~候造りの記憶~
王宮へもどった若い騎士は、王様に冬の女王の言葉と春の女王の言葉、そして秋の女王の出した結論を、包み隠さず伝えました。
はじめは身を乗り出して聴いていた王様でしたが、話が進むうちにみるみる顔が青くなっていき、話が終わるころには顔じゅうから血の気が引いて真っ青になっていました。
「以上が、この常冬の真相です」
報告を締めくくった騎士の言葉も、王様には届いていませんでした。王様は口をぽかんと開けたまま、だれに言うでもなくたずねました。
「そ……それでは、冬の女王が塔から出ないのは春の女王が来ないせいで、春の女王が来ないのはつぎの年の干魃と飢饉を防ぐためで、そのせいでこの冬が終わらない……と?」
「はい。その通りです」
「それで秋の女王は、〝四季の廻りの輪〟をつなげることがなにより大事だと言って、干魃で民が苦しんでも仕方がない、と……」
「はい。そう意見しておられました」
「………………………」
ひとしきり確認すると、王様は背もたれに背中をあずけたきり動かなくなってしまいました。しわに囲まれた目だけが時折まばたきをくり返しながら、ぼんやりと高い天井の装飾をながめています。
騎士はじっとその様子をながめていました。
「………どうして」
口ひげに隠れた王様のくちびるが、もそりと動きました。
「……こんなこと、我が国始まって以来の大事件じゃ……。ああ……、どうして私の治世のときに、こんな、こんな………」
そこまで言って王様のくちびるはまた力を失って、ぼんやりと天井を見つめるだけの人形のようになってしまいました。いつまで経ってもなにも言いそうにないので、騎士は早々に失礼します、と立ち上がって広い応接間をあとにしました。
騎士が廊下を歩いていると、まえから大臣らしき老人がやってきました。男は騎士に気づくと早足になって寄ってきて、声をかけました。
「あなた、王様のお触れを読んできた騎士ですね。お話は聞いています。それで、冬の女王様は塔から出せましたか?」
「いえ、それが八方ふさがりでして。王様やほかの女王様にもご協力願っているのですが、一筋縄では解決できそうにありません」
質問に騎士が正直に答えると、
「なんですって! まだできていない! 私は王様から、あなたを救国の騎士だと聞いておりますよ。常冬に包まれてしまったこの国を救うために、かならず冬の女王様を塔から出してくださると、そう言ったそうじゃありませんか。それがこの体たらくでは困りますよ。あなたはこの国の何千という民を救う立場にあるんですよ、それをもっと自覚していただきたい」
一方的にわーっとまくし立てた大臣は、
「では!」
そう言い残して、王様の部屋のほうへ去っていってしまいました。
「………」
騎士は困った顔で大臣のいかった背中を見ていましたが、やがて思い直すと、また廊下の敷物のうえを歩き出しました。
目的の場所まで行く途中、そんなことが四度ほどありました。
* * * * *
「集まってくれてありがとう、みなさん」
秋の館には、百をゆうにこえる兵の姿がありました。
兵らはみな毛皮を着込んでいて、手には厚い革手ぶくろ、足にも厚い革の靴。うち何人かは、手に麻の縄をにぎっていました。ひとつの隊には、腕に白い布を巻いた男と、赤い布を巻いた男とが交じっていました。
彼らは秋の女王と夏の女王のまえに五、六人の隊を組んで並んで秋の女王の言葉を待っていました。
「本当にやるの、トーニャ」
夏の女王はかたい表情で、隣で兵をながめる秋の女王へたずねました。秋の女王は顔色を変えずにうなずきました。
「もちろん。いくら暑がりのあなたも、これ以上冬が続くのはたえられないでしょう」
「………」
「みんな、私たちでこの冬を終わらせましょう。大丈夫、〝宝〟は私たちでも見つけられる簡単なところに隠れているわ。ここで手柄を上げれば、王様からすてきな褒美をいただけるわよ」
男たちから歓声が上がりました。なかには、こぶしを高く突き上げてさけぶ者までいます。
そんな兵らの様子を見て、秋の女王はにっこりとほほえんで、やさしい声で言いました。
「さあ、狩りを始めましょう」
* * * * *
広い庭園をぐるりと囲うように建つ王宮には百をこえるたくさんの部屋がありますが、そのなかには、普段は使われていない部屋も少なくありませんでした。若い騎士はそのなかでも一番大きく古い部屋で、ほこりっぽい空気を吸って咳き込んでいました。
騎士がいるのは地下にある書庫でした。
古い手持ちのランプがぼんやり辺りを照らしていますが、本棚の影が重なって書庫がどこまで続いているのかはまったくわかりません。まわりには天井にまで届きそうな、渦高い本棚が規則正しく並んでいました。地下に続く階段のまえにいた近衛兵によれば、もう何十年も書庫に入った人はいないそうです。そのため、ほこりや放ったらかしにされた木材のにおいが鼻をくすぐるのですが、騎士にはかまっていられませんでした。
若い騎士は本棚と本棚が作る十字の通路を進みながら、棚に収まった本の背表紙にランプの光を当てて、目当ての本を探していました。
どれくらい時間が経ったでしょうか。
地下であるため窓がなく、またあったとしても雪のせいで昼間なのか夜なのかしかわからないため、いまの時間はわかりません。
何十冊とぶ厚い本に目を通していた騎士は、かすむ目をこすりながら文字を追って、ようやく目当ての本を見つけました。
ほこりを手ではらうと、黒い革の表紙には古めかしい文字で『候造りの娘』とありました。
黄ばんだ羊皮紙に直接書き込んで束ねた古い本でしたが、装丁はしっかりしていました。
騎士はほかの本を棚へもどすのも忘れて、紙を破かないよう気をつけつつ、疲れで震える指先でページを繰りました。
「その昔、この郷の季節を作る神様は、山の向こうからいらっしゃった。
山の向こうの神様は季節の変わり目に山を越えてやってきて、つぎの季節の息をはく。すると山や風が次の季節の色に染まり、つぎの季節がやってくる。
それを見届けると神様はにっこりと大きくほほえんで、山の向こうへ帰っていった。」
はじめのほうのページには、そんな記述がありました。
それからしばらく流し読みをして、騎士はつぎの章へ目を移しました。
「季節を作る神様は、風の神と山の神との三男だった。
長男は、春に新しく芽吹く草木や花に息を吹き込む神様。
次男は、冬に枯れて土へかえる草木や花から息を吸い取る神様。
山の向こうの季節を作る神様は、雲の神様とちぎりを交わして、晴れと、雨と、雪と、きりの神様を産んだ。」
「息を吹く神様と、息を吸う神様が、争ったときがあった。
長男が息を吹くたびに次男は息を吸い、次男が息を吸うたびに長男が息を吹いた。
山や風が荒れくるったが、三男の神様が二人の仲を取り持った。このおかげで、郷には季節が廻るのだ。」
「山の向こうから来る神様は、季節を廻らせる神様だけではなかった。太風や神鳴も、山の向こうからやってくる。
あるとき、冬と春との境目のときに、季節を廻らせる神様は、郷へ来る途中に太風と神鳴におそわれて、お亡くなりになった。
そのとき、四人の村娘が神様を天までお見送りした。そしてその亡きがらを、天まで届く石の塔を作ってその天辺にお納めした。
それ以来、この郷では季節を廻らせるために四人の女王が、廻りの塔でお籠もりをするようになった。」
騎士はしばらく、虫に食われて傷んだページとにらめっこをしていました。しんと静まり返った書庫の空気が、騎士の背中をさすりました。
ゆらゆらと揺れるランプの明かりが、騎士と、文字のうえに不気味な影を落としています。




