙が訪れる。

「もう一つ、可能性があると思います」

 麗が口を挟んだ。

 そしてそこから放たれた言葉は、まさに意外な言葉だった。

「郡、先輩の、おっしゃるような人がいる、としたら、いえ、それに限らなくても、希ちゃんの死に他に人が介在した、ということになれば、根本的な問題が、出て来ちゃうかも……。真実は、『殺人事件』だった──っていう可能性が」

 ポカン、としている三人を余所に、麗は捲し立てるように言った。

「その『犯人』は、サブリミナルを上手く使って、ターゲットを『自殺』するように仕向けたとか。……そうすると、ターゲット本人は逃げ込んだつもりのところで、結果として『自殺』していることがあるって、何かの本で読んだ記憶が──」


 ──フッ…──。


 麗の頭の中には、再びあの古代希の死ぬ間際の顔が、浮かび上がって来ていた。

 麗は話していて、自分の見解に妙に自信を持ち始めていた。

 そしてそれを話そうとした、そのとき──。


「──綺麗……。綺麗、そう、『綺麗』なのよ、『美しい』のよ!

 あんなにもすばらしい、美しい──。

 ああ、わたしも、わたしも……」


「きゃあっ!」

 麗の体から力が抜け廊下側に倒れ、湊都が叫び声を上げ、ウェイトレス、ウェイターをはじめ、周囲の視線が一斉に集まる。

 そんな中で、今度は一美が、電話へと向かって駆け出していた。


【登場人物】

落合おちあい教諭:生物担当。私立H高校の男性教諭では二番目に若い。剣道部顧問で80kgはある大柄。理系だが体育会系の性格。門松に対してフランクに接しようとするが、あまり相手にされておらず、日々、苦笑いが絶えない。

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