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この世界のモフモフ事情にて

 この世界の人達は獣耳が生えているらしい。


「な、なんてことだ、何で私はそんな世界に……」

「あー、いや、でも耳がない異世界人の話を昔、聞いたことがあるな」

「! 本当ですか!」


 私は目の前の彼に迫り、問いかける。

 私としてはもしも夢か何かではなくこの世界に飛ばされてしまったのだと考えると、その話はどうしても聞いておかないといけない気がした。

 そこで目の前の狼耳な彼は、


「この世界には女子が少なくて、しかも子供が生まれにくい王族いて、そんな人々が行うのが異世界から“嫁”を召喚する方法だそうだ」

「……私……“嫁”」

「……特に異世界の耳なしの女は繁殖能力が高いらしい」


 そこで私はどんな顔をしていいのかわからなかった。

 勝手にお嫁さん候補として異世界に呼ばれてしまったのである。


「な、何て世界に私は呼び出されてしまったんだろう」

「あ、いや、でもその召喚主の所に行けば元の世界に戻してくれるかもしれないし」

「なんで!? その前に私……私……」

「え、えっと、ああ、でもその場合はきちんと同意を得てからにしないと、そういった薬を使っても子供は出来ないから。それに嫌だといえば別の人間を呼び出すだけだから大丈夫だぞ」

「ほ、本当?」

「本当だ」


 そう彼は優しく私に微笑んだ。

 一瞬魅入られてしまったが、多分気のせいだと私は思った。ただ、


「これから私、どうしたらいいんだろう。その召喚主の所までここからどれ位なのかな?」

「……1月はかかるな」

「そんなに! 何でこんな遠い場所に……」

「あー、それは……」

「それは?」


 そこで目の前の彼は口ごもってから私を見て、


「多分、ここに飛ばされる時に抵抗したから」

「抵抗……覚えていないけれどそうなのかな?」

「恐らくは。でもそうだな……連れて行ってやろうか? その召喚主の所に」

「いいの?」


 私はじっと彼を見つめると、彼は何かを必死で抑えるかのように空を仰ぎ見てから、


「どうせ行く宛もなかったし。いいぞ」

「本当! ありがとう」

「……素直に信じるのはよくないぞ。俺が悪い人だったらどうするんだ?」

「え? そ、そうだよね、うん。……えっと……」


 そう言われてしまうと確かにそうなのだが、かといって私は今一体誰に頼るべきなのだろうかと思う。

 しかも村のような人の住処も見当たらない雄大な森林の中の道。

 こんな場所で人に会えただけでも幸運だ。


 今から彼を無視してどこかに歩いて行ってもいのだけれど、ここの世界がどんな場所なのか全くわからない。

 下手をすると野生生物に……。


「どうした? 顔色が青いぞ? ……冗談だったが怖がらせすぎたか。子供をからかったのはいけなかったか」

「……私は18歳です。童顔だっただけです」

「お、同い年。これで?」

「……」


 無言でじっと見つめると彼は再び顔を背けて、少しぷるぷるしてから、


「ま、まあいい。それで、名前は?」

「私はたくみです」

「タクミか。手先が器用そうだ。俺はカイル、よろしく」

「よろしくお願いします」


 私もカイルにそう答え、手を握る。

 私よりも大きな手。と、


「それで、思い出したんだが異世界人にはこの世界に呼び出された時、特殊能力チートが手に入るらしいが、身に覚えがないか?」


 そう彼は私に問いかけてきたのだった。







 特殊能力チートと言われて私は一瞬、おおっ、と思ってしまった。

 だがすぐに、説明役などが全て不在なこの世界で、どうしろというのだと思った。


「私、自分の特殊能力チートが分からない」

「そうなのか? ……やはり普通にギルドに行かないと分からないか」


 そう言って呻くようにカイルが顎に手を当てて悩む仕草をする。

 そういえば追ってと言っていたが何か事情があるのだろうか?

 でもまだそこまで親しいわけでもないので、私は根掘り葉掘り聞くことが出来ない。


 どうしようと私が聞くのをためらっていると、


「ん? ギルドが何なのか分からないのか?」

「は、はい、そうです」


 私は誤解されたけれど、頷いておくことに。

 そもそもそのギルドが、私がゲームや漫画や小説で知っているような物と同一とは限らないからだ。

 するとカイルが、


「ギルドというのは冒険者ギルドの事だ。冒険者を一括で管理する営利企業、といった方が正しいか。そこに登録をして仕事を斡旋してもらう、そして仕事を受けて信頼が大きくなればより高い給金のいい仕事を提供してもらえる、といったシステムだ」

「へー、そうなんだ。私の世界のゲームなどに出てくるのと似ている気がする」」

「ゲーム?」

「映像付きの物語のようなものです」

「そんなものがあるのか。異世界はやはりこの世界と変わっているな。獣耳が無いし」


 いえ、普通獣耳は無いです、そう私は思ったが、この世界では当たり前なので黙った。

 そこでカイルが何かを考え始めて、


「ここは辺境の地だから、おそらくは俺に関しては大丈夫だろう。後は、タクミをそのギルドに連れて行ってギルドカードを作れば、その時、能力測定がされるから特殊能力もわかるだろう」

「そんな便利な方法が……でも珍しい能力だと、異世界から来たって気づかれたり……たり……」

「うーん、特殊能力はこの世界でも稀によくあるから、放っておかれる事がほとんどだな」


 稀によくあるといわれて、どっちですかと私は思いつつも、放っておかれるならまあいいかと私は思う。

 とりあえずはそこで測定してもらわない事には、どうにもならないらしい。

 そこでカイルがじっと私を見る。


「一番の問題は、獣耳が無い事だな」

「そ、そうだ、私、獣耳のカチューシャを持っています」

「獣耳のカチューシャ?」

「は、はい、偽物の獣耳のようなもので」

「……とりあえずつけてみろ」


 カイルに言われたので私は慌てて、自分の荷物を確認した。

 そして貰っても仕方がないなと思ったそれを取り出す。

 白い猫耳だ。


 後はこれを頭に装着する。


「ど、どうでしょう」

「……可愛い」

「え?」

「いや、これなら大丈夫だ。変わったアクセサリーだと思われるだけだろうし」

「本当ですか!? よかった……」


 そう私が安堵する。

 これで少なくとも異世界人と即座にバレる事態は避けられた。

 それからカイルと一緒に少し歩いていくと馬車が通りかかり、カイルが少量の銀貨のようなものを渡して、私達を町まで荷台に乗せて行ってもらえることになったのだった。






 荷台って、結構、ガタガタ揺れて車酔いする。

 どうにか町までは耐えたけれど、


「おい、タクミ、大丈夫か!」

「無理ぽ……」


 目の前が光り輝く世界が広がっている。

 意識がもうろうとする私の体がふわりと浮かび、馬車から降りていくな~とぼんやり思った。

 そこでカイルが送ってくれた荷馬車のおじさんに何かを貰っていて、


「ありがとうございます」

「いやいや、お大事に」


 といった話をしている。

 それからすぐそばにあったベンチに私は座らせられて、


「タクミ、口を開けろ」


 と言われたので私は口を開けると何かが口の中に放り込まれる。

 ふわりと、爽やかなミントのような香りがして、段々に意識が覚醒していく。


「……もぎゅ、ご、ごめん、私……」

「いや、ああいった馬車は酔いが激しいから、よくある。でも大丈夫そうでよかった」

「ごくん。ありがとう。でも、今のは?」

「酔い覚ましの“レトの葉”だ。菓子にもよく使われる、そこら辺にも生えている薬草……というよりは雑草に近い植物だ」

「そうなんだ。荷馬車のおじさんがくれたのかな」

「そうだ。タクミが可愛いからかもな」

「……可愛い……でもどうせなら美人て言われたい」


 可愛いという言葉にコンプレックスのある私は、そう呟くとカイルに小さく笑われてしまった。

 酷いと思ったものの、こうやって連れてきてくれているだけでもありがたいので私は黙った。と、


「どうする? 先に何かを食べていくか? お昼にはまだ早いが……それとも先にギルドに行くか?」

「ギルドがいい。私の力を早く知りたいよ。なんとなくこの世界って魔物とかもいそうだし」

「ああそうだな。魔物もいるから、能力を知った方が良さそうだ。でないと戦えないが……」


 そこでカイルが私を上から下まで見た。

 じろじろと見られて品定めをされている気もしたが、そこでカイルが、


「タクミは何か武術の経験は?」

「特にないです」

「……後で素人でも扱えそうな武器を探そう。魔法使いとしての才能が高ければ問題ないしな。簡単な魔法は短い呪文と杖があれば誰でも使えるし」

「私、魔法使いデビューだ!」


 そう思うとそれはそれで魅力的だ。

 ゲームなどを見て一度でいいから魔法を使ってみたいと思った人間は、そこそこいるだろうし、その中の一人が私だ。

 楽しみだと思って歩いていくとそこで、犬耳の少年が、家庭用のペットの犬のようなものを抱きしめて幸せそうにしている。


 この世界には獣人以外にもペットの犬がいるのか……と私は見ていると、


「仲睦まじい恋人同士だな」

「え?」

「……ああ、俺達は、ああいった小型の動物に変身できるんだ。“獣化”と言ってその昔は戦闘能力強化の意味もあったが平和な時代が続いたせいか、段々に能力が退化して今は、あれくらいの大きさの動物になって恋人にモフモフ撫でられるのが主流になっている」

「そうなんだ……カイルもあんな感じになるのかな?」

「いや、俺は古い時代の能力を残しているのもあって、“獣化”すると大きくなるからタクミには抱きしめられないな」

「そうなんだ、残念」


 私も小さなモフモフになったカイルを抱きしめられたらなと思ったけれど無理らしい。

 残念だなと思っているとそこで大きな赤いレンガの建物が見えてくる。


「ここが冒険者ギルドだ」

「そうなんだ……あ、文字が読める」

「そうなのか? よかった。名前は書けそうか?」

「だ、ダメなら教えて欲しい」

「分かった」


 そうカイルと話しながらその、少しだけ楽しみだった冒険者ギルドの入り口をくぐる。

 中は食堂というか酒場のようになっていてそこで、


「お前のようなお子様が、この冒険者ギルドに何の用だ!」


 そう、私と同じ背丈で同い年ぐらいの猫耳美少女に私は、喧嘩を売られたのだった。






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