“相性”がいいらしい
柔らかくてふわふわで温かいものに包まれている。
その心地よさにしばらく私は、このままもう少し居たいなと思った。
だから、嫌々というかのように首を振り、その柔らかいふわふわの毛に顔をうずめた。
小さく笑われた声がして、
「タクミ、そろそろ起きろ。移動しないといつまでも、元の世界に戻れなくなるぞ」
「うぎゅ……戻れなくなるのは、困る……みゅ~」
「こら、起きろ。キスするぞ」
「いいよ~、むにゃむにゃ」
こんな心地よい、人を駄目にしてしまうような柔らかさの前では、キスの一つや二つ構わないと私は思った。
もう少しこの寝心地を……と私が思っていると別の声がした。
「ここまで心を許しているとは、もう国に連れて帰って“嫁”にしてしまいましょう」
「……レイト、他人事のように言うな。そもそも……」
「でもここまで気を許してくれているのでしたら、ね」
「レイト、お前は今現在人の事を気にかけている余裕があるのか?」
「相変わらず、カイル様は手厳しいですねぇ。ですが、私達の目的はカイル様自体がよくご存じでしょう?」
「様付けはやめろ。タクミが訝しがる」
「……しばらく私も様子見ですね」
嘆息するようにレイデが答えている。
それに今、カイルに様がついていたし、前もそうだったような……。
それでも寝ぼけた頭は、まだ覚醒する気配がなくそのまま心地よい二度寝へ~、と思った所で、
「猫ぱーんち!」
「うにゃああああ」
何かが肉球で私を攻撃してきた!
しかもすぐに連打である!
これは、
「味合わねば!」
そう、猫の肉球で攻撃という至高の時を寝ている場合ではない!
そんなわけの分からない思考で、はっと目を覚ました私は、茶色い猫になり猫パンチを食らわせてくるメルと、そんな私をやさしげに見つめる獣化したカイルと目が合ったのだった。
とりあえずそのまま起きて歩き出した私達だが。
「ご、ごめん、カイル。私、なんだかカイルの毛並みが心地よくて……」
「いや、タクミにそう言ってもらえて嬉しいよ」
そういうカイルの声は本当にうれしそうで、人の姿に戻っても残っていた獣耳と尻尾がいつも以上に揺れている。
しかも私の手を握ったまま移動である。
ちなみにメルは、猫のままレイトに抱き上げられて移動らしい。
今はレイトに甘えたい気分なのだそうだ。
昨日のメルを誘拐しようとした輩がやはり怖くて、心細いのかもしれない。
どうやら、高い地位の貴族の家に生まれたらしいメル。
でもどうして家出したのだろう?
そして、確かレイトに会った時は空腹で倒れたといっていた気がと私が思っているとそこでカイルが、
「それでそのメルは、一体どうして気づかれたんだ?」
「多分、この前の荷馬車の人が転送陣を使ったりした時に、“彼ら”に気付かれたのではないかと」
「誘拐犯、か。しかもあれだけの人数でそこそこ強い人間を集められる……随分とお金のかかった誘拐だな」
「誘拐といっても、多分、連れ戻しに来たのと同じようなことになったのだと思う」
「どういう意味だ?」
そこでメルは一度黙ってからか細い声で、
「私には、特殊能力があるんだ」
そう答えたのだった。
特殊能力がある、メルはそういった。
そしてそのせいで狙われたらしい、と言っているけれどそこでカイルが、
「あの荷馬車の薬を運んでいる人物と知り合いのようだったが」
「あ、はい、家によく出入りしているといいますか、昔からいる人で信頼できる方です」
「そんな人が他の人に、特殊能力があるメルの話をするか?」
「それは……」
そこでメルが沈黙する。
話によっては、長年の知り合いが“裏切った”事になるからだ。
しかも更にカイルは告げる。
「そもそもここにメルがいるとは、誰も知らないはずだろう? レイトの前に空腹で倒れていたのだから……少なくとも知り合いがいればそうはならないだろう」
「……はい」
やはり空腹で倒れていたのが恥ずかしいらしいメルは猫耳がへにょんと気落ちしたように垂れている。
“生”の猫耳が、と思ってしまうのは現状では不謹慎だと必死で私は我慢する。
そこで更にカイルが続ける。
「となると薬を転送した先、メルの屋敷で何かがあったのでは? おそらくは見かけたと事づてが行っているだろうから。それを……メルを誘拐しようとするような人物に知られてしまったと」
「! 屋敷で何かあったって、なにが!」
「さあ、俺には分からない。ただ普通に公爵家ともなれば狙われるだろう」
「……それは、まあ」
「しかも俺やレイトがメルの能力を知らないとなると、狭い範囲でしか知られていない能力、隠されていた能力じゃないのか?」
「カイルとレイトは何者なのですか? 私の姉様も知っていたようだし」
メルが警戒するように言うがそこでレイトが、
「あれ、私は話していませんでしたか? 銀狼の国フェンリルの、宮廷魔法騎士団の副団長をやっているレイトです。まあ私の場合は魔法が専門ですが、剣も一応使えます。というか、剣でメルを捕まえようとした普通の暴漢を倒したこともあったでしょう?」
「そういえばこの町で一番強いと言っている男だとかなんとか自慢していたような……レイトが簡単に気絶させてたから弱いのかと思っていたけれど、まさか」
「メルのそういった抜けた所も可愛いですね」
「むかっ、でもそういえば、銀狼の国フェンリルの、宮廷魔法騎士団の副団長である白鳥は穏やかだけれど、ねちっこくてさり気に鬼畜腹黒だからあまり近づかない方が良さそうだと姉様が…は!」
そこでレイトがなるほどと呟き笑うのを見て、メルがびくっと震えた。
でもとりあえず私はここでレイトがどういう人物か分かったので、カイルもその関係者なのかと思う。
謎が多いカイルの正体が少し分かった気がした。
でもメルの特殊能力って何だろうと、特殊能力持ちの私が思ってメルを見ていると、
「タクミ、何か言いたそうだな?」
「うん、メルの特殊能力が気になって」
「……あまり外には漏れだすと困るし、そもそも私はこの能力が何なのかよく分からないんだ。“運”がいいのはそうなんだけれど」
「そうなんだ、だったらステータスを私の“鑑定スキル”で見てみる? 何だかこの世界の人の中では珍しく情報が多いらしいし」
「……確かにタクミのそれを使えば、もしかして私の能力が分かる?」
私の提案にメルはしばらく沈黙し、そして、
「頼んでいいかな、タクミ。後、もしも私の能力を見ても秘密にしておいて欲しい、カイルとレイトもお願いできるかな」
メルのその言葉にカイルとレイトが頷き、私は“ステータス・オープン”を使う。
そして現れた内容は、
「未来予知と時空間操作の合成能力、“確率操作(弱)”?」
そう書かれていたのだった。
未来予知と時空間操作の合成能力、“確率操作(弱)”それがメルの能力であるらしい。
私はそれを見ながら、
「“運”が良いって、最適な未来を選び取っているとか?」
「そうなのかな? くじ引きでもカードゲームでも勝つことが多くて、これは特殊能力だろうって言われてたけれど……」
「けれど?」
「でも、私の妹はずっと病気のままで、治る気配もなくて何もできなくて……それに私自身の変わった能力のせいで、途中からあまり自由に外に出れなくて。特殊能力者は狙われやすいから」
「そうなんだ」
私はそう答えると、メルに嘆息されてしまう。
なんで? と思っていると、
「タクミも特殊な“鑑定スキル”持ちだろう? もし出会ったのがカイル以外だと、こんな風に旅もさせてもらえずに、異世界に帰ることも無く延々と特殊能力を使わさせられる仕事に……」
「ガクガクブルブル」
「そう考えると、タクミは運がいいとしか思えないな。しかも、カイルの前に落ちてきたんだろう?」
「それはまあ」
「“運”がいいね」
そう私は言われて、確かにと頷く。
カイルに出会えたのはとても“運”がいいと言えるのかもだが、
「でもカイルの毛を使って呼ばれたのだから、それって“運”というよりは引き寄せられた感じがする」
「それだけ相性が良かったのでしょう、カイルとタクミは」
そこでレイトがそう付け加える。
どうやら私はカイルと“相性”がいいらしい。
なんだか嬉しくなってしまう。
でも今の話を考えてみると、
「メルは一度自分の家に帰って様子を見た方がいいんじゃないかな? あの人が信頼できるのなら、メルの家で何かがあったのだろうし」
「それは……確かに」
「一度戻って様子を見ないかな? カイル、私達もメルと一緒に屋敷に行けないかな?」
そう私は提案してみる。
メルはんだ悩んでいるようだったし、メルを攫おうとしている輩がメルのお屋敷内にいるのだとしたら、一人で帰すのも危険だろう。
そう私が言うとカイルが、
「タクミは元の世界に戻る時間が遅くなるけれどいいのか?」
「……メルが心配だからいいよ」
「そうか」
そう言ってカイルが私の頭をなでる。
そもそも私はカイルと同い年なのにと思うけれど、こうやって撫でられると……。
「分かった、タクミがそう言うなら俺もついていく。顔は布で隠すか何かしよう。レイトはどうする?」
「聞く意味があると思いますか?」
「ないな」
笑うカイルとレイト。
でもカイルは顔を隠すというから、そんなに知られたくないだろうかと思うのだけれど、そんな私の気持ちにカイルは私の表情から気づいたらしく、
「タクミを城まで連れていくと決めたのは俺だからな。タクミがメルの屋敷に行きたいのなら、ついていくさ」
「ありがとう、カイル。カイルはやっぱり優しいよ」
「……特にタクミだけにかもしれないぞ?」
「え?」
「さて、行こうか。確かメルの家は……これから行った先の町に転送陣があるから、それを使った方が早い。場所から考えるとそこまでの料金は高いが、まだ節約すれば俺達の手持ちの費用はその残りで何とかなるだろう。ただその転送費用は建て替え払いになるが構わないか?」
カイルが料金を後で請求するとメルに言うと、メルは屋敷に戻ればお金はあるからとうなづいたのだった。
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