金、権力に用はない
静かな屋敷に入っていったカイルとレイト。
先ほどタクミの力で確認し他の場所に向かう。
人数が少ないので一つの階ごとに見る必要が無いのは好都合だった。ただ、
「幾つかの場所で人が集まっているように見えましたね」
「そうだな。ただ、自由に動き回れるかどうかは別だが」
「ですね。さて、カイル様は一応は私の後ろでお願い致しますね」
そう告げたレイトにカイルが言い返そうとするが、
「よろしいのですか? あまり我儘を仰るなら、私も私一人だけではカイル様をお守りできないと判断しますが」
「……すぐに呼べる道具も用意済みか」
「もちろんです。あ、転移して逃げようとしたなら、タクミ様だけ先に城に連れて行って、それなりの“教育”を施すことになりますが」
「……タクミは元の世界に戻す」
「それがそういうわけにもいかないのです。今回の召喚には、この世界の“神子”を召喚する意味合いもありますので」
それを聞いたカイルが眉を寄せる。
「そんな話、俺は聞いていないぞ。だがそういえば最近、これまでに見たことのない大地の律動や空の輝きがあったと聞くが……」
「その変化への対抗も兼ねているのです。ですのでそう簡単にはタクミを元の世界に戻せませんね」
「……だが、約束はした」
「そうなればカイル様が一緒に行ってあげるべきですね。タクミと約束したのは、カイル様なのですから。その状態を維持したいのであれば、御身をもう少し大事にしていただけると私としても嬉しいですね。……こう言ってはなんですが、無事カイル様に、無傷の状態で私は出会えて安堵しているのですよ。あの書き置きを見た瞬間の焦燥感はいまだに忘れられません」
そう告げた目の前のレイトに、カイルは今更ながらこの乳兄弟で幼馴染のレイトが、自身をとても心配していたのだと気づいた。
あまりにもいつも通りだったので気付かなかったが。
レイトの方が世間慣れしているのだろうとカイルは思いながらも、
「だが俺は、あんなに連日相手を探せと言われるのに辟易してしまった」
「そうですね。おかげでそれも兼ねて、“神子”兼“恋人”召喚という形になりましたからね。召喚がそんなに簡単にできないのもあり、そういった形になりましたが、やはり異世界からの転移者の能力は凄まじいですね」
「しかも自覚がないしな。タクミは……俺が側にいないと」
「そのまま奪ってしまっても良いのでは?」
「……」
黙ってしまったカイルを見ながらレイトは、相変わらずカイルは“優しい”と思う。
本人は否定するが、幼馴染として昔から見ているのだから間違いないというのに。
ただ本人の前でそれを言うととても嫌そうな顔をされるので、言わないが。
そうしているうちにある部屋にやってくる。
ドアからカイルを離れさせてレイトがそっとドアノブに触れる。
ここには魔法の気配はない。
ドアを開けると中には縛られた男達が数名。
予想内の状況を確認してから縄をほどいていく。
それから他の階も見て回り縄で縛られた使用人を助けだす。
全員が何か飲み物を飲んで、眠らされてしまったらしい。
最後にやってきたのはミストフィアの部屋だった。
カイルがその部屋にたどり着いて、
「ここで全部か?」
「そうですね。特に罠らしい罠もなく、何のつもりでこんなことをしたのか。……ここも大丈夫そうなので開きます」
そう言ってレイトがドアを開くとそこに転がっていたのは、ミストフィアだった。
カイル達を見るとムームー言って騒いでいる。
よく見ると力が封じられているようだった。
とりあえずは、その縄や猿ぐつわを取ると、ミストフィアが、
「スウィン、あいつは何処ですか! あいつが、私を裏切ったんだ!」
そう叫んだのだった。
揺さぶられる。
しかしこの眠りのよな微睡みから我を目覚め刺そうとするのは何者だ……にゃぁ~、と私は思った。
「我が眠……りを妨げし……者には罰……」
「寝ぼけている場合じゃないよ! タクミ! 起きて!」
そこで私はメルに体を揺さぶられる。
その焦っている様子に何だよぅ、と私が思って目を開けると、そこは窓のない部屋だった。
そして下に敷物が敷かれているが、殺風景な部屋である。
少なくとも私はこんな場所に来た覚えがない。
「何で私ここにいるんだろう……! そうだ、確かメルの屋敷の執事のスウィンがメルを気絶させて、でも様子がおかしかったからメルを返してくれと言ったら渡してくれたんだけれど、そのまま私も気絶させられたんだった!」
「説明をありがとう、タクミ。なるほど……あのスウィンという執事が裏切ったのか。ほうほう」
メルがやけに機嫌が悪そうにそう呟く。
だが、裏切ったとして、
「私達を、というかメルを捕まえてどうする気だろう?」
「分からない。だが以前私を捉えようとしていた人間がいたから……仲間なんだろうな、あの執事のスウィンも」
「あの執事の人は昔からいるの?」
「いや、最近雇った人間のはず。以前いた執事が年齢できつくなってしまったので、新しい人を雇ったんだ」
「それで入り込まれたと……でも、何が目的なんだろう? 思い当たるフシはある?」
「私としては身代金目当ての誘拐、私の公爵家としての価値からすると、欲しい宝物があるとか要求を飲ませたいとか……。思い当たりすぎて何も分からない」
「そうなんだ。となると私はとばっちり?」
「うん」
「良かった、特殊能力狙いじゃなくて」
もしそうならそれ用の防御がなされているはずなのだ。
だから私達は拘束されていないのかもしれない、と思ったが私の“鑑定スキル”は攻撃系ではない。
なので逃げ出さないだろうというのがあったのかもしれない。
となると、
「メル、ここの壁は壊せないのかな?」
「さっきやってみたが、防御の魔法が強すぎて傷一つつかない」
「じゃあ私に魔法を教えてよ。魔力だけは沢山有るみたいだし」
「……そんな一朝一夕で魔法が使えるようになったら苦労はしないけれど、試してみるか」
というわけで私はメルに魔法を教えてもらう。
「“炎の矢”」
まずは簡単な魔法として教えてもらったその魔法。
目的に向かって指をさし(今の場合は部屋の壁だ)、魔法を使う。
この壁が壊せるくらいが良いな~、と私は思った。
思っただけだった。
すると目の前に私の身長よりも直径が大きい火の玉が現れて、その壁に飛んで行く。
あまりのことにメルすらも茫然となったが、そんな私の前で火の玉は壁を轟音を立てて壊して大穴を開けた。
そこからは暗い夜空が見える。
今日も雲のあまりない夜だったのは良いとして。
「え、えっと、とりあえずはここが何階くらいなのかを見たほうが良いかな?」
「そうだ。うん、そうしよう。……風が気持ちが良いな。高い所みたいに」
吹き込んでくる。
その強さを感じながら恐る恐る穴から下を覗くと、とても高いことが分かった。
目眩がするほどに。
だから私はメルに、
「空をとぶ魔法ってメルは使える?」
「……風系は制御が難しくて苦手なんだ」
「そうなんだ……というかよくよく考えたら扉の方を壊せばよかったね。建物の廊下に繋がっているだろうし」
「確かに」
「……もう一回行く?」
「……やっておしまいなさい、タクミ」
というメルの後押しもあって、扉に向かって魔法を私は再度使おうとしたのだけれど、そこで、この部屋の扉の鍵が開かれたのだった。
扉の鍵が開かれて、現れたのは一度見たエルダ伯爵という人物とそして、執事のスウィンだった。
スウィンを見て、メルは唸り声を上げながら、
「このっ、私達を誘拐してどうするつもりだ、お前達!」
「……相変わらずこのような状況になっても、元気がいいですね、メル様は。リーフィア様とは大違いです」
「リーフィアや、ミストフィア姉様はどうした!」
「リーフィア様はこのお屋敷で、おもてなしをさせて頂いています。体が弱いのですから」
「……変な手出しをしていないならそれでいい、それでミストフィア姉様はどうした!」
そう叫ぶメルだけれど、それに答えたのはエルダ伯爵だった。
「ミストフィアは、縄で縛り上げて、使用人とは別に部屋に転がしておいた。少しは考える時間が欲しいだろうからな」
「なんだと? 何が目的だ!」
「何が目的、ね、何だと思いますか? 簡単に連れさらわれた、元気のいい次女君?」
何処か楽しそうにメルを呼び、質問を質問で返す。
それを聞きながらメルが、
「お前のそういう意地の悪い性格が、嫌いだ。私も姉様も」
「そうですか。それで、他に聞きたいことはありますか? 俺も忙しいので、次は昼食の頃に来ます。その時までに質問は考えておいてください」
「! ま、待て。そ、そうだ、スウィンはお前の仲間なのか?」
「いえ、異母兄弟です。昔から仲の良い彼に頼んで、俺の手助けをしてもらうために貴方がたの屋敷に送り込みました」
「そんな……すごく親切だったのに」
そこでスウィンが深々と息を吐き、
「メル様は人を信用しすぎです。ですが、私にもあの屋敷にいることで、“欲しいもの”が出来ました。そのために今私は、兄に協力しているのです。利害も一致していますから」
そう告げたスウィン。
欲しいもの、そしてこのエルダ伯爵と利害が一致しているもの、それはなんだろう、そしてメルを攫う意味についても考えるが、私としては答えが出ない。
「……私が関係ないとすると、メルを誘拐した理由が今の話に関係している……なんだろう」
「おや、そちらの子はメルと違って賢いですね。この場で感情的にならず、俺に質問する方向に行くのですから。そうですね、それは正解です」
遠回しにメルを馬鹿にしているような発言にメルはそのエルダ伯爵を睨みながら、
「私の家、公爵家の地位が目的か?」
「公爵家の地位? あんなカビの生えた歴史の遺物で古い人間がありがたがっているようなものに全く興味はありません。」
「……そうなると私の家の宝物か?」
「宝物? ミストフィアはそれが薬草の交換条件でどうだと言っていましたが、生憎俺は古物を収集する趣味は何もないので、お断りしました」
「お金、か?」
「あいにく俺には商才がありましたので、お金に関してはあなた方の家以上です。比較になりません」
どうやらお金でも宝物でも地位でもないらしい。
金、権力に用はない、逆に言えば、
「お金と権力でそれは手にはいらないものですか?」
「良い質問です、正解です」
笑うエルダ伯爵に私は嫌な予感がして、変な顔になる。
そもそも、一瞬だけ別荘に行く前にミストフィアがエルダ伯爵に見せたあの表情について考えると、さらに嫌な予感が膨れ上がった。
そこでメルが私に、
「タクミ、何か分かったのか?」
「いや、分かったような分からないような……」
「なんでも良い、あいつから情報を引き出せ」
エルダ伯爵を指差すメル。
それに私は小さめな声で、
「エルダ伯爵はミストフィアが好きなんだ。だから手に入れたくて、こんな脅しのために私達を捕まえたんだ」
「正解です」
私の答えにエルダ伯爵が正解と言い、メルが変な顔になったのだった。
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