317『ぶるぁぁぁぁぁ!』
歪に増築され、迷路のようになった牢屋の最奥。
ソコに、一人の老人が居た。
老人の目は虚ろ。
クチの端からは涎も垂らしている。
「じ、じじじ【人土】かかがか【人花】あァァ・・?
『三種しゅ族』なァァど、【人狼】の足元にも及ばずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずず・・」
『ざ・・ザリー・・・?』
ソレは誰の声だったのか。
誰か一人の声の気もするし、複数の声だった気もする。
女の声かもしれないし、男の声かもしれない。
ソレだけ、意識の外側から出たし、気にも止めなかった。
止める意味がなかった。
・・目の前の異常さに比べれば。
「・・あ?」
「・・・・」
「・・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・。
ああぁあああぁあぁぁああああっ!?」
ザリーと呼ばれた老人、【人狼】の元長。
彼が、名を呼ばれ・・絶叫する。
「我の名名名名ををォ・・軽々しィィくゥゥゥ・・呼ぶなァァァァァっ!
愚か愚か愚愚愚愚かかしいぃぃ愚者どもがああぁぁぁっっ!」
「・・っ!?」
「我れれれコソは【空の口ち】を退治せせし人ろろ狼の長なあああるぞォォっ!?」
虚ろな瞳が・・大きく見開かれ、狂気を宿す。
ディッポを初めとした、歴戦の雄志ですら一瞬怯む狂気。
・・しかし。
「貴方は唯のザリー。
【人狼の長】などでは在りませんわ」
「───・・あ?
・・ああ?
ああああァあァああぁああああっ!?」
一人の少女が、ザレが立ち向かう。
「ちょっ・・ザレっ!?」
「先程は情けない姿を晒しましたもの。
もう、崩れる訳には参りませんわ」
級友にして義姉妹達の心配する中、ザレは・・【人狼】達の元長である憐れな老人を見据える。
恐怖心が無い訳ではない。
ふとすれば、崩れそうになる。
しかし・・その度、心にあるのは二人の少女。
ザレの前を歩き、どんなに自分が苦しかろうと優しい笑顔で手を差し伸べてくれる少女。
ザレの背後から、どんなに苦しかろうとニタリと笑いながら今こそ立ち上がれと蹴飛ばしてきやがる少女。
「横に学園長と貴女達が。
前に御姉様が。
後ろに・・まあ、一応アヤカが。
ワタクシには支えてくれる人達がいるのですもの!」
「ザレ・・」
「はン・・大した御嬢チャンだ。
全く・・歳は取りたく無ェな」
一歩踏み出し、ザレは叫ぶ。
「仮にも【人狼】長たる者だった人が、何故『三種族』を害するのですかっ!?」
「・・か?
かっ、かかかかり仮仮仮仮仮いっ!?
だったたたたたたたたたっだァ!??
・・・・我れれは!
我こそソは【人狼】の長でああるるる!!」
「民を率いる立場で在りながら!
自らの民に『三種族』の存在を伝えず、『三種族』を襲わせようと戦場に送りこんだ愚か者!」
ザリーは千年前の戦で、【人狼】だけが【空の口】と戦っていたと信じていた。
他の民は、【人狼】の手伝いに過ぎない。
・・本気でそう、信じていた。
二千年前の戦の、『英雄ヨランギ』は知っている。
『ヨランギ』に付き従う、『三人の乙女』も知っている。
自分達は『乙女』の一人、『覇者』の子孫だから・・自分達が、自分達だけが千年前の戦の真ん中で戦っていたと信じていた。
他の『三人の乙女』の子孫も戦っていた可能性を微塵も予測する事無く。
その、『愚者』の思考のまま・・自らの民【人狼】を、【人土】と【人花】の集まる【人土村】に攻め込ませようとした。
───ソレが【人土村】最初の罪人、ザリーの罪。
「答えなさい、愚かな元・【人狼】の長!」
「・・黙れ。
黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇ!!」
狂ったように牢屋で暴れ始めるザリー。
「我が我れれれレれれコソが【人狼】のオさナノだァあああァァあっ!?」
「醜い・・」
「【人土】と【人花】がガ我の地位ををヲ奪っったあのだァあァァアっ!?」
「下らねェ・・」
「我をヲ認認め認めめめぬ愚か者共を皆殺しにすればバ、我こそが【人狼】の長ああァ!
『三種族』全ての長ァァ!
全種族全人類の長なノだあァァ!!」
「うっわ・・惨めだわぁ・・」
「黙ァァれェェェ!!
愚者どもォォォォォォォォっ!!?」
暴れ狂う【人狼】の元・長は───
【人狼】と呼ばれる由縁の姿となる。
【人】の器用さ。
【狼】の強靭さ。
二つを併せ持つ姿。
【人狼】の極限の姿。
「腐っても元長・・か。」
その怪力は。
地球で言うなら、象でも確保出来るよう作られた対・大型魔物用檻をネジ曲げる。
「あの檻を脱出するかよ・・!?」
「ゲンタ殿の話だと、息子は一人で【ニーズホッグ】の核に壊滅的なダメージを与えたらしいな」
「つまり、チート組に限りなく近いと見るべきか」
『いっいヒヒッ!?良いぞ化け物っ!
こんな檻、全部叩き壊しちまえッ!』
その光景は。
先程までビビっていた別の囚人を勢いづかせる程。
或いは、恐怖が過ぎて気狂いになってしまったのかもしれないが。
「ぉ・・ぉぉ・・おあアアアっ!」
『良ォォし良しッッ、壊せ壊───ぶぇあっ!?』
「し・・囚人ごと・・」
「囚人はどうでもイイとよ。
ゴミ棄て場のゴミだから焼却なり刻むなりって、御姉チャンの話しだ」
後退しつつ、矢を射ち込む。
されど、浅くしか刺さらない。
「ザレ嬢チャンっ!」
皆の意思が、ザレに集まる。
ザリーの孫、ザレは静かに告げる。
「アレはもはや、敵ですら無いモノ・・ただの目障りな存在・・。
───殺しますっ!」
「「「了解」」」
囚人の檻を使い、死角から矢を射つ。
斧を槍を投げる。
どれも浅い傷にしか成らない。
「『ヴォイド』をヲ舐めるなあアっ!?
身体強化魔法を消しししさってくれれるぅぅぅ!!」
「【人狼】は貴方と決別する!
未熟でも・・ワタクシが【巫女】だからっ!!」
「委細承知しました、我等が【巫女】よっ!!」
「───え?」
牢屋の出口・・【人狼】の元長に捕まりそうになった直前、ザレ達を助けたのは───元長に似た姿の者達。
【人狼】の民達であった。




