どうやらこの勝負は
変な顔になったメルが、正解といったエルダ伯爵を見て、次に私を見て、
「今幻聴が聞こえた気がするし、タクミも変なことを言っていた気がする」
「いや、多分気のせいじゃなくて、ミストフィアがそこにいるエルダ伯爵が好きなのだと思う」
私がそう告げると、変な顔のままのメルが、
「でも昔から皮肉の応酬で、お互いに取っ組み合いの喧嘩はするわ、次は倒してやるとか今日は勝利したとか、楽しそうに姉さんが言って……でもそういえば風邪の時はお見舞いに行ったりしていたな。ライバルの無様な姿は見たくないとか言って。そしてそこにいる鬼畜エルダ伯爵は、無様な姿を見に来ましたと言って、姉さんの大好物の“マルーンの実”を持ってきて……ん? 何で仲が悪いのに、お見舞いに……」
口に出して色々と考えてメルは呆然としたように天井を見上げた。
次にメルはエルダ伯爵に、
「それで私達を誘拐してどうするつもりだと?」
「俺はミストフィアが欲しいのです。ミストフィアには拒まれ、ですが公爵家の長女という立場上、手にはいらないのが気に入りませんでしたが、ならば別の手段を講じるまでと思っただけです。最も全て失敗して貴方を誘拐する方法しか残されていませんでしたが」
「私を誘拐してどうする気だ」
「貴方の身柄と引き換えに、嫁に来ていただこうかと。今回はリーフィアも連れて来ましたし」
「そうだ、リーフィアはまさか私達のような部屋に転がされて……」
「いえ、ベッドで眠って頂いています。本当は貴方方もそうする予定だったのですが、急な商談で客室が空いておらず、今、用意をしている最中なのですよ」
肩をすくめるエルダ伯爵。
一応は今の話を聞いている範囲では、私達は大丈夫そうだ。
危険なことにならなくて良かったと思うと同時に、これからどうしようかと考えていると……ぽとん、と何かが私の頭に落ちてきた。
実は私は虫が苦手なのだけれど、今なにか小さいものが落ちてきた。
「あ、頭に何かが」
「蜘蛛みたいだね。あ、耳の方を歩いてる」
「と、取って、メル」
私がメルにお願いすると、メルがしかたがないなと言って私の偽猫耳に触れる。
ちょっと力の加減を誤ったのか猫耳カチューシャがスポッと私の頭から外れた。
すぐに蜘蛛を払い、メルは私の猫耳カチューシャを戻し、
「よし、これで大丈夫」
「ありがとう、メル……あれ?」
そこで私は真顔になって私を見つめるエルダ伯爵とスウィンに気づいた。
食い入るように私を見つめているエルダ伯爵が、
「スウィン、今、メルでない方の人物の猫耳が取れた気がしたが」
「はい兄様、耳が取れました」
そこで沈黙して、スウィンが私の前にやってくる。
「え?」
「少し確認させて頂きます」
「ふえ?」
そこで私は頭を触られる。
軽く叩かれたりしたが、銅だろうと思っているとスウィンが離れていった。
「耳がありません」
「……」
エルダ伯爵の顔色がさっと青くなった。
「……まさか、お前は銀狼の国フェンリルが召喚した“神子”か?」
「え、えっと、そうらしいです?」
「な、何てことだ、計画が狂う! そもそも異世界人はあの国の王族に愛されやすい性質があて、手を出したなら恐ろしい制裁が過去に何度も……スウィン、急いでこの異世界人だけ屋敷に戻すぞ!」
私は新たな情報を得つつ、無事元の世界に戻してもらえるのかさらに不安に思っていたがそこで、爆音とともに屋敷が振動するのを感じたのだった。
屋敷響いた轟音。
エルダ伯爵が、青い顔をして凍りついている。
なのに耳かピコピコ動いているのは周りの音に、注意を払っているからなのか……。
そこで何かを言い争う声が下の方で聞こえる。
離れているために何を言っているのかはよく聞こえないが、どうやら一人を外の二人が止めているようだ。
すると、下の方で何かが光ったらしいことが外に開けた穴から分かった。
同時に風が上の方に吹き、
「ぎゃあああああ」
と言った何者かの悲鳴が聞こえる。
どこかで聞き覚えのある悲鳴が聞こえたとともに3つの人影が先ほど私の目に現れる。
それは私の見知った人物で、
「カイル!」
降り立ったその人物に抱きつくと嬉しそうに、私の頭を撫でたのだった。
こうして私達が囚われた場所に来たものの、そこでレイトの脇に抱えられる様にしてここに現れた、涙目のミストフィアが、
「こ。こんな突然飛ばされるなんて。普通に屋敷の入り口を壊して潜入すればいいのに」
「そうするとなんの関係もない使用人達を巻き込むことになるでしょう。そもそも貴方がもう少し前に素直になっていればこんなことにはなっていなかったでしょう。カイルが激怒しているのを抑える私の身にもなってください」
「う、それは」
「しかも、もう少し穏便に済ます予定がなんでいきなり屋敷に攻撃になったのですか?」
「……屋敷を見たらついイラッとして」
「……メルの姉だということがよくわかりました」
そこで引き合いに出されたメルが怒ったようにレイトに、
「レイト、私はそんな無茶はしないぞ」
「……以前、マタタビ酒を飲んだ時に何があったのか、もう忘れたのですか?」
「あ、あれはたまたまで……」
「他にもあった出来事を、詳細に今ここで、お姉様のいる前でお話してもいいのですよ?」
「……にゃーん」
メルは自分が不利になったと確信したらしく、にゃーん、と猫のような鳴き声を上げて誤魔化した。
けれどすぐにレイトはメルの頭を撫でて、
「心配しましたよ?」
「……うん。でも来てくれて嬉しい」
珍しく素直なメル。
それにレイトがギュッとメルを抱きしめてミストフィアが引きはがそうか、それとも見守ろうか葛藤しているようだった。
そこで再び私はカイルに頭を撫でられて、
「可愛い可愛い。また洗脳をしておかないと」
「う、うう……うにゃ」
「でもタクミが無事でよかった。危なくこの屋敷ごと消滅させて他にも色々と制裁を……ではなく、いや、怒りのあまりに暴走しかけていたが、ミストフィアの話を聞いているうちに段々と、全ての原因が彼にあるのが分かって、毒気が抜かれてしまった」
「あ、はい……そうですか。こちらもエルダ伯爵の話を聞いていたら、そういう事らしくて」
「そうか。だが勝手にこじれる分には問題ないが、他人を巻き添えにするのは良くない。俺だってタクミが攫われたと聞いて……頭が怒りでどうにかなりそうだった」
そう言ってカイルが私を抱きしめる。
凄く心配をかけてしまったらしい。
申し訳ない気持ちになりながらも助けに来てくれたことと、私が攫われて怒ってくれたことが、カイルが私を大切に思ってくれているのが“嬉しい”と感じてしまったのだった。
こうしてカイルと一緒に居られて嬉しいなと思っていた私は、何かを忘れているような気がした。
何だったっけ、と思って私は思い出した。
「そういえば異世界から召喚された異世界人て、王族に気に入られやすいらしいんだけれど、私、無事元の世界に帰してもらえるのかな?」
その問いかけに抱きついていたカイルの私の頭を撫でる手が少し止まってから、
「……ああ、それは心配しなくていい」
「でも出会った瞬間に一目惚れされるらしいんだけど、それでも帰して貰えるのかな?」
「……大丈夫だろう」
カイルの声がどことなく弱々しい。
しかもカイルの尻尾が気落ちしたように垂れている。
更にカイルの後ろにいるミストフィアの表情が、嘘をつけと言っている顔な気がする。
どうやら私は疑心暗鬼になっているらしい。
でも元の世界に戻れたとして、
「でも元の世界に戻ったらもうカイル達と会えないのかな?」
「それなら、望めばいつでも行ったり来たり出来るぞ。タクミが望むなら」
「本当! じゃあお城に言った後もカイルと一緒に居たりできるんだね!」
私がうれしくなりながらそう答えると、カイルも嬉しそうに尻尾を揺らす。
私と二度と会えないと思ってカイルも悲しかったのだろう。
そして私も、カイルとは私が望んだ時に会えるのならそれでいいなと思った。
そこでミストフィアが、執事をやっていたスウィンに食って掛かった。
「お前、スウィン。よくも私の妹のリーフィアを……」
「ちなみにミストフィア様と姉のエルダ伯爵のこじれ具合について、リーフィア様にお話ししましたら、快く協力して頂けました」
「……」
沈黙するミストフィア。
どうやらリーフィアは、自分からついてきていたらしい。
そこでエルダ伯爵がミストフィアに、
「そもそもミストフィアが素直に俺に屈していれば良かったのに。強情を張るからこのような手段を取らざる負えなかったではないですか」
「な! そ、そもそも、こんな回りくどく脅すような金で縛ろうとするような行動をして……これだから成金は、と陰口を叩かれていたのを知らないのですか!?」
「……まさかそれが理由で?」
「……別にそういうわけでは。そ、そもそも感情をお金という対価で支払うのが間違っているからであって……だ、大体、もう少し普通に口説いて私の信頼を得ようとは思わなかったのか!?」
「今までの経験上、その方法では普通に皮肉の応酬になると俺は分かっていましたからね。思い当りませんか?」
「なるほど」
そこでミストフィアは納得してしまったらしい。
この息の合った会話に、この二人の関係は何故ここまでこじれたのかという気が私はしないでもなかったがそこで、
「だ、だが、もう少し穏便に私を口説くとか、そういった事は考えなかったのか?!」
「考えて諦めました。どんな手段を取ろうとも、ミストフィアが手に入ればそれでいいと俺は思っただけです」
「う、うぐ。でも、普通の口説き方でも……」
「北風と太陽の話をミストフィアは知らないのですか? 風は服を吹き飛ばして脱がせたけれど、太陽は暑くしたら布を体に巻いてしまった。つまり、ごり押しでもいいので奪ってしまえば勝利なのです」
言い切ったエルダ伯爵に、私の知っている話と違う! とその寓話について私が思ったのはいいとして、ミストフィアが悔しそうにエルダ伯爵を睨み付け、
「く、認めてやろう、私もお前が好きだと。そしてお前も私が好きなんだろう!」
「はい」
「……」
エルダ伯爵が微笑みながらうな頷いた処でミストフィアは、それ以上何も言えなくなったようだった。
どうやらこの勝負は、エルダ伯爵の勝ちであるらしい。
そこで経緯を見守り、全てがどうでも良くなったようなメルが、
「そういえば、リーフィアの様子を知りたいから案内してほしい、スウィン」
そう、メルがスウィンにお願いしたのだった。
評価、ブックマークありがとうございます。評価、ブックマークは作者のやる気につながっております。気に入りましたら、よろしくお願いいたします。




