あの“マタタビ森草”のお酒
こうして私達は、リーフィアの様子を集団で見に行くことになったのですが、ミストフィアの手をエルダ伯爵が握るとミストフィアが焦ったように、
「な、なんでこんな」
「恋人同士だから構わないでしょう?」
「う、うぐ……うう」
ミストフィアが呻いて、恥ずかしかったらしく顔を下に向けるように猫耳が垂れている。
く、生の獣耳が……と思いつつ、カイルの耳を見ると、表情は普通だが狼耳が嬉しそうに動いていて尻尾もそこはかとなく揺れている。
何だろう、いつまでも見ていたいような触れたいような。
と、それに気づいた私にカイルが、
「どうした? タクミ」
「え、えっと、カイルの耳が動いていて可愛いから触りたいなって」
だがその私の言葉で皆が動きを止めて、じっと私を見ている。
私達の目の前で手を繋いでいるミストフィアとエルダ伯爵まで、私を真顔で見ている。
私は首をかしげているとそこで案内をしているスウィンが、
「少々前から気になっていたのですが、お二人は恋人同士なのですか?」
「? 違います。それがどうかしたのですか?」
「……なるほど」
何がなるほどなのかは分からないが、納得されてしまった。
さて、こうして私達はリーフィアのいる部屋にやってくる。
こんこんと叩いてからスウィンが、
「リーフィア様、スウィンです。皆さまをお連れしました」
「はーい」
明るいリーフィアの声がして、スウィンが部屋のドアを開くとふわりと花の香りがした。
見ると部屋の端のように白いユリのような花が飾られている。
甘く優しい香り。
そう私が思っているとリーフィアがベッドから起き上がり、
「ミストフィア姉様はその様子だと、無事くっついたいみたいだね」
「リ、リーフィア」
「スウィンから色々話を聞いていたから協力したのだけれど、上手くいったみたいだね」
「な、べ、別に私は……」
「だって前から姉様、エルダ伯爵が来るとなると身だしなみをいつも以上に気にしていたりそわそわしていたし。そして会った後はしょげていたし」
「……」
ミストフィアはそれ以上何も言えないようで、沈黙した。
どうやらこの三姉妹の中で一番純真そうに見えて、リーフィアはなかなかの曲者であるらしい。
そうしているとスウィンが、
「リーフィア様、お加減はいかがですか?」
「今日は楽だよ。やっぱりスウィンの持ってきてくれた癒しの花の香りが効いているのかな?」
「もしそうでしたら手に入れたかいがありました」
珍しくスウィンが心からのような笑顔を浮かべる。
そしてそれに嬉しそうに頬を染めるリーフィア。
こ、これは……と私が思っていると、そこでその様子を見ていたミストフィアがエルダ伯爵に、
「そういえばこのスウィンは何者だ? 私は会ったことが無いぞ!」
「彼は父の……俺の母が俺を生んですぐに亡くなった後に、一時期お世話をしに来てくれていた乳母の息子です。彼の母親自体が俺にとっては育ての母だったのですが、それで父とそういった関係に妹が生まれ、それがスウィンなのです」
「だが屋敷では見かけなかったぞ」
「ええ、その乳母だった彼女は、亡くなった俺の母が命の恩人であったらしく、後継者争いに参加したくないとの事で、秘匿されたままでしたから。もっとも育ての母という事もあり俺もよくスウィンの家に出入りしていて、兄弟仲は良かったのですよ」
そう告げたエルダ伯爵にスウィンが、
「兄さんが言う通りです。ですが今回の件は、兄さんのあまりの不甲斐なさに私もそろそろ協力しないと何かしでかしそうだと思いまして、このような形になりました」
「……スウィン」
「兄さんが監禁部屋の作り方を調べ始めた時は、なんで一人でこじれているのだろうと思いましたが、結果的に私もリーフィア様に出会えてよかったと思います」
どうやらエルダ伯爵が新たにやらかしそうになっていたので、スウィンが止めに入り、屋敷に潜入してリーフィアと恋に落ちたらしい。
出会いはどこに転がっているか分からないものだと思いながら、そこはかとなく顔を青くしているミストフィアとエルダ伯爵を私は見たのだった。
こうしてこじれた二人の恋愛模様は、丸く収まった……かのように見えた。
だがそこで、はっとしたようにミストフィアが、
「だが私は公爵家を継がなければならない! そうすると、エルダ伯爵、お前が私の所に“嫁”に来ることになるな! お前に耳と同じ色の純白のドレスを用意してやろう!」
「何を言っている。ミストフィア、お前が嫁に来るんだ。リーフィアを治すための材料が必要なのだろう?」
「ふ、残念だったな。既に幾つもの材料は私の手中にある。それは交換条件としては使えないな」
「そうですか、残念です。監禁した時に着せようと思っていたドレスやアクセサリーが大量にあるのですがね。ミストフィアにとても似合いそうなものばかりを選んだのですが」
「な、な……何でそんなものを」
「いえ、スウィンに、『監禁部屋を作ろうなどという事を考える暇があるのでしたら、ミストフィア様を“嫁”にした後どんな格好をさせたりしたいのかを考えていてください』と言われたのでドレスなどを購入して妄想していた」
「……一つ聞いていいか?」
「何でしょう」
「妄想は着せ替えだけか?」
「……」
そこでエルダ伯爵が沈黙する。
つまり沈黙という名の肯定で、エルダ伯爵の中でミストフィアは、あれでそれであーんな感じになっているらしい。
さっとミストフィアから視線をそらしたエルダ伯爵と、彼の肩をつかみながら涙目でミストフィアが何を妄想した! と問い詰めているが絶対にエルダ伯爵は口を割ろうとはしなかった。
もうこの人たち二人っきりで、夫婦漫才でもやっていればいいんじゃないかという光景を私は目撃していたが、そこでカイルが、
「花嫁衣裳、か」
「? どうかしたの?」
「いや、可愛いタクミが着たら、それは言葉では表せられない可愛さを醸し出すだろうなと」
「い、今、私で妄想しなかった?」
「……そのままあられもない格好に……といった事は考えていないから安心しろ。なんとなく似合いそうだなと思っただけだから」
「う、うん」
冗談だと分かっているけれどドキドキしてしまった私。
何でそう思ってしまうのか私自身よく分からないが。
そこで砂糖でも今にも吐き出しそうな気持悪そうな顔でメルが私を見て、
「……もういい、これ以上は突っ込むのはよそう。そしてそこ、リーフィアと楽しそうに談笑している執事、スウィン。お前も姉さん達のこの話が横にそれているのを止めろ」
「いえ、とばっちりは面倒くさいですから私も逃げようかなと」
「……気持ちは分かるが、そもそもこんな無駄なことをやるよりも早くリーフィアの病気を治すのが先だろう?」
「そうでした。ついリーフィア様が目の前にいると思うと、それだけで私としたことが、リーフィア様で頭がいっぱいになってしまいました」
「よし、この中で一番しっかりしているであろう私が、取り仕切ってやる。まずは、タクミ!」
そこで私がメルに名前を呼ばれて、それから再びリーフィアのステータスから薬の作り方を確認して、ミストフィアに、
「手に入りそうになかったもう一つは見つかったのですか?」
「ああ、タクミの“鑑定スキル”で示された場所に向かってすぐに見つかったそうだ」
「よし、後は薬を作るだけです。リーフィア、屋敷に帰ろう!」
といった話をメルがしているとそこでスウィンが、
「作り方には、この屋敷にある鍋“ナナカマドナ”が必要だったはずですが、そちらは読んでいらっしゃらないのですか?」
「え?」
メルが慌てたように、薬の作り方を見て……それから、このエルダ伯爵の屋敷で、薬を作ることになったのだった。
それから急いでミストフィアが屋敷に材料を取りに向かった。
貴重とはいえ購入できるものはすでに手に入れられていたらしく、それらをエルダ伯爵の屋敷にすぐさま持ってきて、鍋“ナナカマドナ”に入れる。
この鍋“ナナカマドナ”は、このエルダ伯爵の領地内で採れる“レアウラの鉱石”というものから作られる魔法の道具で、この鍋で作られた料理は非常においしいので有名らしい。
ただ貴重な金属なので、あまり出回っておらず、伝説の鍋と呼ばれているらしい。
けれどこの貴重な金属は武器にしても強力なものが出来、この武器は表面にこの金属で周りを包み込むだけでも魔法を纏いやすくなるため、主にこの用途に使われることが多い。
だから少量でも高値で取引される、そんなものであるらしい。
というわけで伝説の鍋を取り出してきたエルダ伯爵のおかげで何とか薬を作れた私達。
一部残った“マタタビ森草”はお酒につけて、他に果物や香辛料を入れて貴重なマタタビ酒にするらしい。
何でも作って数時間で飲めるそうだ。
薬が上手く効いたら、お祝いをしましょう、という事で私達はリーフィアにその……夏場の川のように濁った怪しい色の飲み物をリーフィアにもっていく。
無臭なのは良かったが、不安だけが付きまとう。
そしてその薬をリーフィアに飲ませると、リーフィアの猫耳が淡く白く光ると……。
「あれ、体が軽い?」
「リーフィア、どうですか?」
「えっと、体の重みや痛みがまるで無くなってしまいました。もう一人で自由に歩けるかも?」
「まさか、そんな即効性があるのですか?!」
驚いたようなミストフィアだが、そこでリーフィアがベッドから降りる。
そして靴を履いて、床を歩いていく。
私が見ている範囲では普通だった。と、
「動けた。普通に動ける!」
「リーフィア、やったね」
「リーフィア、よかったです!」
嬉しそうに、リーフィアの二人の姉達がリーフィアに抱きついている。
仲の良い姉妹の様子に、私がほのぼのしていると私の後ろでエルダ伯爵が、
「では、お祝いの準備をしよう。スウィン」
「はい、あのお酒も美味しくなっている頃でしょう」
といった話をしていたのだった。
リーフィアの病気が治った歓迎会は、結構盛大に行われた。
元々ミストフィアが来た時に歓迎しようとしてエルダ伯爵が準備していたのもあって、こうなったらしい。
だが中央に置かれたケーキを見てミストフィアが、
「……エルダ伯爵。ここにあるのはウェディングケーキのように見えるが」
「……」
都合が悪くなったらしいエルダ伯爵が沈黙し、ミストフィアが問い詰めていたりした。
そしてメルは、あの“マタタビ森草”のお酒を飲んで、
「今日という今日こそは、どちらが格好いいかを決めてやる。真に格好いいのは私だ! タクミ、決闘を申し込む!」
「訳が分からないよ!」
といった展開があったが、その後すぐにレイトに挑発されてどこかに行ってしまった。
助かったと思いつつ、“マタタビ森草”のお酒を少し味見した私も、そのお酒のグラスを片手にテラスに向かう。
夜風が涼しくて、熱くなった頬がひんやりとする。と、
「タクミ、どうした?」
カイルがやって来たのだった。
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