第三章 転落(五)
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◆ 5
落合は、警察から解放されてすぐ、門松に防音設備のあるカウンセリング室へ呼び出された。
この部屋はいじめ対策等の理由で設置されたもので、週に数回、非常勤嘱託のカウンセラーがやってきて、主に生徒たちの悩みなどを外部の専門家が聞く場だ。
「大変なことになっちまったな、全く」
体育会系の強面をいっそう険しくした表情で、落合は門松の待つカウンセリング室へ入った。
門松はそんな落合の言葉に特に反応を示すことなく、静かに彼を迎えた。
しばらくの沈黙の後、ようやく門松が口を開いた。
「落合さん。あなたなら、あのような猫の死体を作り上げることはできますか?」
「……どういう意味だ?」
自殺のことが話題になると思い込んでいた落合は、一瞬面食らった。
だが逆に、面食らったことによって、冷静さを取り戻すことができた。
そして、普段口数の少ない門松がそういう聴き方から入ってきたことについて、多少の興味をそそられた。
「ふふっ、……古代の自殺については、警察が調べるからそれに任せていいでしょう。落合さんは、一連の『猟奇事件』について、どう思われていますか? よく考えた上で、客観的に述べていただきたいのですが」
「いやに慎重な言いまわしだな」
落合は、そんな門松の普段とは違う態度に好感を持った。
彼の真意は測りかねたが、この男には嘘はつけない、そう思わせるような迫力が感じられた。
「何が聴きたい? 自分に答えられることがあるか?」
「ええ、是非。あなたは数少ない『死骸の目撃者』だ。それに──」
「それに?」
「生物学科の出身だ」
「……なるほど」
門松の意図が少し、解った気がした。
「昨日の夜、古代希が『失踪』していた、ということについては知っているな?」
場所はカウンセリング室。
警察に解放されたと思ったら、今度は門松だ。
益美は正直、厄日だ、とさえ思った。
「ええ。ウチにも電話がありましたから」
いつもは割と馴れ馴れしく話すのだが、さすがにそれは憚られた。
神妙な口調で話すよう心がける。
そんな益美の心の内を知ってか知らずか、門松は苦笑いを浮かべている。
門松は希について、かなり細かいところまで聴いてきた。
昨年同じクラスだった、ということから幾らかは彼女のことを知っている。
答えられる範囲で、スラスラと要領よく答えていった。
運動神経はイマイチ。
一人っ子で、孤独を愛する孤高を志向するタイプ。
内向的だが芯は強い。
勉強もできる方──。
「彼女が自殺するなんて、あたしにはとても思えません」
それが益美の最終的な結論だった。
「でも、古代さんのことなら、あたしより麗ちゃん──柳さんに聴いた方がいいと思います。
中学からの『親友』だったらしいから」
「昨日は誰も──何も見ませんでした」
純一は、門松の前に座るなりこう言った。
彼は彼なりに、ショックを受けているようだった。
純一は昨日も、午後一一時頃から『外周の外周』を見回っていた。
しかし一連の犯人どころか、『失踪中』だった古代希の姿も全く見なかった。
そんな後ろめたい気持ちと無力感が、彼の心を覆い始めていた。
しかし彼にも、言いたいことが一つあった。
「どうかしたのか?」
門松の言葉に、珍しく優しさというか思いやりのようなものが感じられた気がした。
顔を上げて彼の顔を見ると、僅かに微笑んでいるようにさえ思う。
これは意外な発見だった。
「実は……」
迷いを振り払うように、純一は言った。
門松がこんなに頼もしい大人に見えたのは、この時が初めてだった。
単なる無気力教師だと思っていたのに。
「実は、ユーレイも、……柳さんも、その、三奈と──こないだ言いましたよね? ……桜井、さんと、同じような、状態、に、なって、いました。オレは……、オレはあれを、あの時の三奈を見ていたから、今日、ある程度冷静に、柳さんを、助けることができたんだと、思います」
思い切って、蟠っていたことを、どもりながらも一気にしゃべった。
「……できる限り、調べてみよう」
かつてないほど厳しい表情で、彼は言った。
純一と入れ替わりに、栄がカウンセリング室に入った。
今日は気分が優れなかったので初めは断ろうとしたのだが、益美も純一も呼ばれていることを知り、自分だけが断ることはできないと腹を括った。それに、門松にはライブに出てもらった借りがある。
何を言われ何を聴かれるのかと思っていたら、そんな栄の思いに反して、彼は一つの提案をしてきた。
ちょっとした情報屋稼業をやってみないか──。
要は「スパイになれ」、ということらしい。
栄はふと、閃きを感じた。
これは必ずしも悪いことばかりではないのかもしれない。
「……スパイ活動以前に、何か演劇部や古代希について、知っていることがあれば、話してみてくれ」
この質問は、彼の頭に浮かんでいた人物について、話さずにはいられない気持ちにさせた。
「昨日、三年の郡さんが、六時頃部室を──演劇部室を出ていくとき、『古代さん、遅くなり過ぎないようにね。あと一時間以内に帰ること。いいわね』って、言っていました。俺、はっきり覚えてます」
帰宅したあと湊都は、希の『遺稿』とも言うべき、『転落』を手に取った。
といっても現物ではない。
今朝、彼女の両親に電話したあとで、学校にある生徒用の一〇円コピー機で全ページコピーしたものだ。
現物は警察に提出した。
本当は彼女の両親に真っ先に届けてあげたかったのだが、警察による演劇部の事情聴取の時に話題になってしまい、隠し通すことができなくなってしまったのだ。
しかし不幸中の幸い、自分の好奇心も手伝って何の気なしに取っておいたコピーが手元に残った。
(これは──)
内容を見て、湊都は正直驚いた。
これまでもH高演劇部では、伝統的に、高校の演劇部レベルでは扱うべきでないと言えるような題材を数多く扱ってきた。
ただ、そうした場合でも、暗喩に力点を置いたり、違う解釈も可能なようにしたり、あるいはラストを道徳的にまとめてみたりと、ある程度の工夫を凝らした配慮の跡が見えるものがほとんどだった。
希が原作の作品も、そんな伝統の例外ではなく、これまでは来ていた。
ところが、この『転落』は、まさに直球勝負、ストレートだっだ。
そのままなのだ。
もちろん、これはまだ彼女にとっての試作段階、『小説形式』の作品ではある。普段なら、これを劇用に書き換える作業工程が必須となる。
しかし、彼女はその小説形式の段階から、「どうオブラートにくるんでやろうか」と、考えるタイプだった。合理的かつ効率的に、先を見通して作品を構成できる柔軟性と能力を持っていた。そしてそのくるみ方が、つまり工夫の仕方が非常に上手なところが、彼女の特に秀でた部分である、と湊都は評価していた。白井友香を押し退け、彼女を抜擢するに至った決定的な理由の柱の一本はこれである、といっても過言ではなかった。
もちろん、彼女の独創性も非凡なものであることは、つき合っていくうちにわかって来てはいた。それ故、湊都は今でも、演劇部のためには彼女をスカウトして本当に良かったと思っている。文化祭も大成功だったし、今年の春も好成績を納めることができた。
その彼女が。
確かに、内容そのものは「面白い」。
だが、あまりにも救いがない話なのだ。
──『高校教師と女子生徒の禁断の不倫愛』──。
これだけなら、まだかろうじて許されるかもしれない。
──『望まれぬ出産と、その妨害』──。
これもまあ、考えられることだ。
しかし──。
──『恐怖のストーカー』──。
『懲戒免職』、『離婚』、『逃亡』、『実の我が子の人質・誘拐』、『無理心中未遂』。
どこまでも追いかけ、どこまでも逃げる。
そして遂に──遂に、彼を取り戻す。
死体となった彼を。
更には、朽ちていく父親を間近に見ながら、臭いながら、聞きながら、感じながら、そして「味わいながら」育っていく赤ん坊──。
(何なのよ、これ──)
倫理的に問題があるばかりか、スプラッターなその内容を劇で演じるためには、相当の演技力か、もしくは小道具やセットが必要になってくる。
ただ、きちんと演じることができさえすれば、かなりのインパクトが見込める作品であることも間違いはなさそうだった。
『阿部定事件』など問題ではない。
(待てよ──)
一瞬、湊都は頭に閃光が走ったような気がした。
そうだ、あるいは──。
湊都は自分が抱いた着想に満足していた。
そして、時は経ち、夜になった。
電話のコール音が響きわたる。
受話器を取ると、そこからは「明日夜七時、お通夜」という内容のメモを書き取るに足るだけの情報が流れてきた。
(……仇を取ってあげられるかもよ? 古代さん)
湊都は無意識に、奥歯を噛みしめていた。
彼女は生徒名簿を取り出し、今度は自分から、受話器を上げた。
◇ ◆
私はなぜ、ここにいるの?──。(動けない)
私? 私は、誰?……。(そのことはもう、わかっているはず)
ここは?……。(信じていた)
動ける。(早く、助けに来て……)
両手も両足も、動く。(助かった──)
私は──。(わざわざ、助けに来てくれた)
助かった?(「愛」という感情)
私は──。(「母」という感情)
助かった、の?(三人で……)
私は──。(いつまでも)
助かった? 助かった? 助かった?(三人で──)
「嫌あっ!! あ、あ、ああああ…………。
はあっ、はあっ、はあっ、はあ……」
『愛』
『憎しみ』
『恨み』
『母性』
そして『自己愛』…………。
──────。
『最高の罪悪感』
それは、私に足りないもの──。
(『安心して、死ね』)
嫌だ。
──私は、生きるのだ。
(『安心して、死ね』)
「仮の永遠」
生きるのだ。
(『安心して、死ね』)
生きるのだ。
「災いの数字〝12〟」
(『安心して、死ね』)
生きるのだ。
(『安心して、死ね』)
「復活」
(『安心して、死ね』)
(『安心して』)
(『して』)
(『して』)
(『して』)
(『して』)
(『して』)
(『して』)
(『して……』)
して?──。
(『死ね』)
嫌だ。
(『死ね!』)
嫌だ。
(『死ね!』) (『死ね』) (『死ね!』) (『死ね』)
「嫌っ!」 (『死ね』)
(『死ね!』) (『死ね』)
(『死ね』)
(『死ね!』)
生きるのだ。
(『死ね!』) (『死ね!』)
(『死ね』)
「私は、生きる」
(『死ね!』) (『死ね』) (『死ね!』)
生きる。 (『死ね!』)
(『死ね』) (『死ね!』)
「『永遠の命』」
(『死ね!』) (『死…!』)
(『死…』) (『……!』)
(『……』) (『……』)
(『……!』) (『……』)
──────!
私は、生きる! あの子に、あの子に会うまでは!
「仮の永遠」
私は、生きる! 例え、どんな犠牲を払おうと!
「偽りの命」
私は、生きる! 『あの子のため』に!
「心の作り出す」
私は、生きる! 『あの子のため』!!
「実体のある幻」
私は、生きる!!
生きる……。(あの子はどこ?)
あの子に会うまで──。(どこにいるの?)
私は『死ねない』。(私の愛する人と──)
あの子に会いたい。(「私」の間に生まれた──)
あの子に会うため──、(あの愛しい男の子は)
私は『生きてきた』。(どこ?)
ただそれだけのために、(どこにいるの?)
私は──、
『生・き・て・き・た』
もし、もう一度出会うことができたら──、(和司──)
そのときこそ、私は『仮の永遠』を捨てよう。(かずし、……)
だから、そのときまで──。(一目、…………)
私の──、(会いたい)
息子……。(私を、殺した──)
最愛の──。(あの人の──)
あの子ももう、二四歳──。
幸せに──、
「幸せに、」
暮らしていてくれれば──、
「暮らしていてくれれば、」
私は──、
「私は」
私は────────、
「『生きてた甲斐』がある──」
お母さんだよ、と名乗れないのが口惜しいけど──、
「『Embrace』……」
仕方ないよね。
「不気味な書き出しで、始まる書」
だって私は……、
「魔力を有した、呪われた書」
今の、私は──、
「私にとって、忌々しき言葉──」
あなたよりも──、
「『Embrace』」
七つも年下なのだから──。
「あなたを、もう一度……」
そう、
「ただ一度だけでいい」
私は……、
「この胸に」
今も、
「抱きしめたい──」
一七歳……。
『あのときと同じ──』
「一七歳の、この胸に──」
※
「! ──!!っ」
良い夢ではなかった。
こんなふうに飛び起きるほどの夢を見たのは、一体何年ぶりだろう。
しばらくじっとしていると色々なことに気が付いた。
今、額にびっしょりと汗をかいている。
喉は焼けるように乾き、ベッドのシーツや掛け布団は、いつにも増して乱れている。
この私が──。
心の中で不快さが溢れ出す。
“愛、憎しみ、恨み、母性、自己愛”
例の本の「第三章」のあとの、「モノローグ」に書かれていた言葉だ。
ふ~っ、と大きく息を吐く。
すると、両肩がまるで軽くなったような感覚を得ることができた。
やはり少し、緊張しているのだろうか?
“今日の「事件」については、きっと「事故」、最悪でも「自殺」という結論になるに違いない。あの学園は腐っているから。”
今度は、「第三章」の終わりに書かれていた言葉を再び思い出した。
『私立の名門校』、か──。
そう、今通っているH高も、押しも押されぬ伝統ある名門校なのだ。
一二年前の、この『学園』と同じように。
時計を見ると、ちょうど午前二時半になろうとしていた。
二時半──。
私はこのとき、自然と薄笑いを浮かべていたに違いない。
【登場人物】
宮腰俊一郎:国立Y大学の元教授で文化人類学者・社会学者。研究には極めて熱心で、現地調査も多数行うなど精力的だったが、オカルト系の著作が硬軟様々多数あり、オカルトに傾倒しすぎて学会から事実上追放された。
作中では著者の名前としてのみ登場。
※本作では“ ”(ダブルコーテーション)で括られている箇所が何か所かあります。これは、「作中世界の人物による著作(本など)」の引用部分です。
改行に乏しいなど一部の文章がとても読みにくかったり、文体が異なる箇所がありますが、ご理解くださいますようお願いいたします。




