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カイルの秘密

 逃げていくタクミを見て、カイルは今更ながら何で聞いてしまったのだと思った。


「……もう少し我慢できなかったのか? 俺は。いや、無理だ」


 自問自答して、カイルは深々とため息をつく。

 目の前でレイト達が仲睦まじい様子でいるのも含めて、そして……。


「もうすぐ城に戻るから、なんだろうな。随分と俺は“臆病”だ」


 そう深々とため息をつく。

 つかざる負えない。

 だってカイルは、タクミがこの世界に来る“原因”になった存在だからだ。


 別の目的があるといっても、きっかけはおそらくはそれだ。

 しかもカイルは、やや一目惚れに近い形でタクミが気に入っていて、更に一緒に居るうちに惚れこんでしまったのだ。

 あの能力も魅力的だが、それの重要性にも気づいているのかいないのか。


 けれど気づいていたとしてもあんな風に、自身の能力を使い手伝ったりするかしないかには関係ないだろう。

 それはタクミの性格による。

 しかも頭を撫でると幸せそうな顔をするし、俺は誘われているのかと思ったくらいだと、カイルは思う。


 そもそもこの世界の事に疎いタクミに、カイルの獣耳を触らせたりしたのも……すべてカイルの欲望によるものだ。

 ずっと狙っていた。

 出会った時からずっと。


 召喚した彼らの思惑に乗るのが悔しいというのもあって、そしてタクミがもとの世界に帰りたがっているのも知っていたから、黙っていた。

 でもタクミも俺に心を許してくれている気がして、そしてほかにもいくつか黙っている事実がカイルの重責になっていて、つい、告白してしまったのだ。

 否、カイル自身がもう抑えきれない感情に、押しつぶされそうだったからなのかもしれない。


「でも完全に否定はできないみたいだったな。これからもお友達でいてね、みたいな答えでなかったのは、期待していいのか?」


 我ながら未練がましいと思ってカイルはそう呟く。

 それでもタクミが自分からカイルを選んでほしいという気持ちが、カイルの中で強い。

 そこで、奇妙な魔力をカイルは感知する。


 王族特有の転移魔法、それが発動する気配だ。

 なんで? どうしてこんな場所で?


「胸騒ぎがする。……あそこは、さっきタクミが走っていった……! まさか!」


 カイルは元来た道を走りだす。

 ただの気のせいであってほしい、そう思って進むとそこでカイルは見つける。

 タクミのはいていた靴が片方、道端に落ちていることに。


 それを拾い上げて、わずかに空間転移した魔力の残渣を見て取る。

 その気配から、それがどの種族なのかにカイルは気づく。


「どうして、竜族が? いや、それよりもタクミが無事かを確認しないと」

 

 たまたまあそこに靴の片方を落としただけかもしれない。

 そんな希望的観測を持ちながらカイルは、宿へと急いだのだった。








 私は、目を覚ました。

 どうやらふかふかのベッドの上らしい。

 いつの間に宿に戻って来たのだろうと思って瞼を開くと、天蓋が見えた。

 

 あの、お姫様の眠っているベッドにかかっている、透き通ったものなどの布である。

 このベッドにはそれがあった。


「な、何ここ。なんで私……そういえば意識を失う前に声を聞いたような」


 そう私が呟いた所で、誰かがこの部屋にやって来たのだった。







 入ってきたその人物。

 人のような姿をしている彼女だが、私には見覚えがあった。


「貴方は、確か以前馬車がぶつかった時の……」

「覚えていてもらえましたか」


 嬉しそうに目の前の彼女は言う。

 確か竜族の人で、メルの家の馬車とぶつかって大変なことになっていたはずだ。

 その人がどうして今ここに?


 というか彼女が私をここに連れてきたのだろうか? 

 そもそも私をここに連れてきてどうするつもりなのだろう?

 そう私が不安を抱き、何も言えずにいるとそこで、


「いきなり連れてきて申し訳ありません。ですがどうしても私は貴方が欲しかったのです」

「え?」


 突然、私が欲しかったんだという彼。

 何の話だ、そもそも彼女は女で私も女で……。

 その話を聞いて私は震えてしまう。


 カイル達はどこだろう?

 そもそもここが何処なのか分からないから、カイルのいる場所が分からない。

 逃げ出しても、何処に行けばいいのだろう。


 だから私は震える声で目の前の人物に、


「ぼ、私をカイル達の所に帰してください」

「ん? それはあの銀色狼の獣人達の所かな?」

「は、はい……」


 誘拐した人物が、素直に元の場所に連れて言ってくれるとは思えないが、言うだけ私は言ってみた。

 それに目の前の竜の人が、


「申し訳ありませんが今は無理ですね」

「今は、ですか?」

「ええ、実は貴方のお力を貸していただきたいと思って、我々はこういった形になってしまいましたが、この場に貴方をお連れしたのです」

「私の……力?」


 それは私の、“鑑定スキル”の事を言っているのだろうか?

 だがそれを聞いて私は、この人に会った時に、


「確か、『それで、先ほどの“鑑定スキル”は素晴らしいものでした。ぜひ我が国にいらっしゃいませんか?』と言っていましたよね?」

「はい、実は貴方のその力を他の方に話した所、その力を使えば何とかなるのでは、という話になりまして」

「? そうなのですか?」

「はい。そしてその……色々と急ぐ面もありまして、ご一緒に居る方々は貴方をこちらに連れてくる“障害”になるかと思いこのような事に」


 どうやら急ぎの用であったために私を攫ったという事らしい。

 でもそうきいてしまうと、


「カイル達、私が居なくなって心配しているはずだから連絡だけ取りたい」

「そうですか? では我々の方から、“説明”をしに人を送りましょう」

「そうなのですか?」

「ええ。但し我々に力を貸していただけるなら、という条件付きですが」


 そう答える竜の人。

 でも私は、この人を信じていいのだろうかと迷ってしまう。

 だっていきなり話し合いをせずにこんな場所に連れてきたのだ。


 私の不安はもっともなはずなのだ。

 そこで目の前の竜の人が私をじっと見つめる。

 その視線が何処か、カイルが私を見つめているそれと重なる気がする。


 本当に。

 本当に、私の能力だけが目的なのだろうか?

 何か嘘があるのでは?

 そんな不安を覚えるけれどそこで竜の人が、


「おや、靴が片方ありませんね。こちらに連れてくるときに落としたのでしょうか?」

「本当だ。どうしよう……」

「では新しい靴は用意させていただきましょう。それで、お力を貸していただけないでしょうか?」

「それは私に出来る事ですか?」

「ええ。我々は貴方に“ある物”を鑑定していただきたいのです」


 そう目の前の竜の人は私に告げたのだった。





 カイルは、部屋のドアを開けるなりレイトに、


「タクミは戻ってきているか!」


 その問いかけに、丁度メルを押し倒そうとしていたレイトが恨めしそうに、


「もう少しで押し倒せた所で何か御用ですか? カイル」

「タクミはやはりいないのか」

「? 湖に二人っきりで行ったのでは?」

「……攫われたかもしれない」


 ポツリと呟いた言葉にレイトが目を細めて、


「どうしてそう思われたのですか?」

「タクミと少し話をしていて、タクミだけが先に走って宿に戻ったはずなのに、途中の道でタクミの靴が片方落ちていた」

「なるほど。確かに靴を片方落としていなくなるのは妙ですね。ですがそれではタクミはどこかに逃げたということになって、森のなかにはいった……いえ、そこまでタクミが無謀というのも妙ですね。逃げるなら、我々の宿かカイルのいる場所に逃げたほうがよほど安全だとすると……その場から、“転移”した?」


 ふとレイトが呟いた言葉に、押し倒されていたメルが大きく目を開かせて、


「“転移”って道具やら設備やら魔法が複雑で強い力がないといけなくて、王族じゃないと使えないような特別な魔法じゃないか。……まさかその王族が!」


 メルが総衝撃を受けたように話しているがその様子を見て、メルとかいるが顔を見合わせて、吹き出した。

 メルはどうして笑われているのか分からず目を瞬かせて次にレイトを睨みつけて、


「何で私を笑うんだ」

「いえ、そういえば話していなかったなと」

「何が! あっ、み、耳は止めっ……」


 そこで獣耳にレイトがキスをしてビクンとメルが体を震わせて、頬を赤らめる。

 このまま続きにはいってしまいそうだと感じたカイルが、


「レイト、今は緊急事態だ」

「……私としたことがメルの可愛さに惑わされてしまいました。……それでカイル様、そのタクミの靴には魔力の残渣がありませんでしたか?」

「竜族の、転移の魔力をかすかに感じた。だが何処に逃げたのかは遠すぎてわからない」

「なるほど……ふむ。ですか竜族の気配で転移能力を持つ王族……。これは一度城に戻って、直接交渉するしかなさそうですね。王族からの問いかけともなれば、あちらも答えないというわけにもいかないでしょう」


 そういった話をしているとそこでメルが、


「な、なんだか今の話を聞いていると、王族と直接話せるように聞こえたのだけれど」

「どうしますか? カイル」

「……どうせ知られるのならもうここで話したほうがいいか。俺は、銀狼の国、フェンリルの第一王子、カイルだ」


 メルが沈黙してレイトを見上げて次にカイルを見て再びレイトを見上げ、


「本当?」

「本当ですね。でもメルの驚いた顔は可愛いですね」

「な、何を言って、や、やめっ、耳は……」


 小さく震えながら耳にレイトがキスをして感じさせられるメル。

 その仲の良さげな様子を羨ましいとカイルは思う。

 同時に絶対にタクミを取り戻してやると決める。

 誰にも渡さない。


「タクミは俺のものだ」


 そう小さくカイルは呟いたのだった。


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